出張中の移動時間、労働時間に含めるべきか迷ったら

出張中の移動時間、労働時間に含めるべきか迷ったら 労務管理
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「新幹線での移動中は仕事していないから、残業代は出なくていいよね?」——そう思いながらも、社員から問い合わせが来たときに明確に答えられず、困った経験はないでしょうか。出張時の移動時間や待機時間をどう扱うべきか、専任の人事担当者がいない中小企業では判断基準が曖昧なままになりがちです。本記事では、法的な考え方から社内ルールの整備まで、実務に即して解説します。

移動時間が「労働時間」かどうかを決める根本的な考え方

「指揮命令下に置かれているか」が唯一の判断軸

出張時の移動時間が労働時間かどうかを判断するのは、「使用者の指揮命令下に置かれているかどうか」です。これは1999年の最高裁判決(三菱重工業長崎造船所事件)以来、一貫して示されてきた考え方で、業務をしているかどうかよりも、「会社の管理・支配の下にいるか」という実態で判断されます。

つまり「移動中に何もしていなかったから労働時間ではない」という判断は、必ずしも正しくありません。会社が移動を命じた以上、その移動は業務の一環である側面を持ちます。

移動の実態ごとの判断目安

実務では、出張時の移動時間が労働時間かどうかは、以下のような状況ごとに判断が変わります。

新幹線や飛行機の乗車中に特段の業務指示がなく、自由に過ごせる状態であれば、原則として労働時間には該当しません。一方、移動中に資料作成やメール対応を会社から指示・命令されている場合は、労働時間に該当します。

注意が必要なのは、指示はないが自発的に業務をしているケースです。この場合でも、上司からLINEやチャットで頻繁に連絡が来るような状況は「黙示の指揮命令」があったとみなされるリスクがあります。

たとえば東京〜大阪の新幹線移動(約2時間30分)であっても、移動中に上司から「到着前に見積もりを送っておいて」とメッセージが来ていれば、その時間は出張時の労働時間として判断される可能性があります。金額的な影響も無視できません。

直行直帰の移動は「通勤」か「労働時間」か

出張先へ自宅から直接向かい、直接帰宅する「直行直帰」の場合、移動は通勤に準じる扱いとされることが多く、通常は労働時間に含まれません。ただし、通常の通勤時間を大幅に超える遠方への出張移動(例:自宅から九州まで4〜5時間かかるケース)については、社内でルールを整備しておかないと後々トラブルになるケースがあります。

事業場外みなし労働時間制は出張に使えるのか

みなし制の仕組みと適用要件

出張時の労働時間管理として「事業場外みなし労働時間制」(労働基準法第38条の2)の活用を検討する企業は少なくありません。これは、事業場の外で業務を行い、労働時間の算定が困難な場合に、あらかじめ決めた時間を働いたものとみなす制度です。

適用するためには、「事業場外で業務を行うこと」と「労働時間の算定が困難であること」の両方を満たす必要があります。出張先での営業活動や顧客訪問が主体で、会社がリアルタイムで行動を把握できない状況であれば、適用できる余地があります。

スマートフォン普及でみなし制が使いにくくなっている

しかし現代の職場環境では、スマートフォンやクラウドツールの普及により「労働時間の算定が困難」という要件を満たすことが非常に難しくなっています。以下のような状況では、みなし制を適用しても後から無効とされるリスクが高まります。

具体的には、携帯電話で常時連絡が取れる状態にある場合、上司が出張中のスケジュールを詳細に把握・管理している場合、移動中や現地でチャットやメールによる業務指示が頻繁にある場合などが該当します。「出張手当を払っているから労働時間はみなしにしている」というだけでは、法的に有効な根拠にはなりません。

みなし制を整備するなら就業規則への明記が必須

事業場外みなし労働時間制を適用する場合、就業規則または労使協定にその旨を明記することが必要です。「なんとなく出張手当でカバーしている」という運用は、労働基準監督署の調査が入った際に問題となる可能性があります。制度を活用するなら、適用条件・みなし時間数・対象業務を明文化した上で導入してください。

現地での待機時間・空き時間はどう扱うか

「手待ち時間」は労働時間になる

出張中の「待機時間」については、「手待ち時間」という概念が重要です。手待ち時間とは、業務そのものは発生していないが、いつでも対応できる状態で拘束されている時間を指し、労働時間に該当します。

たとえば、前泊したホテルで「夜間に取引先から緊急連絡が来たら対応するように」と指示されていた場合、その夜間の時間帯は手待ち時間として出張時の労働時間にカウントされる可能性があります。一方、チェックイン後は翌朝まで完全に自由として確保されているなら、労働時間外と整理できます。

訪問と訪問の間の「空き時間」は特に判断が難しい

現地で午前の訪問を終えて、次の訪問先まで2〜3時間空いているような状況はグレーゾーンです。「ランチ後に次の場所へ向かってください」という程度の指示であれば、自由な時間として整理できる場合もありますが、「この間に資料を修正して」「移動しながら電話を入れておいて」といった指示が加わると、労働時間と判断されるリスクが生じます。

実態として何を指示しているかを記録・管理しておくことが、出張時の労働時間トラブル防止のうえで非常に重要です。

前泊・後泊の扱いも明確にしておく

翌日の商談に備えて前日から現地入りする「前泊」や、翌日帰宅する「後泊」の場合、宿泊中の時間はどう扱うかも社内で統一しておく必要があります。一般的には宿泊中の夜間時間を労働時間とする企業は少ないですが、深夜(22時〜翌5時)に業務対応を求める場合は深夜割増賃金の問題が発生します。宿泊日の取り扱いを旅費規程や労働時間規程に明記しておくことが望ましいです。

深夜・休日の出張移動と割増賃金の関係

移動時間が労働時間なら割増賃金が発生する

深夜(22時〜翌5時)や法定休日に出張移動が発生した場合、その移動時間が労働時間に該当すれば、割増賃金の支払い義務が生じます。深夜は通常賃金の25%増し、法定休日は35%増しの割増率が適用されます。

たとえば、日曜日に翌日の商談に備えて東京から福岡へ移動する場合、その出張移動が労働時間に該当するなら、休日の移動時間分について割増賃金を支払う必要があります。「出張手当を払っているから別途残業代は不要」という考え方は、法的には通用しない場合があるため注意が必要です。

出張手当・日当と残業代は別物

出張手当や日当は、交通費・宿泊費・食費などの実費補填や労苦への見舞い的な性格を持つものです。一方、時間外・深夜・休日労働に対する割増賃金は労働基準法が義務づける別の支払いです。両者は混同しないことが重要で、手当を払っているからといって割増賃金の支払い義務がなくなるわけではありません。

旅費規程に出張手当を定めている場合でも、出張時の労働時間管理・残業代の取り扱いについては別途整備が必要です。

社内ルールとして整備しておくべきこと

出張時の労働時間ルールを明文化する

社員から「出張の移動時間は残業になりますか?」と聞かれたとき、担当者によって回答が変わるようであれば、社内ルールの整備が急務です。曖昧な運用は不公平感を生み、後から「あのときの残業代が支払われていない」という出張時の労働時間トラブルに発展するリスクがあります。

最低限、以下の点を明文化することをお勧めします。

  • 移動時間の原則的な取り扱い(労働時間に含める・含めないの基準)
  • 移動中の業務指示が発生した場合の取り扱い
  • 現地での待機時間・空き時間の整理方法
  • 前泊・後泊の夜間時間の扱い
  • 深夜・休日移動が発生した場合の割増賃金の取り扱い

これらを就業規則または出張規程に盛り込む形で整備します。

移動中の業務を「見える化」する仕組み

移動中にメール対応や資料作成をしている実態があるなら、それを把握・記録できる仕組みを用意することが重要です。たとえば、出張報告書に「移動中の業務内容」を記載する欄を設ける、勤怠システムに出張時の業務時間を入力できる項目を追加するといった対応が考えられます。

記録がないと「実際に業務していたかどうか」が証明できず、出張時の労働時間トラブル発生時に会社側が不利になることがあります。

現状の規程を点検するポイント

既に旅費規程がある企業は、現行の規程が労働時間の取り扱いに言及しているかどうかを確認してください。出張手当・日当の金額だけ定めて、出張時の労働時間扱いが未定義のケースが非常に多く見られます。また、みなし労働時間制を活用しているつもりでも、就業規則や労使協定に正式な記載がない場合は、実態として無効になるリスクがあります。規程の点検・見直しをこの機会に行うことをお勧めします。

まとめ

出張時の移動時間・待機時間が労働時間に該当するかどうかは、「会社の指揮命令下に置かれているかどうか」という実態で判断されます。「移動中に何もしていない」「出張手当を払っている」という理由だけで労働時間外と断定することはできず、移動中の業務指示の有無や現地での拘束状況によっては、残業代・深夜割増賃金の支払い義務が生じます。スマートフォン・チャットツールの普及により、移動中も実質的に業務が発生しやすくなっている今、出張時の労働時間ルール整備は後回しにできない課題です。

「うちの会社の出張ルールは大丈夫か確認したい」「就業規則や旅費規程をどう見直せばいいかわからない」「移動時間を含め、労働時間の管理方法を相談したい」といったお悩みは、ウェルセンス株式会社にお気軽にご相談ください。専任の人事がいない中小企業の実情に合わせて、出張時の労働時間対応を含む実務的なアドバイスをご提供しています。

よくある質問

Q. 新幹線で移動中に自分から進んでメールを返信した場合、残業代を払う必要はありますか?

A. 会社からの指示がなく、完全に自発的な業務であれば、原則として労働時間には該当しません。ただし、上司から日常的にメールやチャットで業務指示が来る状況であれば、「黙示の指揮命令があった」と判断されるリスクがあります。出張時の移動中の業務対応について社内ルールを明確にしておくことが重要です。

Q. 出張手当を支給していれば、移動時間の残業代は不要と考えてよいですか?

A. 出張手当・日当は実費補填や労苦への見舞い的な性格を持つものであり、時間外・深夜・休日労働に対する割増賃金とは法的に別の支払いです。手当を払っているだけでは割増賃金の支払い義務はなくなりません。出張時の移動時間が労働時間に該当する場合は、別途残業代の支払いが必要です。

Q. 事業場外みなし労働時間制を出張に適用したいのですが、どんな手続きが必要ですか?

A. 事業場外みなし労働時間制を適用するには、就業規則への記載が必須です。みなし時間が法定労働時間(1日8時間)を超える場合は労使協定の締結も必要になります。ただし現代の職場環境では「労働時間の算定が困難」という適用要件を満たすことが難しくなっているため、出張時の労働時間管理の導入前に実態を確認したうえで専門家に相談することをお勧めします。

Q. 日曜日に翌日の出張のために移動した場合、休日手当を払う必要がありますか?

A. その出張移動時間が労働時間に該当すると判断される場合、法定休日であれば35%増しの割増賃金が必要です。会社が移動を命じた業務上の出張移動であれば、労働時間に該当する可能性があります。就業規則に休日の出張移動の取り扱いを明記することで、社員とのトラブルを防ぐことができます。

Q. 出張規程と就業規則の違いは何ですか?両方必要ですか?

A. 就業規則は労働時間・休暇・賃金など労働条件全般を定める法定の書類で、常時10人以上の従業員がいる場合は作成・届出が義務です。出張規程(旅費規程)は出張手当・交通費・宿泊費などを定めるもので、就業規則の附属規程として位置づけられます。出張時の労働時間の扱いは就業規則または出張規程のいずれかに明記しておくことが重要で、両者をセットで整備するのが望ましい形です。

【監修】ウェルセンス株式会社
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