「一度、懲戒処分を出した社員がまた同じことをやっています。もう一度処分できますか?」——人事担当者から寄せられる相談の中で、このケースは少なくありません。処分を繰り返すことが「二重処分」にあたるのか、法的に問題になるのか、判断の根拠がわからず手が止まってしまう。そんな状況は、専任人事がいない中小企業では特によく起きます。この記事では、懲戒処分における「一事不再理」の考え方から、再発・新事由の区別、累積処分を有効にするための記録管理まで、実務に直結する形で整理します。
「一事不再理」は会社の懲戒処分にも適用されるのか
結論から言えば、「一事不再理」は労働法に明文では規定されていませんが、判例の積み重ねによって、会社の懲戒処分にも実質的に適用される原則となっています。
一事不再理とは何か
一事不再理とは、「同一の事件について、二度と訴追・処罰をしない」という刑事訴訟法上の原則です(刑事訴訟法第337条参照)。もともとは刑事手続きのルールですが、会社が社員に行う懲戒処分も「制裁」の一種である以上、同じ考え方が準用されます。
労働法における位置づけ
労働契約法第3条第5項は、「労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない」と定めています。一度処分した事実を蒸し返して再度不利益を与えることは、この「権利の濫用」にあたり得ると解釈されています。つまり、同一の非違行為に対して二度処分を下すことは、たとえ就業規則上の根拠があったとしても、無効となるリスクがあります。
「禁止されるケース」と「許容されるケース」の基本的な整理
禁止されるのは、あくまで「同一の事実・同一の事由」に基づいて再度処分する場合です。一方、新たな事実が生じた場合や、別の非違行為が発覚した場合は、新たな処分として有効に行うことができます。この区別が、実務上のすべての判断の出発点になります。
「同一事由」と「新たな事由」をどう区別するか
二重処分になるかどうかは、「今回処分しようとしている事実が、すでに処分済みの事実と同一かどうか」で判断します。同種の行為であっても、事実が異なれば別処分として成立します。
再発は「新たな事由」になる
たとえば、昨年「無断遅刻」でけん責処分を受けた社員が、今年また無断遅刻を繰り返した場合、今年の遅刻は昨年の遅刻とは別の新たな事実です。これは二重処分には当たらず、新たな処分を行うことができます。むしろ、過去の処分歴は「情状を重くする事情」として処分の種別(より重い懲戒)を選択する根拠になります。
「後から発覚した事実」はどう扱うか
処分後に「当初の調査では判明していなかった悪質な事情」が新たに明らかになった場合も、それが独立した事実であれば別処分の根拠になり得ます。ただし、最初の調査で発見できたはずの事実をあとから持ち出すのは、「二重処分の回避」目的と見なされる危険があります。処分前の調査を十分に行い、既知の事実はすべて一度の処分でまとめて判断することが原則です。
複数の問題行動が同時に発覚した場合
「遅刻の常態化」と「業務ミスの隠蔽」が同時期に発覚したケースでは、これらを別々の事由として整理したうえで、一度の懲戒手続きの中でまとめて処分するのが適切です。後から「隠蔽」だけを別に処分すると、二重処分の問題が生じる可能性があります。処分は「発覚した事実をすべて洗い出してから行う」という手順が基本です。
同じ理由での二重処分は法的リスクが大きく、対応に迷う場合は早めに専門家に相談することが後々のトラブルを防ぎます。
累積処分を有効にするための条件
繰り返し問題行動を起こす社員に対して段階的に処分を重ねる「累積的懲戒」は、適切な手順を踏めば判例上有効とされています。ただし、いくつかの要件を満たすことが不可欠です。
各処分が独立した事実に基づいていること
累積処分が有効とされるためには、処分ごとに「この処分はこの事実に基づく」という独立性が必要です。「なんとなく問題が積み重なったから」という理由で処分の種別を上げていくことは認められません。処分のたびに、対象となる行為・日時・状況を明確に特定しておくことが求められます。
弁明の機会を処分ごとに与えること
懲戒処分の有効要件として、処分前に本人が事実を否認・弁解できる機会(弁明の機会)を与えることが判例上求められています。累積処分であっても、新たな処分を行うたびにこの手順を省略することはできません。弁明の機会を与えずに行った処分は、それ自体が無効とされるリスクがあります。弁明の場では、事実の確認・本人の認識・弁解の内容を記録に残してください。
処分の段階性と相当性を保つこと
同種・同程度の問題行動に対して、最初からいきなり懲戒解雇を選択することは「相当性の欠如」として無効になる可能性があります。一般的には「口頭注意→書面警告→けん責→減給→出勤停止→懲戒解雇」という段階を意識した運用が望ましいとされています。ただし、初回でも行為が極めて悪質(横領・暴行など)な場合は重い処分が許容されることもあります。
記録管理:後で処分が無効にならないために残すもの
累積処分において「段階的に処分を重ねてきた」という事実を証明できなければ、最終的な解雇が無効とされるリスクがあります。記録は「処分の正当性を支える証拠」として機能します。
処分ごとに残すべき記録の内容
| 記録の種類 | 記録すべき内容 |
|---|---|
| 事実確認記録 | 問題行動の日時・場所・具体的な行為内容・確認した方法(目撃者、ログ、書面など) |
| 弁明記録 | 弁明の機会を与えた日時・方法・本人の発言内容・署名の有無 |
| 処分通知書 | 処分種別・根拠条文(就業規則の条項番号)・処分の理由・通知日・本人の受領確認 |
| 始末書・反省書 | 本人が自筆で記載したもの・提出日 |
| 指導記録 | 口頭注意・面談の日時・内容・担当者名(メモでも可、日付必須) |
記録がない場合の対処方法
過去に「一応口頭で注意した」「始末書を出させた気がする」という状態で書面が残っていない場合は、今から整理を始めることが現実的な対応です。当時の状況を知る関係者にヒアリングし、概要をメモとして残す。今後の指導・処分については必ず書面化する。この積み上げが、将来の処分の有効性を支えます。記録がないまま重い処分に踏み切ると、「突然の処分」と判断されるリスクが高まります。
就業規則の整備と周知も前提条件
労働基準法第89条により、常時10名以上の社員がいる事業場は就業規則の作成と届出が義務づけられています。懲戒処分を有効に行うには、就業規則に懲戒事由と処分種別が明記されており、かつ社員に周知されていることが前提です。雛形をそのまま使っている場合、実際の問題行動が就業規則の懲戒事由に該当するか確認が必要です。「どの行為がどの処分種別に当たるか」が曖昧なままでは、処分の根拠が崩れます。
減給処分だけに適用される法的上限に注意する
減給処分には、他の処分種別にはない法定の上限があります。複数事由をまとめて処分する場合も、この上限は事由ごとに適用されることに注意が必要です。
労働基準法第91条が定める上限とは
労働基準法第91条は、減給処分について次の上限を設けています。まず、1回の非違行為に対する減給額は「平均賃金の1日分の半額」を超えてはなりません。次に、複数の処分がある月における減給の総額は「その月の賃金総額の10分の1」を超えてはなりません。たとえば月給30万円の社員であれば、1か月に減給できる上限は3万円(30万円の10分の1)です。
複数事由を「1件」にまとめて上限を回避しようとするのは違法リスクあり
「遅刻」と「業務ミスの隠蔽」を一括して「1件の減給処分」として扱い、上限を超えた金額を減給することは、法定上限の脱法的回避とみなされる可能性があります。複数の事由がある場合は、それぞれを独立した処分として整理するか、減給以外の処分種別(出勤停止など)を組み合わせることを検討してください。
まとめ
懲戒処分における「二重処分の禁止」は、同一の事実・同一の事由に限って適用されます。再発や新たな問題行動は「新事由」として別処分が可能であり、累積処分も適切な手順を踏めば有効です。ポイントを整理すると、「処分のたびに事実を特定し、弁明の機会を付与し、書面で記録を残す」という三つの基本動作に尽きます。ただし、就業規則の整備状況や過去の処分歴の有無によって、具体的な対応方法は変わります。
「この処分の進め方で問題ないか確認したい」「過去の対応をチェックしてほしい」という段階からでも、ウェルセンス株式会社ではご相談を受け付けています。人事の専門知識がない経営者・兼務担当者向けに、懲戒手続きの確認や記録整理のアドバイスも可能です。ぜひお気軽にお声がけください。
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