「パートさんが増えてきたけど、就業規則って正社員と同じやつを渡しておけばいいのかな……」。気づけばそのまま数年が経過し、気が付くと雇用形態が3種類・4種類になっていた——中小企業でよく起きる話です。専任人事がいない環境では、就業規則の整備は後回しになりがちですが、放置したままでは労使トラブルや行政指導のリスクが高まります。この記事では、雇用形態が複数になったときに最初に整理すべきことを、実務の優先順位に沿って解説します。
就業規則の「適用区分」とは何か
就業規則の適用区分とは、「どのルールブックが、誰に適用されるか」を定めた仕組みのことです。雇用形態が複数存在する会社では、一つの就業規則をすべての労働者に適用するのではなく、雇用形態ごとに対応した規則を整備することが法的にも実務的にも求められます。
「1本の就業規則で全員対応」が問題になる理由
創業初期に正社員向けで作った就業規則を、パートタイマーや有期契約社員にもそのまま渡しているケースは珍しくありません。しかし、正社員向けの退職金規定や転勤命令条項がパートにも適用されると、実態と乖離したルールが労働契約の内容として扱われる可能性があります。労働契約法第7条では、合理的な就業規則の内容が労働契約の内容となると定めており、「渡した就業規則がそのまま契約内容になる」という点は軽く見られません。
雇用形態ごとに就業規則を分ける根拠となる法律
パートタイム・有期雇用労働法(令和2年4月から中小企業にも適用)は、短時間・有期雇用労働者への就業規則の作成・説明義務を明確に定めています。また同法第14条では、雇い入れ時に適用される就業規則の内容を文書などで明示する義務も課されています。正社員向けの規則しか用意していない会社は、この時点ですでに対応が必要な状態といえます。
「常時10人以上」の数え方に注意
労働基準法第89条が定める就業規則の作成・届出義務は、「常時10人以上の労働者を使用する事業場」に課されます。この「常時使用する労働者」にはパートタイマーや有期契約社員も含まれます。週数日のパート勤務であっても、常態として雇用されていれば人数にカウントされます。社員5名・パート6名のような構成でも、合計11名であれば作成・届出義務が生じる点は見落とされやすいポイントです。
まず現状を把握する「雇用形態の棚卸し」
就業規則の整備に着手する前に、まず自社に存在する雇用形態と人数を一覧化することが先決です。何がいくつあるかわからない状態では、どの規則を作成・修正すべきかが決まりません。
棚卸しで確認すべき4つの軸
雇用形態の棚卸しでは、以下の4点を整理してください。
- 雇用契約の種別(正社員・有期契約社員・パートタイマー・嘱託社員など)
- 労働時間の形態(フルタイム・短時間・変形労働時間制の適用有無)
- 現在渡している就業規則の種類と、その適用対象として明記されている労働者の範囲
- 雇用契約書・労働条件通知書の交付状況と記載内容
このリストを作ることで、「誰にどの規則が適用されているのか(あるいはされていないのか)」の全体像が見えてきます。
「適用対象の空白」を発見する
棚卸しを進めると、多くの会社で「パートタイマーを対象にした就業規則が存在しない」「有期契約社員の更新上限に関するルールがどこにも書かれていない」といった空白が見つかります。これらは労使トラブルの温床になりやすい部分です。特に令和6年4月以降、有期雇用労働者への労働条件明示ルールが改正されており、更新上限や無期転換に関する明示が義務付けられました。棚卸しの段階でこれらの空白を可視化しておくことが、整備の優先順位づけにつながります。
「どこから手をつけていいかわからない」という段階での相談も多いため、ひとりで判断するのが難しい場合は専門家に相談することをおすすめします。
適用区分を決める判断基準
雇用形態ごとに就業規則を分ける際の判断基準は、「労働時間・職務内容・契約期間の組み合わせ」です。これらの違いが実態として存在するなら、別建ての規則を用意することが合理的です。
区分を分けるべきケース・まとめてよいケース
| 雇用形態の組み合わせ | 就業規則の扱い | ポイント |
|---|---|---|
| 正社員のみ | 1本で対応可 | 管理職・一般職の区別がある場合は別途確認 |
| 正社員+パートタイマー | 原則として別規則を作成 | パートタイム・有期雇用労働法への対応が必要 |
| 正社員+有期契約社員 | 原則として別規則を作成 | 無期転換・更新上限に関する条項を含める |
| パートタイマー+有期契約社員 | 実態が近ければ1本に統合可 | 適用対象の範囲を明確に定義する |
| 嘱託社員(定年後再雇用) | 別規則または別途覚書 | 労働時間・賃金体系が大きく異なるケースが多い |
同一労働同一賃金との関係を整理する
適用区分を分ける際に多くの会社が悩むのが、「どこまで正社員と同じにしなければならないのか」という点です。パートタイム・有期雇用労働法第8条・第9条が定める同一労働同一賃金の考え方は、「すべてを同一にせよ」ではなく、「不合理な差を設けるな」というものです。厚生労働省の同一労働同一賃金ガイドラインでは、基本給・賞与・各種手当・福利厚生の待遇ごとに判断基準が示されています。たとえば通勤手当や慶弔休暇は「同一の支給が求められる可能性が高い待遇」の代表例です。一方で退職金・正社員登用に関する人事制度は、職務内容・配置の変更範囲の違いを根拠に差を設けることが認められる場合もあります。
「合理的な差」を文書で説明できるようにしておく
待遇差を設ける場合、「なぜその差があるか」を説明できる状態にしておくことが重要です。パートタイム・有期雇用労働法第14条は、労働者から求められたときに待遇差の内容と理由を説明する義務を事業主に課しています。就業規則の適用区分を整備する過程で、待遇差の根拠を社内文書として整理しておくと、いざ説明が必要になったときに慌てずに済みます。
既存メンバーへの変更で「不利益変更」を避けるポイント
就業規則の適用区分を整理する際、現在在籍しているメンバーの労働条件が実質的に下がる変更を伴う場合は、労働契約法の「不利益変更」ルールへの注意が必要です。整備の名目であっても、内容が不利益であれば個別同意が原則として求められます。
不利益変更にあたるかどうかの判断
労働契約法第9条は、就業規則の変更によって労働者に不利益となる労働条件の変更を、原則として認めていません。ただし、同法第10条では、変更の「合理性」があり、かつ「周知」された就業規則は例外的に有効となりうると定めています。合理性の判断要素としては、労働者の受ける不利益の程度・変更の必要性・代替措置の有無・労使間での交渉経緯などが考慮されます。休日数の削減・手当の廃止・割増賃金率の引き下げなどは不利益変更として認定されるリスクが高く、慎重な対応が必要です。
「整備・明確化」にとどまる変更は影響が小さい
一方で、これまで曖昧だったルールを明文化する・適用対象を正確に限定する・条文の表現を整理するといった変更は、実質的な労働条件の変化を伴わないため、不利益変更とは評価されないケースが多いです。たとえば「正社員就業規則の適用対象を正社員のみと明記し、パート向け就業規則を別途新設する」という整理は、各労働者の待遇が変わらない限り問題になりにくいです。変更の内容が「明確化」なのか「実質的な引き下げ」なのかを区別して進めることが、整備を前に進めるうえでの実務的なポイントです。
変更前の事前周知と意見聴取の手順
就業規則の変更・新設にあたっては、労働基準法第90条が定める「過半数代表者への意見聴取」が必要です。意見書は労働基準監督署への届出に添付する書類でもあります。意見聴取は「同意を得ること」とは異なり、反対意見が出た場合でも変更自体は可能ですが、変更の合理性を判断する場面でその経緯が参照されることがあるため、丁寧なプロセスを踏んでおくことが望ましいです。
届出・周知の手続きを確実に行う
就業規則の内容を整えても、届出と周知が完了しなければ法的効力の観点で不完全な状態が続きます。この手続きは整備の最後ではなく、整備と並行して進める意識が必要です。
労働基準監督署への届出の流れ
就業規則(および変更規則)の届出は、各事業場の所在地を管轄する労働基準監督署に行います。提出書類は、就業規則本体・過半数代表者の意見書・届出書(様式第49号)の3点です。複数の事業場を持つ会社は、事業場ごとに届出が必要になるため注意が必要です。なお届出は郵送でも対応可能で、電子申請(e-Gov)を活用することもできます。
周知方法と「周知されていない」リスク
労働基準法第106条が定める周知義務を果たすためには、就業規則を「常時各作業場の見やすい場所に掲示または備え付ける」「書面で交付する」「電子データで閲覧できる環境を整える」いずれかの方法が必要です。特に注意したいのは、パートタイマーや有期契約社員が実際に確認できる形で周知されているかどうかです。正社員向けの就業規則しか掲示されていない場合、パート向け規則が「周知されていない」として法的効力を持たないリスクがあります。新しく作成したパート・有期社員向け就業規則は、雇い入れ時に書面で交付するか、いつでも確認できる場所に置くことを徹底してください。
まとめ
就業規則の適用区分が複数になったとき、最初に行うべきことは「現状の棚卸し」です。どの雇用形態の労働者が何人いて、どの就業規則が適用されているか(いないか)を一覧化することが、整備の起点になります。その後、雇用形態ごとに区分を設けるかどうかを職務内容・労働時間・契約期間の実態に基づいて判断し、同一労働同一賃金の観点から待遇差の合理性を確認しながら規則の内容を固めていきます。既存メンバーへの変更が不利益変更にあたらないかの確認、そして届出・周知の手続きをセットで進めることが、整備の完成条件です。
人事部門の経験者がいない環境では、法要件と実務のバランスを取るのが難しいため、早めに専門家に相談することが得策です。ウェルセンス株式会社では、雇用形態の整理から届出準備まで、贵社のペースに合わせた支援が可能です。
よくある質問
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