「算定期間中ずっと働いていたのに、支給日の2週間前に退職したから賞与はゼロ」——そう伝えたとき、退職者から「それはおかしい」と言われたことはありませんか。あるいは、払わない根拠を聞かれて言葉に詰まったご経験はないでしょうか。中小企業では就業規則に明確な記載がないまま「慣例」で対応しているケースが少なくなく、退職時に初めてトラブルが顕在化します。この記事では、期中退職者への賞与をどう扱えばよいか、法的な根拠・ケース別の整理・就業規則の文言まで、実務に使える形で解説します。
そもそも賞与を払う義務はあるのか
結論からいえば、賞与(ボーナス)に法律上の支給義務はありません。ただし、就業規則や労働契約の書き方によって、支払い義務が生じるかどうかが変わります。
法律が定めていること・定めていないこと
労働基準法第89条第4号は、賞与を支給する場合はその計算方法や支給時期を就業規則に記載しなければならないと定めています。しかしこれは「支給するなら書きなさい」という規定であり、「必ず支給しなければならない」とは書かれていません。つまり、賞与制度そのものを設けるかどうかは会社の判断です。
就業規則の書き方で義務の有無が変わる
問題は、就業規則への記載内容です。「支給することがある」という表現であれば使用者に裁量が残ります。一方、「支給する」「支給日は○月○日とする」などと断定的に書いてある場合は、支給義務が生じると解釈される可能性があります。自社の就業規則がどちらの書き方になっているか、まず確認してください。
賞与は「賃金」にあたる
労働基準法第11条は、賃金を「労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」と定義しており、賞与もこれに含まれます。したがって、「支給する」と決定した賞与については、全額払い・直接払い・通貨払いといった賃金支払いの諸原則が適用されます。支給要件を定めることで不支給を合法化できますが、いったん「払う」と決めたら途中で撤回することは原則できません。
支給日在籍要件は法的に有効か
「支給日に在籍する者に限り支給する」という条項は、就業規則に明確に定めてあれば有効です。最高裁判例でも認められており、多くの企業が活用しています。
大和銀行事件が示したこと
最高裁昭和57年10月7日判決(大和銀行事件)は、支給日在籍要件を定めた就業規則の効力を認めました。賞与は算定期間の労働に対する対価という性格に加えて、将来の労働への奨励・功労報償という性格も持つとされており、支給日時点での在籍を条件とすることには合理性があると判断されています。
口頭慣行では効力が認められないリスク
重要なのは「就業規則に明確に定められていること」が前提という点です。「うちは昔からそういう運用だ」という口頭慣行や、就業規則の曖昧な記載では、退職者から異議を唱えられた際に根拠を示せません。もし現在の就業規則に支給日在籍要件の記載がない場合は、早急に整備することをお勧めします。
運用の合理性も問われる
支給日在籍要件は有効とされる一方で、退職理由や時期によっては注意が必要です。たとえば会社都合退職(整理解雇など)の場合に不支給とすることが権利濫用と判断されたケースや、支給日直前の解雇が不当労働行為と認定されたケースも存在します。要件を設けるだけでなく、運用の合理性を保つことが大切です。
退職時期によって異なる4つのケース
期中退職者への賞与の取り扱いは、「いつ退職したか」によって状況が異なります。ケースを整理することで、自社がどの場面に直面しているかが明確になります。
| 退職のタイミング | 支給日在籍要件がある場合 | 要件がない場合のリスク |
|---|---|---|
| 算定期間中に退職 | 不支給とすることが可能 | 在籍期間分の請求リスクあり |
| 算定期間終了後・支給日前に退職 | 不支給とすることが可能 | 「労働の対価」として請求されるリスクが特に高い |
| 支給日当日に退職 | 在籍扱いか否か就業規則で要確認 | 支払い義務が生じる可能性 |
| 支給日後に退職 | 支給済みのため問題なし | 支給済みのため問題なし |
特に注意が必要な「算定期間終了後・支給日前」退職
実務上、最もトラブルになりやすいのがこのケースです。社員からすると「算定期間は全部働いたのに、なぜもらえないのか」という感覚があります。支給日在籍要件が就業規則に明記されていれば不支給は合法ですが、記載がない場合は「労働の対価として算定期間中の賃金相当分」として請求される可能性が高まります。
支給日当日退職の扱いは就業規則で明記を
退職日が支給日と同じ日の場合、「在籍している」とみなすか否かが問題になります。「支給日において在籍する者」という文言だけでは解釈が割れることがあるため、「支給日の翌日以降も在籍する者」や「支給日時点で雇用契約が継続している者」など、より明確な表現にしておくと安心です。
現在の就業規則に支給要件の記載がない場合、後のトラブルを防ぐためにも早めの確認・整備が重要です。
就業規則に何をどう書けばよいか
不支給・減額を合法的に運用するには、就業規則への明文化が不可欠です。自社の方針に応じて、以下の3つのパターンから選択・カスタマイズしてください。
シンプルに支給日在籍要件だけを定める場合
多くの中小企業にとって最もシンプルで導入しやすい方法です。
- 賞与は会社の業績および各人の勤務成績を勘案して支給する
- ただし、支給日において在籍しない者には支給しない
シンプルな分、算定期間中途入退社者の扱いが不明瞭になるため、退職者から「算定期間は在籍していた」と主張された際の説明が難しくなる場合があります。
算定期間在籍要件と支給日在籍要件を両方定める場合
より厳格に管理したい場合は、算定期間の途中に入退社した者を支給対象外とする条項を加えます。「算定期間の全期間在籍かつ支給日在籍」を条件とすることで、期中退職者への不支給根拠が明確になります。ただし「会社が特に認めた場合はこの限りでない」という但し書きを加えることで、ケースに応じた柔軟な運用も可能です。
日割り支給を認める場合
採用競争力の観点や、退職者への配慮を重視する企業では、在籍日数に応じた日割り計算で支給するルールを設けるケースもあります。この場合でも、懲戒解雇など会社が定める事由には適用しないと明記し、例外を規定しておくことが重要です。また、支給日に在籍しない者への支給時期(「算定確定後速やかに支給する」など)も就業規則に書いておくと、退職後の支払いトラブルを防げます。
評価期間の途中退職者、評価未了の場合はどうする
賞与に人事評価を連動させている企業では、評価期間の途中で退職した場合に「評価が完了していない」という問題が生じます。この場合も、就業規則に対処方法を書いておくことで無用なトラブルを防げます。
評価未了者を一律不支給とする場合
最もシンプルな処理は、「評価が完了していない者は支給対象としない」と明記することです。ただしこれは支給日在籍要件とは別の判断軸であるため、就業規則上も別項目として規定する必要があります。「評価の完了を支給の条件とする」という文言を追加してください。
在籍期間に応じた按分計算を行う場合
評価完了分がない場合でも、「算定期間中の在籍日数に応じて基準額を按分する」という方法をとる企業もあります。この場合、按分計算の基準(在籍日数÷算定期間の総日数×基準賞与額)を就業規則または賞与規程に明示しておくと、退職者への説明がスムーズになります。評価連動分と在籍期間按分分を分けて設計する方法もあります。
就業規則の変更手続きを忘れずに
現状の就業規則を改定する場合、労働基準法第89条・第90条に基づき、労働者代表への意見聴取と労働基準監督署への届出が必要です。また、従来より不利益な変更(たとえば「全員払っていたものを支給日在籍者のみに限定する」など)を行う場合は、労働契約法第10条に基づき変更の合理性・周知が求められます。改定の際は社会保険労務士への確認を強くお勧めします。
就業規則の改定手続きや要件判定は複雑です。自社の状況に合わせた対応が必要な場合は、専門家への相談も視野に入れましょう。
まとめ
期中退職者への賞与の取り扱いは、「就業規則に明確な根拠があるかどうか」がすべての出発点です。支給日在籍要件は最高裁判例(大和銀行事件・昭和57年)で有効と認められていますが、口頭慣行や曖昧な記載では退職者の異議に対抗できません。まずは自社の就業規則を確認し、支給日在籍要件・算定期間要件・評価未了者の扱いが明記されているかチェックしてください。退職時期によってケースが異なるため、4つのパターンを整理した上で、自社の方針に合った条文を整備することが重要です。
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