「出向社員にハラスメントの被害を訴えられたが、雇用契約は出向元にある。自社がどこまで対応しなければならないのか、正直わかりません」——在籍型出向の受け入れ経験がある経営者や人事担当者から、こうした声をよく耳にします。責任の所在が曖昧なまま事案が発生すると、出向元と出向先の間で対応が宙に浮き、被害者の相談がたらい回しになるという深刻な事態を招きます。この記事では、在籍型出向におけるハラスメント責任の構造を正確に理解し、出向元と出向先がどう分担・連携すべきかを実務的に解説します。
在籍型出向で「二重の使用者責任」が生まれる理由
在籍型出向では、出向元と出向先の両方が「使用者」としての責任を負うという構造が生まれます。どちらか一方が「うちは関係ない」と切り離すことは、法的にも実務的にも認められません。
出向元と出向先それぞれの責任範囲
出向元は雇用契約を維持しているため、賃金・懲戒・解雇といった労働条件の根幹に関する使用者責任を負います。一方、出向先は日常業務における指揮命令権を持つため、職場環境の管理義務と安全配慮義務を負います。労働契約法第5条が定める安全配慮義務は、正社員だけでなく出向社員にも適用されます。出向先が「雇用契約がないから」という理由でハラスメント対応を出向元に丸投げすれば、安全配慮義務違反として損害賠償責任を問われるリスクがあります。
ハラスメント防止措置義務の適用範囲
パワハラ防止を定めた労働施策総合推進法第30条の2、セクハラ防止を定めた男女雇用機会均等法第11条、マタハラ防止を定めた育児介護休業法第25条に基づく防止措置義務は、出向社員を受け入れている出向先事業主にも及ぶと解釈されています(厚生労働省指針の考え方)。つまり、出向先は「自社で雇用していない労働者だから」という理由でハラスメント防止措置の対象外とすることはできません。
「どちらの責任か」ではなく「どう分担するか」が実務の問い
実務上の問題は責任の有無ではなく、誰が何をするかという役割分担です。この分担を曖昧にしたまま出向受け入れをしている中小企業は少なくありません。有事の際に連携が機能しない最大の原因は、事前の取り決め不足にあります。次のセクションから、具体的な分担の考え方を整理します。
ハラスメント対応における出向元・出向先の役割分担
ハラスメント対応の実務は、「調査・是正」は出向先が主体、「懲戒・雇用管理」は出向元が主体という基本軸で分担するのが合理的です。
出向先が担うべき対応
出向先は職場環境の管理責任者として、以下を担います。まず、相談の受付と初期対応を行い、被害者の安全確保を最優先にします。次に、事実確認のためのヒアリングを実施します(被害者・行為者・関係者)。そして、職場環境の是正措置(席の分離・業務割り当ての変更など)を講じます。出向先が「相談を聞いただけ」で動かなければ、安全配慮義務違反が問われます。
出向元が担うべき対応
出向元は雇用契約上の使用者として、懲戒処分の検討・実施を担います。出向先は出向社員を直接懲戒する権限を持たないため、行為者が出向社員であった場合、出向先は調査結果を出向元に共有し、懲戒処分の実施を求める連携が不可欠です。また、出向継続の可否(出向命令の取り消し・帰任など)の判断も出向元が行います。
加害者と被害者が異なる会社に属するケースの対処
ハラスメントの加害者が出向社員で被害者が出向先の社員である場合(またはその逆)は、対応が複雑になります。このケースでは、出向先と出向元が共同で事実確認を行い、それぞれが自社の社員に対して必要な措置(懲戒・就業環境の改善・メンタルヘルスケアなど)を実施する体制が求められます。事前に「共同調査のプロセス」を出向協定に明記しておくことが、最も有効な備えです。
出向協定に必ず盛り込むべきハラスメント対応の条項
ハラスメントトラブルで出向元・出向先が揉める根本原因は、出向協定にハラスメント対応の取り決めが存在しないことです。ひな形をそのまま使っている場合は、以下の項目を追記してください。
盛り込むべき主要事項
| 項目 | 内容の例 |
|---|---|
| 相談窓口の設計 | 出向元・出向先どちらの窓口にも相談できることを明記し、受付後の連絡ルートを規定する |
| 調査主体と調査協力義務 | 原則として出向先が調査を主導し、出向元は必要なヒアリングへの協力義務を負う |
| 情報共有の範囲 | 調査内容・個人情報の共有範囲と守秘義務を明記する |
| 懲戒協議のプロセス | 出向先から出向元への懲戒申し入れ手順と、出向元が対応する期限を定める |
| 費用負担 | 外部専門家(弁護士・産業医等)への依頼費用をどちらが負担するか規定する |
| 帰任・出向継続の判断基準 | ハラスメント事案発生時に出向継続の適否を協議する旨を明記する |
「相談したらたらい回し」を防ぐ窓口設計の考え方
出向社員にとって最も困るのは、「出向元に言ったら出向先に言えと言われ、出向先に言ったら出向元の問題と言われる」状況です。これを防ぐには、どちらの窓口に相談しても、双方が連絡を取り合って対応する仕組みを明文化することが重要です。具体的には、相談を受けた側が受付から72時間以内に相手方担当者に連絡し、対応の主担当を決めるという手順を協定に盛り込むと機能しやすくなります。
就業規則・社内ハラスメント規程との整合性確認
出向先の就業規則やハラスメント防止規程が、出向社員にも適用されることを明示しておく必要があります。就業規則の適用範囲に「出向受け入れ社員を含む」と明記されていない場合、「自社の規程の対象外」という言い訳を許してしまうリスクがあります。就業規則の確認・改訂は弁護士や社会保険労務士と連携して行うことをお勧めします。
出向先としてハラスメント相談を受けたときの初動対応
出向社員からハラスメントの相談を受けた際、出向先がまず行うべきことは「相談者の安全確保」と「出向元への速やかな連絡」の二つです。対応が遅れるほど、被害者の心理的負担と法的リスクの両方が高まります。
相談受付時に確認すべき事項
相談を受けた担当者は、まず相談者が「秘密を守ってほしい」と希望しているかを確認します。その上で、被害の概要(行為者・行為の内容・発生時期・頻度)を記録します。相談者が「出向元には知らせたくない」と言った場合でも、安全確保の観点から最低限の情報共有が必要なケースがあることを丁寧に説明してください。この段階での対応が、後の信頼関係に大きく影響します。
産業医・外部専門家の活用
専任人事がいない中小企業では、ハラスメント相談への対応に不慣れなケースがほとんどです。産業医が選任されている場合(常時50人以上の事業場では義務)は、被害者のメンタルヘルス状態の確認を依頼できます。50人未満の事業場で産業医がいない場合は、地域の産業保健総合支援センター(都道府県単位で設置)の相談サービスや、外部のハラスメント対応専門家を活用することを検討してください。外部専門家への依頼費用の負担についても、出向協定で取り決めておくと有事のトラブルを防げます。
記録の重要性と保管ルール
相談受付から対応完了までのすべての経緯を文書で記録し、安全に保管することは、将来の訴訟リスクへの備えとしても不可欠です。「いつ、誰が、何を、どう対応したか」を時系列で記録してください。記録は出向先・出向元の双方で保管し、共有の範囲については守秘義務を徹底します。
出向受け入れ前にチェックすべき事前準備リスト
ハラスメントリスクを最小化するために有効な対策の多くは、出向受け入れ前に完了しておくべきものです。受け入れ後に慌てて整備しようとしても、事案が発生していれば手遅れになります。
受け入れ前に確認・整備すべき事項
- 出向協定にハラスメント対応条項(調査主体・連絡ルート・懲戒協議・費用負担)が含まれているか
- 自社の就業規則・ハラスメント防止規程が出向社員にも適用されることが明記されているか
- 出向社員が相談できる窓口(社内・外部)を把握しており、入社時に案内できるか
- 出向元担当者の連絡先と、有事の際の連絡プロセスが明確になっているか
- ハラスメント防止研修を出向社員も含めて実施する体制があるか
従業員規模による対応の違い
常時50人以上の事業場では産業医の選任が義務付けられており、メンタルヘルス対応の基盤が整いやすい環境にあります。一方、20〜49人規模の事業場では産業医は義務ではないため、外部の専門機関や社会保険労務士との連携体制をあらかじめ構築しておくことが重要です。また、ハラスメント相談対応の経験が社内に蓄積されていない場合は、外部専門家によるハラスメント相談対応研修を管理職向けに実施しておくと、初動対応の質が格段に向上します。
出向元との関係性構築
有事の際に出向元と連携が取れるかどうかは、日頃のコミュニケーションの質に大きく左右されます。出向受け入れ後も定期的に出向元担当者と情報交換を行い、出向社員の職場適応状況を共有しておく仕組みを作ることが、ハラスメントの早期発見と迅速な対応につながります。
ハラスメント対応の初動が重要な中、人事だけで判断に迷うケースは多いもの。事例が豊富な外部専門家への相談で、適切な対応の方向性を早期に確認できます。
まとめ
在籍型出向でハラスメントが発生した場合、出向元と出向先はどちらも「使用者」として責任を負います。「雇用契約がないから関係ない」という認識は通用せず、出向先には安全配慮義務とハラスメント防止措置義務が課されています。実務上の責任分担は「調査・是正は出向先が主体、懲戒・雇用管理は出向元が主体」という軸で考え、その役割分担を出向協定に明文化しておくことが最大のリスク対策です。相談窓口の設計・調査プロセス・費用負担・懲戒協議の手順を事前に取り決めておかなければ、有事の際に対応が機能しません。
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よくある質問
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