「管理職は残業代が出ないから、勤怠管理も必要ない」——そう思って運用してきた会社が、管理職の体調不良や休職をきっかけに、安全配慮義務違反を問われるケースが増えています。専任の人事担当者がいない中小企業では、管理職の労働時間把握がそもそも仕組み化されておらず、気づいたときには取り返しのつかない事態になっていることも少なくありません。この記事では、法律上の義務の整理から、自己申告制の落とし穴、中小企業が今日から始められる実務対応まで、具体的に解説します。
管理職にも労働時間把握義務はある
結論から言えば、管理職(管理監督者)であっても、会社には労働時間の状況を把握する義務があります。「残業代が不要=勤怠管理も不要」という理解は法律上の誤りです。
労基法と安衛法の違いを整理する
労働基準法第41条は、管理監督者を「労働時間・休憩・休日」に関する規定の適用から除外しています。これが「管理職には残業代が不要」の根拠です。しかし、この除外はあくまで労基法上の話です。
一方、労働安全衛生法第66条の8の3(2019年4月、働き方改革関連法により施行)は、使用者がすべての労働者について、客観的な方法で労働時間の状況を把握することを義務付けています。この条文には管理監督者の除外規定がありません。つまり、安衛法上の把握義務は管理職にも及ぶのです。
安全配慮義務との関係
労働契約法第5条は、使用者が労働者の生命・身体の安全に配慮する義務(安全配慮義務)を明文化しています。これは最高裁の電通事件判決(2000年)をはじめ、多くの判例で認められてきた考え方です。
管理職の労働時間を把握していなければ、過重労働のサインを見落とすことになります。そうなると「安全配慮義務を果たすための前提情報を会社が持っていなかった」と評価され、労災認定や民事訴訟において会社の責任が問われやすくなります。労働時間の把握は、単なるルールの遵守ではなく、健康管理の基盤です。
月80時間超の管理職への通知義務
労働安全衛生法第66条の8の3に基づき、時間外・休日労働が月80時間を超えた労働者については、その時間数を本人に通知する義務があります。管理監督者も対象です。さらに、本人が希望すれば医師による面接指導を受けられる体制を整えなければなりません。「管理職だから自己責任」では済まない点を明確に認識しておく必要があります。
自己申告制の落とし穴と実態乖離リスク
中小企業で広く使われている自己申告制は、運用を誤ると「形だけの把握」になりやすく、法的リスクを高める危険があります。
「申告を信じれば会社の責任は果たされる」は誤解
自己申告制を導入していても、申告内容をそのまま信じるだけでは不十分です。厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(2017年1月)は、自己申告制を用いる場合であっても、申告内容と実態の差異を確認する仕組みを整備することを明示しています。
申告が実態を下回っていると会社が認識できる状況にあったにもかかわらず放置していた場合、「実態把握の努力を怠った」と評価されるリスクがあります。
実態乖離が起きやすい職場の特徴
以下のような状況がある職場では、申告と実態の乖離が起きやすい傾向があります。自社に当てはまるものがないか確認してください。
- 残業を申請しにくい雰囲気や文化がある
- 申請の手続きが煩雑で、少額の残業は申請しないことが慣習化している
- 管理職が「自分は管理職なのだから残業は当たり前」と思い込んでいる
- 長時間労働を「頑張っている」と評価する文化がある
- 上司が部下の残業申請を暗黙的に抑制している
こうした職場環境では、自己申告制はほぼ機能しません。仕組みの問題と文化の問題、両面から対処することが必要です。
ガイドラインが求める4つの対応
前述のガイドラインは、自己申告制を採用する場合に使用者が講じるべき措置として、次の4点を挙げています。まず最初に労働者への十分な説明、次に申告と実態の差異を確認する仕組みの整備、そして申告しやすい環境づくり、最後に必要に応じた実態調査の実施です。自己申告制は「楽な仕組み」ではなく、「追加の管理責任が生じる仕組み」と認識することが重要です。
客観的な記録手段をどう確保するか
システム導入の予算や人手が限られる中小企業でも、客観的な労働時間の記録手段を確保することは可能です。重要なのは「何を使うか」より「客観的な記録が残るか」です。
「客観的な方法」とは何か
ガイドラインは、始業・終業時刻の記録にあたり、タイムカード、ICカード、パソコンのログイン・ログアウト記録などの客観的な記録を基本とすることを求めています。管理職であっても同様です。
IT投資が難しい場合でも、たとえば管理職が退勤時にPCのシャットダウン時刻をメールで日報として送る、入退室記録を活用するなど、コストをかけずに客観的な記録に近づける工夫はあります。完璧なシステムより、「記録が残る仕組み」を優先してください。
運用を始めたものの「本当に適切か判断できない」という場合は、外部のスポット相談を活用し、第三者視点での確認を受けることも有効です。
企業規模・環境別の対応目安
| 状況 | 推奨する対応 |
|---|---|
| 20名以下・予算が限られる | Googleフォームや無料の勤怠ツール+週次の上長確認 |
| 20〜50名・エクセル運用中 | PCログ記録との突合、月次での実態確認面談の仕組み化 |
| 産業医・衛生委員会あり | 月80時間超の管理職リストを産業医へ定期共有 |
| 就業規則が未整備 | 管理監督者の労働時間管理に関する条項を追加整備 |
記録の保存期間にも注意
労働安全衛生法の改正(2023年4月施行)により、労働時間の記録は5年間(当面は3年間)の保存が義務付けられています。紙やエクセルで管理している場合も、保存ルールを明文化しておく必要があります。万一のトラブル時に記録が残っているかどうかは、会社の法的立場を大きく左右します。
管理職の労働時間管理と就業規則の整備ポイント
管理職の労働時間管理を適切に行うためには、就業規則や社内ルールへの明文化が欠かせません。「なんとなく運用」では、問題が起きたときに「社内ルールが存在しなかった」という状況になりかねません。
管理監督者の定義を就業規則で明確にする
「管理職=管理監督者」と思い込んでいるケースが多いですが、法律上の管理監督者(労基法第41条)として認められるためには、単に「課長」「部長」という肩書きがあるだけでは不十分です。経営方針への関与、労働時間の自律的な裁量、賃金上の優遇などの実態が必要です。
名ばかり管理職(役職はあるが実態は一般社員と変わらない)に対して残業代を支払っていなかった場合、未払い残業代の請求リスクが生じます。就業規則に管理監督者の定義と処遇を明記し、実態と合致しているかを定期的に確認することが重要です。
残業代と労働時間管理の条項を分けて整理する
就業規則上、「残業代の支給対象外」と「労働時間の把握義務」は別の問題です。残業代条項に「管理監督者は除く」と記載していても、労働時間の記録・把握に関する条項は別途必要です。具体的には、「管理監督者を含むすべての従業員について始業・終業時刻を記録すること」「月80時間を超えた場合は所定の手続きを経ること」などを明文化します。
自己申告制を使う場合のルール化
自己申告制を継続する場合は、就業規則または運用規程に「申告内容の確認方法」「実態と乖離が疑われる場合の対応手順」を盛り込んでください。「申告してもらえれば管理した」ではなく、「申告内容を確認し、必要に応じて実態調査を行う」という姿勢を制度として組み込むことが、後日の法的リスクを大幅に下げます。
安全配慮義務として「何をすれば十分か」の判断基準
安全配慮義務に「これをやれば完璧」という絶対的な基準はありませんが、「合理的な注意を払い、可能な措置を取っていた」と説明できる状態を目指すことが実務上の目標です。
最低限押さえるべき対応
中小企業であっても、次の対応は「安全配慮義務の基本」として押さえておく必要があります。労働時間の記録・保存、月80時間超の社員(管理職含む)への通知、本人との定期的な面談または状況確認、異変を感じた場合の受診勧奨または産業医への相談ルートの整備です。産業医を選任する義務がない(常時50人未満の事業場など)場合でも、地域の産業保健総合支援センターや外部EAPサービスを活用する選択肢があります。
「気づけなかった」は免責にならない
「本人が申告しなかったから知らなかった」「見た目は元気そうだった」という主張は、法的な場面で免責理由としては認められにくいのが現実です。過労死・過労自殺の事案では、月の時間外労働が一定水準を超えていた事実が客観的に認定されると、会社が「知り得た」と評価されることがあります。労働時間の記録が残っていないと、その評価を覆す材料すら存在しない状態になります。
管理職本人が声を上げられない文化への対処
「管理職なのだから頑張るのは当たり前」「弱音を吐けない」という職場文化は、管理職本人の申告を妨げます。この問題は個人の意識の問題ではなく、組織構造の問題として捉えることが重要です。上位職が率先して終業時刻を守る行動を示す、匿名で相談できる窓口を設ける、人事や経営者が定期的に管理職と個別に状況を確認する面談を行うといった仕組みで、文化を徐々に変えていくことが有効です。
まとめ
管理職であっても、労働安全衛生法に基づく労働時間の把握義務は会社に課されています。「残業代が不要=勤怠管理が不要」という誤解は、過重労働・休職・最悪の場合の労災事案において、会社の法的責任を大きく高めるリスクがあります。自己申告制を使う場合も、申告内容の確認・実態調査の仕組みを整えること、就業規則に管理監督者の労働時間管理に関する条項を明記すること、月80時間超の管理職への通知と面接指導の体制を整えることが実務上の基本です。
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