「遅刻が続いているけど、メンタル不調があるって聞いているし、注意したらもっと悪化しないか…」そんな不安から、何も言えないまま時間が過ぎていく。専任人事がいない中小企業では、この悩みを一人で抱えている担当者が少なくありません。しかし、「配慮」と「放任」は違います。この記事では、メンタル不調の社員に注意指導してもいいのか、どう対応すれば会社も社員も守れるのかを、実務的な視点で整理します。
メンタル不調社員への注意指導は「してはいけない」わけではない
業務命令権と安全配慮義務は両立する
まず大前提として、メンタル不調があるからといって、会社が一切の注意指導をしてはならないという法律はありません。会社には業務命令権があり、遅刻・無断欠勤・業務態度といった「行動に関すること」について指導することは正当な権限の行使です。
一方で、会社は安全配慮義務(労働契約法第5条)も負っています。社員の健康状態を把握しながら何もしないことも、逆に過度な叱責でダメージを与えることも、どちらも義務違反になり得ます。つまり「注意しないことが配慮」ではなく、適切な方法で関わり続けることが義務なのです。
「症状への配慮」と「行動への指導」を切り分ける
実務上の重要な考え方として、「症状」と「行動」を分けて考えることが挙げられます。うつ症状そのものを責めるのはNGですが、「遅刻が週3回続いている」という事実に対して「どうしたのか確認する・改善を求める」ことは指導として成り立ちます。
たとえば「最近しんどそうだけど、体は大丈夫?」という声かけと、「先週、月・水・金と無断で30分以上の遅刻があったのですが、何か状況を教えてもらえますか?」という事実確認は、どちらも必要なアプローチです。症状に寄り添いながら、行動の事実について話し合うことは矛盾しません。
「何も言わない」がチームを壊すリスク
注意をしないことで生じるリスクも見落とせません。遅刻や欠勤を繰り返す社員に対して何も言わないでいると、周囲の社員から「なぜあの人だけ何も言われないのか」という不満が生まれます。実際に「自分たちが割を食っている」という声が出始め、チームの士気が低下したり、優秀な社員が離職したりするケースは珍しくありません。配慮は必要ですが、それが職場全体の規律崩壊につながるなら、結果として誰も守れないことになります。
注意指導の前にやるべき「事実確認と面談」
いきなり注意する前に「状況確認の面談」を設ける
勤怠の乱れが続いていると気づいたとき、まず行うべきは1on1での状況確認面談です。「責める」のではなく「確認する」という姿勢で臨むことがポイントです。面談の目的は、遅刻の原因が何か(業務負荷なのか、体調なのか、プライベートなのか)を把握することです。
面談では次のような流れが有効です。最初に「最近、〇月〇日・〇日・〇日とメンタル不調に関連して遅刻が続いていることを確認しました。何か困っていることがありますか?」と事実ベースで切り出します。次に「体調面や仕事の状況について、聞かせてもらえますか?」と本人が話しやすい雰囲気をつくります。最後に「今後どうしていけそうか、一緒に考えたいと思っています」と前向きな着地点を示します。この手順を踏むだけで、ハラスメントのリスクを大きく下げることができます。
「サボりか、不調か」をどう判断するか
診断書もなく、本人から「体調が悪い」とだけ言われる状況は中小企業でよく起こります。このとき、担当者が一人で「サボりか不調かを判断しなければならない」と思い込むと行き詰まります。実際には、会社が医学的な判断をする必要はありません。
会社がすべきことは、「客観的に確認できる行動の変化を記録し、本人に状況を確認すること」です。「最近、表情が暗い」「会議中の発言が減った」「ミスが増えた」「急な欠勤が月4回を超えた」といった変化を記録に残し、面談でその事実を共有することが出発点になります。就業規則に「〇日以上の欠勤には診断書の提出を求める」規定があれば、それに基づいて診断書の提出を求めることも可能です。
「どう聞いたらいいか」がわからない担当者へ
多くの担当者が「どこまで聞いていいか」「どんな言葉を選べばいいか」がわからず、面談が当たり障りのない会話で終わってしまうと感じています。実務的には、「オープンクエスチョン(はい・いいえで答えられない質問)を使う」ことが有効です。「大丈夫ですか?」より「最近、どんな感じですか?」のほうが本人は話しやすくなります。また、「それは辛いですね」と感情を否定せずに受け止めながら、「会社としてできることがあれば考えたいので、もう少し教えてもらえますか?」と続けることで、責める雰囲気を避けながら情報収集ができます。
ハラスメントと指導の「境界線」はどこにあるか
注意指導がハラスメントになる典型パターン
正当な注意指導でも、やり方を誤るとハラスメント(特にパワーハラスメント)と判断されるリスクがあります。厚生労働省の定義によれば、パワハラとは「優越的な関係を背景に、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動で、就業環境を害するもの」です。つまり、注意指導自体は問題ではなく、「必要かつ相当な範囲を超えたとき」が問題になります。
具体的にリスクが高い行為としては、人前での叱責・長時間にわたる追及・「だから使えないんだ」といった人格否定・メンタル不調であることを他の社員に無断で周知する行為などが挙げられます。これらを避け、事実に基づいて・個室で・短時間で・改善に向けた建設的な対話として行うことが、ハラスメントリスクを下げる実務上の基本です。
合理的配慮はどこまで求められるか
社員が精神障害の診断を受けていたり、障害者手帳を持っていたりする場合は、障害者雇用促進法に基づく「合理的配慮」の提供義務が生じます。たとえば「通院のために週1回の時短勤務を認める」「業務量を一時的に調整する」といった配慮がこれにあたります。
ただし、合理的配慮は「何でも認めなければならない」ということではありません。「業務の本質的な変更を求めるものや、会社に過度な負担をかけるものは対象外」というのが法律上の解釈です。つまり、合理的な範囲で配慮しながらも、業務の遂行に必要な最低限のルール(出退勤の報告・連絡など)は求め続けることができます。
受診勧奨の正しい進め方
「心療内科に行ってください」と直接伝えることには慎重さが必要です。本人が傷ついたと感じる可能性があり、言い方によってはハラスメントと受け取られることもあります。正しいアプローチは、「受診を強要するのではなく、選択肢として示す」ことです。「もし専門家に相談する機会があれば、会社もサポートできます」「体のことが心配なので、一度お医者さんに診てもらうことも考えてみませんか」という声かけが現実的です。就業規則に受診命令規定がある場合は、それに基づいた対応が取りやすくなります。
記録を残すことが会社と社員の両方を守る
記録が「後の証拠」になる理由
注意指導や面談を口頭だけで済ませていると、後になって「そんなことは言われていない」「ハラスメントを受けた」という主張が出た場合に、会社側が反論できなくなります。実際、労働審判や訴訟の場では、会社側が「適切な対応をしていた」ことを証明する記録が非常に重要な証拠になります。逆に言えば、きちんと記録を残しておくことは会社を守ることであり、同時に「会社がちゃんと関わっていた」ことを社員に対して示すことにもなります。
何を・どう記録すればいいか
面談・注意指導の記録に含めるべき基本項目は、「日時・場所・参加者・確認した事実・会社がとった対応・本人の反応」の6点です。たとえば「2025年〇月〇日13時、会議室Aにて。〇〇マネージャーと〇〇さん。当月の遅刻5回について事実を確認。本人は体調不良を理由に挙げた。今後の対応として勤怠改善を求め、受診についても選択肢として提示。本人は改善に取り組むと述べた。」といった形でシンプルにまとめるだけで十分です。
口頭指導だけでなく、メールでの注意書や書面での指導記録を組み合わせることで、「会社として段階的な対応を行っていた」という経緯が明確になります。これは万が一の休職・解雇・損害賠償請求への備えとして機能します。
就業規則の整備が注意指導の根拠になる
「遅刻・欠勤に対して注意できる」根拠は、就業規則にあります。「月〇回以上の遅刻で書面注意」「〇日以上の欠勤には診断書の提出を求める」「正当な理由のない無断欠勤は懲戒の対象となる場合がある」といった規定が整備されていることで、注意指導の正当性が高まります。就業規則が古かったり、メンタルヘルスや休職に関する記載が不十分だったりする場合は、見直しのタイミングです。就業規則は10人以上の事業所では労働基準監督署への届け出義務があります(労働基準法第89条)。
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勤怠の変化を客観的に記録する仕組みをつくる
メンタル不調の早期発見には、「なんとなく最近おかしい」という感覚を記録に落とし込むことが有効です。遅刻・欠勤・早退の回数を月単位で集計する、面談後の様子をメモに残す、といったシンプルな習慣だけでも、後の対応に大きな差が生まれます。専用のチェックシートを用意しておくと、担当者が変わっても同じ基準で観察できるようになります。
面談の「場」を定期的に設ける
問題が起きたときだけ面談を設定するのではなく、月1回程度の定期的な1on1を全スタッフに対して実施することで、不調社員だけを特別扱いしているという印象を与えずに状況を把握できます。定期面談があれば、「最近どうですか」という自然な流れでメンタル状態にも触れやすくなります。特定の社員だけを呼び出すと「自分が問題視されている」と感じさせるリスクがありますが、全員対象の定期面談なら心理的ハードルが下がります。
対応フローを事前に整備しておく
「勤怠の乱れ確認→状況確認面談→必要に応じて受診勧奨→休職の場合は休職手続き→復職支援」という一連のフローをあらかじめ決めておくことが重要です。何も整備されていない状態で問題が起きると、担当者が場当たり的な対応をせざるを得ず、後で「不当だった」と言われるリスクが高まります。フローを文書化しておくだけで、担当者の精神的負担も大幅に軽減されます。
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まとめ
メンタル不調の社員に対して注意指導することは、正しい方法で行う限り問題ではありません。大切なのは、「症状に配慮しながら、行動の事実に対しては適切に関わり続ける」という姿勢です。注意する前に事実確認の面談を行い、記録を残し、就業規則の根拠に基づいて対応すること。この積み重ねが、会社と社員の両方を守る土台になります。
とはいえ、「どう伝えればいいか」「どこまで対応すれば十分か」という判断は、専任人事がいない環境では一人で抱えるには重すぎることも多いものです。ウェルセンス株式会社では、こうした対応に悩む経営者・人事担当者の相談に日々対応しています。面談の設計、記録の整備、フロー構築まで、御社の状況に合わせてサポートします。ご不明な点やご相談があれば、まずはお気軽にお問い合わせください。
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