「健康診断の案内を送ったのに、もう3ヶ月間未受診のままの従業員がいる。どう対応すればいい?」——人事を兼務しながら日々の業務をこなす中で、こうした場面に直面したことはありませんか。
「強く言ったらパワハラになるのでは」と不安になり、結局放置してしまうケースは珍しくありません。しかし、健康診断の受診は従業員の任意ではなく、法律で定められた義務です。会社側も毅然とした対応ができますし、むしろ対応しないことがリスクになります。
この記事では、従業員が健康診断の受診を拒否した際の対応方法を3つのステップに整理し、記録の残し方や懲戒処分の可否まで、実務担当者がそのまま使える情報をわかりやすくお伝えします。
健康診断の受診は「お願い」ではなく法的義務
健康診断の受診は、会社が「任意でお願いしている」ものではありません。労働安全衛生法によって、事業者と労働者の双方に義務が課されています。この前提を正しく理解することが、受診拒否への対応の第一歩です。
会社側の実施義務
労働安全衛生法第66条第1項は、事業者に対して「医師による健康診断を行わなければならない」と定めています。また、労働安全衛生規則第44条では、一般定期健康診断を年1回以上実施することが具体的に規定されています。健康診断を実施しなかった場合、50万円以下の罰金が科される可能性があります。
従業員側の受診義務
労働安全衛生法第66条第5項は、労働者に対して「事業者が行う健康診断を受けなければならない」と明記しています。つまり、従業員が「受けたくない」と言っても、法律上は義務を免れることはできません。
ただし、同条には例外規定があります。従業員が自己の費用で別の医師(事業者が指定した医師以外)による健康診断を受け、その結果を会社に提出した場合は、義務を果たしたと認められます。「絶対に会社指定の病院は嫌だ」という場合には、この代替措置を案内することが現実的な解決策になることがあります。
「お願い」から「業務命令」へ意識を切り替える
多くの中小企業では、健康診断の案内が「お知らせ」程度の扱いになっており、従業員の側も「受けなくても大きな問題にはならないだろう」と軽く考えがちです。しかし法的根拠がある以上、会社は業務命令として受診を指示する権限を持っています。「強く言うとハラスメントになる」という萎縮は、法的根拠を正しく理解することで払拭できます。
受診拒否への対応(3ステップ)
受診拒否が発生した場合、いきなり強硬手段に出るのではなく、段階を踏んで対応することが原則です。初回から重い処分を行うと、懲戒処分の相当性を欠くとして無効になるリスクがあるため、以下の順序で進めましょう。
| 段階 | 対応内容 | ポイント |
|---|---|---|
| 口頭での受診勧奨 | 受診日時・場所・費用(会社負担)を明示して受診を求める | 法的根拠を伝え、「業務命令」であることを明確にする |
| 書面による受診指示 | 口頭で応じない場合、受診指示書を書面または電子メールで交付する | 日付・担当者名・指示内容を明記して証拠を残す |
| 懲戒処分の検討 | 正当な理由なく拒否が継続する場合、就業規則に基づき戒告・譴責を検討 | 就業規則に根拠規定があることが前提。解雇は過剰処分になるリスクが高い |
口頭勧奨で伝えるべきこと
まず最初に行うのは口頭での勧奨です。このとき、「受けてほしいのですが」という曖昧な伝え方ではなく、「労働安全衛生法に基づく業務命令として受診をお願いしています」と法的根拠を明示することが重要です。費用は会社負担であること、受診時間は就業時間として扱うこと(または賃金補償すること)も一緒に伝えると、「時間がない」「お金がかかる」という理由での拒否を減らせます。
書面による指示に切り替えるタイミング
口頭での勧奨を2回以上行っても応じない場合は、書面での受診指示に切り替えます。書面には、(1)受診期限、(2)指定する医療機関(または代替医療機関の選択肢)、(3)正当な理由なく受診しない場合は就業規則に基づく対応を取る旨、の3点を盛り込みましょう。メールで送付した場合は送信記録が残るため証拠として有効です。
懲戒処分を検討する前に確認すること
書面指示にも応じない場合は懲戒処分の検討に入りますが、その前に必ず就業規則を確認してください。「業務命令違反に対する懲戒処分」の根拠規定が就業規則に存在しないと、処分自体が無効になります。また、懲戒は段階的に行うことが原則で、初回は戒告または譴責(口頭・書面での注意や厳重注意)レベルが相当です。受診拒否のみを理由とした解雇は、裁判例上も過剰処分と判断される可能性が高いため、慎重に判断してください。
拒否理由別の対応の温度感
受診拒否の理由は一律ではなく、理由に応じて対応の仕方を変えることが現実的です。理由を確認せずに一律に強く対応すると、かえって関係が悪化したり、柔軟な解決策を見落としたりします。
「忙しくて時間がない」「日程が合わない」
最も多いケースです。会社が指定した健診機関・日程に縛られる必要はなく、従業員が受診しやすい日程や医療機関への変更を提案することで解決できることがほとんどです。「いつなら都合がいいか」を具体的に確認し、期限を設けて再調整しましょう。
「プライバシーが心配」「結果を会社に知られたくない」
健康診断の結果は個人情報であり、会社は就業上の措置を検討するために必要な情報以外を利用してはなりません。「結果を人事が勝手に見回るわけではない」「法令の範囲でしか使用しない」ことを丁寧に説明することが有効です。従業員が特に不安を感じている場合は、個人情報の取り扱い方針を書面で示すと信頼感が高まります。
「宗教上の理由」「昨年受けたから不要」などの特殊ケース
宗教上の理由による拒否は、代替措置(別の医療機関での受診・結果提出)を提示したうえで、それでも拒否が続く場合は業務命令違反として扱うことになります。「昨年受けたから今年は不要」は法律上の根拠がないため認められません。年1回以上の受診が法令上の義務であることを明確に伝えましょう。いずれの場合も、拒否理由を文書で記録しておくことが後々の対応の根拠になります。
会社を守る「記録の残し方」
受診拒否への対応において、記録を残すことは義務履行の証明と将来のリスク対策の両面で不可欠です。後から「会社が受けさせなかった」と主張されることを防ぐために、対応の経緯を正確に文書化しましょう。
記録すべき6項目
以下の情報を時系列で記録してください。
- 受診案内の通知日・通知手段・内容(書面またはメール)
- 従業員が受診しなかった事実と日付
- 受診拒否の理由(ヒアリング結果)
- 勧奨・指示を行った日時・担当者名・従業員の反応
- 代替措置の提案内容と従業員の返答
- 最終的な対応結果(受診完了・未受診継続・懲戒処分 等)
この記録は、将来従業員が健康問題を発症した際に「会社は安全配慮義務を果たしていた」ことを示す証拠になります。安全配慮義務は民法第415条および労働契約法第5条に規定されており、義務違反が認められると損害賠償責任を負う可能性があります。
記録の形式と保管方法
記録はメール・紙の書面・社内システムのいずれでも構いませんが、「誰が・いつ・何を・どのように伝えたか」が第三者にも読み取れる形式であることが重要です。口頭でのやり取りは、終了後すぐに「〇月〇日△時、○○さんと面談。受診拒否の理由として〜と述べた。次回期限を〇月〇日と設定した」などのメモを残す習慣をつけましょう。メールでのやり取りはフォルダを分けて保管し、紙の書面は署名または受領確認を取得すると証拠力が高まります。
産業医・就業規則の有無で変わる対応の幅
従業員数が50人以上の事業場では産業医の選任が義務付けられており(労働安全衛生法第13条)、受診拒否への対応でも産業医に相談・連携できます。50人未満の事業場では産業医の選任義務はありませんが、地域産業保健センターの活用や嘱託産業医との契約によって専門家のサポートを得ることができます。また、就業規則に「健康診断の受診義務」「業務命令違反に対する懲戒規定」が盛り込まれているかどうかで、懲戒処分を行える根拠の有無が変わります。就業規則の内容を事前に確認・整備しておくことが重要です。
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受診後のフォローも会社の責任範囲
「受けてもらうこと」がゴールではありません。健康診断は、受診後の結果回収・事後措置・必要に応じた就業上の配慮まで含めて、はじめて会社の義務が果たされたといえます。
結果の回収と情報管理
健康診断の結果は、事業者が記録として保存しなければなりません(労働安全衛生規則第51条、保存期間5年)。結果の回収が漏れている場合、健診機関から直接会社に送付される形にするか、従業員からの提出期限を書面で明示する仕組みを作りましょう。なお、結果は個人情報であるため、管理者を限定し、業務上必要な範囲でのみ利用するルールを社内で明確にしてください。
異常所見があった場合の事後措置
健康診断の結果に異常所見があった従業員については、事業者は医師の意見を聴取し、必要に応じて就業場所の変更・作業の転換・労働時間の短縮などの措置を取る義務があります(労働安全衛生法第66条の5)。産業医がいる場合は産業医への情報共有が基本ですが、産業医が不在の場合でも、地域産業保健センターへの相談や主治医への意見照会という方法があります。「健診を受けさせたら終わり」ではなく、このフォローまでを一連の流れとして管理する仕組みを整えることが、真の意味での安全配慮義務の履行につながります。
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まとめ
健康診断の受診拒否は、「揉めたくないから放置」が最もリスクの高い対応です。労働安全衛生法第66条第5項に基づき従業員には受診義務があり、会社は業務命令として受診を指示する権限を持っています。対応は、口頭勧奨・書面による受診指示・懲戒処分の検討という段階を踏むことが原則です。拒否理由を丁寧に確認し、日程変更や代替医療機関の利用など柔軟な解決策を提示しながら、やり取りの記録を都度残すことが、会社を守る最大の備えになります。また、受診後の結果管理・事後措置まで含めて一連の流れとして整備することが求められます。
「自社の就業規則に受診義務の規定があるか確認できていない」「記録の仕組みをどこから整えればいいかわからない」「従業員との対応で慎重に判断したい」——そんなときは、専任人事がいなくても外部の専門家に相談することで、実態に合った対応の仕組みをスムーズに整えることができます。ウェルセンス株式会社では、中小企業の人事担当者が日々直面するこうした健康診断受診拒否を含む人事対応の課題に対して、実務に即したサポートを提供しています。対応方法に迷ったときや、記録の仕組みを整備したいときは、お気軽にご相談ください。
よくある質問
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