「被害を訴えてきた社員の話は聞いた。でも、加害者とされた社員にはどう接すればいいのか、何も言わずに様子を見ていていいのか……」。申告を受けたその日から、こんな迷いが頭から離れない経営者・人事担当者は少なくありません。動きすぎても問題、動かなくても問題——職場いじめの事実確認が終わるまでの対応は、小規模企業ほど判断が難しく、ミスが後の紛争に直結します。この記事では、申告受理直後から事実確認完了までの間に「加害者とされた社員」にどう対応すべきかを、法的リスクと実務の両面から整理します。
申告を受けたら最初の24時間でやること
ハラスメントの申告を受けたら、まず「記録・隔離・封鎖」の三点を意識してください。この初動が後のすべての対応の土台になります。
申告内容をその場で記録する
申告者から話を聞いたら、日時・場所・申告内容・申告者の様子を文書で残します。メモ帳でもメールでも構いません。「後で思い出せばいい」では記憶が薄れ、事実確認の精度が落ちます。記録は人事担当者のみがアクセスできる場所に保管し、他の社員の目に触れないよう管理します。
加害者とされた社員への「即時の接触制限」を検討する
この段階では懲戒も異動も不要です。ただし、被害を訴えた社員が加害者とされた社員と同じ職場環境で働き続けるリスクを放置することは、会社の安全配慮義務(労働契約法第5条)の観点から問題になります。まずできることは席の配置換えやシフトの時間帯をずらすといった「物理的な接触を減らす暫定措置」です。これは異動命令とは法的に別物であり、業務上の裁量の範囲として実施できます。
情報共有の範囲を最初に決める
職場いじめの申告があったことを知っていい人間を、この段階で明確にします。原則として「調査に直接関わる者のみ」です。直属の上長、部門マネジャーであっても、加害者とされた社員と日常的に接点がある人物への共有は慎重に行います。小規模職場では情報が瞬時に広がり、当事者でない社員が「あの人が加害者らしい」という憶測を形成するリスクがあります。これが名誉毀損・プライバシー侵害に発展するケースも実際に起きています。
事実確認中に「やってはいけない」こと
事実確認が終わる前に加害者とされた社員に不利益な措置をとることは、後に会社が訴えられるリスクを生みます。「疑いがある」段階での制裁は法的に禁止されています。
懲戒・降格・給与減額は事実確認前には行わない
申告が事実であると確認される前に、懲戒処分・降格・給与減額などの不利益措置を行った場合、加害者とされた社員から不当な人事権行使として損害賠償を請求されるリスクがあります。「疑いがあるから念のため」という発想は通用しません。処分は事実確認が完了し、懲戒事由に該当すると判断されて初めて行うものです。
一方的な「強制異動」は慎重に
「加害者とされた社員をとりあえず別の部署に移せばいい」という判断は危険です。事実確認前の一方的な配転命令は、本人から「不当な配転命令」として争われる可能性があります。配転命令の有効性は、業務上の必要性・命令の相当性・本人への十分な説明の有無によって判断されます。接触を減らすための席・シフト変更と、正式な異動・配転命令は、法的には別物として扱ってください。
加害者とされた社員に申告者の名前を教えない
ヒアリングの過程で「誰があなたのことを訴えたのか」を加害者とされた社員に伝えることは、申告者へのプレッシャーや報復につながるリスクがあります。パワハラ防止法(労働施策総合推進法第30条の2第2項)は、ハラスメントを申告したことを理由とした不利益取扱いを禁止しています。申告者の匿名性を守ることは会社の義務です。
加害者とされた社員へのヒアリングの進め方
ヒアリングは申告者・加害者とされた社員・関係者の順に、必ず別々に実施します。同席させることは混乱と圧力を生むため避けてください。
ヒアリング前に伝えること・伝えないこと
加害者とされた社員にヒアリングを依頼する際は、「職場環境に関して確認したいことがある」という趣旨で呼び出します。この段階で申告の詳細や申告者の氏名を伝える必要はありません。ヒアリングの場では、当該行為の有無・状況・本人の認識を中立的な言葉で確認します。「あなたが悪い」「被害者がこう言っている」という断定的な話し方は避けます。
記録を残しながら言い分を聞く
ヒアリング内容は必ず文書で記録します。本人の同意を得た上で録音することも有効です。「言った・言わない」のトラブルを防ぐためにも、記録の作成は調査の信頼性を担保する上で不可欠です。ヒアリング後には内容を文書化し、担当者が保管します。この記録が、後に懲戒処分の妥当性を示す証拠にもなります。
兼務人事が担当する場合の客観性の確保
専任人事のいない企業では、日常的に当事者と接している人物がヒアリングを担当しなければならないケースが多くあります。この場合、担当者個人の印象や感情が判断に混入するリスクがあります。対策として、ヒアリングは複数名(経営者+人事兼務担当者など)で実施し、聴取内容を複数の目で確認することが有効です。また、判断が難しいと感じた時点で外部の専門家(社労士・弁護士)に相談することを躊躇わないでください。
事実確認中の両者への暫定的な配慮
事実確認が完了するまでの間も、会社は被害を訴えた社員への安全配慮義務を負い続けています。「調査中だから待って」だけでは義務を果たしたことになりません。
被害を訴えた社員への継続的なフォロー
申告を受けた後、被害を訴えた社員には定期的に「調査を進めています」という進捗報告を行います。頻度は週に一度程度の声かけで構いません。この連絡が途絶えると「会社は動いてくれない」という不信感が生まれ、外部機関(労基署・弁護士)への相談に発展するケースがあります。また、被害を訴えた社員が引き続きストレスや不調を感じている場合は、産業医や外部相談窓口への案内も並行して行います。
加害者とされた社員への業務継続の範囲
通常業務の継続は、被害を訴えた社員との物理的な接触が最小化されている限り、原則として認められます。「調査中だから自宅待機」という対応は、それ自体が事実確認前の不利益措置になりうるため、特別な事情がない限り避けます。ただし、同じプロジェクトチームへの参加や、二人きりになる業務環境は一時的に変更することが現実的な配慮です。
20~50名規模の企業で配置転換先がない場合
部署数が少なく「接触を避けるための異動先」が存在しないケースは中小企業では珍しくありません。この場合の現実的な選択肢を以下に整理します。
| 手段 | 具体的な方法 | 注意点 |
|---|---|---|
| シフト・時間帯の変更 | 出退勤時間をずらす、休憩時間を別にする | 一方のみへの不利益にならないよう配慮する |
| 席・作業エリアの変更 | フロアの別のエリアや別室に一時移動 | 「隔離」と受け取られないよう理由を説明する |
| 業務分担の一時的な見直し | 共同作業・共同プロジェクトを一時停止 | 業務影響を最小化しつつ合理的な範囲で行う |
| テレワークの活用 | どちらかをリモート勤務に切り替える | 業務内容・設備環境によって可否が異なる |
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情報管理と守秘義務——どこまで話していいか
ハラスメント調査で最も軽視されがちで、かつ後に最も問題になるのが情報管理です。「誰に・何を・どこまで」伝えるかは、調査の開始前に明確にルールを決めてください。
社内での情報共有は「必要最小限の原則」で
ハラスメント申告に関する情報(申告者の氏名・申告内容・ヒアリング内容)は、調査に直接関わる者以外には開示しないことが原則です。たとえ当事者の上長であっても、情報共有が必要かどうかを個別に判断します。「上長には共有して当然」という認識が、後に名誉毀損・プライバシー侵害のリスクを生むことがあります。
就業規則に守秘義務規定がない場合の対処
就業規則にハラスメント調査に関する守秘義務規定がない企業では、調査に関わる担当者に対して口頭または書面で「本件に関する情報を業務外で話すことを禁じる」旨を伝えます。これは命令ではなく確認の形をとることで、担当者の意識を高める効果もあります。今後のために、就業規則またはハラスメント対応規程に守秘義務条項を追加することを検討してください。
周囲の社員への対応——憶測が広がったとき
小規模職場では「あの二人の間で何かあった」という噂が調査開始前から広がることがあります。この状況では、憶測を否定も肯定もせず「現在確認中です」と一言伝えることが最善です。過剰な説明は情報流出につながり、沈黙を続けると不安が拡大します。マネジャー層には「本件について社員に話すことは控えるように」と事前に伝えておくことが有効です。
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まとめ
職場いじめ・ハラスメントの申告を受けてから事実確認が完了するまでの期間は、会社にとって最もリスクが集中する局面です。加害者とされた社員への対応では、「事実確認前の不利益措置は行わない」「ヒアリングの機会を与えて言い分を聞く」「情報は必要最小限の範囲にとどめる」という三点が基本になります。同時に、被害を訴えた社員への安全配慮義務は調査中も継続しており、物理的な接触を減らす暫定措置と定期的なフォロー連絡を並行して行うことが求められます。
「動きすぎると加害者とされた社員から訴えられる、動かなすぎると被害者から訴えられる」というジレンマは、正しい手順を踏むことで解消できます。ただ、専任人事のいない環境でこれを一人で判断し続けることには限界があります。ウェルセンス株式会社では、ハラスメント申告が発生した直後からの対応方針の整理・ヒアリング設計・社員双方へのケアまで、中小企業の実情に合わせた支援を行っています。「まず何をすべきか確認したい」という段階からでも、お気軽にご相談ください。
よくある質問
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