採用時に「念のため」と提出させた身元保証書。しかし従業員が横領や重大ミスを起こしたとき、その書類は本当に機能するのでしょうか。「全額を身元保証人に請求できる」と思っていたら、法律上の制限で思うように回収できなかった——そのような事態を防ぐために、身元保証の仕組みを正確に理解しておくことが経営を守る第一歩です。この記事では、身元保証人への損害賠償請求が実際に可能かどうか、有効期間・極度額・手続き上の注意点を実務目線で解説します。
身元保証人に損害賠償を請求できる条件
結論から言えば、身元保証人への損害賠償請求は可能です。ただし「採用時に書類を出させた」だけでは不十分で、書類の有効性・金額の上限・手続き上の要件をすべて満たす必要があります。
身元保証契約とは何か
身元保証契約とは、従業員が在職中に会社へ損害を与えた場合に、身元保証人(多くは親族や知人)が連帯してその損害を賠償することを約束する契約です。根拠となる特別法として「身元保証ニ関スル法律」(昭和8年法律第42号)が存在します。身元保証法は、身元保証人を過大な負担から守るために設けられた法律であり、会社側が思い通りに請求できるとは限らない仕組みになっています。
身元保証人への請求が認められるための前提条件
身元保証人に損害賠償請求するためには、以下の条件が前提となります。
- 身元保証書が法的に有効である(有効期間内・極度額の記載あり)
- 従業員の行為と損害の間に因果関係がある
- 会社が必要な通知義務を履行している
- 損害額が客観的に証明できる
これらの条件が一つでも欠けると、請求そのものが難しくなるか、認容される金額が大きく減額される可能性があります。
連帯保証との違いを混同しない
「身元保証人=連帯保証人」と思っている経営者の方は少なくありません。しかし両者は別物です。連帯保証は主債務者と同等の責任を負いますが、身元保証は身元保証法によって賠償額の裁量的減額が認められており、裁判所が会社側の過失なども考慮して金額を調整します。つまり、損害額の全額を必ずしも請求できるわけではありません。
身元保証書の有効期間と更新ルール
身元保証書には法律で定められた有効期間があります。期間を把握せずに古い書類を信頼していると、いざというときに「期限切れで無効」となるリスクがあります。
原則3年・最長5年という上限
身元保証法では、有効期間を定めない場合の上限は3年です。書面で期間を定めた場合でも最長5年が上限とされており、5年を超える期間を定めた条項は自動的に5年に短縮されます。たとえば「10年間有効」と記載されていても、法律上は5年として扱われます。
自動更新は無効・改めて書面による合意が必須
実務でよく見られる落とし穴が「自動更新」の記載です。身元保証法では自動更新は認められていません。有効期間が終了した後も身元保証を継続したい場合は、身元保証人との間で改めて書面による合意を行う必要があります。更新後の有効期間も上限は5年です。採用から数年が経過している従業員については、身元保証書の有効期間を今一度確認することをお勧めします。
いつ書いてもらった書類かを整理する
創業から時間が経っている会社では、入社当時の身元保証書がそのまま保管されているケースがよくあります。たとえば入社から4年以上が経過している場合、有効期間が切れている可能性が高いです。人事ファイルを整理し、各従業員の身元保証書の締結日・有効期限を一覧化しておくと、いざというときの対応が格段にスムーズになります。
2020年民法改正で変わった「極度額」の重要性
2020年4月施行の改正民法により、個人が締結する根保証契約には極度額(上限金額)の記載が必須となりました。この変更は身元保証書にも実質的に影響しており、古い書式を使い続けている会社は要注意です。
極度額がない身元保証書は無効になるリスク
改正民法第465条の2は、個人が締結する根保証契約について極度額の定めがない場合に無効と定めています。身元保証契約は「根保証」の性質を持つため、改正民法の趣旨が及ぶと解釈されています。実務上の通説的立場では、2020年4月以降に締結する身元保証書には極度額の記載が必須と考えるべきです。極度額の記載がない書類は、裁判になった際に無効と判断されるリスクがあります。
極度額はいくらに設定すればよいか
極度額の金額は法律で定められているわけではなく、当事者間の合意で決定します。ただし、あまりにも高額に設定すると身元保証人が同意しない・後の裁判で不合理と判断されるリスクがあります。実務的には、その従業員が担当する業務の性質や、会社が合理的に想定できる損害額の範囲を踏まえて設定することが望ましいです。職務内容ごとに適切な上限を検討することが重要です。
既存の身元保証書を見直すタイミング
2020年4月以前に締結した身元保証書には極度額の記載がないものがほとんどです。これらは現時点で有効期間内であっても、極度額がないことを理由に無効と判断されるリスクをはらんでいます。更新のタイミング、または次回の身元保証書再徴収時には必ず極度額を明記した最新の書式を使用してください。
会社が怠ってはいけない「通知義務」
身元保証人への損害賠償請求が認められやすくなるかどうかは、会社が「通知義務」を適切に果たしているかどうかに大きく左右されます。この義務を知らずにいると、請求できるはずの金額が大幅に減額されることがあります。
通知が必要な2つのケース
身元保証法第3条は、以下の2つの場面で会社が身元保証人に通知する義務を定めています。
| 通知が必要な状況 | 具体例 |
|---|---|
| 従業員に業務上の不適任・不誠実な行為があり、身元保証人の責任が生じるおそれがあるとき | 横領の疑いが生じた、繰り返し重大なミスを起こしている |
| 従業員の任務・任地が変更され、身元保証人の責任が加重または監督が困難になるとき | 経理担当への異動、現金を扱う業務への配置転換 |
通知を受けた身元保証人は、身元保証契約を解約することができます。この「解約権の保障」が身元保証人保護の核心です。
通知を怠った場合のリスク
身元保証法第5条は、裁判所が損害賠償額を定めるにあたり、「使用者(会社)が通知義務を怠ったこと」を考慮できると定めています。つまり、通知を怠っていた場合、裁判所の裁量によって請求できる金額が減額される根拠となります。横領が発覚してから初めて身元保証人に連絡するのでは遅く、問題の兆候が生じた段階での適切な通知が重要です。
横領・不正が発覚したときの実務的な対応手順
従業員による横領や重大ミスが判明した場合、身元保証人への請求を視野に入れつつ、会社として取るべき手順があります。感情的に動くより、手続きを正確に踏むことが回収可能性を高めます。
証拠保全と事実確認を先に行う
まず最初に、損害の事実と金額を客観的に証明できる証拠を確保します。通帳の記録・伝票・メール履歴・監視カメラ映像など、横領や不正を示す証拠は消去されないよう速やかに保全してください。次に、当事者である従業員から事情聴取を行い、事実確認を記録に残します。この段階で弁護士に相談できると、その後の手続きがスムーズになります。
身元保証人への通知と請求
事実確認ができた後、身元保証人に対して書面で通知を行います。この通知は口頭ではなく、内容証明郵便など記録が残る方法が望ましいです。通知の内容には、発生した損害の概要・金額・請求の根拠となる身元保証書の情報を明記します。身元保証人は通知を受けて初めて解約権を行使する機会を持ちますが、合理的な話し合いによって和解に至るケースもあります。
「全額回収」を前提にしないことの重要性
判例上、使用者(会社)が事業から利益を得ている以上、発生した損害の一部を会社側も負担すべきという「報償責任・危険責任の法理」が認められています。また、裁判所は会社側の内部統制の不備・管理監督の怠慢も考慮します。実際の訴訟では損害額の一部のみが身元保証人への請求として認容されるケースが多く、全額回収を前提とした経営判断はリスクを伴います。身元保証はあくまでも「損害回収の一手段」であり、不正防止の内部体制と並行して考えることが重要です。
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身元保証書を「機能する書類」にするための整備ポイント
問題が起きてから書類を見直しても手遅れになることがあります。今の身元保証書が法的に有効かどうかを確認し、必要であれば整備し直すことが、会社を守る実務的な一歩です。
既存の書類を点検するチェック項目
現在保管している身元保証書について、以下の点を確認してください。
- 締結日はいつか(有効期間内か)
- 極度額(上限金額)が明記されているか
- 2020年4月以降に締結または更新されたものか
- 身元保証人の署名・押印があり、書面として成立しているか
一つでも「否」となる項目がある場合、その書類は有事に機能しない可能性があります。
新規採用・更新時の書式の統一
書式は弁護士や社会保険労務士に確認した最新版を使用することを推奨します。特に極度額の記載・有効期間の明示・自動更新条項の削除の3点は必須です。また、身元保証人が書類の内容を理解したうえで署名していること(説明を受けた旨の記録)があると、後のトラブル防止にもつながります。
身元保証書だけに頼らない体制づくり
20〜50名規模の企業では、身元保証書の整備と並行して、経理の相互チェック・権限の分離・定期的な帳票確認といった内部統制の基本を整えることが不正リスクの低減につながります。身元保証書はあくまでも「万が一の安全網」であり、不正が起きないための仕組みと組み合わせて初めて意味を持ちます。
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まとめ
身元保証人への損害賠償請求は法律上可能ですが、「身元保証ニ関スル法律」と2020年改正民法によって複数の制約があります。有効期間(原則3年・最長5年)・極度額の記載・通知義務の履行・裁判所による裁量的減額——これらを正確に理解していないと、いざ問題が起きたときに書類が「使えない状態」になっているリスクがあります。
特に2020年4月以前に作成した身元保証書は、極度額の記載がない可能性が高く、早急な見直しが必要です。また、横領などの不正が疑われる段階で身元保証人への通知を怠ると、後の請求額が減額される根拠となります。
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よくある質問
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