ハラスメント調査に弁護士が介入した際の対応と進め方

ハラスメント調査に弁護士が介入した際の対応と進め方 コンプライアンス
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「弁護士から書面が届きました。調査を止めるべきでしょうか」——人事担当を兼務している経営者や管理職から、こうした相談が増えています。ハラスメント調査の途中で加害者側が弁護士をつけてくるケースは、以前と比べてめずらしくなくなりました。しかし多くの担当者は、弁護士の介入を目の当たりにした途端に手が止まり、「これ以上動いていいのか」と萎縮してしまいます。この記事では、弁護士が介入してきた際に会社が取るべき対応と、調査をどう継続すればよいかを実務目線で整理します。

弁護士が介入しても、会社の調査権限は消えない

加害者側に弁護士がついた事実は、会社の調査を止める法的効力を持ちません。事業主はハラスメントの防止・是正義務を法律で課されており、調査を途中で放棄することは義務違反になりうる点を、まず押さえておく必要があります。

会社に課せられたハラスメント防止義務

パワーハラスメントについては労働施策総合推進法、セクシュアルハラスメントについては男女雇用機会均等法、マタニティハラスメント等については育児介護休業法が、それぞれ事業主に防止措置と事後対応を義務づけています。これらの法律は「従業員から相談があれば適切に調査・是正すること」を求めており、加害者が弁護士を立てたからといって義務の内容は変わりません。むしろ調査を止めた場合、被害者から「会社は守ってくれなかった」と訴えられるリスクが生じます。

弁護士介入は「権利行使」であって「調査停止命令」ではない

加害者が弁護士をつけることは、当事者としての正当な権利行使です。しかし、会社と加害者の関係はあくまでも使用者と従業員の関係であり、弁護士がその間に入ったからといって会社の指揮命令権が失われるわけではありません。弁護士からの書面が届いた場合も「法的に圧力をかけられている」と過度に萎縮せず、会社の立場と手続きの正当性を冷静に確認することが先決です。

加害者側弁護士からの書面・連絡への対応方法

加害者側弁護士から届く書面への対応は、口頭ではなく書面で行い、記録を残すことが基本です。感情的な反論や即答は避け、会社としての立場を整理してから返答します。

口頭対応を避け、書面でやりとりを残す

弁護士から電話があった場合でも、「確認の上、書面にてご回答します」と伝えて電話口での回答を避けるのが原則です。口頭でうっかり認めてしまった内容が後の労働審判や訴訟で不利に使われるリスクがあります。書面でのやりとりにすることで、会社側の言動が記録として残り、対応の一貫性を保てます。

よくある要求への対応の考え方

加害者側弁護士からは「調査を中止してください」「調査担当者に利益相反がある」「ヒアリング内容を開示してください」といった要求が届くことがあります。これらは法的な義務を伴わないことがほとんどですが、無視するのも適切ではありません。要求の内容ごとに「対応する・しない・説明する」を判断し、その根拠を記録に残しておくことが重要です。たとえば「調査担当者の選定に問題がある」という指摘については、担当者の選定根拠(社内規程・公正性の確保状況など)を書面で説明できれば十分です。

社内に法務担当がいない場合の相談先

専任人事も法務担当もいない中小企業の場合、弁護士介入後の書面対応を自社だけで抱えるのは無理があります。この段階では、労働問題に詳しい社労士や外部の弁護士への相談を早めに検討してください。「書面を受け取った事実」「要求の内容」「自社としての回答方針」をセットで相談できると、アドバイスを得やすくなります。

書面の返答内容や判断に迷ったときは、労働問題の専門家に早めに相談することで、後の手続きリスクを大きく減らせます。

情報開示の範囲:何を渡し、何を守るか

加害者側弁護士から調査記録や被害者情報の開示を求められても、会社は原則として応じる義務はありません。ただし、処分を下す際には加害者への説明義務が生じるため、「開示すべきもの」と「開示不要のもの」を正確に区別することが重要です。

開示義務のある情報とない情報の整理

情報の種類 原則的な取り扱い
調査結果の概要・処分の理由 処分時に加害者への説明が必要(弁明の機会)
ヒアリング記録の全文 開示義務なし(被害者保護の観点)
被害者・証人の特定情報 原則開示不要(プライバシー保護)
調査担当者の選定根拠 問われた場合に説明できる状態にしておく

被害者のプライバシーを守りながら正当性を示す

「ヒアリング内容を開示せよ」「告訴者を特定させろ」という要求は、被害者を特定・萎縮させるための手段になりうるため、応じる必要はありません。一方で会社としては、「適切な調査手続きを経た上で結論を出した」という事実を説明できる状態にしておく必要があります。具体的には、調査を行った日時・担当者・手順を記録として整備しておき、「調査の存在と公正性」は示しつつ「被害者の特定につながる情報」は開示しないという対応が基本線になります。

訴訟・労働審判に移行した場合の注意点

社内での調査段階では開示義務のない記録も、労働審判や訴訟に移行した場合は裁判所を通じた文書提出命令(民事訴訟法220条)の対象になりえます。そのため調査記録は「後で提出できる品質・整合性で作成する」という意識を最初から持つことが重要です。杜撰なメモや口頭での記録省略は、会社側が不利になるリスクに直結します。

調査を継続しながら処分を進める順番

弁護士が介入した後も、調査の継続と処分の検討は並行して進めることができます。ただし、処分は必ず調査の完了後に行い、その前に弁明の機会を付与するという手順を守ることが不可欠です。

弁明の機会は省略できない

加害者に対して処分(降格・出勤停止・懲戒解雇など)を下す前には、弁明の機会を与えることが求められます。これは就業規則上の手続き要件であることが多く、仮にその定めがなくても懲戒権の濫用(労働契約法15条)として争われるリスクを避けるために必要な配慮です。弁護士を通じた弁明書の提出も受理する姿勢を示しつつ、その内容を正確に記録・評価した上で処分の判断材料にします。

調査完了前に処分を先行することのリスク

「早く決着をつけたい」という気持ちから、調査が完結していない段階で処分を先行するケースがあります。しかしこれは「事実確認が不十分なまま下した処分」として不当解雇・不当処分の申し立てを受けやすくなります。特に弁護士が介入している案件では、手続きの瑕疵を積極的に攻撃されることが多いため、調査→弁明の機会付与→処分という順序を守ることが会社を守ることにつながります。

従業員規模・就業規則の有無による対応の違い

就業規則に懲戒手続きの定めがある場合は、その規定に従って手続きを進めます。規定がない場合でも、手続きの公正性(調査・通知・弁明・決定)を実質的に担保することが重要です。従業員数が20〜30名規模で就業規則が未整備、あるいは形式的にしか整備されていない場合は、この機会に見直しを検討する価値があります。産業医が選任されていない企業では、メンタルヘルス的な側面(被害者の心理的安全性・加害者の精神的背景)への対応も外部専門家に頼ることを検討してください。

調査記録・文書管理の実務ポイント

弁護士が介入した案件で会社が不利になる大きな原因のひとつが、記録の不備です。ハラスメント調査の文書管理は、調査開始の段階から後の争いを想定したレベルで行う必要があります。

ヒアリング記録の作り方

ヒアリングを行った際には、その都度、日時・場所・出席者・発言の要旨・記録者名を書面に残します。録音を行う場合は事前に相手の同意を得ることが望ましく、録音データとその文字起こしをセットで保管します。「だいたいこういう話だった」というメモ程度の記録は、後に「会社が都合よく解釈した」と疑われやすいため、発言の内容をできるだけ忠実に記述することを心がけます。

弁護士介入後の対応記録の重要性

弁護士から書面が届いた日時・内容・会社が取った対応・回答した内容・その根拠は、すべて時系列で記録します。社内メールや書面のやりとりも一つのフォルダにまとめて保管し、担当者が退職・異動しても引き継げる状態にしておくことが必要です。この記録が、後の審判・訴訟で「会社が誠実に対応した証拠」になります。

  • ヒアリング記録:日時・場所・出席者・発言内容・記録者名を明記
  • 弁護士とのやりとり:受信日時・書面の内容・会社側の回答内容・回答日時を記録
  • 社内での判断記録:誰がどのような根拠でどの判断をしたかを残す
  • 被害者・証人の同意記録:情報を共有した範囲と同意の有無を記録

記録の不備が後の訴訟で致命的なリスクになるため、調査開始時点から「法務レベルの記録品質」を意識することが重要です。判断が難しい場合は、実務経験のある専門家に一度相談しておくと安心です。

まとめ

ハラスメント調査の途中で加害者側が弁護士をつけてきた場合でも、会社は調査を継続する権限と義務を持っています。弁護士からの書面には口頭ではなく書面で対応し、ヒアリング記録や調査経緯を丁寧に残すことが、後の法的リスクを最小化する最大の防御策です。被害者のプライバシーを守りながら調査の公正性を示すこと、弁明の機会を経た上で処分を下すことは、どの規模の企業にも求められる基本手順です。

一方で、専任人事も法務担当もいない中で弁護士介入案件を一人で抱えることは、担当者に大きな負担をかけます。「書面が届いたが、どう返せばいいかわからない」「調査を進めてよいか判断できない」という段階で、外部の専門家に相談することをためらわないでください。ウェルセンス株式会社では、中小企業の人事・労務担当者が抱えるハラスメント対応の実務を、現場に即した形でサポートしています。一人で抱え込む前に、まずお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 加害者側の弁護士から「調査を中止してください」という書面が届きました。従わなければなりませんか?

A. 従う必要はありません。加害者側弁護士には会社の調査を止める法的権限はなく、調査の継続は事業主の権限であり義務でもあります。ただし書面を無視するのではなく、「適切な調査手続きに従って対応を継続する」という趣旨を書面で返答し、記録に残しておくことをお勧めします。

Q. ヒアリング記録を加害者側弁護士に渡す義務はありますか?

A. 社内調査の段階では、ヒアリング記録の全文を加害者側弁護士に開示する義務はありません。被害者や証人のプライバシー保護の観点からも、特定につながる情報は守る必要があります。ただし、処分を下す際には「処分の理由となった事実の概要」は加害者本人に説明することが求められます。労働審判・訴訟に移行した場合は、裁判所を通じた文書提出命令(民事訴訟法220条)に基づく開示が別途問題になります。

Q. 弁護士介入後も調査担当者は同じ人物が続けてよいですか?

A. 担当者を変える義務はありませんが、加害者側から「担当者に利益相反がある」と指摘された場合は、選定根拠を書面で説明できるよう整理しておく必要があります。担当者が被害者・加害者の直属上司であったり、個人的に関係が深い場合は、公正性への疑義を避けるために担当者の変更を検討することも選択肢のひとつです。

Q. 調査完了前に加害者を自宅待機させることはできますか?

A. 就業規則に自宅待機命令の根拠規定がある場合、調査期間中の措置として命じることは可能です。この場合、原則として賃金は支払う必要があります(ノーワーク・ノーペイの原則の例外)。自宅待機は「処分」ではなく「調査のための措置」であるため、弁護士が介入していても基本的には命じることができます。ただし就業規則に根拠がない場合は、命令の正当性を争われるリスクがあるため、専門家への確認をお勧めします。

Q. 弁護士介入後に被害者がさらに不安を感じているようです。会社としてどう対応すべきですか?

A. 被害者への情報共有と継続的なサポートが重要です。「調査は継続しており、被害者を守ることを優先している」という姿勢を、具体的な行動(定期的な状況報告・相談窓口の確保など)で示すことが信頼につながります。加害者側の弁護士介入という情報が被害者に伝わり不安を高めている場合は、調査の進捗と会社の立場を丁寧に説明することが二次被害の防止にもなります。メンタルヘルスの観点から専門家によるサポートが必要と判断された場合は、社外の相談窓口や支援サービスの活用も検討してください。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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