定年再雇用の賃金引き下げが適法になる条件と記録の残し方

定年再雇用の賃金引き下げが適法になる条件と記録の残し方 コンプライアンス
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「60歳で定年を迎えた社員を再雇用するとき、給与をどこまで下げていいのか——正直、誰かに確認したことがない」。そう話す経営者・人事担当者は少なくありません。根拠のないまま「70%くらいが相場」と決めていたり、本人が何も言わないから大丈夫だろうと思っていたりするケースが多いのが実情です。しかし同一労働同一賃金のルールは再雇用後の有期雇用労働者にも適用されます。違法リスクを避けながら適切な賃金設定を行うには、法的な判断軸と記録の残し方を正しく理解しておく必要があります。

定年再雇用に同一労働同一賃金のルールが適用される理由

定年後に再雇用された社員は「有期雇用労働者」に該当するため、パートタイム・有期雇用労働法(以下、パート有期法)の対象となります。つまり、正社員との間で「不合理な待遇差」があれば法律違反になります。

適用される法令の範囲

パート有期法第8条は、有期雇用労働者と無期雇用の正社員との間の不合理な待遇差を禁止しています。さらに同法第9条は、職務内容と配置変更の範囲が正社員と同一である場合には「差別的取扱い禁止」という、より強い規制を課しています。再雇用後も実質的に同じ仕事・責任で働かせている場合は第9条の問題になるため、注意が必要です。

「大企業だけの話」ではない

パート有期法は2020年4月に大企業へ、2021年4月に中小企業へも適用が拡大されました。従業員20〜50名規模の企業であっても例外なく適用されます。「うちは小さい会社だから関係ない」は通用しません。高年齢者雇用安定法が65歳までの雇用確保を義務付けていることと合わせて、再雇用制度の設計が適切かどうかは今すぐ確認すべき課題です。

賃金引き下げが適法になる3つの判断軸

定年後の賃金引き下げが「不合理ではない」と認められるかどうかは、最高裁が示した3つの要素で判断されます。この3要素を理解することが、適法な賃金設定の出発点です。

職務内容(業務の種類と責任の程度)

最も重要な判断軸です。定年前と比べて、担当する業務の種類が変わっているか、管理・監督の責任が軽減されているかが問われます。たとえば、定年前に課長職として部下のマネジメントや予算管理を担っていた人が、再雇用後は担当者業務のみに変更され監督責任を持たない——というケースは、職務内容が変わったと説明しやすいです。一方で、肩書きは「嘱託社員」に変わっただけで実態が変わらない場合は、賃金を大幅に下げることへの正当性が弱くなります。

職務内容・配置の変更範囲

正社員は転勤・昇進・異動といった人事異動の対象になりますが、再雇用社員は原則として異動なし・特定業務に限定されるケースが多いです。この「変更範囲の違い」も賃金差の合理的な理由になります。就業規則や再雇用契約書に「原則として現在の勤務地・職務に限定する」と明記しておくことが重要です。

その他の事情(定年制・年金・交渉経緯)

長澤運輸事件(最高裁・2018年)では、「定年後再雇用であること」自体が「その他の事情」として考慮されると示されました。年金受給や高年齢雇用継続給付金の受給も参考事情になりえます。ただし、「年金をもらうから賃金を下げていい」という単純な論理は認められず、あくまで総合判断の一要素です。また、再雇用条件について本人と誠実に協議・合意した経緯が記録に残っていることも「その他の事情」として評価されます。

判例から学ぶ「ここまでは認められる・ここからは危ない」

同一労働同一賃金をめぐる主要な最高裁判決は、「待遇ごとに支給趣旨に照らして個別判断する」という原則を確立しています。基本給だけでなく、手当・賞与・退職金それぞれに理由が求められる点を押さえてください。

長澤運輸事件が示した再雇用への視点

長澤運輸事件(最高裁・2018年)では、定年後再雇用の嘱託社員が定年前と同じ業務に就いていたにもかかわらず、基本給等で差が生じていた事案が争われました。最高裁は「定年後再雇用という事情は考慮できる」としながらも、精勤手当や超過勤務手当の一部については不合理と判断しました。つまり、再雇用という事実があっても「手当ごとの合理性」は個別に問われます。

ハマキョウレックス事件が示した手当ごとの判断

ハマキョウレックス事件(最高裁・2018年)では、通勤手当・無事故手当・作業手当などを有期雇用労働者に不支給としていたことが不合理と認められました。この判決が示す実務的な教訓は、「正社員には出して再雇用者には出さない手当があるなら、その理由を説明できなければならない」という点です。

賞与・退職金については2020年判決も参照する

メトロコマース事件・大阪医科薬科大学事件(いずれも最高裁・2020年)では、退職金・賞与の不支給について、職務内容の違いや正社員登用の可能性などを総合的に考慮したうえで「不合理とまでは言えない」と判断されました。ただしこれらは大企業の事案であり、職務の明確な分離が前提です。中小企業で職務区分が曖昧なまま賞与ゼロにしている場合は、同じ論理が通じない可能性があります。

「何%まで下げていいか」への現実的な答え

法律上「定年前の○%まで」という明確な数値基準は存在しません。適法かどうかは割合ではなく、前述の3要素で判断されます。ただし実務的な目安と判断のポイントを整理することはできます。

数値基準がない理由と現実的な目安

裁判所は「70%だから合法・60%だから違法」という判断をしません。同じ60%でも、職務内容が実質的に変わり、異動・転勤もなくなり、本人と十分に協議した上で合意があれば、違法とは言いにくい。逆に80%であっても、仕事内容が全く同じなら問題になりえます。世間で「70〜80%が相場」と言われることがありますが、それは統計的な傾向であり、法的な安全基準ではありません。

職務内容の変更があるかどうかで判断が分かれる

ケース 職務内容の変化 賃金引き下げの合理性
管理職→担当者業務に変更、部下なし あり(責任の程度が変わる) 説明しやすい
同じ業務・責任のまま肩書きだけ変更 なし(実態は同じ) リスクが高い
担当範囲を縮小し、専門業務のみに限定 あり(範囲が変わる) 説明できる余地あり
同じ業務・同じ責任・同じ異動対象 なし パート有期法第9条の問題になりうる

年金・給付金を「賃金引き下げの根拠」にするときの注意点

高年齢雇用継続給付金(雇用保険から支給される給付)や老齢厚生年金の受給を、賃金引き下げの補完的理由として使うこと自体は判例上も否定されていません。しかし「年金をもらうからその分給料を下げる」という設計を就業規則・再雇用契約書に明記せずに口頭で済ませているケースは危険です。給付額は人によって異なり、また制度変更のリスクもあります。これらはあくまで補足的な事情として考慮する程度にとどめ、主な根拠は職務内容の変更に置くことが重要です。

後からトラブルにならない「記録の残し方」

適法な賃金引き下げであっても、記録がなければ裁判や労働局のあっせんで会社が不利になります。再雇用時には「なぜこの賃金に設定したか」を後から証明できる書類を必ず整備してください。

再雇用契約書・労働条件通知書に書くべき内容

再雇用の際は、変更後の職務内容を具体的に記載することが最初の一歩です。「嘱託社員として勤務」ではなく、「〇〇部門における△△業務を担当し、部下の管理・監督業務は含まない」のように業務の範囲と責任の程度を明示します。また、「勤務地は〇〇事業所に限定し、転勤・異動は原則として行わない」という配置変更の範囲の限定も記載します。さらに、賃金の設定根拠として「職務内容・責任範囲の変更を踏まえ、以下の条件で合意した」という一文を加え、本人の署名をもらうことが重要です。

協議の経緯を残す「面談記録」の作り方

再雇用条件を決める前に、必ず本人と面談を行い、その内容を書面に残してください。面談記録には、提示した労働条件の内容、本人の希望・意見、最終的に合意した内容と日付を記載します。本人のサインは必須ではありませんが、「内容を確認しました」という一文と署名があれば、後から「説明を受けていない」という主張を防ぐ証拠になります。メールで条件提示をした場合は、そのメールのやり取りもフォルダに保管しておきましょう。

就業規則・再雇用規程の整備状況で対応が変わる

就業規則に再雇用制度の条件(適用対象・賃金の考え方・職務内容の設定方針)が明記されている場合は、個別対応の根拠がより明確になります。一方で就業規則に規定がなく、すべてを個別交渉で決めている会社は、複数の再雇用者の間で条件の不整合が生じやすく、比較されたときに説明できないリスクがあります。10名以上の従業員がいる場合は就業規則の作成・届出が義務ですが、再雇用規程は別途整備することを検討してください。

記録が不十分な再雇用制度は、トラブル時に説明責任を果たせません。職務内容や面談経緯を書面化することは、従業員とのトラブル防止だけでなく、会社の信頼性を高める投資でもあります。

まとめ

定年後の賃金引き下げに「何%まで大丈夫」という法定の数値基準はありません。適法かどうかは、職務内容・配置変更の範囲・その他の事情という3つの判断軸で総合的に評価されます。実質的に職務内容が変わっていること、その根拠が契約書・面談記録・就業規則できちんと残されていること——この2点が、会社を守る最低限の条件です。ハマキョウレックス事件・長澤運輸事件などの判例が示すように、手当・賞与・退職金はそれぞれ個別に合理性が問われます。「慣例でやってきた」「本人が何も言わないから問題ない」という状態は、潜在リスクを抱えたまま放置しているのと同じです。

定年再雇用の制度設計や記録整備は、専門知識がなくても進められますが、自社の状況に合わせた判断は容易ではありません。再雇用時の賃金設定や契約書の内容に不安がある場合は、人事労務の専門家に一度相談することをお勧めします。ウェルセンス株式会社では、20〜50名規模の中小企業における再雇用制度の見直し・就業規則の整備・労務リスクの相談を承っています。「うちのやり方、本当に大丈夫?」というご質問からでも構いません。具体的なお悩みをお聞きしながら、御社に合った対応策をご提案させていただきます。

よくある質問

Q. 定年前の60%の賃金で再雇用するのは違法ですか?

A. 60%という数字だけでは違法かどうか判断できません。重要なのは「なぜその金額になるのか」を説明できるかどうかです。職務内容・責任の程度が定年前から実質的に変わっており、本人との協議・合意のうえで設定し、その根拠が書面に残っている場合は、合理的な差として認められる余地があります。逆に仕事内容が同じまま60%にしていれば、不合理な待遇差として問題になりえます。

Q. 再雇用後は賞与をゼロにしても問題ありませんか?

A. 賞与の不支給については、その賞与が「何のために支給されているか(支給趣旨)」に照らして合理性が判断されます。大阪医科薬科大学事件(最高裁・2020年)では、正社員と有期雇用社員の職務内容の違いや正社員登用制度の有無などを総合考慮したうえで不支給を合理的と判断しましたが、中小企業で職務区分が曖昧な場合は同じ論理が通用しないことがあります。賞与ゼロにするなら、その根拠を就業規則・再雇用規程に明記しておくことが必要です。

Q. 本人が再雇用条件に同意していれば、後から訴えられることはありませんか?

A. 同意があることは重要な事情ですが、それだけでは必ずしも問題がなくなるわけではありません。パート有期法第8条に違反する不合理な待遇差は、本人の同意の有無に関わらず法律上無効となる可能性があります。また、口頭での合意は後から「そんな説明はなかった」と言われるリスクがあります。書面による条件提示と署名付きの合意書を残すことが、会社を守る最も確実な方法です。

Q. 再雇用規程は就業規則とは別に作る必要がありますか?

A. 法律上「再雇用規程を独立して作れ」という義務はありませんが、実務上は別規程として整備しておくことが推奨されます。就業規則本体に再雇用後の賃金設定方針・職務内容の考え方・適用期間などを盛り込むか、「再雇用規程」として附則的に整備することで、個別対応のバラつきを防ぎ、複数の再雇用者の間での整合性を保ちやすくなります。10名以上の事業場では就業規則の届出義務がありますので、再雇用制度を変更した際は労働基準監督署への届出も忘れずに行ってください。

Q. ハマキョウレックス事件・長澤運輸事件の判例は今も使えますか?

A. 両事件はいずれも最高裁2018年判決であり、現在も同一労働同一賃金の解釈における基本的な枠組みを提供しています。特に「手当ごとに支給趣旨に照らして個別判断する」(ハマキョウレックス)、「定年後再雇用という事情は考慮できるが、すべての差を正当化しない」(長澤運輸)という原則は、2020年のメトロコマース・大阪医科薬科大学事件でも踏襲されています。ただし判例はあくまで個別事案の判断であり、御社の状況に当てはめる際は専門家への相談を合わせて行うことをお勧めします。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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