「期間が終わったら更新しなければいいだけ」——有期社員の雇止めについて、そう理解している経営者や兼務人事担当者は少なくありません。しかし実際には、更新を繰り返してきた有期社員への雇止めは、法的に「解雇と同等の厳しい基準」で判断されます。評価記録も判断フローも整っていない状態で雇止めを実行すると、後から無効を争われるリスクがあります。この記事では、雇止めを法的に守るために必要な評価記録の整備ポイントと、社内ルール化の手順をわかりやすく解説します。
「有期だから自由に切れる」が通じない理由
有期契約社員への雇止めは、更新の実態によっては解雇と同等の法的ハードルが課されます。この前提を理解していないと、手続きのどこから整備すべきかが見えてきません。
雇止め法理とは何か
労働契約法第19条は「雇止め法理」を規定しています。有期労働契約の更新拒否(雇止め)が、次のいずれかに該当する場合、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性がなければ無効になると定めています。一つ目は、更新が反復されており実態として期間の定めのない契約と異ならない状態にある場合。二つ目は、労働者が更新されることを合理的に期待できる事情がある場合です。つまり「契約書に有期と書いてあるから」というだけでは、雇止めの正当性は認められません。
更新回数・年数の積み重ねが生む「合理的期待」
たとえば、3年間にわたって6ヶ月契約を6回更新してきた社員がいたとします。この場合、社員側には「次も更新されるだろう」という合理的な期待が生まれます。裁判所はこの期待が正当かどうかを、更新回数・更新時の手続き・業務の継続性・上司の言動なども含めて総合的に判断します。「更新するかどうかは会社が決める」という口頭の説明だけでは不十分で、実態が問われます。
無期転換ルールとの連動にも注意
労働契約法第18条の「無期転換ルール」により、同一の使用者との間で有期労働契約が通算5年を超えて更新された場合、労働者の申込みにより無期労働契約に転換しなければなりません。無期転換申込権が発生する前に雇止めを検討する場合は、なおさら評価記録と判断根拠の整備が不可欠です。「5年が近づいてきたから更新しない」という理由だけでは、雇止めの正当性にはなりません。
雇止め理由として「評価不良」を使うための最低条件
評価が悪いことを理由に雇止めするためには、評価の「事前明示・記録・フィードバック・改善機会」の四つがすべて揃っている必要があります。一つでも欠けると、法的に根拠が弱くなります。
評価基準は契約時に書面で示す
「何をどう評価するか」を、契約締結時または更新時に書面で明示することが出発点です。口頭での説明では証拠として残りません。評価項目(業務成果・勤怠・協調性など)と評価の水準(どのレベルが「不良」に当たるか)を、できれば労働条件通知書や別紙の評価基準表として渡しておくことが理想です。評価基準を後から作って「これが基準だった」と主張しても、法的には通りません。
評価プロセスとフィードバックの記録を残す
評価を実施した日時・評価者・評価内容を記録として保存してください。さらに重要なのが、評価結果を本人に伝えた記録です。「面談を実施し、評価結果と改善点を説明した」という事実を、面談記録(日時・参加者・話した内容の概要・本人のサイン)として残しておく必要があります。「評価はしていたが本人に伝えていなかった」では、改善の機会を与えたとはみなされません。
単発ではなく複数回の評価の積み重ねが必要
一度の評価期間で不良だったという記録だけでは不十分です。「継続的に評価基準を満たしていない」という事実を、複数の評価期間にわたる記録で示す必要があります。また、改善を求めてから一定期間(少なくとも一つの評価サイクル)を経てもなお改善が見られなかったことを、記録で示せることが求められます。「何度も指導したが改善しなかった」という主張を裏付けるのは、文書化された記録だけです。
実務的には、評価記録の整備をゼロから進めることに時間がかかるため、現状把握の段階から専門家に相談することが、後のトラブル防止につながります。
整備すべき評価記録の具体的な構成
評価記録の整備は、「何を・いつ・どの形式で残すか」を事前に決めておくことで、担当者が変わっても一貫した運用ができます。
評価記録に含めるべき項目
| 書類・記録の種類 | 含めるべき内容 | 保存のポイント |
|---|---|---|
| 評価基準書 | 評価項目・評価水準・評価のタイミング | 契約書と一緒に渡し、受領確認を取る |
| 評価シート(各期) | 評価者・評価日・各項目のスコア・総合評価・コメント | 評価者と確認者のサインを必ず取得 |
| フィードバック面談記録 | 面談日・参加者・伝えた内容・改善目標・本人の反応 | 本人署名または「説明済み」の記録を残す |
| 業務指導記録 | 指導日・指導内容・指導者・改善状況 | メール・チャット記録も印刷・保存可 |
| 不更新通知書 | 更新しない旨・理由の概要・通知日 | 書面交付+受領確認が必須 |
電子記録と紙の使い分け
評価記録は電子ファイルでの管理が効率的ですが、本人への交付や受領確認は紙またはPDF送付のメール記録として残すことを推奨します。「送った」「受け取っていない」というトラブルを防ぐためです。社内のファイルサーバーやクラウドストレージに、社員ごとのフォルダを作り、在籍期間のすべての評価記録を時系列で保存してください。退職後も少なくとも5年間は保存しておくことが望ましいです。
「形式だけの評価シート」を見直す
「普通」「良好」「要改善」などのチェックだけで具体的なコメントがない評価シートは、雇止めの根拠として使えません。「何が」「どの程度」「どんな影響を与えたか」を具体的に記載することが必要です。たとえば「業務品質:要改善」ではなく、「月次報告書に毎回数値の誤りがあり、上司が都度修正対応している。3回の指導後も改善されず」のように、具体的な事実と指導の経緯を記録します。
雇止めの手続きと通知のルール
評価記録が整っていても、通知のタイミングや方法を誤ると手続き違反になります。法令で定められた期限と書面交付のルールは必ず守ってください。
30日前予告の義務
厚生労働省告示「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」では、契約期間が1年を超えて継続されてきた有期労働者を雇止めする場合、少なくとも30日前に予告しなければならないと定められています。「期間満了の1週間前に言えばいい」という認識は誤りです。また、契約期間が1年以下であっても、更新を繰り返してきた実態があれば、30日前予告を徹底することがトラブル防止につながります。
理由の明示義務と書面交付
労働者から雇止めの理由の説明を求められた場合、会社は文書で明示する義務があります(同告示)。口頭での説明だけで済ませると、後から「理由を知らされなかった」と主張されるリスクがあります。不更新通知書には、不更新の理由(業務成績・勤怠状況など)を具体的に記載し、本人に交付してください。受領のサインまたはメールでの確認記録を残すことが重要です。
「不更新条項」だけに頼る危険性
「この契約は更新しない」という不更新条項を契約書に盛り込めば安全だと考える担当者もいますが、これは誤解です。実態として何度も更新を繰り返してきた場合、不更新条項が契約書に記載されていても、雇止め法理の適用が否定されないという裁判例があります。不更新条項はあくまで補助的な手段であり、評価記録と適切な手続きを代替するものではありません。
社内の雇止め判断フローをルール化する
雇止めの判断を現場の「なんとなく合わない」という感覚で進めてしまうと、後から経営者も把握していなかったというトラブルになります。判断の多段階化とカレンダー管理が解決策です。
判断の多段階承認を設ける
専任人事がいない会社ほど、現場マネージャーが独断で雇止めを進めてしまいがちです。少なくとも「現場マネージャーによる評価と意見 → 兼務人事担当者によるチェック → 経営者の最終承認」という三段階の確認フローを設けてください。各段階で「なぜ更新しないか」を所定の書式に記載・承認することで、判断の属人化を防ぎ、後から経営者が知らなかったという事態を回避できます。
更新審査のタイミングをカレンダー化する
契約期間が6ヶ月の場合、更新可否の審査を契約満了の3ヶ月前に開始し、遅くとも45日前には本人への面談・通知を完了させるスケジュールを組むことを推奨します。「気づいたら更新日が来週だった」という状態では、30日前予告を守ることも、適切な評価記録を揃えることもできません。年間の契約更新日をリスト化し、審査開始時期をカレンダーに登録しておくことが実務的な解決策です。
就業規則・内部規程への明文化
雇止めの判断基準・フロー・書類の様式を、就業規則または別規程(有期雇用管理規程など)として文書化することで、社内で統一した運用が可能になります。規程がない場合、担当者が変わるたびに判断基準がぶれてしまいます。就業規則に有期契約の更新基準と雇止めの手続きを明記し、労働基準監督署への届け出(常時10人以上の事業場の場合)も忘れずに行ってください。10人未満の事業場でも、規程として文書化しておくことは法的リスクの低減に有効です。
有期契約の管理体制整備は、人事担当者の判断と記録に大きく左右されるため、社労士や人事コンサルタントなど外部リソースを活用することで、ルール化と運用の継続性が格段に向上します。
まとめ
有期社員の雇止めを法的に守るためには、「有期だから自由に切れる」という認識を改め、雇止め法理(労働契約法第19条)に基づいた対応が必要です。評価基準の事前明示・評価記録の具体的な文書化・フィードバック面談の記録・改善機会の付与・30日前予告と書面交付——これらをすべて整備して初めて、評価不良を理由とした雇止めが法的に有効な根拠を持ちます。また、現場任せにせず、三段階の承認フローと更新審査カレンダーによって、会社全体でルール化することが重要です。「記録が残っていない」「通知が遅かった」「経営者が把握していなかった」という状態のまま雇止めを実行するのは、大きなリスクを抱えることになります。
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