昇給なしの本人説明、どう伝えればトラブルを防げる?

労務管理

「今年は昇給なし、と本人に伝えなければならないが、どう話せばいいかわからない」——人事専任がいない会社では、こうした場面が突然やってきます。評価制度も十分に整っていない中で、感情的にこじれないよう、かつ後から「聞いていない」と言われないよう伝えるには、準備と順序が重要です。この記事では、昇給なしを本人に説明する際の具体的な手順・伝え方・面談記録の残し方と、トラブルを防ぐための実務ポイントをわかりやすく解説します。

就業規則を確認する——「据え置き」は本当に問題ないか

昇給なしの説明を始める前に、必ず就業規則と雇用契約書の文言を確認してください。この確認を怠ると、後から「会社が約束を破った」と主張される根拠を与えてしまいます。

就業規則の文言で意味が大きく変わる

就業規則に「毎年○月に賃金を昇給する」と書かれている場合、昇給しないことは労働条件の不利益変更(労働契約法第9条・第10条)にあたる可能性があります。一方、「業績・評価に応じて賃金を改定することがある」という条件付き表現であれば、評価結果に基づく据え置きは原則として有効です。同じ「定期昇給の定め」でも、文言によって法的な意味がまったく異なります。

就業規則に昇給の記載が曖昧・欠落している場合

労働基準法第89条では、常時10人以上の労働者を使用する事業場に就業規則の作成・届出を義務付けており、「昇給に関する事項」は絶対的必要記載事項とされています。もし就業規則に昇給の規定が曖昧であったり、そもそも記載がなかったりする場合は、今後のトラブル防止のためにも記載内容を整備することを検討してください。説明の場を設ける前に、この土台を確認しておくことが最初のステップです。

有期契約・パートタイムの場合は追加の確認が必要

2024年4月施行の改正により、有期雇用・パートタイムの労働者に対しては「昇給の有無」の明示が義務化されています(パートタイム・有期雇用労働法第6条)。正社員と異なるルールが適用されるため、対象者の雇用形態を確認した上で対応方針を決めることが必要です。

昇給なしの根拠を言語化する——事実ベースで説明可能な形にする

評価制度が整備されていない会社でも、根拠を言語化することは可能です。感情論や曖昧な言い方を避け、事実ベースで組み立てることが、納得感のある説明の核心です。

評価の根拠になる「事実」を洗い出す

等級制度や評価シートがなくても、以下のような事実を集めることで根拠を作ることができます。

  • 目標や期待値に対する実績(数値で示せるものは数値で)
  • 業務上の具体的な行動・成果・課題(記録や報告書があれば活用)
  • 前回の面談やフィードバックで伝えた内容
  • 会社全体の業績状況(原資がないことを示す場合)

「社長がそう判断した」という結論だけを伝えるのではなく、その判断の背景となる事実を示すことで、説明の説得力が大きく変わります。

説明の構成は「事実→評価→結論」の順番で

昇給なしの伝え方として、よく見られる失敗は結論から入ることです。「今年は昇給なしです」と最初に伝えると、本人は防衛的になり、その後の話を受け入れにくくなります。

避けるべき伝え方 推奨する伝え方
「今年は昇給なしです」 「今期の評価について確認させてください」から始める
「頑張りは認めていますが……」 「○○の目標に対して、今期の実績は△△でした」と事実を示す
「会社の方針なので」 「この結果をふまえ、今年度の賃金は現状維持となります」と結論を述べる

人格や姿勢への言及(「積極性が足りない」など)は感情的な反発を招きやすいため、あくまで行動・成果の事実ベースで話すことを徹底してください。

本人の自己評価とのずれがある場合の向き合い方

「自分は頑張った」と感じている本人に昇給なしを伝えると、強い反発が生じることがあります。こうした場面では、まず本人の認識を丁寧に聴くことが重要です。「あなたはどのように感じていますか」と問い、本人が話す機会を設けてから会社の評価を伝えると、「一方的に決められた」という不満を和らげる効果があります。本人の努力や良い点を認めつつ、会社が重視している評価軸と実績のギャップを具体的に示すことで、納得感を高めることができます。

面談の準備と進め方——トラブルを防ぐ「3点セット」

昇給なしの説明面談は、準備・実施・記録の3点をセットで行うことが基本です。どれか一つが欠けると、後のトラブル防止に穴が生じます。

面談前の準備でやっておくこと

面談当日に慌てないよう、事前に以下を整えておきます。まず評価の根拠となる事実(数値・行動記録・過去のフィードバック内容)を文書にまとめておきます。次に、本人が反論や質問をしてきた場合の対応方針を上長や経営者と確認しておきます。また、本人が強く不満を示した場合に「再度、上長や経営者との面談の場を設ける」という選択肢を用意しておくと、密室で一方的に決められたという印象を避けることができます。面談の場所も、他の従業員に聞こえないプライベートな空間を選んでください。

面談中の進め方——双方向の場にする

面談は一方的な通告の場ではなく、本人の認識を確認しながら会社の評価を共有する双方向の場として設計してください。具体的には、冒頭で「今日は今期の評価と処遇についてお話ししたい」と趣旨を伝え、まず本人の自己評価や現状認識を聴きます。その後、会社側の評価(事実ベース)を共有し、結論として昇給なしを伝えます。最後に、来期に向けた期待や改善のポイントを伝えることで、面談が単なる「悪い知らせ」で終わらず、今後につながる建設的な場になります。

面談後の記録の残し方

口頭でなんとなく伝えて終わりにしていると、後から「そんな説明は受けていない」と言われた場合に証拠がありません。面談後は必ず記録を残してください。記録に含めるべき内容は、面談の日時・場所・参加者、伝えた評価の内容と根拠、本人の発言・反応・質問、会社の回答内容、次のステップ(いつまでに何をするかなど)です。本人の署名まで求める必要はありませんが、面談後にメールで「本日お伝えした内容の確認です」と送付し既読の記録を残すだけでも、後のトラブルへの備えとして有効です。

法的リスクを回避するために知っておくべきこと

昇給なしの説明で最も避けなければならないのは、法的根拠のない対応と記録不備による紛争化です。事前に押さえておくべきポイントを整理します。

「据え置きだから問題ない」は危険な思い込み

給料を下げたわけではないから問題ない、と考える経営者・担当者は少なくありませんが、これは正確ではありません。就業規則に定期昇給の条項がある場合、昇給しないこと自体が不利益変更にあたり得ます(労働契約法第9条・第10条)。まず就業規則の文言を確認し、昇給が「する」と確約されているのか「することがある」という努力義務なのかを見極めることが、対応方針の出発点です。

記録は「会社だけが保管」では不十分なケースもある

面談メモを会社が作成・保管していても、本人が「そんな説明は受けていない」「内容が違う」と主張した場合、その記録が一方的なものとして扱われるリスクがあります。前述のとおり、面談後にメールで内容を共有しておくことや、本人が確認した事実を記録に残す工夫が有効です。労働審判や労基署への申告に発展した場合に備え、客観性のある記録を残しておくことが重要です。

不満が二次的なトラブルに発展するリスク

昇給なしへの不満が、退職・口コミサイトへの投稿・労働組合(ユニオン)への加入と団体交渉要求——といった二次的な問題に発展することがあります。これらのリスクを完全にゼロにすることはできませんが、「丁寧に説明を受け、意見を聞いてもらえた」という体験が本人の納得感に大きく影響します。手続きや記録の整備と合わせて、面談の質自体を高めることが、最も実効性のあるトラブル防止策です。

評価制度がない会社でも今日から始められること

等級制度や評価シートが整っていなくても、昇給説明の質を高めるためにできることはあります。まず着手すべき実務的な対応を紹介します。

評価の「言語化シート」を簡易的に作る

正式な評価制度がない場合でも、「今期に期待していたこと」「実際の行動・成果」「来期への期待」を箇条書きでまとめた簡易シートを作成するだけで、説明の根拠として機能します。これを面談前に上長・経営者と確認し、面談後は記録として保管する習慣をつけることが、制度整備の第一歩になります。

面談記録のひな型を用意しておく

毎回ゼロから記録を作るのは負担が大きく、実際には「口頭で済ませてしまう」原因になります。日時・参加者・評価の内容・本人の反応・次のステップを記入できるシンプルなひな型を一つ用意しておくだけで、記録を残す習慣が定着しやすくなります。

来年以降のために今からできる準備

今回の昇給説明を、仕組みを整えるきっかけにしてください。就業規則の昇給条項の文言を見直す、評価の基準を簡単にでも言語化する、面談を年1回以上の定例にする——こうした積み重ねが、次の説明場面でのトラブルリスクを着実に下げます。一度に完成させる必要はなく、今回の面談を振り返りながら少しずつ整えていくことが現実的です。

まとめ

昇給なしの本人説明でトラブルを防ぐには、まず就業規則の文言を確認して法的リスクを把握し、事実ベースの根拠を整理した上で、「事実→評価→結論」の順番で伝えることが基本です。面談は一方的な通告ではなく双方向の場として設計し、面談後は記録を残して本人と共有することが、後の「言った言わない」を防ぐ最も確実な方法です。評価制度が整っていない会社でも、簡易シートやひな型を使うことで今日から実践できます。

ウェルセンス株式会社では、人事専任がいない中小企業の経営者・兼務人事担当者からの相談を受け付けています。「昇給なしの説明をどう進めればいいか」「就業規則の確認から一緒にやってほしい」「評価の根拠をどう言語化すればいいか」——そんな具体的な悩みにも、実務に即した形で対応しています。一人で抱え込まず、まずは気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 評価制度がない会社でも、昇給なしの説明はできますか?

A. できます。正式な評価シートや等級制度がなくても、「今期に期待していた行動・成果」と「実際の実績」を事実ベースで整理すれば、説明の根拠として機能します。大切なのは「社長の判断」という結論だけを伝えるのではなく、その背景にある事実を言語化することです。簡易的なメモやシートを用意するだけでも、説明の質は大きく変わります。

Q. 昇給なし(据え置き)は、不利益変更にあたりますか?

A. 就業規則や雇用契約書の文言によって異なります。「毎年○月に昇給する」と明記されている場合は、昇給しないことが不利益変更(労働契約法第9条・第10条)にあたる可能性があります。一方、「業績・評価に応じて改定することがある」という条件付き表現であれば、評価に基づく据え置きは原則として有効です。まず就業規則の文言を確認することが最初のステップです。

Q. 面談の記録は、どこまで残せばいいですか?

A. 面談の日時・場所・参加者・伝えた内容・本人の反応・会社の回答・次のステップを記載したメモを作成し、保管してください。本人の署名を求める必要は必ずしもありませんが、面談後にメールで内容を送付して既読の記録を残しておくと、後から「聞いていない」と言われた際の証拠として有効です。記録は会社が一方的に作成したものより、本人が確認した事実が示されているものの方が信頼性が高くなります。

Q. 本人が強く反発した場合、どう対応すればいいですか?

A. 反発を無理に押さえ込もうとせず、本人の気持ちを一度受け止めることが重要です。「あなたの認識も理解しました」と伝えた上で、「改めて上長(または経営者)との面談の場を設けることもできます」という選択肢を提示してください。密室で一方的に決められたという不満を和らげることが、二次的なトラブルの防止につながります。その日のうちに結論を出す必要がある場合でも、本人の意見を記録に残しておくことが大切です。

Q. 昇給なしの説明を複数人にする場合、個別面談は必須ですか?

A. 法律上、昇給なしを個別面談で伝えることが義務付けられているわけではありませんが、個別面談を強く推奨します。昇給の判断は個人ごとの評価に基づくものであり、集団への一括説明では「なぜ自分だけ昇給しないのか」という疑問に答えられません。複数人に伝える場合でも、全体説明の後に個別の場を設け、一人ひとりの評価根拠を丁寧に説明することがトラブル防止の観点から有効です。

【監修】ウェルセンス株式会社
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