「在宅勤務の通信費や光熱費って、会社が払う義務があるの?」——テレワークを導入した多くの中小企業の経営者・人事担当者が、一度は感じる疑問です。法律に明文規定がないため判断が難しく、曖昧なまま運用しているうちに従業員から不満が出始めるケースが後を絶ちません。この記事では、法的根拠・相場・就業規則への反映方法まで、実務に即した形で在宅勤務の費用負担ルールを整理します。
在宅勤務の費用負担、会社に「義務」はあるのか
労働基準法には直接の義務規定がない
結論から言うと、労働基準法には「在宅勤務の通信費・光熱費を会社が負担しなければならない」という明文規定はありません。そのため「払わなくても違法にはならないのでは」と考える経営者の方もいますが、これは半分正解・半分リスクありの認識です。
厚生労働省の「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(2021年3月改定)では、在宅勤務の費用負担ルールを労使で取り決め、就業規則等で明確化するよう明示しています。つまり「法律で強制されてはいないが、ルールを明文化しなければトラブルになる」という位置づけです。
実質的な賃金控除とみなされるリスク
業務に必要な費用を労働者に一方的に負担させることは、労働基準法第24条が定める「賃金全額払いの原則」に抵触するリスクがあると学説・行政解釈上指摘されています。たとえば、会社の指示でテレワークを実施させておきながら通信費を一切負担しない場合、「実質的に賃金から費用を控除している」と判断される可能性があります。
安全配慮義務との関係
労働契約法第5条が定める安全配慮義務も見逃せません。テレワーク環境における健康・安全に必要な設備や環境整備は、使用者の安全配慮義務の範囲内と解釈できます。Wi-Fi環境が整っていない従業員に在宅勤務を強いるような状況は、この観点からも問題になりえます。法的義務の有無にかかわらず、費用負担ルールを整えることは会社を守ることにもつながります。
通信費・光熱費の相場と国税庁の計算式
業界全体の相場感を把握する
在宅勤務の費用負担を導入する際、まず気になるのが「いくら支給すれば妥当か」という点です。各種調査を踏まえた実務水準は以下の通りです。
通信費については、月額1,000円〜5,000円程度が一般的な範囲で、最も多い支給額は月2,000円〜3,000円です。大企業の実態調査でも月2,000円前後が最頻値となっており、この水準が一つの目安になります。光熱費については、支給している企業はまだ少数派ですが、支給する場合は月500円〜2,000円程度が多く見られます。
国税庁が示す非課税の計算算式
国税庁は2021年1月に「在宅勤務に係る費用負担等に関するFAQ」を公表し、非課税となる通信費・光熱費の計算方法を明示しました。この算式は支給額の根拠としても活用できます。
通信費の業務使用分(非課税)の算式:
1ヶ月の通信費 × 業務日数 ÷ 該当月の日数 × 1/2
電気料金の業務使用分(非課税)の算式:
1ヶ月の電気料金 × 業務日数 ÷ 該当月の日数 × 1/2 × 業務スペース面積比
例えば、月の通信費が6,000円、月22営業日のうち10日在宅勤務した場合、非課税となる通信費の業務使用分は「6,000円 × 10/30 × 1/2 = 1,000円」となります。この算式を定額支給の根拠として採用する企業が増えています。
従業員間の公平感をどう保つか
一人暮らしと同居世帯、光回線とモバイル回線のみ、など個別の状況は従業員ごとに大きく異なります。完全な公平は難しいため、「業務で発生した費用の一部を補填する」という趣旨を社内で共有しつつ、国税庁算式に基づく定額支給を採用することで「根拠のある金額」として説明責任を果たすのが現実的なアプローチです。
「手当」か「経費精算」か——給与課税の落とし穴
処理方法によって税務上の扱いが変わる
在宅勤務の費用負担で見落とされやすいのが、支給方法による税務上の違いです。大きく分けると「定額手当として支給」「実費精算として処理」「国税庁算式に基づく定額支給」の3パターンがあります。
定額手当として支給する場合、毎月固定で支給されるため管理は簡単ですが、「業務費用の実費弁償」ではなく「賃金の一部」とみなされる可能性があり、所得税・社会保険料の算定基礎に含まれるリスクがあります。後から税務調査で指摘されると、追徴が発生する場合もあります。
実費精算と国税庁算式の違い
実費精算は、実際にかかった費用を証拠書類(請求書・明細など)に基づいて会社が負担する方法です。非課税処理がしやすい反面、毎月の業務日数や使用面積比を把握・管理するコストが重くなります。中小企業では担当者の負担が大きく、継続運用が難しいケースも少なくありません。
一方、国税庁算式に基づく定額支給は、非課税かつ管理もある程度シンプルにできる折衷案です。毎月の業務日数の記録は必要ですが、それさえ押さえれば算式に当てはめて支給額を決定できるため、専任人事がいない企業にも取り組みやすい方法です。
社会保険料への影響も確認する
通信費・光熱費を「業務費用の実費弁償」として処理する場合、原則として標準報酬月額の算定基礎から除外できます。しかし、支給の実態が「賃金の一部」と判断されると算定基礎に含まれ、会社・従業員双方の社会保険料が増えます。支給目的と根拠を就業規則や規程に明文化しておくことが、この問題を回避するうえで非常に重要です。
就業規則・テレワーク規程に費用負担ルールを盛り込む
就業規則への記載が必要な理由
費用負担を「手当」として支給する場合、労働基準法第89条により就業規則への記載が義務付けられています(賃金・手当は絶対的必要記載事項)。記載なしに手当を支給していると、就業規則違反の状態が続くことになります。また、規程化されていないルールは「口頭で約束した」「そんな話は聞いていない」といったトラブルの温床になります。
テレワーク規程に盛り込むべき項目
就業規則本体に全て書き込む必要はなく、テレワーク規程(在宅勤務規程)を別途作成して費用負担ルールをまとめる方法が実務的です。盛り込むべき主な項目は以下の通りです。
まず、負担する費用の種類(通信費・電気料金など)を明記します。次に、支給方法を定額支給か実費精算かで明確にします。定額支給の場合は金額と算定根拠(国税庁算式を採用する旨など)を記載します。また、在宅勤務の頻度や日数の確認方法、申請・精算のタイミングも規定しておくと運用がスムーズです。
規程整備で会社が得られるメリット
費用負担ルールを明文化することで、従業員の「払ってもらえるのか不安」という心理的負担を取り除き、在宅勤務への満足度・定着率向上につながります。採用面でも「テレワーク手当あり」と明示できることで、求職者へのアピールポイントになります。ルール整備は従業員のためだけでなく、会社の採用競争力と法的リスク管理の両面で効果があります。
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会社がすべき3つの対応
支給方法を決める
まず最初に、定額手当・実費精算・国税庁算式ベースの定額支給のどれを採用するかを決めます。専任人事がいない中小企業では、国税庁算式に基づく定額支給が管理コストと税務リスクのバランスが取れた現実的な選択肢です。在宅勤務の費用負担は、通信費は月2,000円〜3,000円、光熱費は月1,000円前後を目安に、自社の業務実態に合わせて設定しましょう。
就業規則・テレワーク規程を整備する
次に、決定したルールを就業規則またはテレワーク規程に明文化します。費用の種類・支給額・算定根拠・支払いタイミングを明記するだけで、後のトラブルを大幅に減らせます。既存の就業規則がある場合は、費用負担に関する条文を追加・改定する形で対応します。変更時は従業員への周知と、労働基準監督署への届出(常時10名以上の場合)を忘れずに行いましょう。
給与・経費処理の方法を社内で統一する
最後に、経理・給与担当者と情報共有し、支給した費用をどの科目で処理するか(給与か経費か)、社会保険料の算定基礎に含めるかどうかを社内で統一します。税理士や社労士への確認を経て処理方針を決めることで、税務・社会保険の両面でのリスクを最小化できます。
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まとめ
在宅勤務の費用負担について、法律に直接の義務規定はないものの、業務上必要な費用を従業員に一方的に負担させることは労働関連法規上のリスクを伴います。通信費は月2,000円〜3,000円、光熱費は月1,000円前後が実務上の目安であり、国税庁算式を活用した定額支給は非課税・管理しやすさの面でバランスが取れた選択肢です。最も重要なのは、決めたルールを就業規則・テレワーク規程に明文化し、社内の給与・経費処理と一致させることです。
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