復職面談の場で、社員からこう言われたとしたら、あなたはどうしますか。「先日、発達障害(ADHD)の診断が出ました。業務上の配慮をお願いしたいのですが」——準備も知識もないまま、その場で答えを求められる。そんな経験をした、あるいは今まさにそういう状況にある経営者・人事担当者の方は少なくありません。2024年4月から、民間企業にも合理的配慮の提供が法的義務となりました。しかし「何をどこまでやればいいのか」が明確にわからないまま、対応に追われているケースが非常に多いのが実情です。この記事では、中小企業の実情に即した「合理的配慮義務の範囲」と「現実的な対応の進め方」を、法的根拠を交えながら具体的に解説します。
合理的配慮の提供は、2024年から中小企業にも法的義務
結論から言うと、従業員数に関係なく、すべての民間事業者に合理的配慮の提供が義務付けられています。「うちは小さい会社だから努力義務でしょ」という認識は、2024年4月以降は通用しません。
2024年4月の法改正で何が変わったか
2024年4月1日に施行された改正障害者差別解消法により、それまで民間事業者には「努力義務」とされていた合理的配慮の提供が、「法的義務」に格上げされました。対象は大企業だけではなく、従業員が数名の小規模事業者も含む、すべての民間事業者です。また、雇用の場では障害者雇用促進法(第36条の2〜第36条の4)が根拠法として並立しており、厚生労働省が「合理的配慮指針」を策定しています。
「障害者」の範囲は手帳の有無に関係ない
合理的配慮の対象となる「障害のある人」は、身体障害者手帳や精神障害者保健福祉手帳を持っている人に限りません。うつ病・適応障害・発達障害(ASD・ADHD)など、機能的な障害によって日常生活や社会生活に支障がある状態にある人が広く対象となります。つまり、休職中に「うつ病」として療養していた社員が、復職時に「発達障害の診断も出た」と開示した場合も、義務の対象になります。
義務の内容は「差別禁止」と「配慮提供」の二本立て
法律が求めることは大きく二つです。一つは「不当な差別的取扱いの禁止」——障害を理由に採用を拒否したり、不当に不利な条件を課したりすることを禁じます。もう一つが「合理的配慮の提供」——障害のある人から社会的障壁の除去を求める意思表明があった場合に、過重な負担でない範囲で必要な変更・調整を行うことです。どちらを怠った場合も、行政指導の対象になりえます。
「過重な負担」とは何か——中小企業が断れる条件
合理的配慮の義務には「過重な負担にならない範囲で」という重要な留保があります。中小企業であること自体が、過重負担を判断する際の考慮要素として、法令上明示されています。
過重負担の判断に使われる6つの要素
厚生労働省の合理的配慮指針では、以下の要素を総合的に考慮して過重負担か否かを判断するとしています。一つの要素だけで決まるわけではなく、複数の観点から総合的に評価されます。
| 判断要素 | 具体的な確認ポイント |
|---|---|
| 事業活動への影響の程度 | 業務効率・他の社員への負担増はどの程度か |
| 実現困難度 | 物理的・技術的に実施できるか |
| 費用・負担の程度 | 導入・運用にかかるコストはいくらか |
| 企業の規模 | 従業員数・事業規模はどの程度か |
| 財務状況 | 経営への打撃はどの程度か |
| 公的支援の活用可能性 | 助成金・補助金で賄える部分はあるか |
中小企業であることは「免除理由」ではなく「考慮要素」
注意が必要なのは、「中小企業だから配慮しなくていい」のではなく、「中小企業という規模・財務力を踏まえて、何が過重かを個別に判断する」という構造になっている点です。たとえば専任の人事担当者がおらず、部署の数も限られている20名規模の会社が、「業務内容を全面的に別部署向けに再設計すること」を求められた場合、過重負担として断ることは合理的です。一方で、週1回の業務報告フォーマットを用意するだけで済む配慮を「コストがかかる」と拒否することは、認められにくいでしょう。
断るときは「理由を説明して代替案を提示する」が鉄則
求められた配慮が過重負担に当たると判断した場合、単に「できません」と断るだけでは不十分です。なぜできないのかの理由を誠実に説明したうえで、可能な範囲での代替案を提示することが求められます。この対話のプロセス自体が、義務を果たしたことの証明になります。
復職時の障害開示——人事が直後にすべきこと
復職面談で突然の障害開示を受けたとき、その場で判断を急ぐ必要はありません。まず「確認・対話・記録」の流れを押さえることが最重要です。
その場で決めずに「対話のプロセス」を始める
合理的配慮の義務の核心は、「建設的対話(インタラクティブプロセス)」にあります。会社が一方的に配慮内容を決めるのでも、本人の要求をそのまま丸のみするのでもなく、双方が対話を重ねて合意形成するプロセスが求められています。面談の場では「今日いただいた開示の内容を踏まえて、会社として何ができるか、社内で確認してから改めてご連絡します」と伝えれば十分です。その場での回答を急ぐ必要はありません。
確認すべき4つの情報
開示を受けた後、次の対話に向けて以下の情報を整理します。まず本人から「具体的にどのような場面で困っているか」を聞きます。次に主治医の診断書から「就業可能な状態か」「業務上の制限や配慮事項」を確認します。産業医が選任されている場合(原則として従業員50名以上で選任義務がありますが、50名未満でも契約できます)は産業医の意見も求めます。最後に「会社として現実的に対応できる範囲」を、現場の管理職とも確認したうえで整理します。
記録の残し方——紛争になったときの備え
対話の経緯・検討した配慮の内容・断った場合はその理由・合意した内容——これらをすべて文書で残すことが重要です。形式は社内メモや面談記録で構いませんが、日付・参加者・合意事項を明記し、可能であれば本人にも内容確認のサインをもらうと、後のトラブル防止になります。開示された個人情報(診断名・障害の内容)は、業務上の必要性がある範囲でのみ共有し、プライバシーに十分配慮することも忘れないでください。
50名以下の企業では産業医の選任義務がないため、復職判断をすべて経営者・人事が背負うことになりがちです。外部の産業医・産業保健師にスポット相談することで、医学的根拠のある判断が可能になります。
発達障害・うつ病への配慮——具体的な内容と範囲の目安
「配慮が必要」とわかっても、具体的に何をすればいいかイメージしにくい方が多いです。障害の特性に応じた配慮の例と、過剰にならない範囲の考え方を整理します。
発達障害(ASD・ADHD)への配慮例
発達障害のある社員への配慮として実務上よく行われるのは、口頭のみの指示をやめてメールやチャットでも伝える「指示の文書化」、業務の優先順位を明示する「タスク管理の補助」、急な予定変更を最小限にする「業務の見通しの提示」などです。これらは多くの場合、大きなコストをかけずに実施できます。一方で、「業務内容を他の社員と全く別のものに全面変更してほしい」「専任のサポートスタッフを配置してほしい」といった要求は、中小企業の規模によっては過重負担として断ることが合理的な場合もあります。
うつ病・適応障害への配慮例
うつ病・適応障害からの復職では、段階的な業務復帰(リハビリ出勤)が有効なケースが多いです。具体的には、最初の数週間は短時間勤務から始め、業務量・責任範囲を徐々に元に戻していく方法です。また、過度なプレッシャーを与えない声かけ、定期的な面談による状態確認、繁忙期の業務量の調整なども一般的な配慮として挙げられます。ただし、どのような配慮が適切かは症状・個人の状況によって異なるため、主治医や産業医の意見を踏まえて決めることが重要です。
「周囲の社員との公平性」の問題への対処
特定の社員への配慮が「あの人だけ特別扱い」という不満を生むケースは珍しくありません。この問題への対処として、まず開示された個人情報を無断で周囲に伝えることは厳禁です。チームへの説明は「本人の体調上の理由から業務内容を一部調整している」程度にとどめます。また、配慮の内容を「全員への合理的な業務調整の仕組み」として整備することで、特定の一人だけが特別扱いという見え方を防ぐ工夫もできます。
🔗 産業医がいない50名以下の企業では、復職判断の医学的根拠を外部専門家に相談しながら整備することが有効です。 →
自社の状況別——今すぐ確認すべきチェックリスト
合理的配慮への対応は、自社の状況(規模・産業医の有無・就業規則の整備状況)によって、具体的な対応手順が変わります。自社のケースに当てはめて確認してください。
従業員数・産業医の有無で変わる対応
従業員が50名未満の場合、産業医の選任義務はありません。この場合は、主治医の診断書・意見書を復職判断の中心的な医学的根拠として活用します。外部の産業保健師や産業医と単発・スポットで契約できるサービスも増えているため、定期的な選任が難しくても、復職面談時だけ外部専門家を活用する方法もあります。従業員が50名以上の場合は産業医の選任が義務であり、復職判断への関与を必ず求めてください。
就業規則・復職ルールが整備されていない場合
就業規則に休職・復職のルールが明文化されていない場合、配慮の範囲や復職条件をめぐる認識のズレが起きやすくなります。最低限、「復職判断の基準(誰が、どんな書類を確認して判断するか)」と「復職後の配慮提供のプロセス(対話→合意→記録)」を社内ルールとして文書化しておくことを強く推奨します。これは、トラブル防止と同時に、社員への誠実な対応の証明にもなります。
今日から動ける3つのアクション
- 開示を受けた場合の対話フロー(確認事項・記録様式)を社内でひな型として準備する
- 主治医への情報提供依頼書・就業上の配慮に関する意見書の書式を用意しておく
- 「過重な負担」に当たると判断した場合の説明・代替案提示の手順を決めておく
法的義務だからこそ、判断基準や対応プロセスを人事だけで抱え込まず、外部の専門家に相談しながら整備することで、後々のトラブルも減ります。
🔗 判断基準や対応プロセスを人事だけで抱え込まず、外部の専門家に相談しながら整備することで、後々のトラブルも減ります。 →
まとめ
2024年4月から、合理的配慮の提供は中小企業を含むすべての民間事業者に法的義務となりました。ただし、義務の範囲は「過重な負担にならない範囲」に限られており、企業規模や財務状況は過重負担の判断要素として明示されています。対応の核心は「建設的対話」——本人の困りごとを具体的に聞き、会社として可能な範囲を誠実に説明し、合意した内容を文書で残すプロセスです。発達障害やうつ病への配慮の多くは、大きなコストなしに実施できるものから始めることができます。「何をどこまでやればいいか」の判断基準が整備されていない状態での対応は、トラブルリスクを高めるだけでなく、社員との信頼関係にも影響します。ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・兼務人事担当者からの、メンタルヘルス対応・復職支援・合理的配慮に関するご相談をお受けしています。「自社のケースでどこまで対応すればいいか」「断れる理由があるか確認したい」といった個別の判断についても、お気軽にご相談ください。
よくある質問
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