人事評価を懲戒処分の根拠にするには何が必要?

人事評価を懲戒処分の根拠にするには何が必要? 人事制度
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評価シートはある。面談もしてきた。それでも、いざ懲戒処分を検討しようとしたら、顧問の社労士から『証拠が足りない』と言われてしまった」——中小企業の人事担当者から、こうした相談が後を絶ちません。評価制度が”形だけ”になっている会社では、いくら評価をつけ続けていても、それが法的な根拠として機能しないケースがあります。この記事では、人事評価を懲戒処分・解雇の根拠として実際に使えるようにするために、就業規則の整備・記録の残し方・改善指導のプロセスという三つの観点から、実務的に何が必要かを解説します。

人事評価の低さだけでは懲戒処分・解雇の根拠にならない

結論から言えば、「評価が低い」という事実だけを根拠に懲戒処分や解雇を行うことは、法的に非常に危険です。日本の労働法では、解雇や懲戒処分には客観的な合理性と社会通念上の相当性が求められており、評価記録はあくまでその「証拠のひとつ」にすぎません。

解雇権濫用法理が壁になる

労働契約法第16条は、解雇が「客観的に合理的な理由」を欠き、「社会通念上相当でない」場合は無効と定めています。能力不足や成績不振を理由とする解雇では、低評価の記録があるだけでなく、本人がその評価内容を知っていたか、改善のチャンスが与えられていたか、それでも改善されなかったかという一連のプロセスが問われます。評価シートが存在するだけでは、この「一連のプロセス」を証明できません。

懲戒処分にも三つの有効要件がある

労働契約法第15条は、懲戒処分が有効であるために以下の要件を満たすことを求めています。

  • 就業規則に懲戒事由が明確に記載されていること
  • 処分の内容が懲戒事由に対して相当であること(重すぎる処分はNG)
  • 本人に弁明の機会を与えるなどの適正手続が踏まれていること

つまり、評価記録は「懲戒事由の存在を立証する証拠」として機能させる必要があり、そのためには評価制度と就業規則が正しくリンクしていなければなりません。

「評価Cが3回続いたから解雇できる」は誤解

よくある誤解として、「一定回数の低評価が続けば解雇できる」というものがあります。しかし裁判実務では、低評価の回数よりも、「改善機会を与えたか」「警告したか」「指導記録が残っているか」が重視されます。評価制度だけが独立して存在しており、改善指導のプロセスが伴っていない場合、処分は無効と判断されるリスクが高まります。

就業規則と評価制度を正しくリンクさせる

多くの中小企業では、就業規則と人事評価制度がバラバラに存在しており、評価の低さがどの懲戒事由に該当するかを説明できない状態になっています。この「リンクの欠如」が、最初の大きな落とし穴です。

就業規則の懲戒条項を確認する

まず、自社の就業規則に「懲戒事由」として何が列挙されているかを確認してください。ひな形をそのまま使っている会社では、「業務命令違反」「職務怠慢」「会社の秩序を乱す行為」といった文言が並んでいることが多いですが、それが人事評価のどの評価項目と対応するのかが明示されていないケースがほとんどです。

評価項目と懲戒事由を対応させる

理想的には、就業規則または評価制度の運用規程の中で、「業務成果・行動基準が著しく低い状態が継続し、改善指導に応じない場合は懲戒の対象となりうる」という趣旨の記述を設けることが望ましいです。具体的には次のような対応関係を整理しておくとよいでしょう。

評価で問題になる状況 対応する就業規則の懲戒事由例
業務目標が繰り返し未達成 職務怠慢・業務上の指示命令への不従
勤怠・態度に関する評価が継続して低い 職場秩序の乱れ・服務規律違反
改善指導に繰り返し応じない 業務命令違反・再三の注意・指導を受けても改善しない行為

就業規則の周知も必須

労働基準法第106条は、就業規則を労働者に周知させる義務を定めています。周知されていない就業規則は、懲戒条項も含めて効力を持たないと解釈されます。社内イントラへの掲載、入社時の説明、全社員が参照できる場所への掲示など、「いつでも見られる状態にある」ことを確保してください。常時10名以上の事業場では就業規則の作成・労働基準監督署への届出が義務付けられています(労働基準法第89条)。

評価記録を「証拠として使える」状態で残す

評価シートが存在していても、記録の残し方が不十分では証拠として機能しません。評価記録を法的根拠として機能させるためには、「誰が・いつ・何を評価したか」「本人がその内容を把握しているか」が書面で確認できることが最低条件です。

評価シートに必要な要素

評価シートには、評価者のコメント欄が空欄にならないよう運用ルールを設けることが重要です。数字だけの評価ランクではなく、「なぜその評価になったか」を文章で記載することで、評価の客観性と合理性が担保されます。また、評価者・被評価者の氏名と評価実施日が明記されていること、可能であれば本人の確認署名欄を設けることを推奨します。

フィードバック面談の記録を残す

「そんな評価を受けたとは知らなかった」という本人の主張を防ぐために、フィードバック面談の記録が不可欠です。面談記録には次の項目を含めてください。

  • 面談実施日・場所・参加者(評価者・被評価者の氏名)
  • 伝えた評価内容の概要
  • 本人の反応・コメント(本人が異議を述べた場合もそのまま記録)
  • 今後の改善に向けて話し合った事項

口頭だけで済ませず、メールで面談内容の要旨を本人に送付し返信を保存しておくだけでも、「通知した」という証拠として機能します。

評価記録の保管期間を定める

評価シートや面談記録は、労働紛争が生じた際に数年前のものが問われることがあります。少なくとも在籍中は保管し、退職後も一定期間(目安として3〜5年)保管しておくことを社内ルールとして定めておくとよいでしょう。

改善指導のプロセスを記録として残す

懲戒処分・解雇の有効性を支える最も重要な実務が、「改善機会を与えた」という記録です。評価が低い事実があっても、改善の機会を与えずに処分した場合は、裁判で無効とされるリスクが高くなります。

業務改善計画書(PIP)の活用

業務改善計画書(Performance Improvement Plan、略してPIP)とは、評価結果を踏まえて具体的な改善目標と期限を設定し、本人と合意した上で書面化するものです。PIPは懲戒や解雇のための「追い込み手段」ではなく、本人に改善の機会を正式に提供したという記録として機能します。PIPには次の要素を盛り込みます。

  • 現状の課題(評価結果に基づく具体的な問題点)
  • 改善目標(数値や行動で測れる具体的な内容)
  • 改善期限(例:3か月間)
  • 会社としてのサポート内容(指導担当者・研修など)
  • 改善されなかった場合の対応についての告知

本人の署名を取得しておくと、「内容を知らなかった」という主張を防げます。

段階的な処分の記録を積み重ねる

懲戒処分は、「注意→戒告→減給→出勤停止→降格→懲戒解雇」という段階を経ることが原則です。最初から重い処分を下すと「相当性を欠く」として無効になるリスクがあります。評価記録は、この段階的プロセスの中で「継続して状況を確認・警告してきた」ことを示す証拠として機能します。各段階での書面(注意書・警告書・改善指導書)を発行し、本人に手渡した記録(受領書)もセットで保管してください。

自社の状況による対応の違い

就業規則の整備状況や従業員数によって、対応の優先順位が変わります。常時10名未満の事業場は就業規則の作成義務がありませんが、10名以上であれば作成・届出が必要です。また、産業医や社労士との契約がない場合は、外部の専門家に就業規則の内容確認と評価制度との整合性チェックを依頼することを強く推奨します。「形だけある」制度を「使える」制度に変えるには、専門的な視点からの整備が欠かせません。

評価制度・就業規則が「使える」状態かをチェックする

自社の評価制度と就業規則が法的根拠として機能する状態にあるかを確認するために、以下のセルフチェックが有効です。ひとつでも「できていない」があれば、今すぐ整備に着手することをお勧めします。

就業規則のチェックポイント

  • 懲戒事由が具体的に列挙されているか(「職務怠慢」等の抽象的な文言だけでなく、具体的な行為が記載されているか)
  • 懲戒の手続き(弁明の機会、通知方法など)が規定されているか
  • 全従業員がいつでも参照できる状態に周知されているか
  • 最終改定日が直近5年以内か(法改正への対応ができているか)

評価制度・記録のチェックポイント

  • 評価基準が従業員に開示されているか
  • 評価シートに評価者コメントが記載されているか
  • フィードバック面談の記録が残っているか
  • 改善指導を書面(PIPや指導書)で行ったことがあるか
  • 注意・警告を口頭だけでなく書面で行い、本人に渡した記録があるか

整備が遅れていた場合の対処

過去の記録が不十分であっても、今この瞬間から正しい運用を始めることが重要です。過去の評価について遡及して記録を作成することはできませんが、現時点からの面談記録・指導書の発行・PIPの実施を積み重ねることで、「改善機会を与えた」という事実を今後の対応において証明できるようになります。焦って拙速な処分を行うより、適切なプロセスを踏み直すことが長期的なリスク管理につながります。

まとめ

人事評価を懲戒処分・解雇の根拠として機能させるためには、「評価が低い」という事実だけでは不十分です。就業規則の懲戒条項と評価制度が正しくリンクしていること、評価内容が本人に開示・周知されていること、改善機会を書面で与えたこと、そしてそれでも改善されなかったという記録が揃って初めて、法的根拠として機能します。中小企業では、評価制度も就業規則も「形だけある」状態になっていることが多く、いざというときに「証拠が足りない」という事態に陥りがちです。

ウェルセンス株式会社では、人事評価制度の整備・就業規則との整合性確認・改善指導プロセスの構築など、専任人事がいない中小企業の人事課題を一緒に整理するご支援をしています。「うちの制度はこのままで大丈夫か?」と気になった方は、まずお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 評価シートに本人のサインがない場合、証拠として無効になりますか?

A. 本人サインがなくても直ちに証拠として無効になるわけではありませんが、「評価内容を本人に伝えた」という立証が難しくなります。サインが取れない場合でも、面談後に評価内容の要旨をメールで本人に送付し、その送受信記録を保存しておくことで代替の証拠になります。可能な限り、確認した旨の返信やサインを取る運用に切り替えることをお勧めします。

Q. 就業規則に「職務怠慢」と書いてあれば、低評価の社員を懲戒処分にできますか?

A. 「職務怠慢」という文言があること自体は必要条件のひとつですが、それだけでは不十分です。低評価の状態が「職務怠慢」に該当することを具体的に説明できる事実(業務指示に繰り返し従わなかった等)と、改善指導を行っても改善されなかったという記録、さらに処分の相当性(いきなり重い処分になっていないか)が揃って初めて有効な処分となります。就業規則の文言だけを根拠にするのは危険です。

Q. 業務改善計画書(PIP)は必ず書面で作らなければなりませんか?

A. 法律上、PIPを書面で作成することは義務ではありません。しかし、「改善機会を与えた」という事実を後から証明するためには書面が不可欠です。口頭での指導だけでは「そんな話は聞いていない」という主張を防げません。改善目標・期限・支援内容を明記した書面を作成し、本人に渡した記録(受領書や送付メール)を残しておくことを強く推奨します。

Q. 過去に適切な記録を残していませんでした。今から懲戒処分に進むことはできますか?

A. 過去の記録が不十分な状態で懲戒処分・解雇を強行することは、無効と判断されるリスクが高く、労働紛争に発展する可能性があります。今からでも遅くはありません。まず現時点での問題行動・評価結果を書面化し、正式に本人へ通知した上で改善指導プロセスを開始することが現実的な対応です。専門家(社労士・弁護士)に現状を相談し、適切なプロセスの設計から始めることをお勧めします。

Q. 評価基準を従業員に開示しなければなりませんか?開示すると不満が出そうで心配です。

A. フジ興産事件(最判平成15年10月10日)をはじめとする裁判例では、就業規則・評価基準が合理的内容であり、労働者に周知されていることが処分有効性の前提とされています。評価基準を非公開にしておくと、処分の正当性を争われた際に「どの基準で評価されたか知らなかった」という主張を許すことになります。不満への対応は懸念されると思いますが、透明な基準のもとで運用することが、長期的には健全な職場環境と法的リスクの低減につながります。

【監修】ウェルセンス株式会社
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