「休職に入ってもらったのに、本人が社内の共有フォルダを見ていた——どう対応すればいいのか、正直わからない。」そういった状況で、手を止めて検索している方に向けて、この記事を書きました。
休職中の社員による無断アクセスは、情報セキュリティの問題であると同時に、人事・労務の観点からも慎重な対応が求められる案件です。「休職中だから何もできない」と思って放置してしまうケースが少なくありませんが、それは誤解です。一方で、メンタル不調を抱える本人への配慮を欠いた対応は、別のリスクを生みます。この記事では、法的な根拠の整理から実務手順、社内規程が不十分な場合の対処まで、順を追って解説します。
休職中でも懲戒処分は可能か
結論から言えば、休職中であっても会社の懲戒権は有効に行使できます。ただし、いくつかの要件を満たして初めて処分が法的に有効となります。
雇用契約は継続している
休職とは「労働義務を一時的に免除する制度」であり、雇用契約そのものが終了するわけではありません。雇用関係が続いている以上、就業規則上の服務規律・情報管理規定・懲戒規定は休職期間中も効力を持ちます。最高裁の判例でも、雇用関係が存続する限り使用者の懲戒権は行使できるという考え方が基本とされており、「休職中は手が出せない」という認識は誤りです。
懲戒処分が有効となる4つの要件
労働契約法第15条は、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない懲戒は無効」と定めています。実務上、懲戒処分が有効とされるには次の4点が必要です。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 就業規則上の根拠 | 懲戒事由として明示されていること |
| 事実の存在 | 対象となる行為が客観的に認定できること |
| 弁明機会の付与 | 本人に弁明の機会を与えていること |
| 処分の相当性 | 行為の重大性に対して処分が重すぎないこと |
この4要件のうち一つでも欠けると、後から「不当懲戒」として争われるリスクが高まります。特に中小企業では「弁明機会の付与」を省略してしまうケースが見受けられますので、注意が必要です。
情報セキュリティ違反に関わる法的論点
今回のような無断アクセス案件では、懲戒規定の問題とは別に、以下の法的論点も頭に入れておく必要があります。不正アクセス禁止法(不正アクセス行為の禁止等に関する法律)は、アクセス権限のないシステムへの侵入を禁じていますが、「会社のシステムに本人がアクセスした」ケースで権限設定が曖昧だった場合は、同法の適用範囲が限定されることがあります。また、閲覧した評価資料に他の社員の情報が含まれる場合は、個人情報保護法上の問題にもなり得ます。これらの観点を整理した上で、どの根拠で対応するかを検討してください。
社内規程が未整備の場合はどうするか
就業規則はあっても情報セキュリティ規程がない、あるいは懲戒事由の記載が曖昧——20〜50名規模の企業では、このような状況が珍しくありません。規程が不十分でも、対応の手がかりはあります。
既存の就業規則で根拠になり得る条文を探す
情報セキュリティ規程が存在しない場合でも、就業規則の中に「秘密漏えいの禁止」「会社の信用を傷つける行為の禁止」「会社の許可なく業務に関する情報を持ち出す行為の禁止」といった条文が含まれていることがあります。まず就業規則を全文確認し、今回の行為に当てはまる懲戒事由の条文を特定してください。
明文規定がない場合の「誠実義務」という論拠
どの条文にも当てはまらない場合は、労働契約に付随する「誠実義務(信義則)」違反を根拠とすることが考えられます。判例上、労働者は雇用契約上、会社の業務上の秘密を守る義務を負うとされており、明文規定がなくても義務違反を主張する余地はあります。ただし、明文規定がある場合と比べて主張の根拠は弱くなります。このケースでは、懲戒処分よりも穏やかな「注意・指導」にとどめるか、今後の対応を見据えて規程の整備を優先するという判断もあり得ます。
このタイミングを規程整備のきっかけにする
今回の出来事は、情報セキュリティ規程の欠如という会社側の管理上の問題も浮き彫りにしています。懲戒対応と並行して、情報セキュリティ規程の策定・就業規則の改訂に着手することを強くお勧めします。規程の整備は、同種のトラブルを未然に防ぐための最も確実な手段です。
判断に迷う場合は、対応を進める前に産業医や外部の専門家に一度相談することで、後々のトラブルリスクを大きく軽減できます。
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実務で進めるべき対応の流れ
「何から手をつければよいか」という疑問に対しては、まずログの保全と証拠確保を最優先に行い、その後に段階的に手続きを進めることが原則です。
ログ・証拠を即座に保全する
アクセスログや操作履歴は、時間の経過とともに上書き・削除されることがあります。無断アクセスの事実を把握した時点で、直ちにシステム管理者またはIT担当者に依頼し、ログデータを取得・保存してください。ログがない場合は、状況を把握している社員からのヒアリング記録や、アクセスの痕跡(ファイルの更新日時など)を記録に残します。「見たかもしれない」という段階では懲戒処分は難しいため、客観的な事実の確認が出発点です。
本人への事実確認とメンタル不調への配慮
事実確認の際、休職理由がメンタル不調である場合は対応に特別な注意が必要です。強引な呼び出しや威圧的な書面は、症状の悪化につながるリスクがあります。主治医や産業医(産業医が選任されている場合)に相談し、本人の状態を確認した上で、事実確認のタイミングと方法を決めてください。面談が困難な場合は、書面による確認が実務上安全です。書面には「事実関係について確認したい」という趣旨を明記し、回答期限を設けます。
弁明機会の付与から処分決定まで
事実が確認できたら、正式に弁明機会を付与します。これは懲戒処分の有効要件であり、省略できません。本人から弁明書を受け取ったら、懲戒委員会または決裁者(中小企業では代表者が担うことも多い)が内容を審議し、処分内容を決定します。処分が決まったら、処分内容・根拠条文・不服申立手続きを明記した書面を本人に交付します。一連の手続きはすべて書面で記録し、保管しておくことが後のトラブル防止につながります。
アクセス権限の事前遮断が本来の正解
今回のような事態を防ぐ最も確実な方法は、休職発令と同時にシステムアクセス権限を無効化することです。これが漏れていたとすれば、会社側の管理体制にも問題があったと言えます。
休職発令時にすべきアクセス管理の手順
休職発令の手続きと並行して、次の対応を実施するフローを社内で標準化しておくことが重要です。具体的には、社内システムのアカウントを無効化すること、共有フォルダやクラウドストレージのアクセス権を削除または制限すること、メールアカウントを停止または転送設定を変更することが挙げられます。これらを「休職発令チェックリスト」として文書化しておけば、担当者が変わっても対応漏れを防ぐことができます。
他の社員への影響と二次対応
評価資料が閲覧された場合、その評価を受けた社員が「自分の情報が見られていた」という事実を知れば、不安や不満が生じることがあります。状況に応じて、関係する社員に対して「情報の取り扱いについて確認し、適切に対処した」という旨を伝えることも検討してください。ただし、懲戒手続きの詳細を他の社員に開示することは、プライバシーの観点から慎む必要があります。また、閲覧された情報が外部に流出していないかの確認も、可能な範囲で行ってください。
メンタル不調を抱える本人への対応でとくに気をつけること
懲戒手続きと並行して、本人の状態に対する配慮を欠かさないことが、法的リスクの回避と人道的な対応の両面から重要です。
「不当懲戒」と主張されないための配慮
メンタル不調が背景にある休職中の社員に対して、証拠が不十分な段階で重い処分を下したり、手続きを省略したりすると、後に「不当懲戒」として訴訟になるリスクがあります。また、処分内容が行為の重大性に対して過剰であると判断される場合(例:初回の軽微なアクセスに対していきなり懲戒解雇を行うなど)、労働契約法第15条に基づいて無効とされる可能性があります。処分の重さは、アクセスの範囲・目的・情報漏えいの有無・本人の状態・前歴などを総合的に勘案して決定してください。
産業医・外部専門家との連携
産業医が選任されている企業では、本人への接触タイミングや対応方針について産業医の意見を求めることが有効です。産業医が選任されていない場合(従業員50名未満の企業では選任義務がありません)は、外部の社会保険労務士や産業保健スタッフに相談することを検討してください。手続きを進める前に専門家の視点を入れることで、「後から見て問題のない対応だった」と言える記録が作れます。
人事だけでは判断しきれない場面が多く、専門家のサポートがあると安心です。
まとめ
休職中の無断アクセスへの対応は、「休職中だから何もできない」という思い込みを捨てるところから始まります。雇用契約が継続している以上、懲戒権は有効に行使できます。ただし、就業規則上の根拠、客観的な事実の確認、弁明機会の付与、処分の相当性という4つの要件をすべて満たすことが前提です。社内規程が未整備の場合は、対応の難易度が上がるため、既存の就業規則の活用と並行して規程整備を進めることが現実的な対処です。また、本人がメンタル不調を抱えている場合は、主治医や産業医、外部の専門家と連携しながら慎重に手続きを進めてください。
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