ノーワーク・ノーペイ、曖昧な時間はどう判断する?

ノーワーク・ノーペイ、曖昧な時間はどう判断する? 労務管理
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「出社はしているけれど、ほとんど仕事ができていない。この場合、給料はどうすればいい?」「指示を待っている時間に給与を払わなかったら、あとで未払いと言われるのでは?」——給与計算の現場では、こうした「白でも黒でもない」ケースが意外に多く発生します。ノーワーク・ノーペイは「働いていなければ払わなくていい」という原則ですが、「働いている」かどうかの判断は、思いのほか複雑です。この記事では、曖昧な就労実態ごとに判断基準を整理し、実務で使える考え方を解説します。

ノーワーク・ノーペイ原則とは何か

ノーワーク・ノーペイとは「労務の提供がなければ賃金請求権は発生しない」という原則で、民法第624条・第632条を根拠とします。ただし実務で問題になるのは「労務の提供があったかどうか」の判断であり、ここを間違えると未払い賃金トラブルに発展します。

原則の根拠となる法令

民法第624条は「労働者は労務を提供してはじめて報酬を請求できる」という趣旨を定めており、これがノーワーク・ノーペイの民事的な根拠となっています。一方、労働基準法第32条は「使用者の指揮命令下に置かれた時間」を労働時間と定義しています。この二つの法令を組み合わせて考えることが、実務判断の出発点です。

「指揮命令下」がキーワードになる理由

「何もしていない時間=労働時間ではない」と直感的に思いがちですが、法的には違います。使用者の指揮命令下にある状態であれば、実際に手を動かしていなくても労働時間とみなされます。さらに重要なのは、明示的な業務命令がなくても、会社が黙認していれば指揮命令下が成立しうるという点です。これは最高裁判所(三菱重工業長崎造船所事件・平成12年3月9日判決)でも示された考え方であり、「うちは強制していない」という会社の主張だけでは不十分なケースがあります。

原則を適用できる場面・できない場面

ノーワーク・ノーペイが適用できるのは、労働者の帰責事由によって労務提供がなかった場合に限られます。一方、使用者側の事情(たとえば業務を受領しない、仕事を与えない)によって労務提供ができなかった場合は、民法第536条第2項により賃金請求権が維持されます。つまり「働かせなかった側の責任」は、会社が負うことになります。

指示待ち時間・手待ち時間は賃金を払うべきか

結論から言えば、拘束されている手待ち時間は原則として労働時間に含まれ、賃金が発生します。厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(平成29年1月20日)」でも明確にそう示されています。

手待ち時間が労働時間になる典型例

たとえば、電話対応のために席を離れられない状態での待機、店舗の営業時間中に客を待っている時間、上司の指示が来るまで業務を中断して待機している時間などは、いずれも「拘束されている」と判断されやすいケースです。こうした時間を一方的に控除した場合、労働基準法違反の未払い賃金として後日請求されるリスクがあります。

労働時間に含まれない可能性があるケース

一方、オンコール(呼び出し待機)状態でも、自宅にいて自由に時間を使えるケース、あるいは仮眠時間でも実際の業務発生頻度が極めて低く行動の自由が確保されているケースは、一律に労働時間とはなりません。判断のポイントは「業務のために行動の自由が制約されているかどうか」です。離席・外出・他の活動が実質的に禁じられているかどうかを確認してください。

実務での対処方法

手待ち時間を労働時間から除きたい場合は、就業規則や業務マニュアルに「待機中の行動範囲」を明記し、実際に自由な時間利用が可能な状態を担保することが必要です。曖昧なままで控除だけ行うことは、後日のトラブルにつながります。

準備時間・後片付け時間は給与の対象になるか

業務開始前の着替えや清掃、終業後の日報記入やシステムのシャットダウンなどは、会社が義務として行わせているか、または黙認して慣行化している場合は労働時間と判断されます。「強制していない」という主張だけでは不十分な場合があります。

判例が示す「黙認」の重要性

前述の三菱重工業長崎造船所事件の最高裁判決では、制服への着替え時間・準備体操の時間が労働時間と認められました。この判決が示したのは「使用者の明示または黙示の指示があれば、業務指示の外に見える行為も労働時間になりうる」という考え方です。長年の慣行として準備時間が行われていた場合、「やるように言ったわけではない」という主張は通りにくくなります。

労働時間に含まれるかどうかの判断基準

行為の例 労働時間になる可能性 判断のポイント
制服への着替え(着用義務あり) 高い 業務上の必要性・義務の有無
開店前の清掃・陳列(毎日行われる) 高い 慣行化・黙認の有無
PCのシャットダウン・日報記入 中〜高 業務命令との関連性
任意の自主練・スキルアップ 低い 自発的行為かどうか
私物の着替え・身支度(業務無関係) 低い 業務上の必要性がないか

就業規則での対応が重要

準備・後片付け時間を労働時間に含める・含めないの判断を明確にするためには、就業規則または業務マニュアルに「始業・終業の定義」を具体的に記載することが有効です。たとえば「所定の制服着用完了時刻を始業時刻とする」などの規定があれば、着替え時間を含むことが明確になります。規定のないまま現場任せにすると、担当者によって対応がばらつき、後日のトラブルのもとになります。

メンタル不調で出社しているが業務ができない社員への対応

メンタル不調などで出社しているものの、実際には業務遂行が困難な状態の場合、ノーワーク・ノーペイの適用可否は「誰の帰責事由か」によって判断が分かれます。就業規則に根拠規定がなければ、控除自体が難しくなります。

労働者の帰責事由による場合

メンタル不調など労働者の健康問題に起因して業務遂行ができない場合は、理論上ノーワーク・ノーペイの適用余地があります。ただしこれを実際に給与控除に結びつけるには、就業規則または賃金規程に「能力発揮不能状態における給与の取り扱い」が明記されている必要があります。根拠規定なしに控除を行った場合、「賃金の不当控除」(労働基準法第24条違反)として問題になるリスクがあります。

使用者の帰責事由になるケース

一方、職場環境・ハラスメント・過重労働など、会社側の事情が不調の原因である場合は、民法第536条第2項により賃金請求権が維持されます。この場合、給与を控除することは認められません。メンタル不調の原因が業務起因性を持つかどうかは、医師の意見・業務記録・労働時間の実態などを総合的に確認する必要があります。

休職・復職の境界にある期間の扱い

「出社しているが業務にならない」状態が続く場合、休職の適用を検討することが現実的な対応です。就業規則に休職規定があれば、医師の診断をもとに休職命令を発令し、その期間の賃金についての規定(無給・有給・傷病手当金の説明など)を本人に明示することができます。復職後のリハビリ勤務(短時間勤務・業務軽減)についても、給与の計算方法を事前に規程化しておくことで、毎回の個別判断を避けることができます。

給与控除を適法に行うための実務要件

ノーワーク・ノーペイを根拠に給与控除を行う場合、就業規則・賃金規程への明記と、労使協定(必要な場合)の整備が最低限の条件です。根拠なしに控除することは、それがどれだけ「合理的」に思えても、労働基準法第24条(賃金全額払いの原則)に抵触します。

就業規則・賃金規程に書くべき内容

控除の根拠規定として、就業規則または賃金規程には次の内容を明記することが望まれます。まず遅刻・早退・欠勤時の控除計算方法(1時間あたりの単価算出方法)。次に休職中の賃金の取り扱い(無給か有給か)。そして復職後の軽減勤務期間における給与の計算方法(実働時間に応じた按分など)。これらが規定されていない場合、「なぜ引かれたのか」という社員からの問いに答えられず、場合によっては労働審判や未払い賃金請求に発展します。

10人未満の会社でも就業規則は必要か

労働基準法第89条により、常時10人以上の労働者を使用する事業場には就業規則の作成・届出が義務付けられています。10人未満の場合は義務ではありませんが、給与控除の根拠がなければ後日のトラブル対応が難しくなります。10人未満の企業でも、賃金規程や雇用契約書に控除の根拠条件を記載しておくことが実務上は不可欠です。

控除実施前に確認すべきこと

  • 就業規則または賃金規程に控除の根拠条文があるか
  • 対象となる時間が「指揮命令下」にない時間かどうか確認できているか
  • 不調が労働者の帰責か、使用者の帰責かを医師の意見も含めて確認しているか
  • 控除内容を本人に書面で通知しているか
  • 同様のケースで過去に控除していないケースがあれば、一貫性の説明ができるか

給与控除のルール化は、人事判断の負担を減らすだけでなく、後日の紛争を防ぐ投資でもあります。「どのケースにいくら引くか」の判断が毎回個別では、担当者の負担も大きく、判断の一貫性も保ちにくいものです。

まとめ

ノーワーク・ノーペイ原則は「労務の提供がなければ賃金は発生しない」というシンプルな原則ですが、「労務の提供があったかどうか」の判断は、指揮命令下の概念・黙認・帰責事由など複数の要素が絡み合い、実務では一筋縄にはいきません。指示待ち時間や準備時間は原則として労働時間に含まれ、メンタル不調による業務不能状態への給与控除には就業規則上の根拠が必要です。こうした「白黒つけにくいケース」で一番リスクが高いのは、根拠規定のないまま感覚で対応し続けることです。

給与控除にまつわる判断は、人事が一人で決めるには複雑すぎます。就業規則の整備から具体的な対応まで、ウェルセンス株式会社では人事担当者の実務を一緒に整理することができます。「うちの場合はどうすればいい」という具体的なご状況があれば、お気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 業務の合間の休憩のような待機時間も、給与を払わなければなりませんか?

A. 「休憩時間」として労働基準法第34条に基づき適正に与えられている場合は、賃金の支払い義務はありません。ただし、休憩中に実質的に拘束されている(電話対応が必要、離席できないなど)場合は「手待ち時間」として労働時間に含まれます。形式上の休憩であっても、実態が拘束状態であれば賃金が発生するリスクがあります。

Q. メンタル不調で出社してきたが業務にならない社員を、すぐに休職させることはできますか?

A. 就業規則に「業務に耐えられない状態の場合、会社は休職を命じることができる」旨の規定があれば、医師の診断書をもとに休職命令を発令することが可能です。ただし、規定がない場合や手続きが不明確な場合は、本人の同意を得ながら進める必要があります。まずは就業規則の休職規定を確認し、産業医や専門家に相談することをお勧めします。

Q. 復職後にリハビリ勤務(短時間勤務)を行う場合、給与はどう計算すればよいですか?

A. 就業規則または賃金規程に「リハビリ勤務期間中は実働時間に応じた時間給計算とする」などの規定があれば、それに基づいて算出します。規定がない場合は、本人と合意のうえで個別に賃金の取り扱いを書面で取り交わすことが必要です。毎回の個別判断を避けるためにも、復職規程として事前に整備しておくことが望まれます。

Q. 就業規則に根拠がなくても、口頭での合意があれば給与控除はできますか?

A. 労働基準法第24条の賃金全額払いの原則により、就業規則や労使協定に明記されていない控除は原則として認められません。口頭合意だけでは法的な根拠として不十分であり、後日「同意した覚えはない」と主張された場合に会社側が不利になります。控除を行う場合は必ず書面(就業規則・賃金規程・個別合意書)で根拠を明確にしてください。

Q. 毎朝10分早く来て準備している社員がいますが、残業代を請求されることはありますか?

A. その10分が業務上の必要性から行われており、会社が黙認または慣行化している場合は労働時間と判断される可能性があります。三菱重工業長崎造船所事件の最高裁判決でも、準備時間が労働時間と認められた事例があります。「特に指示はしていない」という主張だけでは不十分なため、始業前の行動についてのルールを就業規則や業務マニュアルで明確にすることが重要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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