通勤手当の廃止は不利益変更?中小企業の正しい手順とは

通勤手当の廃止は不利益変更?中小企業の正しい手順とは 組織運営
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「在宅勤務が定着したのに、毎月定期代を払い続けている……これ、止めてもいいのだろうか」。そう感じながらも、「不利益変更になる」という言葉が引っかかって手が止まっている経営者・人事担当者は少なくありません。全員の同意が取れなければ何もできないのか、就業規則はどう直せばいいのか、社員への説明はどう切り出せばいいか——この記事では、中小企業が通勤手当を廃止・減額するときに必ず押さえておきたい法的な考え方と、実務上の正しい手順をわかりやすく解説します。

そもそも通勤手当の廃止は「不利益変更」になるのか

結論から言えば、就業規則や雇用契約書の記載内容によって、不利益変更になるかどうかが変わります。まず自社の書類を確認することが、すべての出発点です。

就業規則の「書き方」で判断が分かれる

通勤手当の廃止・減額が不利益変更にあたるかどうかは、就業規則や雇用契約書に何と書いてあるかが最初の判断ポイントです。代表的なパターンを整理すると以下のようになります。

就業規則・雇用契約書の記載 廃止・減額の扱い
「実費を支給する」「通勤に要した費用を支給する」 実際の通勤費がゼロであれば支給額もゼロになるため、不利益変更には該当しにくい
「月◯円を支給する」など固定額を明記 減額・廃止は不利益変更に該当する可能性が高い
フルリモートに移行し通勤義務が消滅 変更の合理的理由が認められやすく、正当性が高まる
週1〜3日出勤など、出勤日数が社員によって異なる混在型 実費精算への切り替えは合理性が認められやすい

根拠となる法令を押さえておく

不利益変更に関する根拠法令は労働契約法第9条・第10条です。第9条は「使用者は労働者の同意なく、就業規則の変更によって労働条件を一方的に不利益に変更できない」という原則を定めています。一方、第10条はその例外として、変更に合理性があり、かつ周知が行われた場合には変更後の就業規則が労働契約の内容になると定めています。つまり、「同意なしでは絶対にできない」ではなく、合理性と周知の要件を満たせば変更できる仕組みになっています。

「合理性」はどう判断されるのか

労働契約法第10条が合理性の判断要素として列挙しているのは、労働者が受ける不利益の程度、変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉状況、その他の事情の5点です。通勤手当の廃止・減額の場面では、「在宅勤務への移行によって通勤費の実費が発生しなくなった」という事実が変更の必要性と相当性の両方を支える強い根拠になります。コスト削減のためだけという理由よりも、実態に合った処遇に是正するという説明のほうが合理性は認められやすくなります

手続きの正しい流れ

変更の方向性が固まったら、次は手続きの順序です。就業規則の改定は、社員説明の前ではなく後で行うのが正しい流れではありません。正確には、確認→設計→意見聴取→説明・周知→改定→届出の順に進めます

現状の確認と変更内容の設計

はじめに現行の就業規則と雇用契約書を読み、通勤手当がどのように定められているかを確認します。「実費支給」なのか「固定額支給」なのかで対応方針が変わるため、この確認を省略すると後の手続き全体がぶれます。次に変更内容を設計します。選択肢としては、完全廃止・上限額の引き下げ・実費精算への切り替えの3パターンが一般的です。出勤日数が社員によって異なる場合は、「実際に出勤した日数×交通費」の実費精算方式が公平感を保ちやすく、合理性の説明もしやすくなります。

意見聴取は「同意取得」ではない

変更内容が固まったら、労働者代表(または過半数労働組合)への意見聴取を行います。ここで多くの担当者が誤解するのが「意見聴取=全員の同意取得」という思い込みです。意見聴取は労働基準法第90条に定められた法的義務ですが、同意を得ることが義務ではなく、意見を聴くことが義務です。反対意見が出ても手続きを進めることは法的に問題ありません。ただし、反対意見の内容は記録しておき、後の説明や届出に活かすことが重要です。

意見聴取の記録、手続きの漏れ、社員への説明方法など、正式な対応に不安がある場合は、早めに相談を検討することをおすすめします。

社員への説明と届出・周知で完結させる

意見聴取の後、全社員に対して変更内容・理由・施行日を明示した説明を行います。説明の場を設けるだけでなく、書面や社内チャットでの通知を組み合わせると、後から「聞いていなかった」というトラブルを防げます。説明を終えたら就業規則を改定し、常時10名以上の労働者を使用する事業場は所轄の労働基準監督署へ届出が必要です(労働基準法第89条・第90条)。届出後は、改定した就業規則を全社員がいつでも確認できる方法で周知します(労働基準法第106条)。掲示板への貼り出し、社内イントラへのアップロード、各人への配布のいずれかが一般的です。

「全員同意を取る方法」と「合理的変更で進める方法」の使い分け

中小企業では、まず個別同意を取ることを基本方針にしつつ、同意が得られない社員については合理的変更の要件を整えて対応する二段構えが現実的です。

個別同意方式のメリットと限界

個別同意方式とは、社員全員から書面で同意を取る方法です。全員が同意すれば法的リスクが最も低くなります。ただし、一人でも同意しない場合、その社員には旧条件が適用され続けるリスクがあります。社員数が少ない中小企業では「一人だけ旧条件が続く」状況が職場の不公平感につながる場合もあるため、個別同意だけに頼らない準備も必要です。

合理的変更方式を使う条件を整える

労働契約法第10条に基づく合理的変更方式は、合理性と周知の要件を満たせば個別同意なしに変更を適用できる方法です。通勤手当の廃止・減額においては、在宅勤務への移行という業務実態の変化が合理性の根拠になります。ただし、合理性が後から否定された場合は変更が無効になるリスクがあります。そのため、変更の理由・交渉経緯・周知方法を記録として残しておくことが、万一のトラブル時の備えになります。

社員への説明でつまずかないために

法的手続きを整えても、社員への伝え方を誤ると職場の信頼関係が傷つきます。説明の核心は「なぜ今変えるのか」の理由を丁寧に伝えることです。

説明の場を設ける前に準備すること

社員説明の前に準備しておきたいのは、変更後の処遇内容を書面にまとめた資料です。「廃止になる手当の金額」「新しい精算方法」「施行日」を明記し、口頭説明だけに終わらないようにします。また、よく出る質問を想定して回答を準備しておくと、説明の場での混乱を防げます。たとえば「週に何回か出勤している社員はどうなるのか」「在宅勤務の頻度が変わった場合はどうするのか」などは事前に想定しやすい質問です。

反発が出たときの対応姿勢

説明の場で社員から反発や不満が出ることは珍しくありません。そのとき重要なのは、反論を封じようとせず、意見として受け止めた上で判断の根拠を再度丁寧に説明する姿勢です。「会社が一方的に決めた」という印象を持たせないために、変更の検討過程を共有したり、移行措置(たとえば数か月間の経過措置として一部支給を続けるなど)を設けたりすることも、合理性の観点から有効です。全員が喜ぶ変更はありませんが、「プロセスが誠実だった」と感じてもらえる説明は、長期的な職場の信頼につながります。

専任人事がいない中小企業が特に注意すべきポイント

専任の人事担当者がいない環境では、手続きのどこかが抜け落ちてしまうリスクが高まります。特に「意見聴取の記録」「就業規則の届出」「改定後の周知」の3点は漏れやすいため、チェックリストで管理することを強くおすすめします。

従業員数によって変わる対応範囲

常時使用する労働者が10名未満の事業場は、就業規則の作成義務および労働基準監督署への届出義務がありません。ただし、就業規則がない場合でも雇用契約書の記載内容は有効であり、通勤手当が契約書に固定額で明記されていれば変更には合理的な手続きが必要です。10名未満の事業場でも、変更の内容と理由を書面で社員に渡すことは、後のトラブル防止のために行っておくべきです。10名以上の事業場は就業規則の作成・改定・届出が法的義務となるため、手続きの抜け漏れに特に注意が必要です。

雇用契約書が古い場合のリスク

中小企業では、採用時に作成した雇用契約書が何年も更新されていないケースがあります。就業規則を改定しても、雇用契約書に固定額の通勤手当が明記されている場合は、就業規則の変更だけでは対応が不十分になる可能性があります。契約書と就業規則の両方を確認し、必要であれば雇用条件通知書の再交付や契約書の更新も合わせて検討してください。

まとめ

通勤手当の廃止・減額が不利益変更にあたるかどうかは、就業規則や雇用契約書の記載内容によって異なります。「実費支給」の定めであれば在宅勤務への移行に伴う廃止は比較的進めやすく、「固定額支給」の場合は労働契約法第10条に基づく合理性と周知の要件を整えて対応する必要があります。手続きの流れは、現状確認→変更内容の設計→労働者代表への意見聴取→社員説明→就業規則改定→労働基準監督署への届出→全社周知の順が基本です。中小企業では専任人事がいないまま対応することが多く、手続きの抜け漏れや社員説明のタイミングを誤るとトラブルに発展するリスクがあります。

こうした労務手続きは、一度つまずくと対応が複雑になりやすいため、進める前に専門家の視点から確認してもらうことも選択肢の一つです。ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の労務課題に対して、実務に即した支援を行っています。「うちの就業規則でどう対応すればいいか」「社員への説明をどう進めればいいか」など、具体的な状況についてまずは気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 在宅勤務を導入してから通勤手当を払い続けています。今すぐ止めることはできますか?

A. 即日廃止は避けてください。就業規則や雇用契約書に固定額の通勤手当が定められている場合、手続きを踏まずに一方的に廃止すると労働契約法違反になる可能性があります。まず書類を確認し、変更内容の設計→意見聴取→社員説明→就業規則改定→届出の順に進めることが必要です。なお、就業規則が「実費支給」と定めている場合は、通勤実態がなければ支給額がゼロになることを社員に説明した上で対応できます。

Q. 社員の一人が同意してくれません。その社員だけ旧条件を続けなければなりませんか?

A. 個別同意が得られない場合でも、労働契約法第10条に基づく合理的変更の要件(合理性と周知)を満たしていれば、同意なしで変更を適用できる可能性があります。ただし、合理性が後から否定されるリスクがあるため、変更の理由・意見聴取の記録・説明の経緯を書面で残しておくことが重要です。一人だけ旧条件を続けることが職場の公平感を損なうと判断される場合は、専門家への相談をおすすめします。

Q. 週に数日だけ出勤している社員と、フルリモートの社員で扱いを変えてもよいですか?

A. 出勤実態に応じた扱いの差は合理的な理由として認められやすいです。一般的な対応としては、全社員を「実費精算方式」に統一し、実際に出勤した日数分の交通費を申請・支給する仕組みに切り替える方法があります。この方式であれば出勤頻度が異なる社員間でも公平感を保ちやすく、就業規則の変更理由としても説明しやすくなります。精算方法の設計は社内の運用負担も考慮しながら検討してください。

Q. 従業員が10名未満なので就業規則がありません。この場合はどう対応すればいいですか?

A. 就業規則がなくても、雇用契約書に通勤手当の定めがある場合はその内容が有効な労働条件として機能します。変更を行う場合は、変更の内容・理由・施行日を明記した書面を社員に渡し、できる限り個別の同意書を取ることをおすすめします。10名未満でも書面による説明と記録の保存は行っておくべきです。また、今後10名以上になる見込みがあれば、このタイミングで就業規則を整備することも視野に入れてください。

Q. 労働者代表への意見聴取とは、具体的に何をすればいいですか?

A. 労働組合がない職場では、社員の過半数を代表する人物(労働者代表)を選出し、就業規則の変更案を示した上で意見を求めます。労働者代表は使用者が指名するのではなく、社員の互選によって選ぶことが原則です。意見聴取後は「意見書」を作成し、就業規則の届出時に労働基準監督署へ添付します。反対意見が記載された意見書であっても届出は受理されます。意見書の書式は労働基準監督署のウェブサイトで入手できます。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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