経営者が通報対象になったとき機能する外部窓口の作り方3ステップ

経営者が通報対象になったとき機能する外部窓口の作り方3ステップ コンプライアンス
Photo by MART PRODUCTION on Pexels

「うちの会社の窓口担当者は、私の直属の部下なんです」——ある経営者がそう話してくれたとき、少し間があった後、こう続けた。「もし私自身がハラスメントの相手として通報されたら、彼女はどこに報告すればいいんでしょうか」。この問いに答えられない会社は、実は珍しくありません。専任人事のいない中小企業では、内部通報の仕組みが「経営者が問題の当事者になったとき」を想定していないケースがほとんどです。この記事では、そのリスクを法的根拠から整理し、外部窓口を整備するための具体的な手順をお伝えします。

社内窓口が「機能しない」とはどういう状態か

社内窓口が機能しない状態とは、通報を受け付けても調査・是正につながらない状態のことです。経営者が当事者のケースでは、仕組み上の欠陥によってこの状態が構造的に生じます。

担当者が報告できる相手がいない

20〜50名規模の企業では、人事・総務担当者が経営者の直属であることがほとんどです。通報窓口の担当者が「受け取った通報を誰に報告するか」を考えたとき、その報告先が当の経営者本人になってしまいます。担当者は事実上、握りつぶすか、対応を先送りにするか、あるいは個人的なリスクを負って通報者に寄り添うかの三択を迫られます。これは担当者の問題ではなく、仕組みの問題です。

調査の指揮命令系統が壊れる

通常、社内調査は経営者の承認のもとで進みます。調査委員会の設置、ヒアリング対象者の選定、調査結果の評価——これらはすべて経営者の意思決定ラインにのっています。経営者本人が被調査対象になったとき、その指揮命令系統は根本から機能しません。「誰が調査を命じ、誰が承認し、誰に報告するか」が宙に浮いてしまうのです。

近距離ゆえに告発しにくい環境がある

「うちはオープンな文化だから大丈夫」と感じやすいのが少人数企業の特徴です。しかし経営者と従業員の距離が近いことは、むしろ権力勾配を日常的に実感しやすい環境を意味します。人事権・評価権・解雇権を持つ人物に対して、同じ空間にいる従業員が声を上げることの心理的コストは、大企業よりも高くなりがちです。

経営者が通報対象になったとき会社が負う法的義務

経営者が問題の当事者であっても、会社(法人)は対応義務を免れません。主に三つの法的根拠から、その義務が生じます。

公益通報者保護法と窓口の中立性

2022年の改正公益通報者保護法により、常時使用する労働者数が300人を超える事業者には内部通報窓口の設置と運用が義務付けられました。300人以下の事業者は努力義務ですが、「義務でない=対応しなくてよい」ではありません。規模に関係なく、通報者への不利益取り扱い禁止はすべての事業者に適用されます。さらに重要な点として、窓口担当者が中立性を欠く場合、窓口そのものが法の趣旨を満たしていないとみなされるリスクがあります。「窓口はあるが、担当者が経営者に直属していた」という体制は、法的な保護の実効性を欠いていたと評価されかねません。

ハラスメント防止義務は経営者案件でも会社に課される

労働施策総合推進法(パワハラ)、男女雇用機会均等法(セクハラ)、育児・介護休業法(マタハラ)に基づくハラスメント防止措置義務は、すべての事業主に課せられています。経営者(代表取締役)がハラスメントの行為者であっても、法人としての会社が防止・対応義務を負います。「相談窓口が経営者に報告する仕組みだった」こと自体が、防止措置義務の違反根拠になり得ます。

対応しなかった場合の民事リスク

経営者によるハラスメントや不正行為は、民法第709条の不法行為に該当しうる行為です。さらに会社が適切な調査・対応をしなかった場合、民法第715条の使用者責任、または法人としての共同不法行為責任を問われるリスクがあります。「通報は受けたが経営者案件だったので動けなかった」という事実が、後に訴訟の中で会社の責任を加重する材料になります。

自社の窓口体制を点検する判断基準

外部化の前に、まず自社の現状を整理することが必要です。以下の表で、自社がどの状態にあるかを確認してください。

チェック項目 リスクあり 対応済み
通報窓口担当者の報告先 経営者に直接報告する 監査役・社外取締役など経営者から独立した先に報告できる
調査の指示権限 経営者が調査を指揮・承認する 経営者以外(外部弁護士・監査役等)が調査を主導できる
取締役・監査役の独立性 家族・友人等、経営者と利害関係がある 社外の独立した立場の人物が含まれる
通報者の匿名性の担保 通報内容が経営者に筒抜けになりうる 第三者機関が受領・管理し、経営者に開示しない設計がある

従業員数・会社形態による対応の違い

従業員数や会社形態によって、使える手段が異なります。株式会社であれば監査役制度を活用することが実務的な外部化手段の一つです。会社法第381条に基づき、監査役は取締役の業務執行を監査する独立した機関として機能します。ただし同族企業では監査役が形骸化しているケースも多く、その場合は外部専門家(弁護士・社会保険労務士)への委託が実質的な手段になります。合同会社や個人事業に近い形態では、外部委託が唯一の選択肢となることもあります。

自社の形態がどれに該当するか、また何から始めるべきか判断に迷う場合は、早めに専門家に相談することで、余裕を持った対応が可能になります。

外部窓口を整備する具体的な手順

外部窓口の整備は、「受け皿の外部化」「調査権限の移譲」「報告先の設計」の順で進めます。この三つをセットで設計しないと、どれか一つが欠けても全体が機能しません。

受け皿を外部に移す

まず最初に取り組むのは、通報の受け皿そのものを外部に移すことです。外部弁護士、社会保険労務士、または専門の内部通報サービス業者に窓口機能を委託します。委託先を選ぶ際の最重要要件は、「委託先が経営者に報告義務を負わない」設計になっているかどうかです。委託契約の中に、「通報内容を経営者に開示する条件と開示しない条件」を明確に定め、文書化してください。費用感としては、弁護士事務所との顧問契約や通報窓口業者のサービスを組み合わせることで、月額数万円規模から始められるケースもあります。

調査の指揮権限を外部に移譲する

次に、調査を誰が指揮するかを設計します。経営者が被調査対象になった場合に備え、外部専門家(弁護士等)を委員長とする調査委員会を組成できる体制を整えます。社内に独立した監査役がいる場合は、その監査役に調査指示権限を明示的に付与します。重要なのは「調査期間中は経営者が調査に関与しない」ことを文書で周知する手順を決めておくことです。この手順が事前に整備されていないと、実際に案件が発生したとき「経営者を外す」という判断自体が組織内の摩擦を生みます。

調査結果の報告先を設計する

最後に、調査結果をどこに・誰に報告するかを明示します。経営者以外の報告先として、監査役・取締役会・社外取締役・株主総会などが候補になります。この「報告先」が事前に決まっていないと、調査が完了しても結果の処理が止まります。また、通報者へのフィードバック手順(いつ、何を、どのように伝えるか)も文書化しておくことで、対応の抜け漏れを防ぎます。

整備するうえでよくある誤解と注意点

外部窓口の整備を検討するとき、二つの誤解が判断を遅らせることがあります。いずれも根拠のある心配ではないため、正確に理解しておくことが重要です。

「外部化=問題を大きくする」は誤解

外部窓口を設けることを「問題を大きくする行為」と捉える経営者は少なくありません。しかし実際は逆です。外部化によって通報が適切に処理されることで、問題が訴訟・労働紛争・行政調査へと発展するリスクを低減できます。「内部に留めて対応した」結果、対応の不備が後に問題となるケースのほうが、法的リスクとしては高くなります。

コストは「問題発生後」と比較して考える

外部専門家への委託費用を高いと感じる場合、対応が遅れて訴訟や労働審判に至った場合のコストと比較することをお勧めします。弁護士費用・和解金・レピュテーション(評判)の毀損による採用への影響など、事後対応のコストは整備費用を大きく上回ることが多いです。外部窓口は「保険」として位置づけると、費用対効果の判断がしやすくなります。

整備したことを従業員に周知する

外部窓口を設けても、従業員がその存在を知らなければ意味をなしません。窓口の連絡先・匿名性の担保・通報後のプロセスを就業規則または別途配布する文書に明記し、全従業員に説明する機会を設けてください。周知の記録(説明会の議事録・配布資料の受領確認等)を残しておくことで、後日「知らなかった」という主張に対応できます。

人事だけで判断せず、法務や専門家の視点を入れることで、より堅牢な体制設計が実現します。

まとめ

経営者が通報対象になったとき、社内窓口は構造的に機能しません。これは担当者の問題ではなく、仕組みの問題です。公益通報者保護法・ハラスメント防止義務・民法上の使用者責任という三つの法的根拠から、会社は規模に関係なく対応義務を負います。外部窓口の整備は、受け皿の外部化・調査権限の移譲・報告先の設計という流れで進め、三つをセットで設計することが重要です。「外部化=問題を大きくする」は誤解であり、むしろ事後リスクを低減するための予防的投資です。

ウェルセンス株式会社では、20〜50名規模の企業を対象に、メンタルヘルス対応・休職復職支援と合わせて、こうした内部通報体制の外部化に関するご相談も承っています。「自社の窓口体制がこれでよいのか確認したい」「実際の設計や契約書の文言をどう詰めるか相談したい」という段階からお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 従業員数が50名以下でも内部通報窓口を設置する義務がありますか?

A. 公益通報者保護法上の窓口設置義務は、常時使用する労働者数が300人を超える事業者に課せられています。50名以下の場合は「努力義務」にとどまります。ただし、通報者への不利益取り扱い禁止や、ハラスメント防止措置義務は規模に関係なくすべての事業主に適用されます。また、対応が不適切だった場合の民事リスクは規模に関係なく生じます。「義務でないから設置しない」ではなく、「リスクを踏まえてどう対応するか」で判断することをお勧めします。

Q. 外部弁護士に通報窓口を委託する場合、費用はどのくらいかかりますか?

A. 費用は委託先や契約内容によって大きく異なります。弁護士事務所との顧問契約に通報窓口機能を含める場合、月額数万円規模から対応しているケースがあります。専門の内部通報サービス業者を利用する場合も、中小企業向けのプランでは月額数万円程度から提供されているサービスがあります。一方、対応が遅れて労働審判や訴訟に至った場合の弁護士費用・和解金は、これをはるかに上回ることが多いため、予防コストとして捉えることが重要です。

Q. 経営者が通報対象になった場合、誰が調査を指揮すればよいですか?

A. 株式会社であれば、会社法上の監査役が取締役の業務執行を監査する権限を持っています(会社法第381条)。監査役が独立性を持って機能している場合、調査の指揮権限を監査役に移すことが実務的な手段です。監査役が形骸化している場合や、合同会社など監査役制度のない形態の場合は、外部弁護士を委員長とする調査委員会を組成することが現実的な対応です。いずれの場合も、調査期間中に経営者が関与しないことを文書で明示・周知することが重要です。

Q. 通報者の匿名性はどのように担保すればよいですか?

A. 外部窓口に委託する場合は、委託契約の中に「通報者の氏名・所属等の個人情報を経営者に開示しない」条件を明記します。また、通報者への案内文(周知資料)にも「匿名での通報が可能であること」「通報者の情報が経営者に渡らない仕組みであること」を明示します。社内担当者が受け付ける場合は匿名性の担保が難しいため、経営者案件を想定するなら外部委託が基本的な選択肢になります。

Q. 現時点で通報はゼロですが、今から体制を整備する必要がありますか?

A. 通報ゼロは「問題がない」ことを意味しない場合があります。窓口が機能していない・通報しても意味がないと従業員が判断しているために、通報が発生していないケースも珍しくありません。また、問題が起きてから体制を整備しようとすると、緊急対応と整備を同時に進めることになり、対応の質が下がります。外部窓口の整備は、問題発生前に済ませておくことで初めてリスク低減の効果を発揮します。現状に問題がないと感じている今こそ、落ち着いて設計できるタイミングです。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。

メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。

人事だけで抱えない。産業医にスポットで相談
タイトルとURLをコピーしました