「社員が突然オフィスで倒れた。救急車を呼んで病院に運んだが、あとで持病があったと聞いた——これは労災になるのか、それとも会社には関係ないのか」。こんな状況に直面したとき、判断の手がかりがないと、初動対応を誤ったまま時間だけが過ぎてしまいます。持病があっても労災になるケースは確実に存在します。この記事では、労災判断の3つのポイントと、会社がとるべき初動対応を実務目線で解説します。
業務中に従業員が倒れたらまず何をするか
従業員が業務中に倒れた瞬間に優先すべきことは、医療的な安全確保と、後の判断に必要な情報の記録です。この2つを当日中に行えるかどうかが、その後の対応の質を大きく左右します。
安全確保と救急対応
まず最初に行うべきは、119番通報とAEDの手配です。意識・呼吸の確認を行い、周囲の人員を動かして安全な環境を確保してください。このとき、対応した人の名前と役割を後から確認できるよう、できれば別の担当者が記録係に徹することが理想です。医療対応が最優先であることは言うまでもありませんが、同時に「後で何が必要になるか」を意識した動きができると、事後対応が格段に楽になります。
当日中に記録しておくべき情報
救急搬送後、落ち着いた段階で以下の情報を記録してください。これらは労災申請や行政への報告書類を作成する際に必須となります。
- 発症した時刻と場所(フロア・作業エリアなど具体的に)
- 発症直前に行っていた業務の内容
- 目撃者の氏名と連絡先
- 本人の様子(意識の有無、倒れ方、訴えた症状など)
- 搬送先の病院名と、搬送に付き添った担当者名
写真や動画が残っている場合は保存しておきましょう。「とにかく病院に運んだ」で終わると、後日これらを再現することは極めて困難です。
行政への報告義務を確認する
業務中に従業員が疾病を発症し、休業が4日以上に及ぶ見込みとなった場合、事業者には労働安全衛生規則第97条に基づき、労働基準監督署への「労働者死傷病報告書」提出義務が生じます。重要なのは、この義務は「労災か私傷病か」の判断が確定する前から検討が必要な点です。持病があるとわかっているからといって報告を省略すると、後に義務違反を問われるリスクがあります。
持病があっても労災になる理由
「もともと心臓が悪かったから会社には関係ない」という判断は、法的には誤りである可能性が高いです。持病がある従業員の発症であっても、業務による過重負荷が加わっていれば労災と認定されます。
労災認定に必要な2つの要件
労災として認定されるためには、「業務遂行性」と「業務起因性」の2つを満たす必要があります。業務遂行性とは、使用者の支配・管理下にある状態で発症したかどうかです。業務中のオフィスや作業現場での発症はこれを満たすことが多いと言えます。業務起因性とは、業務が発症の原因または相当程度の原因となっているかどうかです。持病の場合でも、業務が「増悪要因」として働いたと判断されれば、この要件を満たし得ます。
脳・心臓疾患の認定基準における業務負荷の評価
厚生労働省が定める「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」(2021年9月改正)では、以下のような業務上の負荷が認められた場合、高血圧・動脈硬化・心疾患などの持病を持つ従業員の発症も労災対象となります。
- 発症前概ね6か月間の長時間労働(時間外労働が月おおむね80時間超が一つの目安)
- 発症直前1週間に特に過重な業務があったこと
- 急激な業務環境の変化や、精神的・身体的に強い負荷を伴う出来事
さらに2021年の改正により、労働時間だけでなく、勤務間インターバルの短さや不規則な勤務、精神的緊張を伴う業務なども総合的に評価されるようになっています。「残業は多くなかったが、連日深夜まで業務が続いていた」というケースでも、認定の可能性を検討する必要があります。
「持病があるから労災申請しなかった」が招くリスク
誤った判断で労災申請を行わないまま私傷病扱いにした場合、後から従業員本人や遺族に安全配慮義務違反として民事訴訟を起こされるリスクがあります。労働契約法第5条は使用者に安全配慮義務を課しており、業務による過重負荷が発症に関与していた事実が後から明らかになると、会社の法的責任が問われます。「私傷病だと思っていた」という主張は、法的な免責にはなりません。
労災か私傷病かを判断する3つのポイント
労災か私傷病かを判断するうえで、会社が現場レベルで確認すべきポイントは3つあります。最終判断は労働基準監督署が行いますが、会社として申請すべきかどうかの判断軸としてまず押さえておきましょう。
発症前の労働時間・業務負荷を振り返る
発症前の6か月間にわたる時間外労働の実績を、タイムカードや勤怠システムで確認してください。月80時間を超える時間外労働が継続していた場合は、労災認定の対象として検討が必要です。また、労働時間の数字だけでなく、業務の内容・難易度・精神的ストレスも評価対象になります。「数字の上では残業が少なくても、強度の高い業務が集中していた」場合は専門家に相談してください。
発症直前の状況を具体的に確認する
「発症直前1週間に特に過重な業務があったか」という観点も重要です。大型案件の締め切り直前、重大なクレーム対応、出張や深夜業務の連続などが該当します。これらは「短期間の過重業務」として評価される場合があります。発症当日の業務内容だけでなく、前後1〜2週間の状況を関係者に確認し、記録として残しておくことが大切です。
業務環境に「異常な出来事」がなかったか確認する
認定基準上の「異常な出来事」とは、業務中の事故や重大なトラブルへの対応、急激な温度変化など、精神的・身体的に強い負荷を一時的に与えた出来事を指します。たとえば、発症当日に重大なシステム障害への緊急対応が重なっていたというケースでは、この要因が考慮されます。発症当日の業務日誌やメール・チャットの履歴は、早めに保存・確認しておきましょう。
「判断の3つのポイント」を確認できたなら、あとは記録をまとめて専門家に相談することが次のステップです。初期段階での相談が、後のトラブルを大きく減らします。
労災申請の手続きと会社の役割
労災申請は原則として労働者本人(または遺族)が行うものですが、会社には申請を補助する義務があり、妨害や不申請誘導は法的に問題となります。手続きの流れを把握しておくだけで、混乱を大幅に減らすことができます。
申請書類の基本を知る
療養に関する労災申請には「療養補償給付たる療養の給付請求書(様式第5号)」、休業補償には「休業補償給付支給請求書(様式第8号)」などが使われます。これらは労働基準監督署の窓口または厚生労働省のウェブサイトから入手可能です。書類には会社側が記載・証明する欄があり、事業主として正確に記入する必要があります。社労士が不在の場合でも、労基署の窓口に相談すれば手続きの案内を受けることができます。
本人・家族への説明における注意点
家族から「労災になるのか」と問い合わせがあった場合、判断が確定していない段階で「労災ではない」と断言することは避けてください。正確には「現在、業務との関連について確認中です」と伝え、申請手続きについては「本人が申請できる制度がある」ことを案内するにとどめるのが適切です。会社側の都合で労災申請を妨げたと受け取られると、後に深刻なトラブルに発展するリスクがあります。
産業医・就業規則の有無による対応の違い
常時50人以上の従業員がいる事業場では産業医の選任が義務付けられており、発症後の職場復帰対応について産業医に相談できる環境があります。一方、50人未満の中小企業では産業医がいないケースが大半です。就業規則に休職・復職の規定がない場合、復帰時期や業務軽減の判断基準が曖昧になりがちです。発症を機に、就業規則の整備を検討することも重要な視点です。
発症後の職場復帰と会社の配慮義務
従業員が回復して職場に戻る段階でも、会社には安全配慮義務が継続します。発症前と同じ環境・業務量に戻すだけでは不十分な場合があり、適切なステップを踏むことが再発防止と法的リスクの両面で重要です。
復帰前に確認すべきこと
主治医から「就労可能」という診断書が出ても、それは日常生活が送れる水準を示すものであって、従前と同様の業務量に耐えられることを保証するものではありません。可能であれば産業医(または嘱託産業医)の意見を取り付け、業務内容・勤務時間・出張の可否などについて具体的な制限を確認してから復帰させることが望ましいです。産業医がいない場合は、地域産業保健センターへの相談も選択肢になります。
段階的な復帰プランの考え方
脳・心臓疾患の発症後は、短時間勤務や業務内容の限定から始める段階的な復帰が基本的な考え方です。復帰初月は残業なし・重要案件の担当を外す、翌月から徐々に業務量を戻すといったプランを、文書化して本人・上長・人事で共有することが重要です。口頭のみの取り決めは、後からトラブルになりがちです。
再発リスクと安全配慮義務の継続
一度発症した従業員については、業務による過重負荷が再発を招かないよう継続的な配慮が求められます。特に「発症前と同じ業務環境に戻した結果、再発した」というケースでは、会社の安全配慮義務違反が認定されやすくなります。定期的な面談や勤務時間のモニタリングを仕組みとして組み込むことが、企業リスクの低減につながります。
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会社が判断に迷ったときの相談先と判断フロー
労災か私傷病かの判断は、会社単独で行う必要はありません。早期に適切な相談先に繋ぐことが、誤判断による二次リスクを防ぐ最善策です。
状況別の相談先の選び方
| 状況 | まず相談すべき窓口 |
|---|---|
| 労災か私傷病か判断がつかない | 社会保険労務士 または 労働基準監督署 |
| 書類の書き方がわからない | 労働基準監督署の窓口(直接相談可) |
| 安全配慮義務・民事リスクが心配 | 社会保険労務士 または 弁護士 |
| 復職対応・就業規則の整備 | 社会保険労務士 または 産業保健の専門家 |
| メンタル面も含む包括的な支援 | 産業保健・メンタルヘルス支援の専門機関 |
専門家がいない中小企業が陥りやすいパターン
専任人事や社労士が不在の中小企業では、「担当者が単独で判断して進めてしまう」「後から記録が不足していたと気づく」「家族からの問い合わせに感情的に対応してしまう」という流れが起きやすいです。このような状況では、早期に外部の専門家を関与させることが結果的に時間・コスト・リスクすべての節約になります。「まだ確定していないから相談するのが早い」ということはなく、判断が固まる前に相談することが理想です。
社内ルールを整備するタイミング
発症事案が起きてから就業規則や対応フローを整備しようとすると、当事者対応と並行してルール作りをしなければならない状態になります。落ち着いた時期に、休職・復職の基準、緊急時の初動手順、記録の残し方を文書化しておくことが、次の事案に備える現実的な方法です。
人事が一人で抱え込むと判断ミスが増えます。対応に迷ったら、労働基準監督署の無料相談窓口や専門家のスポット相談も上手に活用しましょう。
まとめ
業務中に従業員が持病で倒れた場合、「持病があるから会社には関係ない」という判断は法的に誤りである可能性があります。労災認定は「業務が発症を増悪させたか」という観点で評価されるため、発症前の長時間労働・業務負荷・異常な出来事の3点を確認することが判断の出発点です。当日中の記録確保、労働者死傷病報告の検討、本人・家族への適切な説明、そして不明な点は早期に専門家へ相談することが、会社として取れる最善の初動対応です。復職後も安全配慮義務は継続するため、段階的な復帰プランと継続的なモニタリングが必要になります。
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よくある質問
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