「契約書には月・水・金と書いてあるのに、ずっとシフトで動かしてきた。先日パートさんに『契約と違う』と言われて、初めて気づいた」——こうした相談は、専任人事がいない中小企業から後を絶ちません。雇用契約書と実際の勤務形態に乖離があると、気づかないまま運用が続きがちです。この記事では、法的リスクの整理から合意書の取得、書類の更新まで、現場で実践できるステップを実務ベースで解説します。
「ずっとシフトで回してきた」は法的に問題があるか
結論から言うと、雇用契約書に固定曜日が明記されているにもかかわらず、書面による合意なしにシフト制で運用してきた場合、使用者側に法的リスクが生じます。問題が顕在化していないだけで、すでにリスクを抱えた状態にあると認識してください。
口頭・シフト表提出は「合意」にならない
「本人もシフト表を受け取って出勤してきたから合意があった」と考えたくなるのは自然です。しかし、労働契約法第8条は、労働条件の変更には労使双方の合意が必要と定めています。トラブルが発生したとき、従業員が「シフトに従わざるを得なかっただけで、合意した覚えはない」と主張した場合、書面による合意がない使用者側は非常に不利な立場に置かれます。口頭の了解やシフト表の受け取りは、法的な「合意」の証明にはなりません。
「長年の慣行」が使用者の安全材料にならない理由
長期間にわたって実態と契約書が乖離していた場合、「黙示の合意があった」として使用者に有利に働くのではと思いがちです。しかし実際には、長期間の違法状態の放置として評価されるリスクがあります。労働基準監督署への申告や労働審判といった場面では、「ずっとそうだった」という事実は使用者にとって追い風にはなりません。むしろ、今この瞬間から正式な手続きを踏むことが、リスクを最小化する唯一の選択肢です。
勤務曜日は変更に合意が必要な「重要な労働条件」
労働基準法第15条および同施行規則第5条により、始業・終業時刻や休日などは雇入れ時に書面で明示することが義務づけられています。勤務曜日は休日設定と表裏一体であり、雇用契約書に明記されていれば労働契約の重要な内容です。パートタイム・有期雇用労働者については、パートタイム・有期雇用労働法第6条によりさらに明示義務の範囲が広がります。2024年4月以降の労働条件明示ルール改正により、有期雇用の更新時の明示事項も強化されている点も見落とせません。
変更前に確認すべき3つの準備事項
合意書を取りに行く前に、自社の状況を整理しておくことが重要です。準備が不十分なまま従業員にアプローチすると、説明に一貫性が欠け、かえって不信感を招くことがあります。
就業規則にシフト制の記載があるかを確認する
就業規則に「勤務日はシフトによって定める」などの記載がある場合、変更の根拠として活用できます。ただし、就業規則の記載だけで個別の雇用契約を上書きすることはできません(労働契約法第12条の趣旨)。就業規則の規定は合意形成の補強材料として使いつつ、個別の合意書取得は必ず行ってください。就業規則にシフト制の記載がない場合は、就業規則の改定と個別合意の両方が必要になります。
変更が「不利益変更」にあたるかを判断する
変更の内容によって、従業員への影響と必要な対応が変わります。以下の表を参考に、自社のケースを当てはめてください。
| 変更の内容 | 従業員への影響 | 必要な対応 |
|---|---|---|
| 固定曜日→シフト制(柔軟化) | 実労働日数が変わらなければ中立的 | 合意書の取得が必須 |
| シフト制を就業規則に明記済みの場合 | 規則の範囲内の変更として整理可能 | 合意書+確認書が望ましい |
| 曜日変更により実労働日数が減る | 不利益変更に該当する可能性が高い | 合意書必須・丁寧な説明が不可欠 |
実労働日数が減る、あるいは特定の曜日が外れることで収入が下がる場合は「不利益変更」にあたります。この場合、変更の必要性・代替措置の有無・説明の丁寧さが、後日トラブルになったときに問われます。
対象となるパート社員の状況を個別に把握する
複数のパート社員がいる場合、全員が同じ状況とは限りません。有期雇用か無期雇用か、契約更新のタイミングはいつか、家庭事情で特定曜日に制約がある方はいないかを事前に把握しておくと、合意形成がスムーズになります。特に有期雇用の場合、次回の契約更新のタイミングで新しい条件を盛り込む方法が、実務上は最もスムーズです。
合意書の取得と雇用契約書の更新
変更手続きの中核は、従業員との合意形成と書面の整備です。まず口頭で変更内容を丁寧に説明し、次に書面で合意を取り、最後に雇用契約書を更新するという流れが実務上の正しい順序です。
従業員への説明で押さえるべきポイント
変更の理由(業務上の必要性)、変更後の勤務条件の具体的な内容、変更の効力発生日を明確に伝えます。「会社都合で変えたい」だけでは合意を得にくいため、「繁忙期の人員配置を柔軟にしたい」「業務量に合わせてより安定した雇用を続けるため」など、従業員にとっての合理的な理由を言語化しておくことが大切です。一方的な通告にならないよう、質問や要望を受け付ける場を設けましょう。
変更合意書(覚書)に盛り込む必須事項
変更合意書には、以下の内容を必ず記載してください。
- 変更前の勤務曜日(旧条件)
- 変更後の勤務条件(新条件)
- 変更に合意した日付
- 変更の効力発生日
- 双方の署名・押印欄
書類のタイトルは「労働条件変更合意書」または「雇用契約変更覚書」が一般的です。会社側と従業員側で各1部ずつ保管します。なお、合意書に署名を求める際は、「断っても不利益はない」という安心感を伝えることが重要です。プレッシャーをかけた状況での署名は、後に「強要された」と争われるリスクがあります。
自社の状況が複雑だと感じたら、プロに相談することで手続きのミスを防ぐことができます。ウェルセンス株式会社では、こうした労務変更の進め方をサポートしています。
合意書だけで終わらせない——雇用契約書の更新まで行う
多くの会社が見落とすのが、この最後のステップです。変更合意書(覚書)を取得しただけで雇用契約書の原本を更新しないと、次回の契約更新時、担当者が交代したとき、あるいは従業員が原本を参照したときに、再び混乱が起きます。変更後の労働条件を反映した新しい雇用契約書を作成・交付・保管することが、手続きの完結です。特にパート・有期雇用労働者については、契約更新のたびに最新の労働条件を書面で明示することが法令上求められています。
従業員に拒否された場合の現実的な対応
従業員が変更に同意しない場合、原則として使用者は一方的に労働条件を変更することはできません。ただし、状況によって現実的な選択肢がいくつかあります。
合意が得られない場合に取りうる選択肢
まず、対話を重ねて変更の必要性と内容を丁寧に説明することが優先です。それでも合意が得られない場合、就業規則に合理的なシフト変更の根拠が規定されており、かつ変更の必要性・相当性が認められる場合には、就業規則に基づく変更が認められる余地があります(労働契約法第10条)。ただし、この判断は事案ごとに異なるため、自己判断で強行することは避けてください。
「強制変更」のリスクを理解する
従業員の同意なしに一方的に勤務曜日を変更した場合、労働契約法違反として争われる可能性があります。労働審判や訴訟に発展すれば、時間・費用・社内の信頼関係の損失は計り知れません。従業員が10名未満の小規模企業でも、こうしたトラブルは発生します。合意が得られないケースでは、社会保険労務士や弁護士に相談した上で対応方針を決めることを強くお勧めします。
有期雇用なら契約更新のタイミングを活用する
パート社員が有期雇用(例:6か月更新)の場合、次回の契約更新時に新しい条件で契約を結び直す方法が最も摩擦の少ない対応です。ただし、雇止め(更新しないこと)を正当化するためにこの方法を使うことは、雇止め法理(労働契約法第19条)に抵触する可能性があるため注意が必要です。更新を前提として条件の見直しを行う、という透明なコミュニケーションが不可欠です。
判断に迷った場合や対応の方向性が定まらない際には、人事の専門家に相談することで、トラブルを未然に防ぐことが可能です。
まとめ
パート雇用契約書の勤務曜日をシフト制に変更するには、まず自社の就業規則と現状の乖離を確認し、次に変更内容が不利益変更にあたるかを判断した上で、従業員への丁寧な説明、変更合意書の取得、雇用契約書の更新という流れを踏むことが必要です。「口頭やシフト表の慣行があれば大丈夫」という思い込みは、トラブル発生時に大きなリスクになります。専任人事がいない環境では、こうした手続きの漏れが積み重なりがちです。ウェルセンス株式会社では、中小企業の人事労務課題に関する相談を承っています。「うちの場合はどうすればいい?」という具体的なご質問も歓迎です。まずはお気軽にご相談ください。
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