「採用できた!ありがとう、お礼を渡したい」——その気持ちはごく自然なことです。しかし実際に支払いの段になると、「これは給与として処理すべきか」「源泉徴収はどうするのか」「規程がないまま払って問題ないか」と手が止まってしまう経営者・人事担当者は少なくありません。紹介報奨金(リファラル採用報奨金)は、処理を誤ると税務上のリスクや労務トラブルに発展することもあります。この記事では、課税区分・支給タイミング・規程化の三つの視点から実務上の判断軸を整理します。
誰に払うかで課税区分が変わる
紹介報奨金の税務処理で最初に確認すべきことは、支払い先が「在籍する従業員か」「外部の個人・法人か」によって課税区分がまったく異なるという点です。この分岐を押さえれば、処理の方向性が見えてきます。
在籍従業員への支払いは「給与所得」として処理する
現在雇用関係にある従業員に支払う紹介報奨金は、所得税法第28条に基づき「給与等」として取り扱われます。したがって、会社には所得税法第183条に定める源泉徴収義務が生じます。月次の給与に合算して支払うか、賞与として支払うかは会社が選択できますが、賞与として処理する場合は国税庁が定める「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」を用いる必要があります。通常の月次給与計算とは計算方法が異なる点に注意してください。
また、社会保険の扱いにも注意が必要です。定期的でない賞与として支払う場合、健康保険法第3条・厚生年金保険法第3条に基づき、支払った金額が「標準賞与額」の対象となり、健康保険料・厚生年金保険料の控除が発生します。「ちょっとしたお礼のつもり」でも、社会保険料の計算に影響するため、経理担当者や顧問税理士と事前に処理方法を確認しておきましょう。
退職者・知人など外部の個人への支払いは「雑所得」扱いが原則
雇用関係のない外部の個人(退職者・取引先の知人など)への紹介料は、受取人にとっては雑所得または事業所得となり、給与所得にはなりません。支払者側(会社側)の源泉徴収義務については、所得税法第204条が定める源泉徴収の対象業種(弁護士・税理士・外交員など)に「人の紹介料」は明示されていないため、源泉徴収義務が生じないケースが多いとされています。ただし、支払調書(法定調書)の提出要否も含め、個別の状況によって判断が異なる場合があるため、必ず顧問税理士に確認することを強く推奨します。
法人・採用エージェントへの支払いはインボイス対応も必要
外部の法人や採用エージェントへ紹介料を支払う場合は、消費税の課税仕入れとなります。2023年10月から始まったインボイス制度(適格請求書等保存方式)への対応も必要で、相手方が適格請求書発行事業者かどうかを確認したうえで請求書を保管する必要があります。個人へのお礼と法人への紹介料では処理が大きく異なる点を、あらかじめ整理しておきましょう。
給与か賞与か——在籍社員向け支給方法の選択
在籍従業員への紹介報奨金が「給与所得」であることが確認できたら、次は「給与として月次処理に乗せるか」「賞与として個別に処理するか」を決める必要があります。どちらにも一定のメリット・デメリットがあります。
月次給与に合算する場合の注意点
最もシンプルな方法は、支給月の給与に上乗せして支払い、通常の源泉徴収税額表(甲欄・乙欄)に従って税額を計算する方法です。処理手順が既存の給与計算の延長線上に乗るため、担当者の手間は少なくなります。ただし、金額が大きい場合は当月の課税所得が増えるため、税率が上がり手取りが想定より少なくなる可能性があります。受け取る従業員に事前に説明しておくと、後のトラブルを避けられます。
賞与として処理する場合の計算手順
紹介報奨金を「臨時の賞与」として処理する場合、源泉徴収は「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」を使用します。具体的には、前月の給与額をもとに算出率を求め、賞与額に乗じて税額を計算します。社会保険料の賞与分も別途控除が必要になるため、給与明細と賞与明細を分けて発行するのが一般的です。
仕訳の例示
以下は一般的な処理例です(金額は例示)。
| 区分 | 借方 | 貸方 |
|---|---|---|
| 在籍社員への報奨金支払時(賞与処理) | 給与手当(または賞与)/50,000円 | 預り金(源泉所得税)・預り金(社会保険料)・現金/各金額 |
| 源泉所得税の納付時 | 預り金(源泉所得税)/税額 | 現金・普通預金/税額 |
勘定科目の名称は会社の会計ルールに合わせて調整してください。処理に不安がある場合は顧問税理士と連携して確認することをお勧めします。
支給タイミングと定着条件の設計
紹介報奨金をいつ払うかは、採用後すぐに支払う方法と、一定期間の在籍を条件とする方法の大きく二つがあります。「定着条件を設けること」自体は法的に問題ありませんが、設計を誤ると労務リスクになります。
定着条件を設けることのメリットと設計の基本
「入社後3ヶ月(試用期間終了後)に支払う」「入社後6ヶ月在籍した場合に支払う」といった定着条件を設けることは合理的な設計です。紹介してすぐ退職された場合のリスクを会社側がコントロールできる点がメリットです。重要なのは、「条件が満たされるまで支払義務が発生しない」という構造にすることです。条件の充足前に支払義務が確定しない設計にしておけば、「払ったが返してほしい」という状況を避けられます。
支払い済み報奨金の返還を求めることのリスク
一度支払った報奨金を後から返還させたり、給与から天引きしたりすることは、労働基準法第24条(賃金全額払いの原則)および第17条(前借金との相殺禁止)の観点から法的リスクが高い行為です。「辞めたら返せ」という口約束や規程は、実際の徴収場面で法的に問題が生じる可能性があります。返還を求めるトラブルに発展するよりも、最初から「支払い条件が整った時点で支払う」設計にするほうが実務上安全です。
紹介者・被紹介者どちらに条件を設けるか
定着条件の対象は、紹介した従業員(紹介者)、紹介された入社者(被紹介者)、あるいはその両方のいずれかを設定できます。実務でよくある設計は「被紹介者が入社後〇ヶ月在籍していること」を支払い条件とするパターンです。紹介者が先に退職した場合の扱い(支払うか・支払わないか)も規程に明記しておくと、後のトラブルを防げます。
社内規程を整備する——最低限盛り込むべき項目
規程がないまま口約束で支払っている状態は、公平性のトラブルや税務調査時のリスクにつながります。「社員紹介制度規程」として単独の規程を整備することが現実的な対応です。
就業規則との関係と届出義務
常時10人以上の労働者を使用する事業場には、就業規則の作成と労働基準監督署への届出義務があります(労働基準法第89条)。紹介報奨金は「賃金の決定・計算・支払いの方法」に関連する事項であり、就業規則の絶対的必要記載事項(同条第2号)に関係します。実務上は、就業規則本体を直接書き換えるのではなく、「社員紹介制度規程」として付属規程を作成し、就業規則で「詳細は別に定める規程による」と参照させる形が多く採用されています。10人未満の事業場でも、トラブル防止の観点から文書化しておくことを強くお勧めします。
規程に必ず盛り込むべき項目
- 対象者の定義:在籍社員のみか、退職後〇ヶ月以内の元社員も含むかなど
- 対象ポジションの定義:全職種が対象か、特定職種のみかを明記する
- 支給金額・支給基準:職種・ポジションによって金額を変える場合はその基準も記載
- 支給時期・支給条件:定着期間の有無、条件の具体的な内容(例:入社後6ヶ月の在籍)
- 紹介者が先に退職した場合の扱い:支払うか・支払わないかを明確にする
- 対象外となるケース:人事部門経由での紹介、すでに選考中の候補者への紹介など
- 適用除外:管理職・役員への適用有無など
規程を作成したら、従業員に周知することが重要です。周知されていない規程は法的効力が認められない場合があります(労働契約法第7条)。
規程がない状態で支払ってしまった場合の対応
すでに口約束で支払ってしまったケースでも、遅きに失することはありません。今後の支払いに備えて規程を整備し、過去分については税理士に相談して適切な処理に修正することが現実的な対応です。「まず規程を作ること」が次のトラブルを防ぐ第一歩です。
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公平性トラブルを防ぐ制度設計の視点
紹介報奨金制度で意外と多いのが「なぜあの人だけもらえるのか」という従業員間の不満です。制度の中身よりも、「誰に・どんな条件で・いくら払ったか」が不透明なことがトラブルの原因になります。
基準の透明化が信頼を生む
支給金額や対象ポジションが担当者の裁量で変わる運用をしていると、不公平感が蓄積します。規程に基準を明記したうえで、制度の存在と内容を全従業員に周知することで「知らなかった」「自分は対象外といわれた」というトラブルを減らせます。定期的に制度内容を社内で共有する機会を設けると、リファラル採用の活性化にもつながります。
対象外となるケースを明示する
よくある対象外ケースとして、人事担当者自身による紹介、すでに選考プロセスに入っている候補者を後から紹介した場合、採用につながらなかったケースへの「惜しかったで賞」的な支払いなどがあります。こうした境界線をあらかじめ規程に書いておくことで、「なぜ今回は対象外なのか」という問い合わせへの説明がしやすくなります。
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まとめ
紹介報奨金の税務処理は、まず「在籍従業員への支払いか」「外部の個人・法人への支払いか」を切り分けることが出発点です。在籍社員への支払いは給与所得として源泉徴収が必要で、賞与として処理する場合は専用の計算表を使います。外部の個人への支払いは雑所得扱いが原則ですが、源泉徴収の要否は個別判断が必要なため税理士への確認が欠かせません。支給タイミングについては「支払い条件が整った時点で支払う」設計にすることで、返還トラブルを未然に防げます。そして、公平性とリスク管理の両面から、「社員紹介制度規程」として文書化しておくことが長期的に安全な運用につながります。
税務判断が必要な場面では顧問税理士の相談が不可欠ですが、制度設計そのものについても人事労務の専門家に相談することで、より実効的な運用が実現します。ウェルセンス株式会社では、専任人事がいない中小企業の経営者・兼務人事担当者が直面する人事制度の設計・運用課題について、実務に即したご相談をお受けしています。「この会社の場合はどう設計すべきか」「現在の運用で問題ないか」といった具体的なご質問があれば、お気軽にお問い合わせください。
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