「先月はAさんが休職して、今月はBさんとCさんが同時に…。しかも部署がバラバラなんです」——こうした状況に直面し、個別対応をこなすだけで精一杯になっている人事担当者の方は少なくありません。複数部署での同時発生は、もはや「個人の体調問題」ではなく、組織全体に何らかの構造的な課題があるサインです。この記事では、その事実を経営層に伝え、予算と対策を引き出すための具体的な進め方をお伝えします。
複数部署の同時発生が「組織の問題」である根拠
メンタル不調が複数の部署で同時期に起きているなら、それは個人の性格や体質の問題ではなく、組織全体に共通する何らかの負荷が原因である可能性が高いです。この前提をまず自分の中で整理してから、経営層への説明に臨みましょう。
「個人の問題」論を崩す視点
役員から「本人がもともと弱かっただけでは」「たまたま重なっただけ」という反応が返ってくることはよくあります。しかし、異なる部署・異なる職種・異なる年齢層の社員が同じ時期に不調をきたしているとすれば、「たまたま」では説明がつきません。共通する背景——業務量の急増、特定の管理職によるマネジメント不全、心理的安全性の低下——のいずれかが全社的に機能している可能性が高く、むしろそれを疑わない方が不自然です。
組織問題と個人問題の見分け方
判断の目安となる視点を整理すると、以下のようになります。
| 個人起因が疑われるケース | 組織起因が疑われるケース |
|---|---|
| 特定の1人だけ、かつ他に兆候なし | 複数部署・複数人が同時期に不調 |
| 既往歴や個人的な生活環境の変化が明確 | 部署内で連続して発生している |
| 業務負荷や職場環境に変化がない | 人事異動・組織改編・業務量増加と時期が重なる |
| 本人が「職場は問題ない」と述べている | 複数の社員が同じ上司・業務・環境を共有している |
小規模企業ほどリスクが大きい理由
「うちは小さい会社だから」という役員の言葉は、むしろ逆です。20〜50名規模の企業では、1人の離脱が業務全体に与える影響が大企業の比ではありません。代替要員のリソースが薄く、残留メンバーへの負荷が連鎖的に増加します。結果として、1人の休職が引き金になって次の不調者を生む「連鎖離脱リスク」は、大企業よりも小規模企業の方がはるかに高いと言えます。
役員説得に使えるデータの集め方・整理の仕方
経営層を動かすには、感情論ではなくデータと論理が必要です。まず手元にある情報を「個人情報」と「集計データ」に分けて整理することが出発点になります。
個人情報を守りながら可視化する方法
「メンタル不調者の情報は個人情報だから共有できない」という理由で、集計自体をやめてしまう担当者がいます。しかし、病名や診断内容などの個人を特定する情報と、「部署別の休職者数」「月別の欠勤日数の推移」といった集計ベースのデータは、まったく別のものです。後者は個人を特定しない形で整理すれば、適法に可視化・共有できます。個人情報保護を理由に経営判断に必要な情報を遮断することは、むしろリスク管理上の問題です。
集めるべきデータの種類
役員会議の提案資料として有効なデータには、次のようなものがあります。
- 過去1〜2年分の休職者数・欠勤日数を部署別・月別に整理したもの
- 離職者のうちメンタル不調が背景にある可能性のある件数
- 休職に伴う業務カバーのために発生した残業時間や、採用・引き継ぎのコスト(概算でも可)
これらを組み合わせると、「メンタルヘルス起因の組織コスト」として経営層が理解しやすい資料になります。
ストレスチェックの活用(50名未満の場合)
ストレスチェックは労働安全衛生法第66条の10により、常時雇用50名以上の事業場に義務付けられています。50名未満は努力義務のため、実施していない企業も多いです。しかし、「義務ではないからやっていない」ではなく、自主的に実施することでデータ根拠として活用できます。市販の簡易ツールやオンラインのストレスチェックサービスを使えば、集計結果を「部署別の高ストレス者割合」として役員会議に提示することが可能になります。
放置した場合の法的リスクを経営層に伝える
複数部署での同時発生を認知しながら何も手を打たなかった場合、会社は安全配慮義務違反として法的責任を問われるリスクがあります。このリスクを正確に伝えることが、経営層の危機感を醸成する最も効果的なアプローチです。
安全配慮義務と「知っていた」の重さ
労働契約法第5条は、使用者が「労働者の生命、身体等の安全を確保しつつ労働できるよう、必要な配慮をする」義務を定めています。重要なのは、「知らなかった」という抗弁が通りにくいという点です。複数部署での同時発生という情報を人事担当者が把握しているにもかかわらず、経営判断として対策を取らなかった場合、「情報収集義務を果たした上で認識していた」と見なされる可能性があります。万が一、従業員が健康被害を訴えて民事訴訟になった際、この認識の有無が賠償責任の分岐点になります。
パワハラ防止法との連動リスク
複数部署同時発生の背景に特定管理職のマネジメント不全が関わっている場合、労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)上の措置義務とも連動します。職場環境の改善措置を講じていないと判断されれば、行政指導の対象になりえます。また、精神障害の労災認定基準(厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準」)において、複数部署での同時発生は業務起因性の証拠として認定審査上不利に働く可能性があります。
「やらないコスト」を数字で示す
対策費用を「コスト」として見る役員には、「やらないコスト」を対置することが有効です。休職者1名が発生した場合、傷病手当金の会社負担分(健康保険料への間接的影響)、業務穴埋めのための残業コスト、退職・再採用が発生した場合の採用費・教育費などが積み上がります。概算でもよいので、これらを金額として提示することで、メンタルヘルス対策への投資が「福祉」ではなく「経営上の合理的判断」であることを伝えられます。
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役員会議への提案資料を組み立てる
役員会議でメンタルヘルス対策を予算化するための提案資料は、「現状の事実」「リスク」「対策案とコスト」「効果測定の方法」の4つの柱で構成するのが効果的です。
資料の骨格と伝える順番
まず最初に、「直近○ヶ月で○部署・○名が休職または欠勤を繰り返している」という事実を数字で示します。次に、その背景として考えられる組織的な要因(業務量、マネジメント、環境)を提示し、個人起因論を先に封じます。続いて、放置した場合の法的リスクと経済的損失の試算を述べ、最後に具体的な対策案と予算感・効果測定指標(KPI)を提示する流れが、経営層に受け入れられやすい構成です。
KPI設計を提案時点から組み込む
承認を得ることに集中するあまり、効果測定の設計を後回しにすると、翌年度の予算確保に失敗しやすくなります。「何をもって改善とするか」——例えば「休職者数の前年比削減」「欠勤率の推移」「ストレスチェック高ストレス者割合の変化」などのKPIを、提案資料の中に盛り込んでおきましょう。これにより、メンタルヘルス対策が単発の施策ではなく、継続的な経営アジェンダとして位置付けられます。
産業医がいない場合の外部リソース活用
50名未満の企業では産業医選任義務がなく(労働安全衛生法第13条)、社内に専門的な相談先が存在しないケースがほとんどです。提案資料には「外部の産業保健・メンタルヘルス支援サービスを活用する」という選択肢も含めると、経営層に対してコスト感と実行可能性を同時に示せます。専任人事がいなくても外部リソースを使って対応できる、という見通しを持てると、役員も承認しやすくなります。
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まとめ
複数部署でのメンタル不調同時発生は、「個人の体調問題」ではなく「組織の構造的な課題」として捉え直すことが、経営層への説得の第一歩です。個人情報を守りながら集計ベースのデータを可視化し、安全配慮義務(労働契約法第5条)や労働施策総合推進法に基づくリスクを数字と論理で伝えることで、感情論ではない経営判断を引き出せます。提案時点からKPIを設計し、翌年度の予算確保まで見据えた資料作りを意識してください。
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よくある質問
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