残業の事前申請制が形骸化したら管理職の責任はどうなる?

残業の事前申請制が形骸化したら管理職の責任はどうなる? 労務管理
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「申請書は出ている。でも、実際に現場を見ると社員は遅くまで働いている——」。事前申請制を導入したにもかかわらず、こうした乖離が生じている会社は少なくありません。制度があるから大丈夫、と思いたいところですが、法的にはその「安心感」こそが最大のリスクになり得ます。事前申請制が形骸化したとき、会社と管理職はどのような責任を問われるのか。そして何をすれば防げるのか。実務の観点から整理します。

事前申請制があっても会社の責任は免れない

結論から言えば、事前申請制を「制度として整備していた」という事実だけでは、会社の法的責任を免れることはできません。裁判所も行政も、制度の有無ではなく「実態として労働者の安全・健康を守れていたか」を判断基準とするからです。

安全配慮義務は「実態」で問われる

労働契約法第5条は、使用者が労働者の生命・身体・健康を守るための「安全配慮義務」を負うことを定めています。この義務は、申請書の書式を整えたか、就業規則に記載があるか、といった「制度の整備状況」ではなく、実態として長時間労働が発生していたにもかかわらずそれを放置していなかったか、という点で評価されます。

「申請がなかったから知らなかった」という主張は通りません。厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(2017年)は、使用者が「知ることができた」のに知ろうとしなかった場合も、義務違反が成立し得るとする考え方と整合しています。

自己申告制・事前申請制だけでは管理義務を果たせない

同ガイドラインは、労働時間の把握にあたってタイムカード・ICカード・PCログなど「客観的な方法」による記録を原則としています。自己申告制(事前申請含む)のみで管理している場合、使用者は「申告内容と実態が乖離していないかを確認する措置」を別途講じなければならないと明記されています。

紙やExcelで勤怠を管理している中小企業では、月次集計のタイミングまで異常に気づけないことがあります。その間に健康障害が発生した場合、「制度はあったが実態把握を怠った」として安全配慮義務違反を問われるリスクは高まります。

36協定の上限超過は制度があっても違反

事前申請制を設けていても、実態として時間外労働が36協定(労基法第36条に基づく労使協定)の上限を超えていれば、労働基準法第32条・第36条違反が成立します。「申請させていなかったから超過した実績はない」という処理は通用しません。実際の労働時間が記録と異なる場合、監督署の調査や訴訟において不利な証拠となり得ます。

管理職の「黙認」は会社の黙認と同じ

管理職が部下の残業を把握しながら申請させなかった場合、その行為は会社の行為と同視されます。「管理職が勝手にやったこと」という言い訳は、法的には成立しません。

使用者責任の考え方

民法第715条(使用者責任)は、被用者(管理職を含む)が事業の執行について第三者に損害を与えた場合、使用者が連帯して賠償責任を負うと定めています。管理職は会社の「履行補助者」であり、その判断・行動は会社の責任として問われます。管理職が黙認残業を放置していたなら、それは会社が黙認していたのと法的には同じ評価を受けます。

「制度を持っていた」ことが逆効果になるケース

事前申請制という制度が存在していたにもかかわらず、管理職がそれを運用させなかった場合、「ルールを知りながら守らせなかった管理体制の不備」として、むしろ会社の責任が重く評価されることがあります。制度の存在は軽減事情にはなり得ますが、免責事由にはなりません。

管理職自身も二面性を持つ存在

管理職は「会社から見れば労働者」であると同時に「部下から見れば管理監督の立場」という二面性を持ちます。会社は管理職に対して、労働時間管理のルール遵守を指示・教育・監督する義務を負っています。その義務を果たさなかった場合、「管理職への指揮監督が不十分だった」として安全配慮義務違反・使用者責任を問われます。

中小企業が陥りやすい二つの落とし穴

事前申請制をめぐっては、経営者・管理職に根強い誤解が二つあります。どちらも法的に通用しない考え方であり、放置すれば深刻なリスクにつながります。

「申請させなければ残業代を払わなくてよい」という誤解

実態として会社の指揮命令下で労働した時間は、申請の有無に関係なく賃金支払い義務が発生します(労働基準法第37条)。最高裁判例(三菱重工業長崎造船所事件等の判断枠組み)でも、使用者が認識できる状況で労働させた以上、賃金支払い義務を免れないとされています。「申請がなかったから払わなくていい」は誤りです。事前申請制はあくまで労務管理の適正化ツールであり、賃金支払い義務を回避するためのものではありません。

「制度を導入したから安心」という思い込み

就業規則や申請書式を整備した段階で「やり切った」と感じてしまい、その後の定期モニタリングや管理職教育を行わないまま年単位で放置されるケースがあります。申請制は導入後の運用が命です。制度を入れたことで生まれた安心感が、実態把握の怠慢につながるという逆説的なリスクを認識してください。

形骸化を防ぐための運用整備

事前申請制を機能させるには、制度の「存在」ではなく「運用の仕組み」を整えることが不可欠です。以下の観点を軸に、自社の状況に合わせて整備を進めてください。

客観的な労働時間把握との併用

事前申請制だけでは不十分です。入退館記録・PCのログオン・ログオフ記録・タイムカードなど、客観的なデータと申請内容を照合する仕組みを設けてください。乖離がある場合に管理職が確認・報告する手順を明文化することが重要です。勤怠システムを導入していない場合でも、月1回の管理職による実態報告を義務づけるだけで、乖離に気づくタイミングを大幅に早められます。

「実は現場の労働時間がどうなっているのか、正確にはわかっていない」という経営者・人事の方は多いものです。一度、客観的な記録と申請内容を照合してみることをお勧めします。

管理職への教育と責任の明確化

「申請させると申し訳ない」「残業申請を出しにくい雰囲気」を管理職が無意識につくっているケースは多くあります。管理職研修では、黙認残業が法的にどのようなリスクをもたらすかを具体的に伝えることが効果的です。また、管理職の評価項目に「部下の労働時間管理の適正化」を組み込むことで、勤怠管理を「自分ごと」として捉えさせる構造をつくることができます。

経営者・人事によるモニタリング

帳票上の数字だけでなく、月次で申請内容と実態の乖離を確認するプロセスを設けてください。異常値(申請ゼロなのに客観記録が長時間を示しているなど)が出た場合の対応フローも事前に決めておくことが重要です。従業員規模や産業医の選任有無によって、対応できる体制は異なります。

従業員規模 産業医 優先すべき対応
50名未満 選任義務なし 客観記録の整備・管理職研修・申請と実態の月次照合
50名以上 選任義務あり 上記に加え、産業医との連携による長時間労働者への面接指導(月80時間超)
就業規則未整備 問わず まず就業規則・36協定の整備を優先し、その後運用フローを設計

管理職教育で押さえるべき具体的ポイント

管理職が「なぜ申請させなければならないか」を腹落ちして理解していなければ、どんな制度も機能しません。教育の内容と伝え方を整理しておくことが、形骸化防止の核心です。

「黙認残業=会社リスク」と直結させて伝える

管理職研修では、黙認残業が発覚した場合に会社として未払い賃金の遡及支払い、安全配慮義務違反に基づく損害賠償、行政からの是正勧告、といった具体的な結果につながり得ることを伝えます。「部下のため」という善意で黙認していた管理職も、こうしたリスクを知れば行動が変わります。

「申請しやすい環境づくり」を管理職の役割と位置づける

「残業申請を出しにくい雰囲気」は多くの場合、管理職が意図せずつくっています。「残業申請=仕事が遅い証拠」という文化を解消するには、管理職自身が申請を歓迎する言動を示すこと、申請に対して責めない、を明示的に指導する必要があります。管理職評価への反映も有効な手段です。

異変に気づいたときの報告ルートを整備する

管理職が部下の長時間労働に気づいたとき、誰に・どのように報告するかが明確でなければ、報告されないまま放置されます。「月の時間外が一定時間を超えた場合はXXに報告する」「深夜残業が続く場合はYYに連絡する」という具体的なルートを明文化し、管理職に周知します。

まとめ

事前申請制は、導入しただけでは会社を守りません。制度があっても実態と乖離していれば、安全配慮義務違反・使用者責任・36協定違反が問われます。管理職の黙認は会社の黙認と同視され、「制度を知りながら運用させなかった」という管理体制の不備として評価されるリスクもあります。必要なのは、客観的な記録との照合・管理職への実務的な教育・経営者によるモニタリングの三つをセットで整えることです。

人事だけで制度づくりから運用まで抱え込もうとすると、途中で形骸化してしまうことも珍しくありません。「現場がどう動いているか、もう一度把握したい」「管理職教育をどう進めればいいか」など、具体的な課題があればウェルセンス株式会社にご相談ください。中小企業の実情に合わせた運用設計をサポートします。

よくある質問

Q. 事前申請なしに残業した社員の残業代は支払わなくてよいですか?

A. 支払い義務は発生します。実態として会社の指揮命令下で労働した時間は、申請の有無にかかわらず賃金支払い義務が生じます(労働基準法第37条)。申請制は労務管理の適正化ツールであり、賃金支払い義務を回避するための手段ではありません。

Q. 管理職が黙認残業を放置していた場合、管理職個人も責任を問われますか?

A. まず会社(使用者)が使用者責任(民法第715条)を問われます。管理職個人への法的責任追及は状況によりますが、会社が管理職への教育・監督を怠っていた場合、会社の責任はより重くなります。管理職個人として不法行為責任(民法第709条)を問われる可能性も否定できません。

Q. 紙やExcelで勤怠管理している場合、どう実態を把握すればよいですか?

A. システム導入が難しい場合でも、入退館記録やPCのログオン・ログオフ記録と申請内容を月次で照合する運用が有効です。加えて、管理職が毎月部下の実態をレポートする仕組みを設けるだけで、乖離に気づくタイミングを大幅に早められます。

Q. 従業員50名未満の会社でも安全配慮義務は適用されますか?

A. はい、適用されます。労働契約法第5条の安全配慮義務は従業員規模に関係なくすべての使用者に課されます。産業医の選任義務(50名以上)がない規模であっても、長時間労働の把握・防止義務は免除されません。

Q. 形骸化している事前申請制を立て直すには、何から手をつければよいですか?

A. まず現状の申請記録と客観的な出退勤記録を照合し、乖離の実態を把握することから始めてください。次に、管理職に対して黙認残業の法的リスクを具体的に伝える研修を実施します。そのうえで、異常値が出たときの報告フローと、経営者・人事による月次モニタリングの仕組みを整えます。就業規則や36協定が未整備の場合は、それらの整備を並行して進めることが優先されます。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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