「1人採れればいい」と思って1名だけ内定を出したら辞退された。慌てて次の候補者に連絡しようとしたら、もう他社に入社済みだった——。採用担当を兼務しながら日々の業務をこなす中で、こうした経験をされた方は少なくないはずです。
採用内定を複数同時に出すことは、辞退リスクへの備えとして有効な手段です。しかし、やり方を誤ると法的リスクや候補者との関係悪化を招きます。この記事では、複数内定付与の3つのリスクと、それぞれへの具体的な対処法を解説します。
内定=労働契約成立という法的性質を必ず押さえる
採用内定を複数の候補者に同時に出すこと自体は、法律で禁止されていません。しかし、内定通知を出した時点で労働契約が成立するという法的性質を理解していないと、後から大きなトラブルになります。
内定通知は労働契約の成立を意味する
最高裁昭和54年7月20日判決(大日本印刷事件)により、採用内定通知は「始期付解約権留保付労働契約」の成立とみなされます。難しい言葉ですが、要するに「入社日を始期として、一定の条件のもとで解約できる権利を留保した労働契約がすでに始まっている」という状態です。
つまり、内定通知を出した候補者全員と、法律上の労働契約が成立しています。この認識がないまま複数内定を出すと、後述するリスクが一気に現実化します。
内定取消が認められる場面は極めて限られている
内定取消は実質的に「解雇」と同等に扱われるため、正当な理由がなければ違法になりえます。認められる正当事由は概ね以下の場合に限られています。
- 採用時に候補者が虚偽の申告をしていた場合
- 候補者の健康状態が業務遂行に著しく支障をきたす場合
- 企業の経営が著しく悪化し、やむを得ない経営上の理由がある場合
「他の候補者が承諾したから採用枠が埋まった」「予定していた採用人数に達した」という理由は、正当事由として認められるケースは極めて少ないのが現状です。複数内定を同時に出す場合は、この前提を必ず共有しておいてください。
リスク1:内定を出しすぎて全員入社されると困る状態になる
採用内定を複数同時に出す際の最初のリスクは、「想定より多くの候補者が承諾し、採用枠をオーバーしてしまう」ことです。これは設計段階での内定数管理の問題です。
内定数の逆算という考え方
実務では「何人内定を出せば、何人入社してもらえるか」を逆算して内定数を設計します。たとえば過去の辞退率が30%であれば、2名採用したい場合は3名に内定を出す、という計算になります。ただし、辞退率は業種・ポジション・採用時期によって大きく異なるため、自社の過去データを蓄積していくことが重要です。
専任人事がいない企業では、この設計を「感覚」で行いがちです。まず自社の直近2~3年の採用実績(内定数・承諾数・入社数)を簡単にでも記録し、基準を持つところから始めましょう。
「正式内定」と「保留」を明確に区別して運用する
採用枠のオーバーを防ぐために有効なのが、「正式内定」と「保留(キャンセル待ち)」を明確に分けて運用することです。選考は通過しているが正式な内定通知はまだ出していない候補者は、法的な労働契約の成立にはなりません。
ただし注意点があります。「ほぼ内定です」「採用する方向で検討中です」といった期待を持たせる言葉を口頭や文書で伝えてしまうと、実質的な内定と判断されるリスクがあります。保留の連絡をする際は、言葉の選び方に慎重になることが必要です。
リスク2:内定承諾後の辞退に備えていない
「承諾書を受け取ったから大丈夫」と考えて保留候補者をリリースしてしまうと、その後に辞退が出た際のバックアップが何もなくなります。これが多くの中小企業で繰り返される採用失敗の典型的なパターンです。
承諾書に辞退を防ぐ法的効力はない
入社承諾書・誓約書は、候補者の意思を記録する書類としての意味は持ちます。しかし、民法627条の適用により、候補者側の内定辞退は原則として自由です。承諾書があっても、辞退を法的に禁止したり損害賠償を請求したりすることは、現実的にはほぼ認められていません。
承諾書は「辞退リスクをゼロにするもの」ではなく、「意思確認の記録」として位置づけるのが正しい理解です。
内定承諾後も保留候補者のケアを続ける
承諾書を受け取った後も、入社日まで一定期間があります。特に新卒採用では内定から入社まで数ヶ月から1年近くあることもあり、その間に辞退が起きることは珍しくありません。
実務的な対策としては、承諾書受領後も保留候補者との関係を一定期間維持しておくことが有効です。「○月○日以降は他社の選考を自由に進めていただいて構いません」とタイムラインを明示した上で、その日まで関係を保つ設計が誠実かつ現実的です。
リスク3:保留候補者への対応が不誠実になり、繰り上げ連絡を断られる
保留候補者への連絡対応を誤ると、いざ繰り上げ合格を伝えようとしたときに断られたり、SNSで「対応が悪かった」と拡散されたりするリスクがあります。候補者への誠実な対応は、採用リスク回避の観点からも重要です。
曖昧な保留連絡は候補者の不信感を生む
「現在社内で検討中です」「追ってご連絡します」といった曖昧な保留連絡を繰り返すと、候補者は「合格なのか不合格なのかわからない」まま、他社選考に進みます。結果として、繰り上げ連絡をしたときにはすでに他社の内定を承諾済みというケースが頻発します。
また、長期間宙ぶらりんにされた候補者は、たとえ内定を提示されても「誠実に扱ってもらえなかった」という印象から辞退を選ぶことがあります。
保留候補者に伝えるべき内容
保留状態の候補者には、以下の内容を明確に伝えることが誠実な対応であり、リスク管理にもなります。
| 伝えるべき内容 | 伝えない場合のリスク |
|---|---|
| 選考は通過しているが、現時点で採用枠が確定していないこと | 候補者が合否を誤解し、不信感が生まれる |
| 結論を出す期限(例:○月○日までに連絡する) | 候補者が他社選考を進め、繰り上げ時に離脱している |
| 期限まで待てるかどうかの意思確認 | 候補者の状況を把握できず、繰り上げ連絡が無駄になる |
繰り上げ合格の連絡方法と言い回し
繰り上げ合格を伝える際は、「補欠でした」という言い方は避け、「採用枠が確定し、改めて正式にオファーをお伝えしたい」という前向きな表現を使うことが有効です。また、連絡はできるだけ電話で行い、候補者の状況(他社の選考状況・就業開始希望時期など)を丁寧に確認することが重要です。メールだけで済ませると、候補者が「事務的に扱われた」と感じて辞退につながりやすくなります。
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採用管理を属人化させない、内定数管理の仕組みづくり
複数内定同時付与のリスクを防ぐうえで、最終的に必要なのは「管理の仕組み」です。頭の中だけで採用状況を把握しようとすると、連絡漏れ・二重連絡・期限超過が必ず起きます。
シンプルな採用管理シートで防げること
専任人事がいない企業では、複雑なシステムを導入するより、シンプルなスプレッドシートで管理することが現実的です。最低限、以下の項目を記録する採用管理シートを用意しましょう。
- 候補者氏名・応募ポジション・選考ステータス(保留・内定通知済・承諾済・辞退)
- 内定通知日・回答期限日
- 保留候補者への最終連絡日・次回連絡予定日
- 候補者の他社選考状況(確認済みの場合)
このシートを週1回でも確認する習慣をつけるだけで、「いつの間にか期限が過ぎていた」「誰に連絡したか忘れた」というミスを大幅に減らせます。
自社の採用実態に合わせた設計を
就業規則の整備状況・産業医の有無・採用頻度によって、必要な管理の粒度は異なります。年に1~2名しか採用しない企業であれば、シンプルなシートで十分です。一方、毎年5名以上採用しており、採用活動が断続的に続くような企業では、採用管理ツールの導入や、採用プロセスそのものの見直しが必要になることもあります。
まず現状の採用活動を「見える化」することが、リスク回避の第一歩です。
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まとめ
採用内定を複数同時に出すことは、辞退リスクへの現実的な備えとして有効です。しかし、内定通知は法律上の労働契約成立を意味するため、「採用枠が埋まったから取り消す」という対応は大きな法的リスクを伴います。実務上は、正式内定と保留(キャンセル待ち)を明確に分けて管理し、保留候補者には結論の期限と現状を誠実に伝えることが重要です。また、承諾書は辞退を防ぐ手段ではなく、入社日まで保留候補者との関係を維持するバックアッププランをあわせて設計することが採用リスク回避の核心です。
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