「試用期間が終わるけれど、正直このまま本採用にするのは難しい……でも、どう伝えれば法的に問題ないのか、何をどこまで準備すればいいのかわからない」。専任の人事担当者がいない中小企業では、こうした判断を経営者や兼務の担当者が一人で抱えることになります。試用期間中だからといって自由に雇用を終了できるわけではなく、手順を誤ると労務トラブルに発展するリスクがあります。この記事では、本採用見送りの法的要件・本人への伝え方・事後の手続きまでを実務目線で整理します。
試用期間中の本採用拒否は「解雇」と同じか
結論から言えば、採用から14日を超えた時点では、本採用拒否は通常の解雇に準じた手続きと合理的な理由が必要です。「試用期間中だから自由に辞めさせられる」という考え方は、法的には通用しません。
試用期間の法的な位置づけ
試用期間中の労働契約は、最高裁の三菱樹脂事件判決(昭和48年12月12日大法廷)によって「解約権留保付き労働契約」と定義されています。つまり、会社側が一定の解約権を留保した状態で労働契約がすでに成立しているということです。「お試し期間だから契約していない」という解釈は誤りです。
この留保された解約権を行使できるのは、採用時には知りえなかった事実が判明した場合や、試用期間中に能力・勤務態度の重大な問題が確認された場合に限られます。単に「なんとなく合わない」「期待と違った」というだけでは、客観的・合理的な理由とは認められません。
採用後14日を境に手続きが変わる
労働基準法には、採用後の日数によって解雇の手続きが異なると定められています。
| 採用からの経過日数 | 必要な手続き | 根拠法令 |
|---|---|---|
| 14日以内 | 解雇予告なしで即日解雇が可能 | 労働基準法第21条 |
| 14日超 | 30日前の解雇予告、または平均賃金30日分の解雇予告手当の支払いが必要 | 労働基準法第20条 |
多くの試用期間は1〜3か月に設定されているため、現実的にはほとんどのケースで「14日超」に該当します。解雇予告手当の支払いを忘れたまま雇用を終了させると、労働基準法違反となります。
本採用拒否が認められる主な理由
法的に本採用拒否が正当とされるのは、以下のような具体的な事実に基づく場合です。
- 業務能力・勤務態度が著しく低く、指導・フィードバックを経ても改善の見込みがない
- 採用時に申告しなかった重大な経歴詐称や健康状態の隠蔽が判明した
- 業務指示への継続的な拒否、または無断欠勤の繰り返しがある
- 職場の他のメンバーへの著しい協調性の欠如が記録・証言で確認されている
いずれも「具体的な事実」がベースです。感情や印象ではなく、記録に残された出来事を根拠にする必要があります。
試用期間中に必ずやっておくべき記録と指導
本採用見送りの判断を法的に支えるのは、試用期間中の記録と適切な指導の履歴です。記録がなければ「問題があったのに会社が放置した」と判断されるリスクがあります。
記録すべき内容と残し方
試用期間中に問題があると感じた時点から、以下の内容を記録してください。記録は日時・具体的な事実・対応内容をセットで残すことが重要です。
- 勤怠記録(遅刻・欠勤・早退の日時と回数)
- 業務上の問題行動(指示を無視した、ミスを繰り返したなど、具体的な内容と日時)
- 口頭指導の記録(誰が、いつ、何を伝えたか)
- 書面による注意・指導書の写し
- 評価面談の記録(実施日、話した内容の要点)
メモ書き・メール・チャットのログなど形式は問いませんが、「誰が見ても具体的な事実とわかる」レベルで残してください。
指導なき見送りが致命傷になる理由
試用期間中に何も言わずに見守り続け、期間終了直前に突然「本採用はできません」と告げるケースが多く見られます。しかしこれは会社側にとって非常にリスクが高い対応です。指導記録がなければ、本人が「問題があるなら指導してほしかった。なぜ言われなかったのか」と反論した際に、会社側は有効な反証を出せません。
試用期間は「評価と育成の期間」です。問題を認識したら、その都度フィードバックし、改善の機会を与えることが、後の本採用拒否を正当化するうえでも必要なプロセスです。
就業規則の記載を確認する
就業規則に試用期間の長さ・目的・本採用拒否の要件が明記されているかどうかも、会社側の正当性に直結します。記載がなければ、本採用拒否の根拠が弱くなります。従業員10名以上の事業所では就業規則の作成・届出が義務です。試用期間に関する条項を確認し、不備があれば早めに整備しておきましょう。
本採用見送りを本人に伝える手順
本採用見送りを伝える面談は、準備・実施・書面交付の3段階で進めます。感情論を排し、記録された事実に基づいて話すことが、トラブルを防ぐ最大のポイントです。
面談前の準備
面談の設定は、試用期間終了の1週間前を目安にします。14日超の場合は解雇予告義務があるため、30日前に実施するか、解雇予告手当を支払う方針を事前に決めておきます。面談には上長または経営者と人事(または同等の立場の担当者)の2名以上が同席し、1対1での実施は避けてください。面談前に指導記録・勤怠データ・評価シートを手元に用意しておくことで、事実に基づいた説明ができます。
面談での伝え方
面談では、まず「試用期間の振り返りをしたい」という形で場を設定し、次に具体的な問題点を事実ベースで伝えます。「○月○日の業務指示への対応について、こういった状況が続いていた」「○回の指導にもかかわらず改善が見られなかった」など、記録に基づく言い方が基本です。「雰囲気が合わない」「なんとなく不安」といった主観的な表現は使いません。
本人が感情的になった場合も、冷静に事実を繰り返し伝えることが重要です。「ハラスメントだ」「不当だ」と主張された場合は、その場で議論せず「記録をもとに説明しています」と冷静に対応し、必要であれば「書面でご確認いただけます」と伝えてください。録音されることを想定し、感情的な発言をしないよう徹底することも大切です。
書面の交付と事後対応
面談後は、本採用見送りの通知書を必ず書面で交付します。書面には以下を明記します。
- 本採用を行わない旨
- その理由(具体的な事実に基づく内容)
- 最終勤務日・退職日
- 解雇予告手当を支払う場合はその旨と金額
書面を交付することで、後から「そんなことは聞いていない」という主張を防ぐことができます。交付した書面のコピーは会社側でも保管してください。
本採用見送り後の退職手続きと事務対応
本採用見送りの告知後には、残りの勤務期間の扱いから退職後の事務手続きまで、一連の対応が必要です。漏れがあると追加のトラブルにつながります。
残りの勤務期間の扱い
解雇予告手当を支払うのではなく、30日前に予告する形を選んだ場合、本人は予告期間中も引き続き勤務します。この期間の給与は通常どおり支払う必要があります。また、有給休暇が残っている場合は消化を認めるか、買い取りの可否を確認してください(有給買い取りは法律上原則禁止ですが、退職時の残日数については例外的に認められています)。
会社の判断で「予告期間中は出勤不要」とする場合も、給与の支払い義務は変わりません。
社会保険・雇用保険の喪失手続き
退職日の翌日が社会保険の喪失日となります。会社は5日以内に「健康保険・厚生年金保険 被保険者資格喪失届」を年金事務所に提出します。雇用保険については、退職日の翌日から10日以内に「雇用保険被保険者資格喪失届」をハローワークに提出し、離職票の発行手続きを行います。
離職票の「離職理由」の記載
離職票の離職理由は、会社都合か自己都合かによって本人の失業給付の受給条件が変わります。本採用拒否は会社側の判断による雇用終了ですので、「会社都合」扱いになるのが原則です。離職理由を誤って「自己都合」と記載すると、後からハローワークが調査した際に訂正を求められ、会社の信頼にも関わります。記載内容については、ハローワークや社会保険労務士に確認しながら進めてください。
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本採用見送りでトラブルになるケースとリスク回避のポイント
本採用見送りをめぐるトラブルは、準備不足と手続きの不備が主な原因です。典型的なリスクを把握しておくことで、対策を講じやすくなります。
不当解雇として争われるリスク
本採用拒否が「客観的合理的な理由がない」「社会通念上相当でない」と判断された場合、労働審判や訴訟で不当解雇と認定されるリスクがあります。この場合、復職または相当額の賠償を命じられる可能性があります。指導記録がない、就業規則に試用期間の定めがない、解雇予告手当を支払っていないなど、複数の不備が重なるほどリスクは高まります。
ハラスメントと指摘されるリスク
面談で感情的な発言をしたり、本人を責める言い方をしたりすると、「パワーハラスメントがあった」と主張される可能性があります。面談には必ず2名以上が同席し、事実のみを落ち着いたトーンで伝えることが基本です。面談内容は終了後に要点をメモとして残しておくと、後日の確認資料として役立ちます。
記録が残っていない場合の対応
すでに試用期間終了が迫っているにもかかわらず、指導記録がほぼない状態の場合、無理に本採用拒否を強行することはリスクを高めます。状況によっては、試用期間を延長して改善機会を与えるか、顧問社会保険労務士や弁護士に相談したうえで対応方針を決める判断が必要になることもあります。「記録がないからといって諦める必要はないが、専門家に確認してから動くのが安全」というのが実務上の正直な答えです。
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まとめ
試用期間の本採用見送りは、「試用期間中だから自由にできる」ものではありません。採用から14日を超えた時点で解雇予告義務が生じ、本採用拒否には客観的・合理的な理由と社会通念上の相当性が必要です(三菱樹脂事件・最高裁昭和48年12月12日大法廷判決)。試用期間中の記録と適時フィードバック、面談での事実ベースの説明、書面の交付、退職後の事務手続きまで、一連の流れを丁寧に進めることがトラブル防止の基本です。
「記録が不十分なまま期間終了が近い」「面談をどう進めればいいかわからない」「就業規則に試用期間の定めがない」など、判断に迷う場面は多くあります。ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・人事担当者からの労務相談をお受けしています。試用期間の対応に限らず、休職・復職・メンタルヘルス対応など人事労務全般のご相談を、実務に即した形でサポートしています。一度、気軽にご相談ください。
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