「うちはパートも正社員も同じ就業規則を使っています」——その一言が、労務トラブルの引き金になるケースが後を絶ちません。専任人事がいない中小企業では、就業規則を一度作ったきりで更新せず、パートにも正社員用の規程をそのまま渡している会社が少なくありません。しかし2021年4月以降、中小企業にもパートタイム・有期雇用労働法の同一労働同一賃金規定が完全適用されており、正社員規程の流用は複数の法的リスクをはらんでいます。この記事では、パート向け別規程が必要な理由・流用した場合のリスク・実務的な対処法を、できるだけ具体的に整理します。
パート社員にも就業規則は必要か
結論からいうと、パート社員を含めて常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則の作成・届出・周知が義務です。パートだけを切り離して「就業規則が不要」とはなりません。
「常時10人」のカウントにパートは含まれる
労働基準法第89条は、「常時10人以上の労働者を使用する使用者」に就業規則の作成・届出を義務付けています。ここでいう「労働者」には、パートタイマー・アルバイト・有期雇用者がすべて含まれます。たとえば正社員3名・パート8名の事業場であれば合計11名となり、就業規則の作成義務が生じます。「正社員だけで数えれば10人未満だから不要」という誤解は非常に多く、注意が必要です。
正社員規程を流用しても「形式上の届出義務」は満たせるが……
正社員向けの就業規則をパートにも適用する形で労働基準監督署に届け出ていれば、「就業規則が存在しない」という形式上の違反にはならないケースがあります。しかしそれはあくまで届出義務の話であり、規程の内容が適法かどうかはまったく別の問題です。正社員向けの規定がパートに不合理に適用されていれば、パートタイム・有期雇用労働法や労働契約法との整合性が問われます。
周知義務も忘れずに
就業規則は作るだけでなく、対象となる労働者に周知しなければなりません(労働基準法第106条)。「正社員にしか渡していない」「パートには口頭で説明している」という運用では周知義務を果たしたとはいえず、トラブル時に就業規則を根拠として使えなくなる可能性があります。
パートタイム・有期雇用労働法が求めること
パートタイム・有期雇用労働法(正式名称:短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)は、中小企業に対して2021年4月から同一労働同一賃金規定を含む全面適用となっています。この法律が使用者に課す主な義務を整理すると、以下のようになります。
| 条文 | 義務の内容 |
|---|---|
| 第6条 | 採用時に「昇給の有無」「退職手当の有無」「賞与の有無」「相談窓口」を文書等で明示する義務 |
| 第7条 | 就業規則を作成・変更する際にパート・有期社員の過半数代表者の意見を聴取する義務 |
| 第8条 | 不合理な待遇差の禁止(同一労働同一賃金) |
| 第9条 | 職務内容・配置変更範囲が正社員と同一の場合の差別的取扱い禁止 |
| 第14条 | 待遇の相違内容とその理由をパート・有期社員に説明する義務 |
第8条・第9条が実務に直結する
特に注意が必要なのが第8条(不合理な待遇差の禁止)と第9条(差別的取扱いの禁止)です。第8条は、職務内容や責任の程度・人材活用の仕組みなどを考慮したうえで「不合理」と認められる待遇差を禁じます。第9条はさらに厳しく、職務内容と配置変更の範囲が正社員と実質的に同一のパート・有期社員には、賃金・福利厚生・教育訓練のすべてにおいて差をつけることができません。正社員規程しか存在しない状態では、そもそもどの部分がパートに適用されどの部分が適用されないのかが不明確になり、第8条・第9条への対応状況を説明できなくなります。
第14条の説明義務も見落とされやすい
パートや有期社員から「なぜ正社員と待遇が違うのか」と質問された場合、使用者はその内容と理由を説明しなければなりません。説明義務に違反した場合は過料の対象となるほか、説明を求めたことを理由とした不利益取扱いも禁止されています。別規程がなければ「理由を書面で示す根拠」自体が存在せず、説明もできません。
正社員規程を流用することの具体的なリスク
正社員規程をパートに流用することには、大きく分けて四つのリスクがあります。単なる「不備」ではなく、実際のトラブルに直結する問題です。
正社員向けの厳しい規定がパートに不合理に適用される
正社員規程には、正社員の職責を前提にした規定が多く含まれています。たとえば「副業・兼業の全面禁止」「懲戒処分の段階的基準」「試用期間3ヶ月の詳細な評価プロセス」などは、週20時間未満勤務のパートに全面適用することが合理的とはいえないケースがほとんどです。規程上は同じ規定が適用される建て付けになっているにもかかわらず、実際には正社員とは異なる運用をしているとすれば、それ自体がトラブルの種になります。
手厚い規定がパートにも適用される建て付けになってしまう
逆方向のリスクもあります。正社員向けの退職金規程・慶弔見舞金規程・特別休暇規程がパートにも形式上適用される状態になっている場合、「規程には書いてあるのになぜ支給されないのか」という請求トラブルに発展する可能性があります。実態と規程が乖離していること自体が紛争リスクを高めます。
待遇差の根拠が書面に存在しない状態になる
同一労働同一賃金の観点では、待遇差を設ける場合にはその合理的な理由が必要です。正社員規程だけが存在し、パート向けに「賞与は支給しない」「退職金制度の適用外」などと明示した別規程・別途定めがなければ、待遇差の根拠が書面上存在しないことになります。これは行政指導や訴訟において非常に不利な状況です。実際に最高裁判所は、大阪医科薬科大学事件(令和2年10月13日)・メトロコマース事件(令和2年10月13日)などで、待遇差の合理性について個別の手当・待遇ごとに判断する姿勢を示しており、「全体として大差がなければよい」という考え方は通じません。
別規程を作らなければいけない会社・まず確認すること
別規程の整備を優先すべき状況かどうかは、いくつかのポイントで自己チェックできます。以下の項目に一つでも当てはまる場合は、早急な対応が必要です。
自社の状況を確認する
- パートを含めた従業員が常時10人以上いるにもかかわらず、パート向けの就業規則(または正社員規程内のパート適用条項)が存在しない
- パートに正社員規程を渡しているが、「パートには適用しない」「別途定める」といった条項が明記されていない
- 採用時にパートへ「昇給の有無」「退職手当の有無」「賞与の有無」「相談窓口」を書面で明示していない
- 就業規則の変更や作成時にパート・有期社員の代表者から意見を聴取したことがない
- 「なぜ正社員と待遇が違うのか」と聞かれたときに文書で説明できる状態になっていない
従業員数別の対応優先度
従業員数が10人未満の事業場は就業規則の作成・届出義務はありませんが、パートタイム・有期雇用労働法上の義務(第6条の文書明示、第8条・第9条の待遇差禁止など)は従業員数に関係なく適用されます。つまり、就業規則を作る義務がない小規模事業者であっても、不合理な待遇差は禁じられており、採用時の文書明示義務も課されます。規模が小さいからといって完全に無関係ではない点に注意してください。
「何から始めるべきか」や「うちの場合はどうなるのか」と判断に迷う場合は、人事の専門家に一度相談することで、優先順位が明確になります。
パート向け別規程の作り方・二つのアプローチ
別規程の整備方法には大きく二つのパターンがあります。どちらが自社に合うかは、現状の規程の内容と社内の運用実態によって異なります。
独立型:パート専用規程を別冊で作成する
正社員規程とは完全に切り離し、「パートタイム・有期雇用労働者就業規則」として独立した規程を作成する方法です。適用範囲・労働時間・賃金・休暇・懲戒・退職といった各項目をパートの実態に即して一から定めます。規程の内容が明確に分離されるため、トラブル時に「どちらの規程が適用されるか」という混乱が起きにくい点がメリットです。一方で、正社員規程と内容が重複する部分も多く、作成・管理コストがやや高くなります。
適用除外・読み替え型:正社員規程に特則を加える
既存の正社員規程の中に「パートタイム・有期雇用労働者への適用については以下の規定を優先する」という章を設け、差異がある項目だけを上書きする方法です。正社員規程をベースにするため作成の手間が少なく、変更管理もシンプルになります。ただし、どの条項がパートに適用されどの条項が適用されないのかを明確に書き分ける必要があり、記載が曖昧だとかえって混乱を招きます。どちらの方法でも、労働条件の内容がパートに明確に伝わる状態になっているかが重要です。
作成後に必要な手続き
就業規則を新たに作成・変更した場合は、労働者(パートを含む)の過半数代表者から意見を聴取し、意見書を添付のうえ所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります(労働基準法第89条・第90条)。また、完成した規程はパート社員が実際に確認できる形で周知しなければなりません。社内イントラへの掲載・休憩室への備え付け・採用時の書面交付などの方法が認められています。
ここまでを読んで「規程の作り方はわかったが、自社が本当に対応が必要なのか」「作成にあたって何を優先すべきか」と迷う場合は、人事労務の専門家に状況を整理してもらうことで、実装にかかる時間と負担が大幅に削減できます。
まとめ
パート社員への正社員規程の流用は、「届出義務を形式上満たしているか」という問題にとどまらず、パートタイム・有期雇用労働法の待遇差禁止・説明義務・文書明示義務への対応という実質的な問題を生み出します。特に2021年4月以降は中小企業にも同一労働同一賃金規定が完全適用されており、「以前からこうしているから」という慣行は法的な根拠になりません。
まず自社のパート向け規程の有無と内容を確認し、正社員規程との差異が合理的な理由とともに書面に明示されているかをチェックすることから始めてください。別規程の整備は「いつかやること」ではなく、採用・退職・有給取得といった日常的な場面でトラブルを防ぐ実務上の基盤です。
「自社の就業規則がパートに適切に対応しているか確認したい」「別規程を作りたいが何から手をつければよいかわからない」という場合は、ウェルセンス株式会社にお気軽にご相談ください。人事専任者がいない中小企業の実情に合わせて、規程整備から労務トラブルの予防まで幅広くサポートしています。
よくある質問
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