社員のメンタル不調、本人同意なしでどこまで動ける?

社員のメンタル不調、本人同意なしでどこまで動ける? コンプライアンス
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月曜の朝、上司からこんな報告が上がってきた——「Aさん、最近様子がおかしくて。遅刻も増えているし、ミスも多い。でも本人は『大丈夫です』と言うんです」。あなたは会社として何かしなければと思いながらも、「本人が何も言っていないのに動いていいのか」「プライバシーに踏み込みすぎじゃないか」と手が止まってしまう。この記事では、そのジレンマに正面から答えます。法的な根拠を押さえながら、産業医がいない小規模企業でも実践できる初動対応の手順を、具体的に解説します。

「本人が言っていないから動けない」は通用しない

結論から言うと、会社は本人の申告がなくても動く義務があります。上司からの報告を受けた時点で、会社は「不調を知った」と法的に評価される可能性が高く、その後に放置すれば安全配慮義務違反に問われるリスクがあります。

安全配慮義務は「申告待ち」ではない

労働契約法第5条は、会社が労働者の「生命・身体・健康」を守るために必要な配慮をしなければならないと定めています。重要なのは、この義務が「本人が申告したとき」に生じるのではなく、会社が不調の兆候を把握しうる状況になった時点から生じるという点です。

過去の裁判例でも、この考え方は繰り返し確認されています。電通事件(最高裁平成12年3月24日判決)では、業務量や労働時間の状況から使用者が健康被害を予見できたかどうかが問われました。「言ってこなかったから対応しなかった」は、法的な免責理由にはなりません。

上司からの報告は「会社が知った」と同じ

上司は会社の業務執行の一翼を担う立場です。そのため、上司が部下の不調を把握して人事・経営者に報告した場合、法的には「会社として認識した」と評価される可能性があります。「上司が個人的に聞いた話だから」という認識は通用しません。報告を受けた瞬間から、会社としての対応が求められているのです。

「動かないリスク」と「動きすぎるリスク」を比べる

「介入してプライバシーを侵害してしまうのでは」という懸念は理解できます。しかし現実の法的リスクとして重いのは、不調を放置して状態が悪化したケースです。適切な声かけや情報収集は、安全配慮義務を果たすための正当な行為として認められます。もちろん、強制的な調査や過剰な詮索は避けなければなりませんが、「何もしない」という選択肢がもっともリスクが高いことを最初に押さえておいてください。

会社が介入できる範囲とプライバシーの線引き

健康情報は「要配慮個人情報」(個人情報保護法第2条第3項)であり、原則として本人の同意なしに取得・共有することはできません。ただし、安全配慮義務を果たすために業務上必要な範囲での情報共有は、一定の条件のもとで許容されます。

「業務上の必要性」が情報共有の根拠になる

本人が明示的に同意していない段階でも、会社が業務上必要な範囲内で情報を共有することは、安全配慮義務の履行という正当な目的のもと認められうると解されています。ただし、この「業務上の必要性」には条件があります。共有する情報は最小限にとどめること、共有する相手は対応に直接関与する必要がある人物に限ること、そして共有した内容と経緯を記録として残すことが不可欠です。

共有してよい情報・してはいけない情報の目安

共有の可否 情報の種類 注意点
共有可能 業務上の変化(遅刻・ミスの増加・コミュニケーション変化) 診断名・病名は含めない
共有可能 「通常業務に支障が生じている」という事実 対応に必要な関係者のみに限定
慎重に扱う 本人が上司に話した個人的な事情 本人の了解なしに第三者への共有は避ける
原則NG 診断名・服薬情報・通院先などの医療情報 本人同意がない限り取得・共有ともに不可

「誰と共有するか」の範囲を絞る

情報を共有してよい相手は、対応に直接関与する必要がある人に限ります。たとえば、直属上司・人事担当者(または経営者)・外部の相談窓口担当者などです。他の社員や関係のない役職者に伝えることは、プライバシー侵害のリスクを高めます。「Aさんがちょっと大変そうで」という曖昧な情報が社内に広がるのを防ぐためにも、共有の範囲と内容を最初に明確に決めることが重要です。

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産業医がいなくても動ける初動の手順

産業医がいなくても、初動対応の大部分は実施できます。産業医の役割は「医学的判断」ですが、情報の収集・記録・本人への声かけ・外部リソースへの相談は、産業医なしでも十分に進められます。

まず上司からの情報を整理して記録する

対応の出発点は、上司が報告してきた内容を正確に把握し、記録することです。「いつ頃から」「どのような変化が見られるか」「本人が話した言葉はあるか」「業務への影響はどの程度か」を具体的に聞き取り、日時とともに書面またはデータで残してください。後日、「会社として把握していた内容」と「取った対応」を証明するうえで、この記録が重要な根拠になります。

本人への声かけは「業務確認」を入口に

次に行うべきは、本人への声かけです。この段階では「メンタルヘルスの調査」としてではなく、「業務上の状況確認」として行うのが適切です。たとえば「最近、業務の調子はどうですか?何か困っていることがあれば聞かせてください」という形で、人事担当者または上司がワンオンワンで話す機会をつくります。本人が「大丈夫」と答えたとしても、声をかけた事実と日時を記録に残すことが大切です。本人が面談を拒否した場合は強制できませんが、その事実も記録しておきます。

産業医不在時に使える外部リソース

50名未満の企業では産業医の選任義務がありませんが、利用できる外部リソースは複数あります。まず確認してほしいのが地域産業保健センター(産保センター)です。都道府県労働局が委託する機関で、50名未満の事業場向けに産業医相談・保健師指導などを無料で提供しています。厚生労働省の「こころの耳」にも事業主向けの相談窓口があります。また、社会保険労務士や精神保健福祉士と外部顧問契約を結ぶことで、継続的なサポート体制を整える選択肢もあります。

初動対応の進め方に迷った場合は、ウェルセンス株式会社に一度ご相談ください。50名未満の企業向けに、実際の対応シーンに沿ったアドバイスをしています。

就業規則の有無で変わる「受診を勧める」強さ

本人に医療機関の受診を勧める場合、就業規則の規定があるかどうかで、会社が取れる対応の強度が変わります。これは小規模企業がとくに確認しておきたいポイントです。

受診命令と受診勧奨の違い

就業規則に「会社が必要と認めた場合、指定する医師への受診を命じることができる」といった規定がある場合、会社は受診命令を出すことができます。本人がこれを正当な理由なく拒否すれば、就業規則違反として扱える余地が生じます。一方、規定がない場合は「受診勧奨」、つまりあくまで「お願い」の範囲にとどまります。今すぐ就業規則を確認し、規定がなければ専門家(社会保険労務士など)に相談して整備することをおすすめします。

「受診してほしい」と伝えるときの言い方

受診を勧める際には、会社の意図が「監視」や「排除」ではなく「サポート」であることを丁寧に伝えることが重要です。「無理しているように見えて心配しています。一度、専門家に話を聞いてもらうだけでも、少し楽になるかもしれません」といった言い方は、本人の防御を和らげる効果があります。受診を強制する言葉は、かえって関係を悪化させるリスクがあります。

記録は対応のたびに更新する

声かけの結果、本人の反応、受診勧奨を行ったかどうか——これらの対応経緯をその都度記録してください。「いつ」「誰が」「何を伝えたか」「本人はどう答えたか」を残すことで、後に「会社は対応していた」という事実を証明できます。フォーマットはシンプルなExcelやメモで構いません。記録があるかないかで、後の対応の重さが大きく変わります。

初動で「やってはいけないこと」の具体例

初動では、何をすべきかと同じくらい、何をしてはいけないかを押さえることが重要です。善意からの行動が状況を悪化させてしまうケースは少なくありません。

本人に無断で家族へ連絡する

「緊急だから」と判断して、本人の同意なしに家族へ連絡することは、原則として避けるべきです。本人が家族に知られることを望んでいない場合もあり、信頼関係を一気に損なうリスクがあります。家族への連絡が必要な場合は、必ず本人の同意を得るか、緊急性が極めて高い場合(自傷・他害のおそれがある等)に限定してください。

不調の原因を追及する「尋問型」の面談

「なぜそうなったのか」「いつからこんな状態なのか」と原因を掘り下げる面談は、本人を追い詰める可能性があります。初動段階での面談の目的は「情報収集」ではなく「安心感の提供」と「つながりを切らさないこと」です。原因究明は、専門家(主治医・精神保健福祉士等)が介入したあとの段階で行うものと考えてください。

チームや社内に「それとなく」伝える

「みんなにフォローしてもらおう」という善意で、他の社員にAさんの状況を伝えることも避けるべきです。情報が広がれば本人のプライバシーが侵害されるだけでなく、職場復帰時の心理的ハードルが高くなります。対応する必要がある人にだけ、必要な情報だけを伝える原則を守ってください。

まとめ

社員のメンタル不調を上司から報告された場合、会社は「本人が何も言っていないから」という理由で放置することはできません。安全配慮義務(労働契約法第5条)は、会社が不調を把握した時点から生じるからです。初動として求められるのは、上司からの情報を記録し、本人に業務上の声かけを行い、必要に応じて外部の専門リソース(地域産業保健センターなど)を活用することです。産業医がいなくても、これらの対応は実施できます。また、健康情報の共有は必要最小限・関与者限定で行い、すべての対応経緯を記録することが、会社を守ることにもつながります。

対応の進め方に不安があるなら、無理に人事だけで判断しなくて大丈夫です。ウェルセンス株式会社は50名未満企業向けに、初動から休職・復職まで伴走型でサポートしています。まずはお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 上司から報告を受けたとき、すぐに本人に連絡すべきですか?

A. まず上司から詳細を聞き取り、記録を整理したうえで本人への声かけに進むのが適切な順序です。すぐに本人に「上司から聞いた」と伝えると、本人が上司への信頼を失う場合があります。「業務上の状況確認」という形で自然に接触の機会をつくるのが現実的です。

Q. 本人が「大丈夫」と言い張る場合、それ以上踏み込めませんか?

A. 本人の意思を尊重しながらも、業務上の観点から引き続き状況を観察し、定期的に声をかけ続けることは問題ありません。「大丈夫と言っていたが様子が変わった」という経過観察の記録も重要です。就業規則に受診命令の規定がある場合は、業務遂行への支障を根拠として受診を求めることも可能です。

Q. 地域産業保健センターはどうやって探せばよいですか?

A. 独立行政法人労働者健康安全機構のウェブサイトから、都道府県ごとの産業保健総合支援センター(さんぽセンター)を検索できます。各センターに地域産業保健センターへの窓口があり、50名未満の事業場であれば産業医相談などを無料で利用できます。まずは電話で「小規模事業場向けの相談をしたい」と伝えると案内してもらえます。

Q. 記録はどのような形式で残せばよいですか?

A. 特定のフォーマットは必須ではありません。「日時・対応した人・対応内容・本人の反応」が記録されていれば、ExcelやWord、メモアプリでも有効です。重要なのは対応のたびに追記し、時系列で経緯がわかる状態にしておくことです。後から書き直したと疑われないよう、対応した当日中に記録する習慣をつけてください。

Q. 対応を進めるうちに休職が必要になった場合、どうすればよいですか?

A. 主治医から診断書が提出された場合、就業規則の休職規定に基づいて休職の手続きを進めます。休職期間中の連絡ルール・傷病手当金の手続き・復職の判断基準などを事前に整備しておくことが重要です。休職・復職のプロセス設計は専門知識が必要な部分が多いため、社会保険労務士やメンタルヘルス支援の専門機関に相談することをおすすめします。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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