「引越ししたのか、電話番号が変わったのか——気づいたら書類が戻ってきてしまっていた」。休職者の対応に慣れていない経営者や兼務の人事担当者が、ふとした瞬間に直面する困りごとのひとつが、休職中の社員との連絡手段が突然断たれてしまうケースです。メンタルヘルス上の配慮から「あまり連絡しないほうがいい」と思って距離を置いていたら、いつの間にか住所も電話番号も変わっていた——こうした状況で「何をすべきか」「何をしてはいけないか」がわからず、対応が止まってしまう会社は少なくありません。
この記事では、休職中に社員の連絡先が変わったときの正しい対応方法を、法的な根拠とともに実務レベルで解説します。連絡先の把握が安全配慮義務にあたることから、具体的な対応フロー、事前に整備すべき社内ルールまで、すぐに活用できる内容をお伝えします。
連絡先変更の報告を求めることは会社の権利であり義務でもある
休職中であっても雇用契約は継続しているため、会社は社員に対して連絡先の届出を求めることができます。これは会社の権利であるだけでなく、安全配慮義務を果たすための必要な行為でもあります。
雇用契約が続く限り安全配慮義務は消えない
労働契約法第5条は、使用者が労働者の生命・身体・精神の安全に配慮する義務を定めています。この義務は、休職中でも免除されません。つまり、会社は休職者の状態を把握し、必要なときに連絡が取れる状態を維持することが、法的に求められているのです。
「連絡が負担になるかも」という配慮の気持ちは大切ですが、連絡先を把握すること自体を怠ることは、義務の放棄につながるリスクがあります。このリスクを避けるためにも、適切なタイミングで連絡先の確認が必要なのです。
「連絡頻度への配慮」と「連絡先の把握」は別問題
メンタルヘルス不調で休職している社員に対して、頻繁に業務上の連絡をすることは確かに避けるべきです。しかし「連絡先を把握すること」と「頻繁に連絡すること」は、まったく別の話です。
たとえば月1回のメールで「体調の変化や住所・連絡先の変更があれば教えてください」と確認するような、頻度・内容・手段に配慮したコンタクトは、安全配慮義務の履行として正当化できます。むしろ連絡を控えすぎて居所不明になることのほうが、後々のトラブルを招くリスクが高いのです。
就業規則に根拠がない場合の問題点
「住所・連絡先が変わった場合は速やかに届け出ること」という規定が就業規則や休職規程に明記されていないと、会社が変更報告を求めても「義務がある」とは言い切れない立場になります。
規程がない状態でトラブルになった場合、会社側が不利になるケースもあります。まず自社の就業規則を確認し、該当条文がなければ早期に整備することを検討してください。この点は後述する「今すぐ整備しておくべき社内ルール」の項目で詳しく解説します。
個人情報保護法と連絡先管理の関係を正しく理解する
社員の住所や電話番号は個人情報保護法第2条が定める「個人情報」に該当します。ただし、雇用契約の履行を目的とした利用は適法であり、適切な規程整備があれば連絡先の収集・更新を求めることに法的な問題はありません。
雇用目的での利用は「利用目的の範囲内」として認められる
個人情報保護法では、取得した個人情報を「利用目的の範囲内」で使用することが求められます。住所・連絡先については、以下のような利用であれば、本人の追加同意なく使用できます。
- 賃金支払いのための書類送付
- 傷病手当金の事業主証明の郵送
- 復職面談の案内
- 安否確認(適切な頻度で)
ただし、これらの利用目的が就業規則や雇用契約書などで事前に明示されていることが前提です。「なんとなく持っている」情報では、利用根拠が曖昧になり、後のトラブルで会社の立場が弱くなります。
小規模事業者も個人情報保護法の対象
「うちは20〜30人規模の会社だから関係ない」という認識は誤りです。個人情報保護法は事業者規模に関係なく適用されます。社員情報へのアクセス管理(誰がいつ何の目的でアクセスしたかの記録)や安全管理措置についても、中小企業であっても対応が求められます。
専任のコンプライアンス担当者がいない会社ほど、就業規則などで利用目的を明文化し、運用のルールを整えておくことが重要です。これが後のトラブルを防ぐ最大の防波堤となります。
緊急連絡先(家族)への連絡は同意の範囲がカギ
入社時に取得した緊急連絡先(家族の氏名・電話番号)を使って家族に連絡することは、「緊急時に連絡することへの同意」の範囲内でのみ許容されます。問題になるのは、「緊急」の定義が書面で明確になっていない場合です。
たとえば「復職の手続きについて家族に確認した」ことが、本人にとっては「同意なく家族に病状を話された」と受け取られ、トラブルに発展することがあります。緊急連絡先の利用目的・利用範囲は、入社時の書面や同意書で具体的に明示しておくことが必要です。曖昧な同意書があるなら、今からでも見直すことをおすすめします。
連絡先が変わったときの実務対応フロー
休職者から住所変更や電話番号変更の連絡がないことに気づいたら、以下のフローで段階的に対応することが基本です。各段階での記録が、後のトラブル時に会社を守る証拠となります。
まず試みるべき連絡手段の順序
登録されているメールアドレス・電話番号・SNSのメッセージ機能(会社が公式に使用しているもの)など、手元にある連絡手段をすべて試みます。その際、「業務命令的な内容」ではなく、「書類の送付先を確認したい」「お体の状況に変わりがあればお知らせください」という穏やかなトーンで連絡することが大切です。
重要なポイントは「記録に残す」ことです。連絡した日時・手段・内容は必ず記録に留めてください。この記録が、後のトラブル時に「誠実に対応した」ことの証明になります。
書面(書留・内容証明)で正式に届出を求める
電話・メールで数週間連絡が取れない場合、最終既知住所に書留または内容証明郵便で文書を送付します。文書には以下の内容を記載してください。
- 現在の住所・連絡先を〇月〇日までに報告するよう求める
- 休職中は住所変更の届出義務がある旨(就業規則の当該条項がある場合は条項番号を記載)
- 就業規則に根拠がない場合でも、「雇用契約上の義務として」と記載することは可能です
ただし規程がないと効力が弱くなるため、並行して就業規則の整備を検討してください。社会保険労務士に相談すれば、比較的短期間で条文を追加できます。
長期的に連絡が取れない場合の判断基準
書面を送っても届かず、緊急連絡先にも連絡が取れない状態が長期にわたる場合、休職規程に定めた「休職期間満了による自然退職」の規定が発動できるかどうか検討するフェーズになります。
ただし、この判断を進めるには、事前に誠実な連絡試行の記録が不可欠です。「連絡しようとしたが取れなかった」という事実を積み上げておかないと、後に「会社から何も連絡がなかった」と主張されるリスクがあります。
この段階では、社会保険労務士や弁護士への相談を強くおすすめします。専門家の判断を仰ぐことで、会社のリスクを最小化できます。
自社の状況に応じた対応の分岐点
休職者への連絡先管理の対応は、就業規則の整備状況や産業医の有無によって取るべきアクションが変わります。以下の表を参考に、自社のケースを確認してください。
| 自社の状況 | 優先すべき対応 |
|---|---|
| 就業規則に住所変更の届出義務がない | 就業規則・休職規程への条文追加を検討する。社会保険労務士に相談するのが最短ルート |
| 入社時の緊急連絡先同意書の範囲が曖昧 | 利用目的・利用範囲を明示した同意書の様式を整備する |
| 産業医と契約している(50人以上) | 安否確認の判断について産業医に相談できる。産業医経由での連絡手段も検討可 |
| 産業医がいない(50人未満) | 地域産業保健センター・外部EAP(従業員支援プログラム)や専門会社への相談を活用する |
| 連絡が長期間取れず居所不明 | 社会保険労務士・弁護士に相談のうえ、連絡試行の記録を整えてから次の判断へ |
自社の規模や状況に関わらず共通しているのは、「記録を残す」ことと「規程に根拠を持つ」ことの重要性です。これがあるかないかで、トラブル時の会社の立場が大きく変わります。
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今すぐ整備しておくべき社内ルールとチェックポイント
休職者の連絡先管理で困らないために必要な社内ルールは、休職が発生してからではなく、休職前・入社時に整えておくことが理想です。以下を参考に、自社の状況を確認してみてください。
休職開始前に確認・取得しておくもの
休職開始のタイミングで、以下の情報と同意を確認しておくと、後々のトラブルを大幅に減らすことができます。休職に入ってからでは「本人が応答できない」状況になっていることもあるため、できれば休職開始の面談時に書面で確認しましょう。
- 現住所・電話番号・メールアドレス(最新のものを確認)
- 緊急連絡先(家族等)の氏名・続柄・電話番号と、連絡できる状況の定義
- 休職中の連絡方法・頻度に関する取り決め(双方の合意として記録)
- 住所・連絡先が変わった場合の届出義務についての説明と合意
就業規則・休職規程に盛り込むべき条文の例
規程に定めるべき内容としては、以下が基本となります。
「休職期間中に住所・電話番号・メールアドレスその他の連絡先に変更が生じた場合は、速やかに会社に届け出なければならない」
加えて「届出を怠り連絡が取れない状態が〇週間継続した場合は、休職期間満了として扱うことがある」という規定を設けておくことで、最悪のシナリオにも対応できる根拠が生まれます。
既存の就業規則への追加は、社会保険労務士に依頼すれば比較的短期間で対応可能です。「何から始めればいいかわからない」という段階でも、専門家の力を借りることをおすすめします。
運用面で陥りがちな「記録を残さない」問題
規程が整っていても、実際の対応の記録がなければ後のトラブルに対応できません。「いつ・誰が・どの手段で・どのような内容の連絡をしたか」を必ず書面やメール等で記録に残す習慣をつけましょう。
口頭でのやり取りは記録が残りにくいため、電話で確認した内容もその後メールで「先ほどのお電話の確認として」と送り、テキストで記録を補完することをおすすめします。この「二重記録」が、後のトラブル時に最大の防御となります。
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まとめ
休職中に社員の連絡先が変わったときに会社が取るべき対応は、「記録を残しながら、できる限りの連絡手段を試み、書面で届出を求める」という流れが基本です。
そのためには、就業規則・休職規程に届出義務の条文を整備し、入社時・休職開始時に緊急連絡先の同意範囲を書面で明確にしておくことが何より重要です。「メンタル不調者への配慮」と「連絡先の把握」は両立できるものであり、後者を怠ることが安全配慮義務違反につながるリスクがあることを、ぜひ認識しておいてください。
とはいえ、就業規則の整備・個人情報管理・休職者対応のルール化を、日々の業務と並行しながら一人で進めるのは容易ではありません。ウェルセンス株式会社では、休職・復職支援や人事労務上の課題について、専任人事のいない中小企業の経営者・担当者からのご相談を承っています。「何から手をつければよいかわからない」という段階からでも、お気軽にお声がけください。
よくある質問
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