「うちの会社、みんな何でも屋になっている」——そう感じながらも、どこから手をつければいいかわからない経営者・人事担当者の方は少なくありません。20〜50名規模の企業では、1人が複数の役割を担うことが当たり前になりがちです。しかし、その「当たり前」が兼務過多となり、社員のパフォーマンス低下や、最悪の場合は休職・離職につながるリスクを静かに高めています。この記事では、兼務過多によるパフォーマンス低下の原因と、実務的な見直し方を具体的に解説します。
兼務過多が起きている組織で何が起きているのか
問題が見えにくい構造
創業期から「少人数でなんでもこなす」文化が定着している企業では、兼務は美徳とさえ見なされることがあります。経営者自身が複数の役割を担っているケースも多く、「自分も兼務しているのだから問題ない」という認識が組織全体に広がります。その結果、特定の社員に業務が集中していても、誰も声を上げにくい雰囲気ができあがってしまいます。
「がんばっている」が過負荷を隠す
「あの人はいつも対応が早い」「何でも任せられる」と評価されている社員ほど、兼務が増える傾向があります。本人も「期待に応えなければ」という責任感から断れず、気づいたときには限界に近い状態になっているケースが少なくありません。責任感が強く、断ることが苦手な社員ほど、兼務過多によるメンタル不調の高リスク群になりやすいという点は、多くの中小企業に共通する課題です。
パフォーマンス低下の本当の原因
売上の低下、ミスの増加、顧客対応の遅れ——こうした「結果の症状」が出たとき、多くの場合は「本人のやる気の問題」や「スキル不足」と誤認されます。しかし、その根本にあるのは認知負荷(cognitive load)の蓄積であることが少なくありません。認知負荷とは、脳が同時に処理しなければならない情報量の多さによる負担のことです。複数の役割をこなすためには常に「モード切り替え」が必要で、それ自体が大きなエネルギーを消費します。本人でさえ気づきにくいこの消耗が、パフォーマンス低下の根本原因になっていることがあります。
兼務過多が引き起こすリスクを正しく理解する
法的に見過ごせない安全配慮義務
労働契約法第5条は、使用者が「労働者の生命・身体等の安全を確保しつつ労働させる義務」を負うと定めています。兼務による過重負担が原因でメンタル不調が発生した場合、会社は安全配慮義務違反として損害賠償を求められるリスクがあります。また、兼務による残業増加が労働基準法第32条の法定労働時間や36協定の上限(原則として月45時間・年360時間)を超えている場合は、法令違反にもなりかねません。「忙しそうだけどなんとかなっている」という感覚的な判断では、このようなリスクを防ぐことができません。
休職・再休職につながる負のサイクル
兼務過多が長期化すると、慢性的なストレスや睡眠障害、燃え尽き症候群(バーンアウト)といったメンタル不調につながるケースがあります。厚生労働省の精神障害に関する労災認定基準においても、「仕事内容・仕事量の大きな変化」や責任範囲の拡大は、業務上の心理的負荷として評価される要素とされています。さらに問題なのは、休職後に役割整理が不十分なまま職場復帰させてしまうと、再休職リスクが高まるという点です。「戻ってきたら以前と同じ業務量」という状態では、せっかくの回復が台無しになってしまいます。
組織全体の属人化と採用リスク
兼務過多が続く組織では、「あの人しかできない業務」が増え、属人化が加速します。その社員が休職・退職した途端に業務が止まる、という事態は決して珍しくありません。また、採用市場においても「何でもやってもらう」文化は求職者から敬遠されやすく、優秀な人材が集まりにくくなるという副次的な悪影響もあります。兼務過多は個人の問題ではなく、組織の持続性に関わるリスクなのです。
兼務過多の見直しタイミングと判断基準
見直しのサインを見逃さない
兼務の見直しを検討すべきタイミングには、いくつかの具体的なサインがあります。たとえば、以下のような状況が続いているなら、それはすでに黄色信号です:特定の社員の残業時間が月30時間を超えている、以前は起きなかったような小さなミスが繰り返されている、1on1や面談で「余裕がない」「何から手をつければいいかわからない」といった言葉が出てきている。こうした兆候を「本人の努力で乗り越えられるもの」と判断してしまうと、対応が後手に回ります。
「兼務を外す」ことへの心理的ハードル
「今さら仕事を取り上げたら、本人が不満を持つのでは」という懸念から、兼務解消を躊躇する経営者は多くいます。しかし、兼務の見直しを「権限縮小」ではなく「役割の最適化」として伝えることが重要です。「あなたの専門性をより活かせる形にしたい」「この業務に集中してほしい」という文脈で話すことで、本人のモチベーション低下を防ぎながら、組織として健全な役割分担を実現できます。特にベテラン社員や古参社員に対しては、丁寧な対話と事前の関係構築が欠かせません。
採用・外注・業務廃止で現実的に対応する
兼務を外す際に必ず直面するのが「では誰がやるのか」という問題です。ここでは、採用・外注・業務廃止の三択で整理することをお勧めします。新たに人を採用する、外部のサービスや業務委託に切り替える、あるいはその業務自体の必要性を見直してやめる——この三つの選択肢を並べて検討することで、コストと現実性のバランスを取った判断ができます。「採用は予算的に難しい」という場合でも、外注や業務廃止で対応できることは意外に多くあります。
役割分担と組織設計を実務的に整理する方法
業務棚卸しから始める
役割分担の見直しに着手する前に、まず現状の業務を「見える化」することが必要です。具体的には、各社員が週あたり何時間、どの業務にどれだけの時間を使っているかをリストアップする業務棚卸しが有効です。ExcelやGoogleスプレッドシートで十分です。「業務名・担当者・週次所要時間・属人化の度合い(自分以外でもできるか)」の4項目を記入するだけでも、兼務過多がどこに集中しているかが一目で見えてきます。
職務記述書(ジョブディスクリプション)を作る
多くの中小企業では、組織図はあっても職務記述書(ジョブディスクリプション)がありません。職務記述書とは、各ポジションが担う業務・責任範囲・必要なスキルを文書化したものです。これがないと、「なんとなくAさんがやっている」業務が生まれ続け、兼務過多が加速します。最初から完璧なものを作ろうとせず、A4一枚程度のシンプルな様式から始めることがポイントです。「主な業務内容・責任範囲・他部門との接点」の三項目を書くだけでも、役割の明確化に大きく役立ちます。
兼務発令を正式に記録する
実態として兼務状態にあっても、辞令や業務分担書の記録がない企業は多くあります。これは、労使トラブルが発生した際の立証が困難になるリスクがあります。兼務の開始・変更・解消は、辞令書や業務分担書として文書化し、本人に渡したうえで保管する習慣をつけることが重要です。こうした記録は、後々の給与・手当の根拠としても機能します。専任の人事担当者がいなくても、テンプレートを一つ用意しておくだけで対応できます。
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メンタル不調の予防と早期発見のための取り組み
ストレスチェックとセルフチェックの活用
常時50人未満の事業場はストレスチェックの実施が義務ではありませんが、任意での実施が推奨されています。年に1回の実施でも、兼務過多による高ストレス者を早期に把握するきっかけになります。また、管理職や経営者自身が定期的に社員の様子を観察するラインケアも有効です。「最近、表情が暗い」「報連相が減った」「口数が少なくなった」といった変化は、不調の初期サインであることが多く、早めの声かけが大きな予防効果を持ちます。
1on1面談を「業務確認」ではなく「負荷確認」の場にする
多くの企業で行われている1on1面談が、進捗確認だけで終わっていることがあります。兼務過多が疑われる社員との面談では、「今、抱えている役割をすべて教えてほしい」「一番時間がかかっていることは何か」「今の仕事量をどう感じているか」という問いかけを意識的に取り入れてください。面談の内容は記録として残すことで、後から変化のトレンドを追うことができ、介入のタイミングを判断する根拠になります。
休職・復職時の役割整理を忘れない
兼務過多が引き金となって休職に至った社員の復職支援では、「元の職場・元の業務に戻す」ではなく、役割の整理を組み込んだ復職プランを策定することが不可欠です。復職直後は業務量を通常の5〜6割程度に設定し、段階的に負荷を上げていくスモールステップのアプローチが再休職防止に効果的です。復職面談では、本人の意向を聞きながら「どの業務から再開するか」「どの兼務は外すか」を一緒に決めていくプロセスが重要です。
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まとめ
兼務過多によるパフォーマンス低下は、「本人の問題」ではなく「組織設計の問題」です。まず現状の業務を棚卸しし、誰にどれだけの役割が集中しているかを見える化することから始めてください。次に、職務記述書や業務分担書を整備して役割の明確化を図り、必要に応じて採用・外注・業務廃止の選択肢を検討します。そして、定期的な1on1や面談を通じてメンタル不調の早期発見に努め、万が一休職が発生した場合には役割整理を組み込んだ復職プランを設計することが再休職防止につながります。
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よくある質問
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