「また担当者がクレームを受けて、今日も謝り続けていた」——そんな報告を聞きながら、どこまでが通常の業務範囲で、どこからが会社として動くべき問題なのか、判断がつかずにいる経営者や人事担当の方は少なくありません。取引先や顧客からの激しい叱責・暴言・理不尽な要求は、「クレーム対応」として処理されがちですが、程度によっては明確なハラスメントです。そして、会社にはそれに対応する法的義務が存在します。この記事では、取引先・顧客からのハラスメント対応に関する会社の法的義務と、実務的な対応フロー、相手先への具体的な申し入れ方法を解説します。
取引先からのハラスメントにも会社の対応義務がある
結論から言えば、社外の第三者から従業員がハラスメントを受けた場合でも、会社には対応義務があります。「取引先のことだから手が出せない」は法的に通りません。
安全配慮義務はメンタルヘルスにも及ぶ
労働契約法第5条は、使用者が「労働者の生命・身体等の安全を確保しつつ労働させる義務」を負うと定めています。ここでいう「安全」は身体的な危険だけを指すのではなく、メンタルヘルスも含まれると解釈されています。つまり、取引先からの暴言や理不尽な要求によって従業員が精神的ダメージを受けた場合、それを放置した会社は安全配慮義務違反を問われる可能性があります。
厚生労働省の指針に「第三者ハラスメント」が明記されている
令和2年に施行されたパワーハラスメント防止指針(厚生労働省告示第5号)には、「顧客や取引先等の第三者からの著しい迷惑行為」、いわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)について、事業主が雇用管理上の配慮として取り組むことが求められると明記されています。この指針は「努力義務・配慮義務」的な位置づけですが、指針に示した取り組みを怠ると安全配慮義務違反と結びつきやすくなります。
「本人が言わないでほしいと言った」は放置の理由にならない
現場でよくあるのが、被害を受けた社員本人が「取引関係に影響するから黙っていてほしい」と口止めするケースです。しかし、本人の意向を理由に会社が何もしなかった場合、後に健康被害が生じれば会社の責任が問われます。本人の意向は「申し入れ方法」や「タイミング」の判断材料にはなりますが、対応そのものを止める理由にはなりません。
放置したときの法的リスク
取引先からのハラスメントを「見て見ぬふり」にした場合、会社は従業員から損害賠償を求められる法的リスクを抱えます。リスクの根拠は複数の法令にまたがります。
民法上の使用者責任・債務不履行責任
会社がハラスメントの事実を把握しながら適切な措置を講じなかった結果、従業員が精神的損害(適応障害・うつ病など)を被った場合、民法第709条(不法行為)または民法第415条(債務不履行)に基づく損害賠償請求の対象になりえます。労働契約における安全配慮義務は会社の「契約上の義務」であるため、これを怠ること自体が債務不履行になります。
問題が長引くほどリスクが高まる構造
ハラスメント被害が放置される期間が長くなるほど、被害社員のメンタル不調が進行します。適応障害やうつ病を発症し休職に至った段階で、初めて「どうすればよかったか」と気づくケースが実務上は非常に多い。休職が発生すれば休業補償・業務の穴埋め・復職支援コストが発生するうえ、最悪の場合は訴訟リスクも生じます。初動対応が遅れるほど、会社が支払うコストは大きくなります。
中小企業でも「知らなかった」では通らない
「専任人事がいないから対応の仕方がわからなかった」という事情は、法的責任の免責理由にはなりません。規模にかかわらず、労働契約法上の安全配慮義務はすべての使用者に課されています。重要なのは「完璧な対応をとること」ではなく、「問題を認識した時点で合理的な措置を講じること」です。
会社がとるべき4つの対応義務
取引先からのハラスメントに対して、会社が果たすべき対応は大きく4つに整理できます。これらは順番に行うことが基本です。
被害事実の確認と記録
まず最初に取り組むべきは、被害の事実確認と記録の保全です。被害社員から「いつ・どこで・誰から・何をされた・何を言われたか」を詳細にヒアリングし、会社として文書化します。メール、録音、メモなど客観的な証拠があれば保全するよう本人に伝えてください。この記録は、その後の申し入れや万一の訴訟において重要な根拠になります。ヒアリングの場では、被害社員が「自分が悪かった」と自責しないよう配慮しながら、事実を淡々と聞き取ることが大切です。
被害社員の心身状態のアセスメントと支援
次に、被害を受けた社員の心身状況を確認します。「眠れているか」「食欲はあるか」「出社意欲に変化はないか」といった点を上長や人事が丁寧に確認してください。不調のサインがある場合は、産業医(産業医が選任されている企業)または外部のEAP(従業員支援プログラム)への相談を勧めます。産業医や就業規則が未整備の20~30名規模の企業の場合は、かかりつけ医や地域の精神科・心療内科への受診を促すことが現実的な選択肢です。
社内での情報共有と方針決定
経営者・上長レベルで情報を共有し、「相手先に申し入れをするか」「当該社員を一時的に業務から外すか」「取引の継続可否を検討するか」といった方針を決定します。この判断は、被害の深刻さ・証拠の有無・取引関係のウエイト・相手先の組織内ポジションによって変わります。下の表を参考に対応レベルを判断してください。
| 被害の状況 | 対応レベルの目安 |
|---|---|
| 単発の軽微な暴言・感情的クレーム | 事実記録・本人フォロー・再発監視 |
| 繰り返される暴言・人格否定・長時間拘束 | 相手先への書面申し入れ・担当者交代の検討 |
| 脅迫・身体的接触・SNS等での誹謗中傷 | 弁護士・警察への相談・取引の即時見直し |
相手先への申し入れと再発防止
方針が決まったら、相手先へ申し入れを行います。申し入れの宛先は担当窓口ではなく、先方の管理職・コンプライアンス担当・経営層を選んでください。口頭ではなくメールや書面で事実ベースで伝え、記録に残すことが重要です。申し入れ後は状況を継続的にモニタリングし、改善がなければ取引の見直しも含めて検討します。
相手先への申し入れの具体的な方法と文例
申し入れは「感情的なクレーム」ではなく「事実の共有と改善要請」として行うことが、取引関係を壊さずに問題を解決する基本姿勢です。
申し入れ前に準備すること
申し入れを行う前に、以下を整理しておきます。
- 発生日時・場所・具体的な言動の内容(ヒアリング記録)
- 客観的証拠の有無(メール・録音・目撃者など)
- 申し入れの宛先(先方の責任者・コンプライアンス窓口)
- こちらが求める対応(再発防止の約束、担当者交代、謝罪など)
感情的にならず、「弊社従業員が業務上支障をきたしている」という事業上の問題として伝えることが、相手に受け入れられやすいアプローチです。
申し入れメールの文例
以下は、取引先の担当者から繰り返し暴言を受けたケースを想定した申し入れメールの文例です。実際の状況に合わせて内容を調整してください。
件名:業務上のご対応に関するお願い
〇〇株式会社 〇〇部長 □□様
平素より大変お世話になっております。株式会社△△ 代表取締役◇◇でございます。
このたびは、貴社担当者様と弊社従業員との業務上のやりとりについて、一点お伝えしたい事項があり、ご連絡申し上げました。
〇月〇日および〇月〇日の打ち合わせにおいて、弊社担当者が「能力がない」「使えない」といった発言を繰り返し受けており、当該従業員が精神的に強いストレスを感じている旨の申告がありました。弊社として従業員の就業環境を適切に保つ義務がある観点から、今後このような言動が生じないよう、ご対応をお願いできますでしょうか。
業務上のご指摘・ご要望はいつでも真摯に受け止める所存ですが、人格を傷つける表現については弊社として看過することができない状況です。取引関係を今後も良好に継続したいという思いは変わりませんが、従業員の保護の観点から、本件についてご理解とご配慮をいただけますよう、よろしくお願い申し上げます。
申し入れ後の対応と取引見直しの判断
申し入れ後、相手先から誠意ある対応があった場合は、改善状況をモニタリングしながら取引を継続するのが現実的です。一方、改善が見られない場合や、相手が問題を認めずに逆に圧力をかけてくるような場合は、当該社員を担当から外す、または取引そのものの見直しを経営判断として行う必要があります。売上への影響は確かに痛いですが、従業員が休職・離職に至った場合のコストはそれを上回ることが多く、長期的視点での判断が求められます。
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社内フローを整備するために今日からできること
社外ハラスメントへの対応を「その都度の判断」で乗り越えようとするのには限界があります。小規模でもフローを整備しておくことで、問題発生時の初動が格段に速くなります。
社内報告ルートを決める
被害を受けた従業員がどこに報告すればよいかを明確にしておくことが最初の一歩です。経営者・上長・人事(兼務でも可)のうち、誰が一次窓口になるかを決め、全社員に伝えてください。「直接の上司に言いにくい」という状況も想定し、経営者直報ルートを別に設けることが理想です。
就業規則・ハラスメント方針へカスハラ対応を組み込む
就業規則や社内のハラスメント防止方針(まだない場合は簡易なものでも可)に、「顧客・取引先からの著しい迷惑行為についても会社が対応する」という一文を加えるだけで、従業員が「会社は守ってくれる」と感じられる環境が変わります。就業規則の変更が必要な場合は社労士に相談することをお勧めします。
定期的な「困っていることの確認」を仕組み化する
ハラスメント被害は従業員が自ら申告しないケースが多い。上長が月1回程度「最近困っていることはないか」と個別に確認する機会を設けるだけで、早期発見につながります。1on1ミーティングの定期実施、または簡易なパルスサーベイ(短い定期アンケート)の導入が有効です。専用ツールがなくても、Googleフォームなどで代替できます。
まとめ
取引先・顧客からのハラスメントに対して、会社は「見て見ぬふり」をする法的余地はありません。労働契約法第5条の安全配慮義務、そして厚生労働省のパワーハラスメント防止指針は、社外の第三者によるハラスメントも会社が対応すべき問題として位置づけています。会社がとるべき対応は、被害事実の確認と記録、従業員の心身状態のアセスメント、社内での方針決定、そして相手先への申し入れという4つの流れです。いずれも「完璧にやる」必要はなく、問題を認識した時点で合理的な措置を講じることが重要です。
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よくある質問
🔗 対応方針の決定や被害社員のメンタルケアは、専門家のアドバイスを得ることで、より適切な判断につながります。 →
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