「退職は本人から申し出があったのに、離職票は会社都合で出してほしいと言われた——」退職手続きの最終段階で、こんな要求を突きつけられた経験はないでしょうか。専任の人事担当者がいない環境では、こうした場面で「断ると関係が悪化する」「もめたくない」という気持ちから、その場の判断で応じてしまうことも少なくありません。しかし、この対応には会社側に重大なリスクが潜んでいます。本記事では、離職区分の決定ルールから、自己都合退職を会社都合にしてほしいという要求を断る際の具体的な対応方法まで、実務の視点で整理します。
離職区分はどのルールで決まるのか
離職票の離職区分(自己都合か会社都合か)は、当事者間の合意で決めるものではなく、事実に基づいてハローワーク(公共職業安定所)が最終的に認定するものです。この原則を押さえておくことが、すべての判断の出発点になります。
離職票の記載と認定の仕組み
雇用保険法第7条に基づき、事業主は従業員が退職した際にハローワークへ届け出る義務を負います。そのなかで離職票(雇用保険被保険者離職票)には、事業主が退職の理由を記載します。ただし、この記載内容はハローワークが審査し、離職区分を最終的に確定させます。つまり、事業主が「会社都合」と記載しても、ハローワークが事実と異なると判断すれば修正指導が入ることがあります。
従業員が異議を申し立てる仕組みも存在する
離職者(退職した従業員)は、事業主が記載した離職理由に納得できない場合、ハローワークに異議を申し立てることができます。ハローワークは双方から事情を聴取したうえで判断を下します。これは逆のケースにも適用されます。つまり、会社が「自己都合」と記載していても、従業員がハローワークに申告すれば調査が始まる可能性があります。
会社都合に該当する正当なケースとは
厚生労働省が定める基準では、以下のような事情がある場合に「特定受給資格者(会社都合に相当)」として認定されます。
- 解雇(懲戒解雇を除く一般解雇)
- 事業所の倒産・廃業
- 希望退職の募集への応募(一定の条件あり)
- 労働条件の大幅な変更や賃金の不払いなどに起因する退職
- パワーハラスメントや長時間労働など、会社側の事情で退職を余儀なくされた場合
これらに該当しない純粋な自己都合による退職を「会社都合」として記載することは、事実と異なる記載、すなわち虚偽記載にあたります。
なぜ従業員は会社都合を求めるのか
従業員が会社都合を希望する最大の理由は、雇用保険(失業給付)の受給条件が大きく有利になるからです。この背景を理解しておくと、従業員の要求に対して冷静に向き合えるようになります。
自己都合と会社都合で何が変わるか
| 項目 | 自己都合退職 | 会社都合退職(特定受給資格者) |
|---|---|---|
| 給付制限期間 | 原則2か月(※) | なし(すぐに受給開始) |
| 所定給付日数 | 被保険者期間による標準日数 | 年齢・被保険者期間に応じて延長 |
| 国民健康保険料 | 通常の算定 | 軽減制度の対象になりやすい |
※給付制限期間については雇用保険法の改正が続いているため、手続き時点の最新情報をハローワークまたは厚生労働省の公式資料で確認してください。
従業員の切実さを理解したうえで対応する
退職後に収入が途絶えるという状況は、従業員にとって非常に切実です。給付制限の2か月間は、無収入のまま過ごさなければならない可能性があります。だからこそ「会社都合にしてほしい」という要求は、感情的な脅しではなく、生活上の切実な訴えであることが多いといえます。この点を頭に置いたうえで、法的な事実関係に基づいて丁寧に対応することが、関係を最低限保つうえでも重要です。
安易に応じることの重大なリスク
「双方が合意しているなら問題ない」と考えて会社都合に変更すると、会社側には複数の深刻なリスクが生じます。この判断が後から会社経営に影響を及ぼすことを、具体的に理解しておく必要があります。
雇用保険法上の罰則
雇用保険法第83条は、虚偽の届出・報告を行った事業主に対して「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」を規定しています。離職票の離職理由は行政への届出書であり、当事者間の合意で書き換えてよい「契約書」ではありません。「本人も了解しているから」という理由は法的な免責にはならず、あくまで事実に基づく記載義務が事業主に課されています。
助成金への影響と返還リスク
キャリアアップ助成金をはじめとする雇用関係助成金は、申請前の一定期間内に会社都合退職者を出した場合、申請そのものが制限されます。さらに、虚偽の会社都合処理が後から発覚した場合には、受給済みの助成金の返還を求められる可能性があります。従業員数が少ない会社ほど助成金への依存度が高く、この影響は経営上の打撃になりかねません。
ハローワークによる調査と発覚のリスク
退職した従業員が、後日ハローワークに「実態は自己都合だったが、会社都合にしてもらった」と申告するケースがあります。また、ハローワークが離職票の内容と実態が一致しているかを調査することもあります。その場で問題にならなかったとしても、後になって調査・是正指導の対象になるリスクはゼロではなく、時効や調査の範囲についても楽観視はできません。
要求を受けたときの具体的な対応方法
従業員から会社都合への変更を求められた場合、感情的に対立するのではなく、事実に基づいて冷静に説明することが最善の対応です。以下のステップで対応すると、関係を必要以上に悪化させずに済みます。
まず退職の経緯を事実確認する
まず最初に確認すべきことは、「その退職は本当に純粋な自己都合か」という点です。退職届や退職合意書の内容、退職に至るまでの経緯(業務上のトラブル、長時間労働、ハラスメントの有無など)を振り返ってください。もし会社側に何らかの問題があって退職を余儀なくされた実態があるなら、それは正当な会社都合として処理すべきケースかもしれません。事実確認を怠ったまま「自己都合だ」と断言することも、トラブルの原因になります。
離職区分のルールを丁寧に説明する
事実として純粋な自己都合退職であれば、次のように伝えることが有効です。「離職票の離職理由は、会社とあなたの合意で決めるものではなく、事実に基づいてハローワークが認定するものです。会社として事実と異なる記載をすることは雇用保険法上の違反にあたるため、対応できません」と明確に伝えます。感情的な否定ではなく、法的な根拠に基づく説明であることがポイントです。
代替手段を提示して着地点を探る
要求を断るだけでは関係が壊れやすくなります。できる範囲での代替案を提示することで、従業員の不満を和らげる余地があります。たとえば、退職日を翌月以降に設定することで、雇用保険の被保険者期間が延び、給付日数が増える場合があります。また、離職票の発行を急がずに待つことで、従業員が次の就職活動を落ち着いて進められる場合もあります。ただし、これらはあくまで事実の範囲内での配慮であり、離職区分そのものを変えることとは異なります。
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このケースは本当に自己都合か——見落としがちな確認ポイント
「自己都合だと思っていたが、実は会社都合に近い実態があった」というケースは、専任人事のいない職場では見落とされがちです。対応を誤ると、後から不当解雇や退職強要として争われるリスクも生じます。
パワハラ・長時間労働が退職の背景にある場合
形式的には「自己都合退職届」を受け取っていても、その背景にパワーハラスメントや過重労働があった場合、従業員がハローワークに申告することで、「特定受給資格者」または「特定理由離職者」として認定される可能性があります。この場合、会社都合に近い扱いを受けることになります。退職に至る経緯に思い当たる点があれば、離職区分の判断前に専門家に相談することを強くお勧めします。
退職勧奨との境界線に注意する
会社側が退職を促す行為(退職勧奨)が繰り返し行われ、それによって従業員が退職を決意した場合も、実態として会社都合に近い退職と判断されることがあります。「自分から辞めると言った」という事実だけで自己都合と断定せず、それに至る経緯を丁寧に確認することが必要です。特に就業規則に退職勧奨に関する規定がない場合は、対応の判断が難しくなるため、専門家のサポートが助けになります。
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まとめ
「自己都合退職を会社都合にしてほしい」という要求は、断ることが原則です。離職票の離職区分はハローワークが事実に基づいて認定するものであり、当事者間の合意で変更できる性質のものではありません。これに応じることは、雇用保険法第83条に基づく罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)や、助成金の不支給・返還リスクを招く可能性があります。一方で、退職の背景にパワハラや長時間労働がある場合は、そもそも会社都合として処理すべきケースである可能性も否定できません。退職の経緯を事実として整理し、法的根拠に基づいて丁寧に対応することが、会社を守ることにもつながります。専任の人事担当者がいない環境で、こうした判断を一人で抱え込むのは大きな負担です。ウェルセンス株式会社では、中小企業の人事労務上の判断に迷う場面を、実務に即した形でサポートしています。退職対応・離職票の取り扱い・従業員とのトラブル予防について、まずはお気軽にご相談ください。
よくある質問
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