「業績が急に悪化して、内定を出した人を受け入れられなくなった」——こうした状況に直面したとき、多くの経営者・人事担当者が最初に感じるのは「内定取り消しは違法になるのか」という不安です。専任の人事担当者がいない中小企業では、内定の法的な性質を正確に把握していないことが多く、対応を誤ると損害賠償に発展するリスクがあります。この記事では、内定取り消しが認められるための法的要件と、実務で行うべき手続きを整理します。
内定はすでに「労働契約」が始まっている
内定を出した時点で、法律上は労働契約が成立しています。「まだ入社前だから自由に取り消せる」という認識は、法的に誤りです。
内定の法的性質とは
1979年の最高裁判決(大日本印刷事件)により、採用内定は「始期付解約権留保付労働契約」として扱われることが確立されました。難しい言葉ですが、簡単に言うと「入社日を始期とし、一定の条件が揃えば解約できる権利が留保された労働契約」です。内定通知を出した時点で、すでに労働契約の当事者関係が発生しています。
「入社前だから解雇ではない」という最大の誤解
社会保険や雇用保険の加入前であることから、「被害はほとんどない」と考える経営者もいますが、これは誤りです。内定取り消しは法的には解雇と同等の扱いを受けます。違法と判断された場合、損害賠償(逸失利益・精神的苦痛・再就職にかかった費用など)を請求されるリスクがあります。内定者が他社の内定を断っていた場合は、その損害も賠償の対象になり得ます。
内定通知書がない場合のリスク
口頭や非公式なメールだけで内定を伝えている場合、「内定がいつ成立したか」「どのような条件だったか」が証明できなくなります。後日トラブルになったとき、内定の成立自体が争点になると、企業側が不利な立場になりやすいです。内定通知書を正式に書面で交付することは、企業側を守るためにも重要な実務です。
内定取り消しが「合法」と認められるための要件
内定取り消しが法的に認められるには、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の両方が必要です。どちらか一方では不十分です。
認められやすい事由と留意点
以下は、内定取り消しが認められやすいとされる事由です。ただし、これらの事由があれば自動的に合法になるわけではなく、具体的な状況との整合性が問われます。
| 取り消し事由 | 留意点 |
|---|---|
| 内定者の経歴詐称・重大な虚偽申告 | 業務に直接影響する重要事項に限る。軽微な誇張では認められにくい |
| 内定者の犯罪行為・逮捕・起訴 | 業種・職種との関連性が問われる。起訴前の段階では慎重な判断が必要 |
| 内定者の健康状態の重大な変化 | 職務遂行が客観的に困難な場合に限定。合理的配慮の検討が先行する |
| 会社の経営状態の著しい悪化 | 単なる業績不振では不十分。整理解雇に準じた厳格な判断が必要 |
「業績悪化」を理由にする場合の厳格な基準
経営悪化を理由にした内定取り消しは、整理解雇に準じた4つの要素を満たしているかどうかで判断されます。まず「人員削減の必要性」として、客観的な経営危機が認められるかどうかが問われます。次に「解雇回避努力」として、役員報酬の削減・新規採用の停止・残業規制など他の手段を講じたかどうかが検討されます。さらに「対象者の選定基準の合理性」と「手続きの妥当性(十分な説明・協議)」も必要です。「受注が減った」という事実だけでは、要件を満たせないケースがほとんどです。
内定通知書に「解約留保事由」を明記しているかどうかで変わる
内定通知書に「一定の事由が発生した場合には内定を取り消す場合がある」という解約留保事由を明記していることが、取り消しを主張するうえでの前提条件となります。この記載がない状態で取り消しを行うと、法的な根拠が弱くなります。今後の採用に備えて、内定通知書の書式を見直すことをおすすめします。
内定取り消しを行う際の実務手続き
内定取り消しは、伝え方と手順を誤ると損害が大きくなります。できるだけ早期に、書面と口頭の両方で丁寧に対応することが基本です。
早期通知が損害を最小化する
内定者が他社の内定を断ったり、在籍先への退職届を提出した後に取り消しを伝えると、企業が負うべき損害の範囲が広がります。「まだ何とかなるかもしれない」と先送りすることは、リスクを大きくするだけです。取り消しの可能性が生じた時点で、速やかに意思決定し、連絡することが最も重要な実務上のポイントです。
ただし判断に迷う場合は、無理に自社だけで対応するのではなく、労務の専門家に状況を整理してもらうことで、後々のトラブル回避につながります。
書面による通知と口頭での説明を組み合わせる
取り消しを伝える際は、まず電話や対面で状況を丁寧に説明し、その後に書面(採用内定取り消し通知書)を交付します。書面には、取り消しの理由・通知日・会社名・担当者名を明記します。メールだけで完結させることは避けてください。書面が残ることで、後日「聞いていない」「理由を説明されなかった」というトラブルを防ぐことができます。
ハローワークへの届出と再就職支援
職業安定法第5条の5に基づき、内定取り消しを行った場合にはハローワーク(公共職業安定所)への届出義務があります。届出後、ハローワークは事業主に対して内定者の再就職支援の実施を求める場合があります。新卒採用の内定取り消しの場合は、厚生労働省・文部科学省への報告対象になるケースもあります。手続きを怠ると、行政指導の対象になる可能性があるため、届出は必ず行ってください。
解雇予告手当と損害賠償リスクの把握
内定取り消しが解雇に準じる扱いになるため、解雇予告手当の支払い義務が生じる場合があります。また違法と判断された場合の損害賠償リスクは、企業規模を問わず発生します。
解雇予告手当が必要になる場合とは
労働基準法上、解雇には原則として30日前の予告、または30日分の平均賃金(解雇予告手当)の支払いが必要とされています。ただし、入社日前の内定取り消しに解雇予告が適用されるかどうかは、労働基準法第21条(試の使用期間の規定)との関係で解釈が分かれる場合があり、個別事情によって異なります。内定から入社予定日までの期間や、就労実態の有無によって判断が変わるため、判断に迷う場合は専門家への確認が不可欠です。
違法と判断された場合の損害賠償の範囲
内定取り消しが違法と判断された場合、企業は以下のような損害を賠償しなければならない可能性があります。逸失利益(得られるはずだった給与相当額)、精神的苦痛に対する慰謝料、再就職活動にかかった費用、他社の内定を断ったことによる機会損失などが対象となり得ます。中小企業であっても、こうした賠償責任から免れることはできません。
企業規模・就業規則の有無で対応が変わる点
就業規則を整備している企業の場合、内定取り消し事由が就業規則に明記されているかどうかが、法的判断に影響します。就業規則がない、または整備が不十分な場合は、取り消し事由の根拠が弱くなります。また、常時10人以上の労働者を使用する企業には就業規則の作成・届出義務がありますが、規模を問わず内定通知書の書式整備は早急に行うべきです。
取り消しを回避するための事前の採用管理
内定取り消しのリスクを最小化する最善策は、内定を出す前後の管理を整えることです。トラブルが起きてから対処するより、仕組みを整えておくほうがはるかに低コストです。
内定通知書・誓約書の書式を整備する
内定通知書には、採用条件・入社予定日・解約留保事由を明記します。あわせて内定者から「内定を承諾します」という内定承諾書を回収することで、双方の合意が書面で残ります。書式が整っていない場合、法的な争いになったとき企業側が不利になりやすいため、テンプレートを用意しておくことを強くおすすめします。
経営状況の変化に応じた採用計画の見直しタイミング
採用活動が進むにつれて、内定を取り消すコストは上がります。内定通知前の段階であれば選考を中断するだけで済みますが、内定通知後は法的責任が発生します。経営状況が不安定な時期には、内定通知のタイミングを慎重に判断し、必要に応じて採用計画そのものを見直す経営判断が求められます。
まとめ
内定取り消しは「まだ雇っていないから問題ない」という認識が最大のリスクです。内定時点で労働契約は成立しており、内定取り消しには客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性の両方が必要です。経営悪化を理由にする場合は整理解雇に準じた厳格な判断が求められ、手続きとしては早期の書面通知・ハローワークへの届出・再就職支援の検討が必要になります。
「業績が悪化したが、内定者への対応をどうすべきか判断がつかない」「内定通知書の書式が整っておらず、後からトラブルになるか心配」——そうした状況では、人事判断を一人で抱え込むのではなく、早めに専門家に相談することが損害を最小化する最善策です。ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・人事担当者が直面する、こうした採用・労務上の判断や手続き整備のサポートを行っています。状況を整理するところからご相談ください。
よくある質問
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