「この社員、ちょっとおかしいな」と気づいたとき、あなたはどうしますか。声をかけてみるか、様子を見るか、それとも誰かに相談するか——判断に迷いながら、結局「とりあえず自分で話を聞いた」という経験をお持ちの方は少なくないはずです。専任の人事がいない職場では、メンタルヘルス対応はほぼ自動的に兼務担当者の仕事になります。しかし「どこまでやるべきか」「外部に頼む基準は何か」が整理されていないまま対応すると、社員のためにした行動が思わぬリスクを招くことがあります。この記事では、兼務人事担当者が知っておくべき「外部に頼む3つの判断基準」を、具体的なシーン別に解説します。
兼務人事がメンタル対応で担う本来の役割とは
兼務人事担当者の役割は、メンタル不調の社員を「治す」ことでも「支える」ことでもありません。会社として安全配慮義務を果たすための「橋渡し役」が本来の役割です。
安全配慮義務が意味すること
労働契約法第5条は、使用者(会社)に対して労働者の「生命・身体・精神」の安全に配慮する義務を課しています。これは「知らなかったから免責」にはなりません。不調のサインを認識した時点で、何らかの対応を取る義務が発生します。兼務担当者が「どうすればいいかわからなかった」という理由だけでは、会社としての責任を果たしたことにはならないのです。
「聞く役割」と「判断する役割」は別物
よくある失敗のひとつが、担当者が「感情的サポーター」になってしまうケースです。親身に話を聞き続けた結果、社員が「この人に全部話してよい」と思い込み、担当者自身が抱える情報が増えすぎて管理できなくなります。さらに、毎週のように面談を重ねていると担当者自身も消耗し、いわゆる「二次疲弊(バーンダウン)」に陥るリスクがあります。傾聴と判断は別の行為です。「聞く役割」は専門家に委ね、担当者は「必要な対応を判断して動く役割」に集中することが重要です。
担当者が担う具体的な業務範囲
整理すると、兼務人事担当者が担うべき業務はおおむね次のとおりです。不調のサインに気づいて記録すること、就業規則や休職制度を確認して必要な情報を本人に案内すること、外部の専門家(産業医・EAP・社労士)への橋渡しをすること、そして休職・復職のプロセスを書面で整備することです。逆に「感情的なケア」「医療的な判断」「診断名の確認」は担当者の範囲外です。
外部に頼む3つの判断基準
外部委託を判断する基準は、「専門性」「中立性」「リスクの大きさ」の3点です。この3つのどれかに当てはまる場合は、速やかに外部リソースを活用することを検討してください。
専門性が必要なとき
医療的な判断が絡む局面では、担当者が踏み込むべきではありません。たとえば「受診を勧めてよいか」という問いに対しては、明らかな不調サインがある場合の受診勧奨は会社として適切な行為です。ただし「あの薬は効くのか」「うつ病なのか適応障害なのか」といった診断名や治療内容への言及は不適切です。こうした医療的な判断は産業医やかかりつけ医の領域であり、担当者が踏み込むと「不適切な医療的介入」とみなされるリスクがあります。
また、復職の判定においても主治医の意見だけでは不十分です。主治医は「日常生活が送れるか」を判断しますが、「業務遂行ができるか」は産業医または会社側が独自に判断する必要があります(厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」参照)。
中立性が必要なとき
社内の人間関係が絡む案件や、ハラスメントの訴えが出ている場合は、担当者が中立的な立場で対応するのが構造的に難しくなります。たとえば「上司からパワハラを受けてメンタルが壊れた」という訴えがあった場合、担当者がその上司と普段から近い関係にあれば、社員から信頼されません。こうしたケースでは、外部のEAP(従業員支援プログラム)やカウンセラーへの橋渡しが有効です。社員が社外の第三者に話せる環境を作ることで、担当者が抱える「情報管理の負担」と「信頼性の問題」を同時に解決できます。
リスクが大きいとき
「このまま放置すると労災になりかねない」「自傷他害のリスクがある」「会社として法的責任を問われる可能性がある」といった場面では、担当者の判断だけで動くことはリスクが高すぎます。精神障害の労災認定基準(厚生労働省)によれば、業務上の強いストレスが原因でうつ病等を発症した場合、会社が「適切な措置を取らなかった」と認定されるリスクがあります。こうした局面では産業医や社労士への相談を早急に行い、対応の記録を残すことが不可欠です。
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外部リソースの種類と使い分け
外部リソースには産業医・EAP・社労士・外部カウンセラーなど複数の選択肢があります。それぞれ「何ができるか」が異なるため、状況に応じた使い分けが重要です。
産業医に頼むべき場面
産業医は医療的・法的な判断を行う専門家です。常時50人以上の事業場では産業医の選任が法律上義務づけられていますが(労働安全衛生法第13条)、50人未満の職場では義務はありません。ただし50人未満の職場でも、産業医と顧問契約を結んでいるケースや、地域産業保健センター(無料)を利用できるケースがあります。産業医が特に力を発揮するのは、復職時の就業可否判断、過重労働の面談、長期休職中の定期面談などです。「月1回来るだけでは意味がない」という疑念は理解できますが、復職判定という一点だけでも外部の専門家が関わることで、会社のリスクは大きく下がります。
EAPが有効な場面
EAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)は、社員が匿名で外部のカウンセラーに相談できる仕組みです。社員本人が直接使えるため、「人事に知られたくない」という心理的ハードルを下げる効果があります。費用は従業員1人あたり月数百円〜数千円程度のサービスが増えており、20〜50名規模の企業でも導入しやすい価格帯が広がっています。担当者が「聞き役」にならなくて済む、社員のプライバシーを守れる、という2つのメリットがあります。
社労士に頼むべき場面
休職命令書の作成、就業規則の整備、傷病手当金の手続き案内、復職時の労務管理など、書面・手続きに関することは社労士の専門領域です。「休職に入るときに何を書面で渡すべきか」「復職後の試し出勤期間はどう設定するか」といった手続き面での迷いは、社労士に相談することでスムーズに解決できます。
社員数・社内体制別の判断チェックリスト
会社の規模や社内体制によって、外部委託の優先順位は変わります。以下の表を使って、自社の状況を確認してください。
| 状況 | 優先して整備すべき外部リソース | 理由 |
|---|---|---|
| 従業員50人以上・産業医未選任 | 産業医(法定義務) | 労働安全衛生法第13条違反のリスク |
| 従業員50人未満・就業規則なし | 社労士(就業規則整備) | 休職・復職の根拠規定がないと紛争になりやすい |
| 従業員50人未満・就業規則あり | EAPまたは外部カウンセラー | 社員の相談先を社外に確保し担当者の負担を軽減 |
| ハラスメント案件が絡む | EAP+社労士 | 中立性の確保と記録・手続きの正確性が必要 |
| 休職・復職が初めて発生した | 社労士+産業医(または地域産業保健センター) | プロセス全体を整備するタイミングとして最適 |
就業規則がない場合は最優先で整備する
休職・復職のルールが就業規則に定められていない場合、「何日から休職になるのか」「休職期間は何か月か」「復職の条件は何か」がすべて不明確になります。この状態でメンタル不調の社員が出ると、対応のたびに個別交渉が必要になり、後から「あのときこう言った」という食い違いが紛争に発展しやすくなります。就業規則がない、または休職規程がないという場合は、社労士への依頼を最優先にしてください。
地域産業保健センターを活用する
産業医の費用が気になる50人未満の事業場向けに、厚生労働省が「地域産業保健センター」を全国で整備しています。産業医への相談・保健師による健康指導などを原則無料で受けられます。まず費用をかけずに専門家へのアクセスを試したい場合、最初の一歩として活用する価値があります。
担当者が「やってしまいがちな行動」と対処法
善意の対応が後から問題になるケースは少なくありません。特に注意が必要な行動を事前に把握しておくことで、リスクを大幅に下げられます。
診断名や服薬状況を確認する
「どんな病気なんですか」「薬は飲んでいますか」という質問は、一見親切に見えますが、実務的には担当者が扱うべきでない情報を取得することになります。従業員の健康情報は個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に該当し、取得には本人の同意と利用目的の明示が必要です。また、取得した情報を経営者に伝える際にも、業務上必要な範囲に限定する必要があります。「診断名は私から聞く必要はありません。主治医からの意見書で確認します」と伝えるのが適切な対応です。
定期的な面談を重ねて「相談役」になる
週1回の面談を続けるうちに、社員が感情を全部吐き出す相手として担当者を認識し始めるケースがあります。これは担当者にとって負担になるだけでなく、後から「あのときこう言ってくれた」という記憶の食い違いが起きたとき、ハラスメントや不適切な対応として問題化するリスクがあります。面談は目的と回数を決めて行い、必ず記録(日時・内容・対応の要点)を残すことが重要です。感情的なサポートが必要な場合は、EAPや外部カウンセラーへの橋渡しを行ってください。
復職を「本人の意思」だけで判断する
「本人が戻りたいと言っているから復職させた」という対応は、後から大きなトラブルになりやすいパターンです。主治医の診断書には「復職可」と書かれていても、それは「日常生活が送れる状態」を意味するに過ぎません。実際の業務遂行能力については、産業医の意見を踏まえた会社側の独自判断が必要です。復職判定の手順と権限を事前に就業規則や社内フローとして整備しておくことで、「誰がいつ何を判断するか」が明確になります。
まとめ
兼務人事担当者がメンタル対応で外部に頼む判断基準は、「専門性が必要」「中立性が必要」「リスクが大きい」の3点です。担当者の役割は「治す」「支える」ことではなく、会社として安全配慮義務を果たすための「橋渡し役」です。産業医・EAP・社労士のそれぞれが担う領域は異なるため、社内の状況(従業員数・就業規則の有無・案件の性質)に応じて使い分けることが重要です。また、善意の対応が後からリスクになるケースを防ぐために、面談記録を残す習慣と、外部専門家への早めの相談が欠かせません。
「今の対応が正しいかどうか確認したい」「休職・復職のフローをゼロから整備したい」「外部リソースをどう選べばよいかわからない」——そんな状況があれば、ウェルセンス株式会社にご相談ください。20〜50名規模の企業における人事労務・メンタルヘルス対応を専門としており、担当者お一人では抱えきれない課題を一緒に整理するところからお手伝いします。
よくある質問
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。
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