給与振込にネット銀行を希望されたら読む記事

給与振込にネット銀行を希望されたら読む記事 労務管理
Photo by Vitaly Gariev on Pexels

「楽天銀行に振り込んでほしいんですが、対応できますか?」——採用したばかりの新入社員からそう言われて、咄嗟に答えられなかった、という経験はありませんか。ネット銀行をメインバンクにしている社員は年々増えており、給与振込先の希望も多様化しています。「法的に問題があるのか」「就業規則はどう直せばいいのか」「デジタル払いとは何が違うのか」——判断に迷いやすいテーマですが、整理すれば意外とシンプルです。この記事では、給与振込先としてネット銀行を希望された場合の法的根拠・実務手順・規程整備のポイントを、専任人事がいない中小企業の担当者向けにわかりやすく解説します。

ネット銀行への給与振込は法的に認められるのか

結論から言えば、銀行法上の銀行免許を持つネット銀行であれば、給与振込先として法的に認められます。ただし、「銀行だからOK」で終わらせず、省令が定める要件をすべて満たす必要があります。

給与の「口座振込」はそもそも例外措置

労働基準法第24条は、賃金を「通貨で直接労働者に支払う」ことを原則としています。口座振込は、その例外として「賃金の口座振込等に関する省令」(昭和62年労働省令第3号)が定める要件を満たした場合にのみ認められます。つまり、口座振込を行うこと自体に一定の法的根拠が必要であり、「銀行口座だから当然OK」という考え方は正確ではありません。

省令が定める4つの要件

省令および行政通達(昭和63年1月1日基発第1号ほか)に基づき、給与の口座振込が認められるためには、以下の要件をすべて満たす必要があります。

要件内容
労働者本人の同意強制ではなく、当該労働者本人が書面等で同意していること
本人名義の口座振込先は労働者本人名義の口座に限ること
全額・所定日に引き出し可能支払日当日に全額が引き出せる状態であること
金融機関の要件預貯金の受入れと資金の移動ができる金融機関(銀行・信用金庫・農協・労働金庫等)であること

ネット銀行は「金融機関の要件」を満たすか

楽天銀行・PayPay銀行・住信SBIネット銀行・auじぶん銀行・ソニー銀行などは、いずれも銀行法に基づく銀行免許を取得した正規の銀行です。したがって、省令が求める「金融機関」の要件を満たします。上記4つの要件をすべて整えれば、ネット銀行口座への給与振込は適法に行えます。

「ネット銀行」と「賃金デジタル払い」を混同しないために

ネット銀行への給与振込と、2023年4月に解禁された「賃金デジタル払い」はまったく別の制度です。この2つを混同すると、不要な手続きを踏んだり、逆に「複雑そうだから認めない」という誤った判断をしてしまいます。

賃金デジタル払いとは何か

賃金デジタル払いとは、PayPayやd払いなど「資金移動業者」が提供するウォレット口座(いわゆる○○Pay)への給与振込を指します。資金移動業者は銀行ではないため、従来の省令の枠組みとは別に、2023年の省令改正によって新たに解禁されました。利用できる業者は厚生労働大臣の指定が必要であり、保証機関による資金保全など、銀行口座への振込とは異なる要件が課されています。

ネット銀行はこれまでどおりの枠組みで対応できる

一方、ネット銀行(銀行法上の銀行)への振込は、賃金デジタル払いとは無関係です。2023年以前から存在する省令の枠組みで処理できるため、特別な行政指定や新たな承認手続きは必要ありません。社員から「PayPay銀行に振り込んでほしい」と言われた場合でも、PayPay銀行は銀行法上の銀行であり、デジタル払いとは別物です。「PayPay」という名称に惑わされないよう注意してください。

認める場合の実務手順

ネット銀行への給与振込を認める方針を決めたら、労使協定の締結・就業規則の整備・個別同意書の取得という3つのステップを順番に進めます。どれか一つでも欠けると、省令の要件を満たさない状態になるため注意が必要です。

労使協定を締結する

口座振込を実施するには、まず従業員の過半数代表者(または過半数労働組合)との書面による労使協定の締結が必要です。この協定には「口座振込の方法により賃金を支払うことができる」旨を明記します。なお、労使協定は労働基準監督署への届出は不要ですが、書面として社内に保管してください。専任人事がいない場合でも、過半数代表者を適切に選出してから締結することが重要です。

就業規則を整備する

次に、就業規則の賃金に関する条項に、給与振込口座の要件を明記します。たとえば「賃金は、労働者本人名義の預貯金口座(銀行・信用金庫・信用組合・農業協同組合・労働金庫等)への振込により支払う」といった記載です。現時点で就業規則に振込口座の要件が明記されていない企業は多く、個別対応で属人的に処理しているケースもありますが、トラブル予防のためにも早めに整備しておくことを推奨します。就業規則の変更は、常時10人以上の従業員がいる事業場では労働基準監督署への届出が必要です。

個別同意書を取得・保管する

最後に、口座振込を希望する各従業員から、振込先口座の情報と同意の意思を書面で取得します。同意は強制できません。あくまで本人の希望に基づくものであり、「同意しなければ不利益を与える」といった運用は許されません。取得した同意書は、労使協定とあわせて保管しておきましょう。なお、口座を変更する場合にも都度、変更の届出と確認を行う手順を整えておくと実務がスムーズです。

専任人事がいない場合、「労使協定ってどうやって作るの?」「既存の運用で問題がないか確認したい」といった判断に迷うことも多いでしょう。人事労務の具体的な進め方は、実務経験者に相談するのが確実です。

認めない場合・一部制限する場合の対応

法的にはネット銀行への振込を認めることが可能ですが、会社側が振込先を一定の金融機関に限定することも、就業規則に根拠規定を設けることで可能です。ただし、社員の不満や離職リスクを考慮した上で判断することが重要です。

制限できる根拠と注意点

就業規則に「会社が指定する金融機関に限る」「振込手数料が発生しない金融機関に限る」などの要件を設けることで、特定の銀行のみを受け付けることは可能です。ただし、この場合も労使協定を締結する必要があり、「ネット銀行はダメ」という理由を社員に説明できるだけの合理的な根拠を用意しておくことが望ましいといえます。根拠なく断り続けると、若手社員を中心に「なぜ認めてもらえないのか」という不満が蓄積しやすくなります。

実務コストも判断材料にする

複数の社員が異なるネット銀行を希望した場合、振込手数料・給与計算システムへの登録・銀行ごとのデータ形式の違いなど、実務コストが増加することもあります。現在利用している給与計算システムや取引銀行の仕様を確認し、振込先の多様化に対応できるかどうかを事前に把握しておくことで、個別希望への対応可否を合理的に判断できます。「実務上の理由から振込先を統一している」という説明は、社員にとっても理解を得やすいものです。

見落としがちな落とし穴と対策

「ネット銀行はOKとわかった」で終わらせると、実は重大な法的リスクが残ることがあります。最も多いのは、労使協定や個別同意書の整備を省略してしまうケースです。

「銀行だからOK」で手続きを省略するリスク

ネット銀行が法的要件を満たすと確認した後、就業規則だけを更新して労使協定を締結しないまま振込を続けているケースがあります。しかし、口座振込の法的根拠はあくまで「省令の要件すべてを満たすこと」にあります。労使協定が未締結のまま口座振込を行うと、労働基準法第24条の「通貨払い原則」に違反するリスクが生じます。従業員規模が小さく、これまで問題が起きていないとしても、労使協定の有無は労働基準監督署の調査対象になりえます。

既存の社員の同意書が不備のまま放置されているケース

給与振込をすでに行っているにもかかわらず、個別同意書を取得していない、あるいは紛失している企業も少なくありません。現状の運用を一度棚卸しし、労使協定・就業規則の規定・個別同意書の3点がすべて揃っているかを確認することをお勧めします。新たにネット銀行口座を希望する社員への対応を機に、既存分を含めて整備し直す好機と捉えてください。

まとめ

銀行法上の銀行免許を持つネット銀行(楽天銀行・PayPay銀行・住信SBIネット銀行など)は、給与振込先として法的に認められます。ただし、「銀行だからOK」で終わらせず、労使協定の締結・就業規則への明記・個別同意書の取得という3つの整備を必ず行うことが重要です。また、2023年に解禁された「賃金デジタル払い」(資金移動業者口座)とは別の制度であるため、混同しないよう注意してください。会社として振込先を限定する場合も、就業規則に合理的な根拠規定を設けることで対応できます。

「うちの就業規則にはそもそも口座振込の条項がない」「労使協定を結んだことがない」「現状の運用が法的に大丈夫かわからない」という場合、人事労務の専門家に相談することで、安心と効率が両立できます。ウェルセンス株式会社では、中小企業の人事担当者を支援する相談窓口があります。個別のご状況に応じたアドバイスをいたしますので、まずはお気軽にお問い合わせください。

よくある質問

Q. PayPay銀行は「賃金デジタル払い」の対象ですか?それとも通常の銀行口座として扱えますか?

A. PayPay銀行は銀行法上の銀行免許を持つ正規の銀行です。「PayPay」という名称からデジタル払いと混同されやすいですが、PayPayアプリのウォレット(資金移動業者口座)とは別物です。PayPay銀行への給与振込は、従来の省令の枠組みで対応できます。

Q. 労使協定を締結するには、従業員が何人以上必要ですか?

A. 従業員数に下限はありません。労働組合がない場合は、従業員の過半数を代表する者(過半数代表者)を適切な方法で選出し、その方と書面で協定を締結します。少人数の会社でも省略できない手続きです。

Q. 社員がネット銀行を希望しているが、会社として断ることはできますか?

A. 就業規則に「会社が指定する金融機関に限る」などの根拠規定を設けることで、振込先を限定することは可能です。ただし、合理的な理由の説明がなければ社員の不満につながるため、実務コストや手数料の観点から丁寧に説明することをお勧めします。

Q. 今まで口座振込しているのに、労使協定も個別同意書もない場合はどうすればよいですか?

A. 速やかに整備することをお勧めします。まず過半数代表者を選出して労使協定を締結し、次に就業規則を整備した上で、全従業員から個別同意書を改めて取得してください。遡って罰則が課されるケースは多くありませんが、労働基準監督署の調査時に指摘される可能性があるため、早期対応が安心です。

Q. 複数の社員が異なるネット銀行を希望した場合、すべて対応しないといけませんか?

A. 法的には、要件を満たす金融機関であれば原則として対応可能ですが、振込手数料や給与計算システムの対応状況によって実務コストが増える場合があります。就業規則で「会社の給与計算システムが対応する金融機関に限る」などの条件を設けることで、対応範囲を合理的に限定することも一つの選択肢です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。

メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。

詳しく見る →

人事だけで抱えない。産業医にスポットで相談
タイトルとURLをコピーしました