「休職に入ってもう3ヶ月。デスクの私物はそのままで、郵便物も溜まってきた。どうすればいい?」——人事担当者からこうした相談が増えています。法律に明文規定がなく、社内ルールも整備されていないことが多いため、担当者は「勝手に動かしてトラブルになったら」と身動きが取れなくなりがちです。この記事では、会社が負うべき責任の範囲から、郵便物の扱い方、就業規則への落とし込み方まで、実務に即した判断軸を整理します。
会社に私物保管の法的義務はあるか
結論から言えば、「何年間も保管し続けなければならない」という法的義務は存在しません。ただし、何の手続きもなく廃棄・処分すれば、損害賠償請求のリスクを負います。
明文規定は存在しないが、善管注意義務は及ぶ
労働基準法や労働契約法には、「従業員の私物を○ヶ月保管しなければならない」という規定はありません。ただし、会社が私物を保管している状態は民法657条の「寄託」に近い法律関係と捉えられ、民法400条に定める善管注意義務(善良な管理者としての注意義務)が類推適用される余地があります。つまり、「保管している間は、きちんと管理しなければならない」という義務は生じます。
無断廃棄は不法行為になりうる
事前通知も期限設定もなく私物を捨てた場合、民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求を受けるリスクがあります。物品の財産的価値だけでなく、精神的損害(慰謝料)の請求対象にもなりえます。「退職したから処分して構わない」という判断は誤りです。退職後も私物の所有権は本人にあり、民法206条に基づく所有権に基づく返還請求はいつでも行使できます。
「動けないこと」自体がリスクになる
連絡が取りにくい休職者に配慮するあまり、私物を何年も放置しているケースがあります。しかしこれは別のリスクを積み上げることになります。長期放置は業務上の支障(席の圧迫・書類の埋没)を生むだけでなく、退職後に「なぜ連絡がなかったのか」と逆にクレームになることもあります。法的に適切な手順を踏んで動くことがリスク管理の第一歩です。
郵便物が届いた場合の判断基準
個人宛の郵便物を無断で開封すると、刑法133条の信書開封罪に抵触する可能性があります。会社名義か個人名義かで対応を変えることが実務の基本です。
会社名義か個人宛かで対応が変わる
届いた郵便物の宛名を確認し、会社名義(「株式会社○○ 御中」など)であれば通常の社内処理を進めて構いません。一方、個人名が入っている郵便物、または「個人名+会社住所」という形式の場合は、開封せず保管することが原則です。開封した事実が後からトラブルの火種になるケースは少なくありません。
個人宛郵便物は「保管・定期通知」が基本
個人宛の郵便物は開封せず手元で保管しつつ、本人(または緊急連絡先)に対して定期的に「○○が届いています」と通知するのが適切な対応です。通知のタイミングは、月1回程度を目安に書面またはメールで記録を残しながら行いましょう。本人から「転送してほしい」「会社で保管しておいてほしい」といった意向確認ができれば、それを書面で残しておくと安心です。
「本人に連絡できない」場合の対処法
メンタルヘルス不調による休職者の場合、主治医から「業務に関する連絡は最小限に」と指示されているケースもあります。そのような場合は、本人への直接連絡を避け、緊急連絡先(家族等)への通知や、休職開始時に取り決めた窓口(主治医・支援者等)を通じた連絡を検討してください。連絡試行の記録を必ず残しておくことが、後々のトラブル防止につながります。
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デスク・私物の整理をしてよいタイミング
本人への事前通知と一定の猶予期間を設けた上で手続きを進めれば、適法にデスクを整理することが可能です。手順と記録が整っているかどうかがポイントです。
整理前に必ず「書面による事前通知」を行う
口頭での連絡は証拠が残らないため、書面(郵送またはメール)で通知します。通知内容には「○月○日までにご自身で引き取りに来ていただくか、ご希望の対応をお知らせください」という期限と対応方法の選択肢を明示します。期限は2〜4週間程度を目安に設定するケースが多く見られます。
一定期間後は「段ボール保管・写真記録」で対応する
通知期限を過ぎても反応がない場合は、私物をリストアップして写真撮影の上、段ボールに梱包して保管します。この際、「梱包日・梱包担当者・内容物リスト」を記録した書面を作成してください。段ボール保管に切り替えたことも本人(または緊急連絡先)に書面で通知します。この一連の記録が、後から「勝手に動かした」と言われた際の証拠になります。
退職後の私物処分には就業規則の規定が不可欠
休職満了による退職・合意退職・解雇のいずれの場合も、「退職後○日以内に引き取りがなければ処分する」という規定を就業規則に設け、退職時に本人へ書面で通知しておくことが必要です。規定がない状態での廃棄は損害賠償リスクを伴います。就業規則にこの規定がない場合は、早急に整備することをお勧めします。
就業規則に盛り込むべき規定の骨格
休職中の私物・郵便物に関するトラブルの多くは、就業規則にルールがないことから生じます。規定を整備しておくことで、担当者が「根拠なく動く」リスクを回避できます。
休職開始時の私物管理に関する規定
就業規則または休職規程に、「休職開始時に会社は従業員の私物リストを作成し、本人または緊急連絡先に通知する」という手続きを明記します。また、「郵便物は個人宛のものは開封せず保管し、定期的に本人へ通知する」という原則も記載しておくと、担当者が迷わず動けます。こうした細かい手続きだからこそ、トラブルを未然に防ぐ土台になります。
退職後の処分に関する規定
「退職後30日以内に私物の引き取りまたは引き取り方法の連絡がない場合、会社は廃棄その他の処分を行うことができる」という趣旨の規定を設けます。ただし、この処分を行う前に内容証明郵便で最終通知を行うことが実務上の安全策です。「通知した事実」を形に残すことが重要です。
連絡が取れない場合の手続き規定
「本人と連絡が取れない場合は、入社時に届け出た緊急連絡先に通知する」「緊急連絡先にも連絡が取れない場合は、内容証明郵便を最終住所に送付した上で手続きを進める」という流れを明記しておくことで、「連絡が取れないから何もできない」という状況を回避できます。
20〜50名規模の会社が直面しやすい現実的な課題
中小規模の企業では、スペースの制約や兼務担当者の負担から、対応が後回しになりがちです。現実的な対処法を持っておくことが重要です。
席・スペースの物理的制約への対処
大企業と異なり、20〜50名規模の会社では予備のデスクや倉庫スペースに余裕がないことが多く、休職者のデスクが長期間占有されると業務上の支障が生じます。こうした場合でも、「事前通知なしに移動させる」のではなく、通知→猶予期間→段ボール保管という手順を踏むことで、スペース確保と法的安全確保を両立できます。
担当者が1人で抱え込まない体制づくり
専任人事がいない企業では、こうした判断をすべて一人の担当者が行うことになります。判断に迷う場面では「記録を残してから動く」を原則とし、必要に応じて社会保険労務士や外部の専門家に相談できる体制を整えておくことが現実的なリスク管理です。実務的なアドバイスを得ることで、担当者の精神的な負担を大きく軽減できます。
| 場面 | 推奨対応 | 記録すべき内容 |
|---|---|---|
| 休職開始時 | 私物リスト作成・写真記録・本人または緊急連絡先に書面通知 | 通知日・通知先・私物リスト |
| 郵便物到着時 | 会社名義→通常処理、個人宛→開封せず保管・定期通知 | 受領日・差出人・通知日 |
| デスク整理が必要な時 | 書面で事前通知→猶予期間(2〜4週間)→段ボール保管 | 通知日・梱包日・内容物リスト |
| 休職満了・退職時 | 書面で引き取り期限を通知→期限後は就業規則に基づき処分 | 通知日・期限・処分日・処分内容 |
| 連絡不通の場合 | 緊急連絡先へ通知→内容証明郵便→手続きを進める | 連絡試行記録・内容証明の控え |
まとめ
休職中の私物保管や郵便物対応には法的な明文規定がないからこそ、「事前通知・記録・就業規則への明記」という手順が担当者を守ります。個人宛郵便の開封は信書開封罪のリスクがあり、無断廃棄は不法行為として損害賠償を問われる可能性があります。一方で「連絡が取れないから何もできない」という放置もリスクです。まず自社の就業規則に私物・郵便物に関する規定があるかを確認し、なければ整備することが最優先の対策です。
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