「在宅中に転んで骨折したと社員から連絡が来た。でも、これって労災になるの?」——報告を受けた瞬間、そう頭を抱えた経験はないでしょうか。オフィスであれば周囲に目撃者がいて状況把握もしやすいですが、在宅勤務の場合はそうはいきません。業務中だったのか、家事の合間だったのか、確認する手段も限られています。専任人事がいない中小企業では、この「判断」と「初動対応」を兼務の担当者が即座にこなさなければならず、対応を誤ると後から安全配慮義務違反や「労災隠し」と指摘されるリスクもあります。この記事では、在宅勤務中の怪我が労災になるかどうかの判断基準と、報告を受けてから行うべき会社の初動対応を、実務に即して整理します。
在宅勤務中の怪我が「労災」になる仕組み
在宅勤務中であっても、業務に従事している最中の怪我は労災保険給付の対象になります。ただし、オフィス勤務と違い「私的空間」と「業務時間」が混在するテレワーク環境では、認定のハードルが独特です。
労災認定に必要な2つの要件
労働者災害補償保険法の解釈運用上、労働災害として認定されるには、「業務遂行性」と「業務起因性」という2つの要件を満たす必要があります。
| 要件 | 意味 |
|---|---|
| 業務遂行性 | 使用者の支配下・管理下にある状態で発生したか |
| 業務起因性 | 業務が原因(相当因果関係)となって発生したか |
オフィス勤務であれば、就業時間中に社内にいるだけで「業務遂行性あり」と判断されやすいのですが、在宅勤務では「就業時間内に自宅にいる」だけでは不十分です。実際に業務を行っていたかどうかが問われます。
テレワークに関する厚生労働省の考え方
厚生労働省が令和3年3月に改定した「テレワークの適切な導入及び実施の推進のための指針」では、「テレワーク中であっても、業務に従事している場合の災害は労災保険給付の対象となる。ただし、業務と関係のない行為(私的行為)中の災害は対象外」という考え方が明示されています。
つまり、在宅勤務だからといって一律に労災にならないわけでも、一律に労災になるわけでもありません。「そのときに何をしていたか」が判断の核心です。
労災か私的行為かを判断する3つの基準
在宅勤務中の怪我を労災か否かで判断する際は、「業務との関連性」「時間的な位置づけ」「会社の管理・指示との連動」という3つの軸で考えると整理しやすくなります。
業務との関連性で見る
最も重要な基準が、怪我の直前に何をしていたかです。PCで資料を作成していたときや、会社指示のオンライン会議に参加していたときは業務との関連性が強く、労災と認定されやすい状況といえます。一方で、勤務時間内であっても洗濯物を干しに行った帰りに転倒した、子どもの面倒を見るために席を離れていた最中に怪我をしたというケースは、私的行為中の怪我として労災対象外と判断される可能性が高くなります。
なお、トイレへの往復については「生理的必要行為」として業務に付随する行為と解釈されやすく、業務遂行性が認められるケースが多いとされています。
時間的な位置づけで見る
昼休みや会社が定めた休憩時間中の怪我は、原則として私的行為中の怪我として扱われます。ただし、オフィス勤務の場合と同様に、休憩時間中であっても会社の施設・設備に起因する怪我(例:会社支給のデスクが壊れて怪我をした)は別の判断が入ることがあります。
また、会社が認めていない時間外労働中の怪我についても、原則としては労災の対象外になりますが、実態として上司が時間外作業を把握・黙認していた場合は、時間外労働と認められるケースもあります。タイムカードや業務ログが重要な証拠になります。
会社の管理・指示との連動で見る
会社から明示的に指示された業務の遂行中であることが証明できるかどうかも、重要な判断軸です。「上司からチャットで依頼されたファイルを取りに立ち上がった際に転倒した」という場合は、業務指示との連動が明確で労災と判断されやすい状況です。反対に、業務連絡のない時間帯に自己判断で作業を始めていた場合は、業務性の立証が難しくなります。
安全配慮義務は在宅勤務でも変わらない
在宅勤務中であっても、会社の安全配慮義務(労働契約法第5条)は消えません。「家の中のことまで会社が責任を持つの?」という疑問はよく聞きますが、法的な義務範囲は在宅勤務でも適用されます。
テレワーク環境で求められる具体的な対策
厚生労働省の指針・通達を踏まえた実務解釈では、次のような対応が会社に求められています。まず、テレワーク環境の安全基準(作業場所の照度・転倒リスクのある場所の排除など)を就業規則やテレワーク規程に定めることです。次に、「作業環境チェックリスト」などを使って社員に自己点検させ、その記録を保存することが求められます。さらに、長時間労働や孤立によるメンタルヘルス悪化を含む健康管理体制を整えることも義務の範囲に含まれます。
記録が「防御材料」になる
安全配慮義務違反を完全に免責することは困難ですが、「やるべき対策をやっていた」という記録が、万一の紛争時に会社側の重要な防御材料になります。チェックリストの実施記録、規程の整備状況、研修の実施記録などは定期的に保存・更新しておくことが実務上のポイントです。
就業規則にテレワーク時の安全管理に関する規定がない場合は、早急に整備を検討してください。専任人事がいない場合でも、最低限「テレワーク勤務規程」として別規程を作成し、労働基準監督署への届出(常時10名以上の場合)を行う必要があります。
報告を受けてから動く会社の初動対応
社員から怪我の報告を受けたら、まず「事実の記録」と「安易な決めつけをしないこと」の2点を徹底してください。初動対応の遅れや不用意な発言が、後の労使トラブルに直結します。
事実確認と記録を最優先にする
報告を受けた当日中に、次の情報を書面またはメール・チャットで記録します。発生日時、発生場所(自宅の具体的な場所)、怪我の状況(どのような動作中に、どのような怪我をしたか)、直前に行っていた業務内容、治療の有無と医療機関名の5点が最低限必要な情報です。口頭確認のみで終わらせず、社員本人にも「確認内容を書いて送ってほしい」と依頼し、メールやチャットで証跡を残すことが重要です。
判断に迷ったときは、無理に結論を出さず、労基署や社労士に相談することが、紛争予防の第一歩です。
社員への伝え方で避けるべき言葉
この段階では「これは労災にはならないから」「私傷病扱いで休んでください」と断言することは絶対に避けてください。労働基準法では、会社が労災申請を妨げる行為は「労災隠し」として厳しく処罰されます(労働安全衛生法第100条違反・罰則あり)。社員には「状況を確認したうえで、労災申請の手続きについてご案内します」と伝えるにとどめ、判断を急がないことが重要です。
届出・申請の流れを把握しておく
労災申請は基本的に社員本人(または遺族)が行うものですが、会社側には「事業主証明」という重要な役割があります。療養補償給付の請求書(様式第5号または第16号の3)に事業主として証明欄を記入・押印する必要があります。これを拒否したり遅延させたりすることはできません。また、死亡や4日以上の休業が生じた場合は、会社側が「労働者死傷病報告」を所轄の労働基準監督署に提出する義務があります(労働安全衛生法第100条・規則第97条)。社員数が少ない事業所でも、この義務は変わりません。
労災認定の見通しが立たない場合の現実的な対処法
現場の担当者が「これは労災か私傷病か」を即断できないケースは多くあります。そのような場合でも、取れる行動はあります。
労基署への事前相談を活用する
労働基準監督署は、労災認定の窓口であると同時に、事前相談にも対応しています。「こういう状況が起きたのだが、どう対応すればよいか」という相談を持ち込むことは可能です。専任人事がいない中小企業こそ、判断に迷ったら早めに所轄の労基署に相談することをお勧めします。相談した事実と日時も記録に残しておきましょう。
社会保険労務士・専門家と連携する体制を作る
在宅勤務中の怪我の対応は、労災認定の判断だけでなく、安全配慮義務の有無、就業規則の整備、社員へのコミュニケーションまで複合的な課題が絡みます。事後に慌てて専門家を探すのではなく、平時から顧問社労士や外部の人事・労務支援サービスと連携できる体制を整えておくことが、中小企業にとっての現実的なリスク管理です。
- 就業規則・テレワーク規程が整備されているか定期的に確認する
- 作業環境チェックリストを年1回以上実施し記録を保管する
- 怪我・体調不良の報告ルートと初動フローを社内で周知する
- 労基署・社労士の連絡先を担当者が即座に参照できる場所に置く
人事対応を一人で抱え込まず、外部の支援を活用することが、対応の質と企業のリスク管理を大きく改善します。
まとめ
在宅勤務中の怪我が労災になるかどうかは、「業務遂行性」と「業務起因性」という2つの要件を軸に、怪我の直前に何をしていたか・会社の指示との連動があったかで判断されます。昼休みや家事などの私的行為中は対象外になりやすく、PC作業中やトイレへの往復中は対象と判断されやすい傾向があります。会社としては、報告を受けた当日中に事実を記録し、安易に「労災ではない」と断言せず、事業主証明や労働者死傷病報告といった法的義務を果たすことが初動の基本です。また、安全配慮義務は在宅勤務中も変わらず適用されるため、テレワーク規程の整備や作業環境チェックリストの運用を平時から行っておくことが、万一の際の最大の防御になります。
ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・人事担当者の方向けに、在宅勤務中の労災判断や初動対応の相談、テレワーク規程の整備支援、そして継続的な労務リスク対応をサポートしています。「今起きている状況について何から始めたらいいのか」「規程を作ったはいいが、実際の事例にどう適用すればいいのか」といった段階でのご相談も歓迎していますので、まずはお気軽にお問い合わせください。
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