表彰制度に評価基準がないとハラスメントになる?

表彰制度に評価基準がないとハラスメントになる? コンプライアンス
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「うちの表彰制度がハラスメントになる? まさか、そんな……」

社員を褒めるための制度が、なぜリスクになるのか。最初はそう感じるかもしれません。しかし実際には、評価基準が不明確なまま運用されている表彰制度が、不公平感・モチベーション低下・さらには法的問題へと発展するケースが起きています。専任人事がいない中小企業ほど、「なんとなく続けてきた」運用が気づかないうちにリスクを積み上げています。この記事では、表彰制度がハラスメントや差別的取扱いとして問題になる理由と、今すぐ取れる実務対応を順を追って解説します。

「ほめているだけ」がなぜリスクになるのか

表彰制度のリスクは、「誰を選ぶか」ではなく「誰を選ばないか」という部分に潜んでいます。褒める行為そのものではなく、選考の不透明さや偏りが問題の核心です。

不透明な選考が生む「間接的な排除」

MVP賞や年間表彰を毎回同じ人・同じチームが受賞している職場を想像してください。受賞しない社員の側から見ると、「自分はどれだけ努力しても選ばれない」という無力感が積み重なります。これが高じると、「自分は評価されていない」という認知が定着し、エンゲージメントの低下・メンタル不調・離職へとつながります。

厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針(メンタルヘルス指針)」では、職場環境の整備として公正な評価の実施がメンタルヘルス対策の一環として位置づけられています。「表彰は職場環境の一部」という視点が、まず必要です。

パワハラ防止指針との接点

2022年施行の改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)に基づく厚生労働省の指針では、「優越的な関係を背景にした言動」が問題とされます。表彰制度の文脈でいえば、上司が「あの社員は選ぶな」と誘導したり、非受賞者に対して暗示的に叱責したりする行為は、制度をパワハラのツールとして使っていることになります。制度自体に問題がなくても、運用次第でパワハラの温床になりうるのです。

「名誉だけ」でも差別的取扱いになるケース

男女雇用機会均等法は、性別を理由とした表彰機会の差別を禁止しています。また労働基準法第3条は、国籍・信条・社会的身分を理由とした労働条件の差別的取扱いを禁止しています。「正社員のみ対象」「特定の雇用形態は除外」といった線引きが、合理的な理由なく設定されている場合も問題視されます。さらに障害者雇用促進法の観点から、障害のある社員が実質的に表彰機会から排除されている場合は、合理的配慮の欠如として指摘されるリスクがあります。

表彰が「評価・賃金・昇格」に連動するときのリスク

表彰が単なる名誉賞であれば法的リスクは比較的低いですが、人事評価や賃金・昇格に連動した瞬間に、リスクは格段に高まります。

「不利益取扱い」として争われる可能性

表彰が人事評価点に加算され、その結果が昇給・昇格・賞与に反映される運用をしている場合、表彰の選考は実質的に「労働条件の決定」に影響します。この場合、恣意的な選考は直接的な「不利益取扱い」として労働審判や訴訟で争われる可能性があります。「あの人は選考基準もなく落とされ、だから昇給もできなかった」という主張が成立しやすくなるのです。

どの段階からリスクが上がるのか

読者の状況によって、リスクの水準は異なります。自社の制度がどこに当てはまるか確認してください。

表彰の位置づけ 法的リスクの水準 優先度
名誉のみ(賞状・表彰式) 低〜中(差別・パワハラリスクは残る) 規程整備を検討
金銭的報酬あり(賞金・商品券等) 中(選考の公平性が問われやすい) 評価基準の明文化が必要
人事評価・昇給・昇格・賞与に連動 高(不利益取扱いとして争われうる) 早急に規程整備・基準の明文化を

就業規則への記載義務を見落としていないか

労働基準法第89条第8号は、「表彰及び制裁の定めをする場合はその種類及び程度」を就業規則に記載することを義務付けています。表彰制度を運用しているにもかかわらず就業規則に記載がない場合、または記載はあるが実態と大きく乖離している場合は、労働基準法違反の指摘対象となります。「就業規則に表彰の章はあるが、基準は書いていない」という状態も要注意です。

よくある運用の問題点——自社はどれに当てはまるか

表彰制度のリスクを高める運用パターンには、共通した特徴があります。以下のチェックリストで自社の状況を確認してください。

「鶴の一声」で決まる選考プロセス

社長や特定の上司の一言で受賞者が決まり、選定会議の議事録がない——このような運用は「恣意的な選考」の典型です。後から「なぜあの人が選ばれたのか」と問われても説明できません。社員からの不満が高まったとき、あるいは退職者から労働審判を起こされたとき、会社側には選考の正当性を証明する手段がなくなります。

「また同じ人か」という空気感が漂っている

毎回同じ社員・同じチームが受賞する状況は、非受賞者に「制度は特定の人のためにある」という印象を与えます。これは心理的安全性を損ない、組織全体のエンゲージメント低下を招きます。受賞する側にとっても、周囲のやっかみや孤立感につながることがあり、意図せず職場の人間関係を悪化させることになります。

パート・契約社員・障害のある社員が実質的に対象外になっている

「正社員のみ対象」という設定が慣行になっている場合、または業務内容・評価の仕組み上、非正規雇用や障害のある社員が実質的に候補に上がらない構造になっている場合は、差別的取扱いと指摘されるリスクがあります。制度の対象範囲と、その合理的な理由を明文化しておくことが必要です。

今すぐできる規程整備と評価基準の作り方

表彰制度のリスク対策は「やめること」ではなく「正しく整えること」です。まず評価基準を明文化し、次に就業規則との整合性を取り、最後に社員への周知を行う、という流れで進めます。

評価基準の明文化——何をどう書くか

評価基準には、最低限以下の要素を盛り込むことを目安にしてください。

  • 対象者の範囲:正社員・契約社員・パートを含むか、勤続期間の条件はあるか
  • 選考の観点:業績目標の達成率、顧客満足度、チームへの貢献など、具体的な評価項目
  • 選考プロセス:推薦方法(上司推薦・自薦・360度など)、選考委員会の構成、決定フロー
  • 記録の保存:選考会議の議事録を一定期間保存する旨を明記
  • 不服申立の手続き:選考結果に疑義がある場合の相談窓口

評価基準は「完璧なもの」である必要はありません。「なぜこの人が選ばれたのか、後から説明できる状態」を作ることが目的です。

複数の法律が関係する表彰制度の整備は、判断に迷う場面も多いもの。まずは現状の制度を誰かに相談し、客観的な視点から確認してもらうことをお勧めします。

就業規則への反映と労働基準監督署への届出

常時10人以上の労働者を使用する事業場は、就業規則を作成・変更したときに労働基準監督署に届け出る義務があります(労働基準法第89条・第90条)。表彰制度の規程を新設・改定した場合は、就業規則の「表彰及び制裁」の章を更新し、労働者代表の意見書を添えて届け出てください。10人未満の事業場でも、就業規則を作成している場合は同様の対応が望ましいです。

社員への周知——同意取得と説明の場を設ける

規程を整備しただけでは不十分です。社員が「制度の存在と基準」を認識していることが、後のトラブル回避に直結します。全体会議や部門会議での説明、イントラネットへの掲示、入社時オリエンテーションへの組み込みなど、複数の経路で周知することを推奨します。「知らなかった」という状況を減らすことが、不満を未然に防ぐ最も効果的な手段です。

既に不満の声が出ている場合の緊急対応

社員から「なぜあの人が選ばれたのか」「基準がわからない」という声が上がっている場合は、まず現状を正確に把握することが優先です。問題を放置するほど、不信感は蓄積されます。

声を上げた社員への初期対応

不満を表明した社員の訴えを「クレーム」として処理するのではなく、「制度の見直しサインとして受け取る」姿勢が重要です。まず1対1の面談の場を設け、何に不満を感じているのか、どのような情報が不足していたのかを丁寧に聞き取ります。この段階での対応が誠実であれば、多くのケースで「制度そのものへの不信」ではなく「説明不足」が原因であることがわかります。

制度全体の見直しへの移行

個別対応が落ち着いたら、制度全体の見直しを宣言する機会を設けることを検討してください。「社員の声を受けて、より公正な制度に改定します」というメッセージは、組織への信頼回復につながります。見直しプロセスに社員代表を巻き込む形にすると、改定後の制度への納得感も高まります。

産業医・外部専門家の活用

不満の声がメンタル不調や退職意向につながっているケースでは、産業医や外部の人事労務専門家に相談することが有効です。特に、産業医との定期的な面談体制がない50人未満の事業場では、外部の専門家に組織の状況をアセスメントしてもらうことが、問題の早期収束につながります。

まとめ

表彰制度は、社員を褒め・やる気を引き出すための前向きな仕組みです。しかし評価基準が明文化されておらず、選考プロセスが不透明なまま運用されると、差別的取扱い・パワハラの温床・就業規則違反という複数のリスクを同時に抱えることになります。対策の核心は「やめる」ことではなく、評価基準の明文化・就業規則への反映・社員への周知という三つの整備を着実に行うことです。

「自社の表彰制度が今どのリスク水準にあるのか」「就業規則の記載が実態と合っているか」「既に不満の声が出ている状況をどう収めるか」——人事の専門知識がない中で、こうした判断を一人で進めるのは負担が大きいもの。ウェルセンス株式会社では、人事専任者がいない企業の実情に合わせて、規程整備から社員への説明サポートまで、実務に即した形でお手伝いします。まずは現状の整理から、お気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 賞状と拍手だけの表彰でも、評価基準を明文化しなければいけませんか?

A. 金銭的報酬や人事評価への連動がなければ、法的リスクは相対的に低くなります。ただし、選考が不透明であれば差別的取扱いやパワハラの問題は残ります。また、労働基準法第89条の観点から、就業規則に表彰の定めをする場合はその概要を記載する義務があります。「名誉のみの表彰だから不要」とは言い切れないため、簡単な選考基準と対象者の範囲だけでも明文化しておくことを推奨します。

Q. 正社員だけを表彰対象にするのは違法ですか?

A. それ自体が直ちに違法とはなりませんが、表彰が人事評価や賃金に連動している場合、パートタイム・有期雇用労働法(旧パートタイム労働法)が定める「不合理な待遇差の禁止」に抵触する可能性があります。対象外とする合理的な理由(業務の性質・評価指標の有無など)を明確にし、規程に記載しておくことが重要です。理由が説明できない線引きは、問題になりやすいと考えてください。

Q. 社員から「選考基準を教えてほしい」と言われたとき、どう対応すればいいですか?

A. まず「基準を説明できる状態を作ること」が最優先です。既に整備されていれば、書面またはイントラネットで共有することが適切な対応です。基準がまだ明文化されていない場合は、「現在整備中であり、〇月を目処に公開する」と誠実に伝えつつ、整備を急ぐべきタイミングだと受け止めてください。曖昧な回答や「社内の判断だから教えられない」という対応は、不信感をさらに高めることになります。

Q. 表彰制度の規程を新たに作るとき、就業規則の変更手続きは必ず必要ですか?

A. 常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則の作成・変更に際して労働基準監督署への届出が義務付けられています(労働基準法第89条・第90条)。表彰制度を新設・改定する場合は、就業規則の「表彰及び制裁」の章を更新し、労働者代表の意見書を添えて届け出る手続きが必要です。10人未満の事業場では法的義務はありませんが、就業規則がある場合は同様に対応することが望ましいです。

Q. 表彰制度の見直しをきっかけに、社員のメンタルヘルスにも取り組みたいのですが、どこから始めればいいですか?

A. 不公正な評価・表彰の経験が積み重なると、社員の無力感・不公平感・エンゲージメント低下につながり、メンタル不調の遠因になることがあります。表彰制度の整備と並行して、まず「職場環境の現状把握」から始めることをお勧めします。ストレスチェック(50人以上は義務)の結果分析、1on1面談の導入、相談窓口の設置などが有効なスタートラインです。何から手をつけるか迷う場合は、外部の人事労務・メンタルヘルスの専門家に現状を相談するところから始めると、優先順位が整理しやすくなります。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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