内定後に給与を下げたい…法的リスクを避ける3ステップ対応

内定後に給与を下げたい…法的リスクを避ける3ステップ対応 採用・定着
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「採用に3ヶ月かけてようやく内定を出したら、候補者から『給与を下げてほしい』と言われた——。」こんな状況に直面したとき、多くの経営者・兼務人事担当者は「断ったら辞退されるのでは」という不安から、つい安易に口頭で「わかりました」と答えてしまいがちです。しかし内定後の給与変更には、法的に踏むべき手順があります。間違えると入社後のトラブルに直結するため、正しい対応を知っておくことが不可欠です。

内定は「労働契約の成立」である

まず押さえるべき大前提として、採用内定の時点で労働契約はすでに成立しています。これを知らずに動くと、その後の対応がすべて後手に回ります。

判例が示す内定の法的位置づけ

採用内定の法的性質については、最高裁昭和54年7月20日の大日本印刷事件判決が広く知られています。この判決では、採用内定通知と内定承諾がなされた時点で「始期付解約権留保付労働契約」が成立すると判示されました。わかりやすく言えば、「入社日を始まりとして、一定の解約権を留保しながらも、労働契約はすでに結ばれた状態」です。

つまり、内定通知書を出して候補者が承諾した時点で、提示した給与は労働条件の一部として法的効力を持ちます。内定とはまだ交渉段階、という認識は誤りです。

一方的な変更は原則として認められない

労働契約法第8条は「労働者と使用者は、その合意により労働契約の内容である労働条件を変更することができる」と定めており、逆に言えば一方の意思だけでは変更できません。同法第9条は、就業規則を変更しても労働者の不利益になる変更は原則として効力を持たないと定めています。企業側が一方的に「やはり給与を下げる」と決定することは、法的に許されないと理解してください。

「候補者からの申し出」であれば合意変更は可能

ただし、今回のように候補者自身が「給与を下げてほしい」と申し出てくる場合は話が変わります。労働契約法第8条の「合意の原則」のもと、双方が合意すれば労働条件の変更は可能です。重要なのは、その合意を適切な書面で残すことです。口頭だけで処理してしまうケースが非常に多く、これが後のトラブルの温床になります。

給与引き下げを求める背景を確認する

候補者が給与引き下げを求める理由はひとつではありません。背景によって企業側が取るべき対応が大きく変わるため、まず理由をきちんと確認することが出発点です。

よくある3つの背景パターン

実務でよく見られる理由として、以下の3つが挙げられます。

背景 候補者の意図 企業側の確認ポイント
配偶者の扶養内に収まりたい 130万円・106万円の壁への対応 所定労働時間・雇用形態の変更が必要になる可能性
副業・フリーランス収入との兼ね合い 合計収入を一定額以下にしたい 就業規則の副業規定との整合性
試用期間中だけ低くしてほしい 入社後の評価に応じた段階的な給与を希望 試用期間中の賃金は内定通知時点での明示が必要

扶養・社会保険の壁に絡む場合の注意点

配偶者控除や扶養認定の基準(いわゆる106万円・130万円の壁)を理由に給与を下げてほしいという要求は、一見シンプルに見えますが複雑な問題をはらんでいます。単純に給与額だけを下げても、所定労働時間や勤務日数が変わらない場合、社会保険の適用判定基準と不整合が生じ、別のコンプライアンス問題を引き起こす可能性があります。この場合は、雇用形態そのものの見直し(正社員からパートタイムへの変更など)が実質的な解決策になることも多く、単なる給与変更では解決しないケースがあると認識しておきましょう。

試用期間中の賃金変更の限界

「試用期間中だけ給与を低くしてほしい」という要求については、より慎重な対応が必要です。労働基準法第15条は、労働条件の明示を義務づけており、試用期間中の賃金が内定通知書や雇用契約書にすでに記載されている場合、それを後から変更するのは困難です。試用期間中の低賃金設定を行うためには、最初の内定通知書・雇用契約書の段階から明記しておく必要があります。

変更を受け入れる場合の対応手順

候補者の申し出を受け入れる方向で進める場合も、正しい手順を踏まなければ後々のトラブルを招きます。「候補者が言い出したから問題ない」は通用しません。

申し出を書面・メールで確認する

まず最初に、候補者からの変更申し出を必ず書面またはメールで記録に残してください。口頭での申し出だけで話を進めてはいけません。メールで「〇〇円から〇〇円への変更を希望する」と明示してもらうか、候補者の申し出内容を企業側がメールで文章化して確認返信を求めるといった方法が有効です。「言った・言わない」のトラブルを防ぐ最初の関門です。

労働条件通知書・雇用契約書を修正・再交付する

次に、変更後の給与額を反映した労働条件通知書または雇用契約書を作り直し、候補者に交付します。既存の書類に手書きで修正を加えるのは避け、正式な書類として改めて作成することを推奨します。労働条件通知書は労働基準法上の交付義務がある書類ですので、変更があれば必ず再交付が必要です。

双方の署名・押印で合意を証明する

修正した書類に候補者の署名・記名押印をもらい、双方が合意した記録を作成します。あわせて、社内の賃金規程・等級表との整合性も確認してください。賃金規程上の等級・号俸と紐づいた給与設定をしている場合、変更後の金額が規程に整合しているかを確かめることが必要です。また、給与変更に伴い社会保険料の算定基礎額や雇用保険の届出額も変わるため、社労士などの専門家と連携して労務手続きの整合を取ることをおすすめします。

変更を断る場合の対応と伝え方

企業側には、提示した給与条件に合理的な根拠があれば、変更要求を断る正当な権利があります。断ったことで候補者が内定を辞退しても、法的な問題は生じません。

断ることに法的問題はない

変更申し出をしてきたのは候補者側であるため、企業がその申し出を断り、もとの条件を維持することは労働契約法上も問題ありません。その結果として候補者が内定を辞退した場合も、企業側に不当な内定取り消しは発生していないため、法的責任を問われることはありません。採用コストと労力を考えると「断りたくない」という気持ちは理解できますが、法的観点からは毅然と対応できる立場にあることを知っておいてください。

断り方・伝え方のポイント

断る際は、感情的・否定的な印象を与えない伝え方を意識することが重要です。たとえば「弊社の賃金規程では、等級・職種ごとに給与水準が定められており、個別の金額変更には対応が難しい状況です。ご提示した条件は規程に基づいたものですので、ご理解いただければ幸いです」といった形で、個人的な拒否ではなく制度・規程上の理由であることを伝えます。相手の事情を否定せず、あくまでも会社の仕組みとして説明することで、感情的な摩擦を最小限に抑えられます。

断った後のフォローで入社後の関係を守る

変更を断った場合でも、候補者が入社を続ける意思を示した場合は、入社後のフォローを丁寧に行うことが大切です。特に給与に関わる不満や不安は、入社後のモチベーション低下・早期退職につながりやすいリスク要因です。「入社後の評価制度や昇給の仕組みについて改めて丁寧に説明する」「定期的な面談でフォローする」など、条件は変えられなくても安心感を与えるコミュニケーションを意識してください。

法的リスクを避けるための対応チェックリスト

ここまでの内容を踏まえ、実務で使えるチェックポイントをまとめます。状況によって対応が異なりますので、自社のケースに当てはめて確認してください。

変更を受け入れる場合の確認事項

  • 候補者からの変更申し出内容をメール・書面で記録したか
  • 変更後の給与が自社の賃金規程・等級基準と整合しているか
  • 労働条件通知書・雇用契約書を修正・再作成したか
  • 修正書類に候補者の署名・押印を得たか
  • 社会保険料の算定基礎・雇用保険の届出額の修正が必要か確認したか
  • 雇用形態の変更(正社員→パート等)が実質的に発生していないか確認したか

変更を断る場合の確認事項

  • 断る理由が賃金規程・制度に基づく合理的な根拠のあるものか
  • 断りの連絡を書面・メールで行い、記録を残したか
  • 感情的・否定的な表現を避けた伝え方になっているか
  • 入社を続ける場合の不安軽減のためのフォロープランを考えているか

従業員規模・体制別の留意点

専任人事担当がいない企業では、労働条件通知書の再交付や社会保険手続きの修正対応を誰が担うかを事前に決めておく必要があります。顧問社労士がいる場合は、変更内容を共有して手続きの整合を取りましょう。顧問社労士がいない場合は、変更の都度、単発で社労士に相談することを検討してください。また、就業規則・賃金規程が整備されていない企業は、そもそも「規程に基づいて断る」という根拠が弱くなるため、今後の採用トラブル防止のためにも規程整備を優先的に進めることをおすすめします。

まとめ

内定後の給与引き下げ要求は、候補者からの申し出であっても「口頭で了承して終わり」では法的に不十分です。内定時点で労働契約はすでに成立しており、変更には書面による合意と労働条件通知書の再交付が必須です。一方、断ることにも法的問題はなく、賃金規程を根拠に毅然と対応することができます。大切なのは、どちらの場合も適切な書面記録と手続きを踏むことです。

ウェルセンス株式会社では、専任人事がいない中小企業の経営者・兼務人事担当者が直面する、こうした採用・労務・人事対応の実務的な課題についてご相談を承っています。「うちのケースはどう対応すればいい?」「内定後の給与変更について不安がある」と思ったときは、お気軽にご連絡ください。

よくある質問

Q. 内定通知書を出す前の口頭での条件提示なら、給与変更は自由にできますか?

A. 内定通知書の交付前であれば、契約成立の段階としては比較的柔軟に対応できる可能性があります。ただし、採用選考の過程で具体的な給与額を明示して候補者が応募・選考を続けた場合、信義則上の義務が生じることがあります。「内定通知前だから何でも変更できる」と安易に考えず、変更の場合は速やかに書面で正式な条件を通知し直すことが重要です。

Q. 給与変更に合意しても、入社後に「やっぱり元の金額で払ってほしい」と言われることはありますか?

A. 変更後の条件を明記した労働条件通知書・雇用契約書に候補者の署名・押印を得ていれば、法的にはその金額が合意された労働条件として有効です。書面が整っていれば「言った・言わない」のトラブルは防げます。逆に口頭合意だけで書類を直していない場合、もともとの内定通知書の金額が有効とみなされるリスクがあります。必ず書類を修正・再交付してください。

Q. 変更を断ったら候補者が内定を辞退しました。企業側に何か法的責任は生じますか?

A. 変更申し出をしたのは候補者側であり、企業が正当な理由のもとで変更を断った場合、企業側に法的責任は生じません。内定取り消しは企業側が一方的に内定を撤回する行為ですが、今回のケースは候補者の意思による辞退であるため性質が異なります。ただし、断り方が不適切で候補者の名誉を傷つけるような言動があった場合は別途問題になりえます。丁寧な対応を心がけてください。

Q. 賃金規程がない会社の場合、変更を断る根拠はどう説明すればよいですか?

A. 賃金規程がない場合、「規程に基づき対応が難しい」という説明ができないため、断る根拠が弱くなります。その場合は「採用時の職務・役割・市場水準を踏まえて設定した金額であり、変更は難しい」という実務的な理由で説明することになります。ただし、こうした状況を繰り返さないためにも、賃金規程・就業規則の整備を早めに進めることを強くおすすめします。

Q. 給与変更に合意した場合、社会保険の手続きも変わりますか?

A. 給与額が変わると、社会保険料の算定基礎となる標準報酬月額や雇用保険の賃金額にも影響します。入社前の段階での変更でも、入社後の社会保険取得届に反映させる必要があります。また、入社後に随時改定(月額変更届)の要件を満たす場合は届出が必要です。変更が決まった時点で、顧問社労士または担当機関に確認することをおすすめします。

【監修】ウェルセンス株式会社
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