採用後に発覚した前職中の競業行為への対処法

採用後に発覚した前職中の競業行為への対処法 労務管理
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「採用した人が、前の会社に在籍しながら競合他社の仕事を請け負っていた——それが入社後に判明した。」こうした事態に直面したとき、多くの経営者・人事担当者は「前職中の話なのに、うちが対応する必要があるのか?」と戸惑います。しかし放置すれば、自社の情報や顧客関係に思わぬリスクが波及することも。この記事では、前職在籍中の競業行為が採用後に発覚した場合の判断基準・調査手順・処分の選択肢を、実務に沿って整理します。

「前職中の話」でも自社が問題にできる理由

前職在籍中の競業行為は、原則として前職と当該従業員の間の問題です。しかし自社との関係でも問題にできる角度が存在します。この点を混同すると、調査の方向性も処分の根拠も定まりません。

問題を整理する2つの法的な軸

まず、問題を「前職との関係」と「自社との関係」に分けて考えることが重要です。

内容 誰が被害者か
前職との問題 前職に対する誠実義務・競業避止義務違反 前職会社
自社との問題 採用時の虚偽申告・競合関係による自社へのリスク 自社

前職との問題については、自社が直接介入できる立場にはありません。一方、自社との問題として追及できるのは、採用選考において重要な事実を申告しなかったこと、つまり「経歴詐称」の枠組みです。

自社が問題にできる具体的な根拠

採用時に副業・兼業の事実を意図的に隠していた場合、「採用における重要事項の虚偽申告」として懲戒事由になり得ます。自社が処分を検討できる根拠は主に以下の3点です。

  • 就業規則に「採用時の虚偽申告を禁じる」条項がある
  • 業務委託先が自社と競合関係にある企業・業種である(自社の利益への潜在的リスク)
  • 前職で得た機密情報・顧客情報を利用した疑いがある

特に業務委託先が自社の競合に当たる場合は、情報漏洩や顧客流出のリスクが現実化する可能性があるため、「自社の問題」として正面から対応する根拠が生まれます。

就業規則の競業禁止条項をどう読むか

就業規則に「在職中の競業行為を禁ずる」と書かれている場合、これは原則として「自社在籍中」を指します。前職在籍中の行為はカバーしていないのが通常です。ただし、「採用時の申告義務」「虚偽申告の禁止」に関する条項がある場合は、それが適用の根拠になります。就業規則に競業禁止条項も虚偽申告禁止条項も存在しない会社では、懲戒処分の根拠を欠くことになるため、対応方針の検討に影響します。

競業行為に当たるかどうかの判断基準

「競業行為」として問題になるかどうかは、一律には決まりません。行為の態様・相手先・影響範囲を複数の要素で総合的に評価することが、実務上のスタンダードです。

判断を左右する6つの要素

裁判例や労働法の法理から導かれる主な判断要素は次のとおりです。

  • 業務の同一性・類似性:前職の業務と業務委託の業務がどの程度重なっているか
  • 相手先との競合性:業務委託先が前職の競合会社・取引先かどうか
  • 情報漏洩の可能性:前職の機密情報・顧客情報を流用した疑いがあるか
  • 規模・継続性:単発の関与か、継続的・組織的な関与か
  • 前職への開示の有無:前職に申告していたかどうか(黙秘は背信性が高い)
  • 自社への実害の有無:現時点で自社の事業・顧客・情報に具体的な影響があるか

「自社への実害」の確認が特に重要

上記の要素のなかで、自社が処分を検討する際にもっとも重く考慮すべきなのは「自社への実害の有無」です。前職との関係でどれほど問題のある行為であっても、自社の事業・情報・顧客に具体的な影響が生じていない場合、自社が重い処分を科す根拠は弱くなります。逆に、業務委託の過程で自社の顧客情報を知り得る立場にいた、あるいは入社後も競合企業との関係が続いている疑いがある場合には、対応の優先度が上がります。

経歴詐称の枠組みで整理するケース

採用面接で「副業・兼業の有無」を確認しており、本人が「していない」と申告していた場合は、競業行為の問題に加えて経歴詐称の問題が重なります。労働契約法第15条は「懲戒は、労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効」と定めており、懲戒の重さは行為の重大性・自社への影響と均衡していなければなりません。虚偽申告の事実だけで即座に懲戒解雇とするのは、多くの場合リスクが高い対応です。

発覚直後にとるべき調査の手順

発覚直後は動揺しがちですが、順序を誤ると後の処分が無効になるリスクがあります。まず「事実の記録」から始め、本人へのヒアリングは必ず書面に残すことが鉄則です。

情報の整理と内部確認

はじめに、何がどこから・いつ・どのような形で判明したかを時系列で記録します。情報源が社内の誰かの証言であれば、その内容も文書化しておきます。次に、就業規則・雇用契約書・採用時の誓約書を確認し、競業禁止条項・虚偽申告禁止条項・懲戒条項の有無と内容を整理します。この段階では本人に接触しないことが原則です。先に内部で事実関係と適用ルールを確認しておくことで、ヒアリングの論点が明確になります。

本人ヒアリングの進め方

本人への事実確認は、懲戒処分を下す前に「弁明の機会を与える」という手続き上の要件を満たすために必須です。ヒアリングは複数人(上司+人事担当など)で行い、内容は必ず書面に記録します。本人にも確認のサインを求めると、後の紛争予防につながります。

確認すべき主な論点は以下のとおりです。

  • 前職在籍中に業務委託を受けていた事実の有無・期間・業務内容
  • 業務委託先の企業名・事業内容(自社や前職との競合性)
  • 前職への申告の有無
  • 採用面接・書類選考時に申告しなかった理由
  • 業務委託にあたって前職の情報を使用したか否か
  • 現在も当該企業との関係が続いているか

強引な問い詰めや長時間の拘束はパワーハラスメントと認定されるリスクがあります。事実確認の場であることを明示し、本人が回答を準備できる時間を確保することが重要です。

証拠・記録の取り扱い

メール・契約書・請求書・SNSの投稿など、客観的な証拠が存在する場合は保全しておきます。ただし、本人のPCや私物を無断で調査することは不法行為になり得るため、あくまで会社が正当に取得・保管できる情報の範囲にとどめます。録音については、会社側が自ら行う場合は一般的に違法とはなりませんが、不必要な形での利用は信頼関係を損なうため、記録の主目的はあくまで「発言の正確な確認」に限定することが望ましいといえます。

採用後に競業行為が判明した場合、事実確認から処分判断まで多くの法的リスクが伴います。判断を誤ると会社側の不利につながるため、早期段階での専門家への相談をお勧めします。

処分の選択肢とリスクの整理

処分の選択肢は「懲戒処分」「採用取り消し」「注意指導にとどめる」の大きく3方向ですが、いずれも就業規則の根拠と行為の重大性の均衡が問われます。

懲戒処分を検討する場合

懲戒処分を科すには、就業規則に懲戒事由の明記があること、弁明の機会を与えたこと、処分の重さが行為の重大性と均衡していることが必要です(労働契約法第15条)。前職在籍中の競業行為+採用時の虚偽申告が重なり、かつ自社への具体的な影響(情報漏洩・顧客流出など)が認められる場合は、戒告・減給・出勤停止といった段階的な処分が現実的な選択肢となります。懲戒解雇は「重大な背信行為」であることが要件であり、副業の事実のみを理由とするのはハードルが高いと考えておく必要があります。

採用取り消しの可否

採用取り消しは法的には「解雇」に準じて扱われ、客観的・合理的な理由と社会通念上の相当性が求められます(労働契約法第16条)。採用時の重大な虚偽申告が証明され、かつその虚偽申告がなければ採用しなかったと合理的に認められる場合に限り有効性が認められる可能性があります。ただし、副業の存在を隠していたというだけでは、その基準を満たすかは慎重に判断する必要があります。採用取り消しを実行する前には必ず専門家に相談することを強く推奨します。

対応しない・注意指導にとどめるという選択

調査の結果、自社への実害がなく、虚偽申告の悪意も軽微と評価される場合は、書面による注意・指導にとどめ、今後の競業行為・申告義務について確認させることも合理的な選択です。「問題があったが処分はしない」という事実と理由を記録に残しておくことで、将来の同種事案への対応基準が明確になります。小規模組織ほど、処分の実施・不実施いずれの場合も記録の保全が重要です。

再発防止のために整備しておくべき仕組み

今回のような事態を防ぐために最も有効なのは、採用プロセスと就業規則の整備です。発覚後の対応に追われる前に、入口での確認体制を強化することが中長期的なリスク低減につながります。

採用プロセスでの申告義務の明確化

採用面接・内定承諾時に「前職在籍中の副業・兼業の有無」「競合他社との取引関係の有無」を書面で確認する仕組みを設けることで、後の虚偽申告の立証が格段に容易になります。誓約書に「申告内容に虚偽があった場合は採用取り消し・懲戒処分の対象となる」と明記しておくことも有効です。

就業規則の見直し

競業禁止条項・兼業副業の届出義務・虚偽申告禁止条項・懲戒事由の列挙が就業規則に整備されているかを確認します。とりわけ従業員数10人以上の事業場では就業規則の作成・届出が法令上義務付けられており(労働基準法第89条)、競業・副業に関する条項が欠けている場合は追記を検討します。条項を追加・変更する際は、労働者の不利益変更にあたる場合があるため、手続きと合理的な理由の説明が必要です。

社内での相談ルートの確保

こうした問題は、発覚した段階で対応できる相談窓口や判断基準が社内にないと、初動が遅れて状況が複雑化しがちです。専任の人事担当者がいない企業では特に、外部の専門家(社会保険労務士・弁護士)との連携体制をあらかじめ整えておくことが有効です。

「判断基準がない」「どこに相談すればいいかわからない」という状況が、対応の遅れやリスク判断の誤りにつながります。兼務人事だからこそ、あらかじめ外部のサポート体制を構築しておくことが重要です。

まとめ

採用後に前職在籍中の競業行為が発覚した場合、問題を「前職との問題」と「自社との問題」に切り分けることが最初の判断軸になります。自社として追及できるのは主に採用時の虚偽申告と、競合性による自社へのリスクという角度です。調査は事実の記録→就業規則確認→本人ヒアリングの順で進め、処分は就業規則の根拠と行為の重大性の均衡を保つことが不可欠です。

専任人事がいない環境でこれらを適切に進めるのは容易ではなく、誤った対応が逆に会社側のリスクを生むこともあります。ウェルセンス株式会社では、こうした人事労務上の突発的な課題への対応についても、中小企業の経営者・兼務人事担当者からのご相談をお受けしています。「いま何をすべきか判断できない」「法的なリスクを避けたい」という段階からでも、まずはご相談ください。

よくある質問

Q. 前職在籍中の副業は、今の会社の就業規則で禁止できるのですか?

A. 自社の就業規則の競業禁止条項は、原則として「自社在籍中」の行為を対象とします。前職在籍中の行為そのものを自社が禁止・処分する直接の根拠にはなりません。ただし、採用時の虚偽申告禁止条項があり、副業の事実を隠して入社した場合には、その条項を根拠に処分を検討できます。

Q. 就業規則に競業禁止条項も虚偽申告禁止条項もない場合、処分は難しいですか?

A. 懲戒処分には就業規則上の根拠が必要なため、条項がない場合は処分の根拠が弱くなります。ただし、信義則(民法第1条第2項)に基づく注意指導や、自社の情報・顧客への具体的な影響がある場合の損害賠償請求を検討する余地はあります。まず就業規則の整備を優先することが再発防止の観点からも重要です。

Q. 本人へのヒアリングで「知らなかった」「申告が必要とは思わなかった」と言われた場合はどうすればよいですか?

A. 採用面接・書類で副業の有無を具体的に確認していたかどうかが鍵になります。確認していた記録(面接シートや誓約書など)があれば、虚偽申告を立証しやすくなります。確認していなかった場合は「申告の必要性を認識していなかった」という主張が一定の説得力を持つため、処分の根拠は弱まります。今後のためにも採用時の確認事項を書面化することを推奨します。

Q. 情報漏洩の疑いがある場合、会社はどのような証拠収集ができますか?

A. 会社が管理する業務用メールや社内システムのアクセスログは、適切な規程があれば調査対象にできます。一方、私物のスマートフォンや個人メールアカウントを無断で調査することは不法行為になるリスクがあります。情報漏洩の疑いが具体的にある場合は、早期に弁護士へ相談し、合法的な証拠保全の方法を確認することを強く推奨します。

Q. 処分をせずに見逃した場合、後から問題にすることはできますか?

A. 発覚した事実を会社が認識したにもかかわらず長期間放置した場合、懲戒権の行使が「時機を失した」として無効と判断されるリスクがあります。処分をしないという判断をした場合でも、その事実・理由・対応内容を記録に残しておくことが重要です。また、自社への影響が新たに生じた場合は改めて対応を検討できるケースもあるため、記録の保全は怠らないようにしましょう。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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