「主治医の診断書に『テレワーク推奨』と書いてある。本人も在宅勤務専任のポジション新設を求めてきている。これは受け入れなければいけないのか——」
復職対応でこうした場面に直面したとき、「断ったら差別と言われるかもしれない」「でも在宅専任ポジションなんて現実的に作れない」と板挟みになる経営者・人事担当者は少なくありません。専任人事がいない環境では、法的なラインも実務の段取りも曖昧なまま、相手のペースに引きずられてしまうことがあります。
この記事では、在宅勤務の要求を断れるかどうかという法的な整理から、断る際に会社を守る判断基準、そして関係を壊さずに着地できる3つの代替案まで、実務ベースで解説します。
結論:在宅勤務専任ポジション新設の要求は断れる
現行の法令・ガイドラインのいずれも、会社に「在宅勤務専任の新ポジションを新設すること」を義務付けていません。ただし「何もしなくていい」わけではなく、合理的配慮の範囲で既存の体制の中から対応策を検討することが求められます。
雇用契約上の労務提供義務という基本原則
雇用契約は、労働者が「契約上定められた方法・場所で労務を提供する義務」を負うことを基本とします。在宅勤務や特定のポジションが就業規則・雇用契約書に定められていない場合、会社がこれを新たに設ける義務は原則として発生しません。
つまり、もともとの雇用条件に在宅勤務が含まれていないのであれば、「在宅専任ポジションを新設してください」という要求は、雇用契約の範囲を超えた要求と整理できます。
安全配慮義務と合理的配慮の違いを理解する
会社には労働契約法第5条に基づく安全配慮義務があります。しかしこれは「本人が希望するすべての条件を受け入れる義務」ではありません。心身の状態に配慮しながら、合理的な範囲で職場環境を整えることが求められているのです。
また、精神・発達障害のある労働者(障害者手帳の有無を問わず、障害があることを申し出た者)に対しては、障害者雇用促進法第36条の3に基づく「合理的配慮」の提供義務があります。ただしここでいう合理的配慮とは「過重な負担にならない範囲での配慮」であり、採算度外視でポジションを新設することは含まれません。
中小企業は過重な負担と認められやすい
障害者雇用促進法の指針では、合理的配慮が「過重な負担」に当たるかどうかの考慮要素として、事業活動への影響の程度・実現困難度・費用と負担の程度・企業の規模と財務状況などを挙げています。20〜50名規模の企業は、大企業と比較してこれらの要素から「過重な負担」と認められやすい立場にあります。
専任ポジションを一人のために新設するコスト・業務設計の難しさ・他の社員への影響などを具体的に整理できれば、断ることの合理的な根拠になります。
断ったら違法ではという不安を整理する
断ること自体は違法ではありませんが、断り方によっては法的リスクが生じます。重要なのは、断るプロセスが「話し合いを尽くした上での合理的な判断」として記録されているかどうかです。
復職拒否が問題になるケースとならないケース
復職要求への対応が法的問題に発展するのは、多くの場合「理由なく・一方的に・記録なく断った」ケースです。逆に言えば、次の条件を満たしていれば会社のリスクは大幅に低減します。
- 本人と複数回、書面またはメールで協議した記録がある
- 断る理由(業務上の必要性・体制上の制約など)を文書で説明した
- 代替案を提示し、検討する機会を与えた
- 産業医や地域産業保健センターの意見を参考にした
障害者差別と言われた場合の対処
本人や家族から「障害者差別だ」と主張された場合でも、会社が合理的配慮を検討・提示した経緯が記録されていれば、差別の意図がないことを示せます。障害者雇用促進法における差別禁止は「正当な理由のない不利益取扱い」を指しており、業務上合理的な理由のある対応は差別には該当しません。
感情的な主張に対して口頭で反論しようとすると泥沼になります。「会社としての判断と根拠を書面でお伝えします」と落ち着いて伝え、文書で対応することが鉄則です。
🔗 診断書と職場実態のギャップを埋めるには、外部の専門家意見が重要な判断材料になります。 →
判断に迷う主治医 vs 会社問題
主治医の診断書に「テレワーク推奨」と書かれていても、それは会社の義務を定めたものではありません。復職の可否・条件の最終決定権は会社にあります。
主治医の意見はあくまでも参考情報
主治医は本人の医療面を診ていますが、職場の業務内容・チームの状況・物理的な環境までは把握していません。「テレワーク推奨」という記載は、「そのような環境があれば望ましい」という医学的な見解であり、「会社がそれを用意しなければならない」という法的拘束力はありません。
主治医の意見を無視してよいということではなく、医療的な観点を参考にしながら、職場の実態を踏まえた判断を会社が行うという位置づけです。
産業医・産業保健スタッフを活用する
50名以上の企業は産業医の選任義務がありますが、50名未満の場合は選任義務がありません。ただし、50名未満でも「地域産業保健センター(労働者健康安全機構)」を通じて産業医や保健師への無料相談が可能です。
産業医は職場環境を踏まえた意見を出せるため、「主治医は在宅可と言っているが、産業医の意見では段階的復職が適切と判断した」という形で、対応の合理的根拠を持つことができます。これは後のトラブル防止にも有効です。
会社の状況別・判断チェック
一律に「断れる・断れない」ではなく、会社の実態によって対応の幅が変わります。自社の状況を確認しながら判断の軸を持ってください。
| 確認項目 | 該当する場合の対応方針 |
|---|---|
| 就業規則に在宅勤務制度がある | 制度の利用条件を確認し、復職者が条件を満たすか検討。条件外なら適用外と説明できる |
| 就業規則に在宅勤務制度がない | 制度自体がないため、新設義務はない。代替案の検討を優先する |
| 産業医が選任されている(50名以上) | 産業医の意見書を取得し、復職条件の根拠として活用する |
| 産業医がいない(50名未満) | 地域産業保健センターの無料相談を活用し、外部専門家の意見を取得する |
| 本人が障害者手帳を持っている、または障害の申し出がある | 障害者雇用促進法の合理的配慮義務が生じる。過重な負担に当たらない範囲で対応を検討する |
| 障害の申し出がない(メンタル不調のみ) | 安全配慮義務の範囲での対応。合理的配慮義務の対象外だが、配慮は必要 |
診断書の内容と職場実態のギャップを埋めるには、外部の専門家意見が重要な判断材料になります。
断る代わりに提示できる3つの代替案
要求を断る場合も、「代わりに何を提示できるか」を用意しておくことが、関係の悪化とトラブルを防ぐ実務的な鍵です。以下の3つが現場で使いやすい代替案です。
段階的復職プログラムの提案
いきなり「在宅専任ポジションは無理」と断るのではなく、「まず試し出勤・短時間勤務から始め、状態を見ながら勤務条件を柔軟に調整していく」という段階的復職の枠組みを先に提示します。
この枠組みがあれば、「会社が配慮をしていない」という印象を与えずに済みます。復職初期は週数日・短時間から始め、医療・産業保健スタッフの意見を反映しながら条件を見直す、というプロセスを書面で示すと本人の不安も和らぎやすくなります。
既存業務内でのテレワーク活用の検討
「専任ポジションの新設」ではなく、「現在の担当業務の一部をテレワーク対応できるか」を検討し、可能な範囲を明示する方法です。たとえば「週2日在宅・業務は従来のものを継続」という形であれば、新ポジション新設とは異なり現実的な配慮として提示できます。
ただし、他の社員との公平性の問題が生じないよう、「復職支援のための一定期間の措置」として期間と条件を明確に定め、就業規則や個別の覚書に残しておくことが重要です。
外部リワークプログラムの活用提案
復職判断を急がず、まず医療機関や民間機関が提供するリワークプログラム(復職準備のためのリハビリ訓練)に参加してもらい、職場復帰の準備が整った段階で復職条件を改めて協議するという流れです。
この方法は「今すぐ受け入れられない」という状況でも、本人への配慮を示しながら会社が判断するための時間を確保できます。「拒否」ではなく「準備を整えてから」というメッセージになるため、本人・家族との関係も維持しやすくなります。
対応プロセスと記録の残し方
どんなに合理的な判断をしても、記録がなければ後から「何も対応しなかった」と言われるリスクがあります。専任人事がいなくても、最低限のプロセス管理を徹底してください。
協議のステップと書面化のタイミング
まず、本人から要求が出た段階で「口頭だけで答えない」ことを徹底します。「一度社内で確認します」と伝えて時間を取り、会社としての方針を整理してから書面またはメールで回答します。
次に、協議の場を設ける際は可能であれば複数人(経営者と別の管理職など)で対応し、内容を議事録にまとめて双方が確認できる状態にします。最終的な判断と根拠・提示した代替案・本人の返答は必ず記録に残します。この一連の記録が、後のトラブル発生時に会社を守る最大の武器になります。
前例化を防ぐための社内整理
特定の社員への対応が他の社員にとっての前例にならないよう、「これは復職支援のための個別対応であり、全社員に適用されるものではない」と社内で明確にしておきます。就業規則や個別の覚書に「復職支援措置として・期間限定で」と明記することで、公平性への懸念も整理できます。
🔗 判断が難しい場面では、一人で抱え込まず専門家に相談することが、後のトラブルを防ぐ最善の対策です。 →
まとめ
「復職時に在宅勤務専任ポジションを新設する義務は会社にはない」というのが法的な結論です。ただし、ただ断るだけでは関係悪化やトラブルのリスクが残ります。重要なのは、合理的配慮の検討プロセスを踏み、代替案を提示し、すべてを記録に残すことです。
主治医の診断書は参考情報であり、復職の最終決定権は会社にあります。産業医や地域産業保健センターの外部意見を活用しながら、段階的復職・既存業務内でのテレワーク検討・外部リワーク活用という3つの代替案から自社に合った対応を選んでください。
とはいえ、「自社のケースにどの対応が合うのか」「記録はどう残せばいいのか」「本人との交渉をどう進めるか」という具体的な場面では、一人で抱え込むと判断を誤るリスクがあります。ウェルセンス株式会社では、専任人事がいない中小企業の復職・休職対応を実務レベルでサポートしています。まずはご相談ください。
よくある質問
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。
不調者対応を、人事だけで抱えない。
メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。


