「復職前に少しずつ職場に慣れてもらいたい」——そう思って試し出勤を実施している中小企業は少なくありません。しかし、賃金はどうすべきか、就業規則に書く必要があるのか、うまくいかなかったときはどう対応すればよいのか、判断に迷ったまま「なんとなく」運用しているケースが実態としてよく見られます。この記事では、試し出勤の法的位置づけから就業規則への記載方法まで、実務に直結する情報をわかりやすく解説します。
試し出勤とは何か——法律上の位置づけを正しく理解する
法律に規定はない「会社独自の制度」
試し出勤(リハビリ出勤・慣らし出勤とも呼ばれます)は、労働基準法や健康保険法に明文で定められた制度ではありません。会社が自主的に設計・運用する任意の仕組みです。厚生労働省が発行している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」でも試し出勤に触れていますが、あくまで推奨であり、法的義務ではありません。
つまり、試し出勤のルール——期間、賃金の有無、評価基準、打ち切りの条件——はすべて会社が就業規則や個別合意書によって定める必要があります。「なんとなく来てもらっている」という状態では、後からトラブルが起きたときに会社側が不利な立場に置かれます。
「リハビリ出勤」「慣らし出勤」との違い
試し出勤は名称がさまざまですが、内容によって性格が異なります。業務を一切行わず通勤や職場環境への慣れを目的とする「訓練型」、軽微な作業を実際に担う「軽作業型」、通常業務の一部を試験的に担う「観察型」の3種類に大別できます。この区分は、賃金支払い義務と傷病手当金の受給可否に直接影響するため、最初に明確にしておくことが重要です。
試し出勤中の賃金——払う?払わない?判断基準を整理する
「労働」に該当するかどうかが分岐点
賃金支払い義務は、その行為が労働基準法上の「労働時間」に該当するかどうかで決まります。重要なのは「指揮命令下に置かれているかどうか」という点です。たとえ軽微な作業であっても、上司の指示のもとで業務を行っていれば「労働」とみなされ、最低賃金以上の賃金を支払う義務が生じます。
一方、業務は一切行わず「職場に来て過ごす」だけの訓練型であれば、賃金不支給とすることも可能です。ただし、「何もしていないように見えても実態は指揮命令下にある」と後から判断されるケースもあるため、就業規則に「試し出勤期間中は業務を行わず賃金は発生しない」と明記し、本人の書面合意を取ることが必須です。
傷病手当金との関係——従業員への実害を防ぐために
休職中の従業員が健康保険の傷病手当金を受給している場合、試し出勤の内容によっては受給が止まる可能性があります。傷病手当金の受給条件は「労務不能であること」(健康保険法第99条)であり、試し出勤によって「労務能力あり」と判断されると支給停止になるからです。
訓練型の試し出勤であれば、協会けんぽや健保組合が「依然として労務不能」と判断し受給継続となるケースが多いですが、軽作業型・観察型では停止リスクが高まります。担当者が「大丈夫だろう」と判断せず、試し出勤開始前に主治医・産業医の意見を確認し、必要に応じて協会けんぽ・健保組合に照会することが従業員を守ることにつながります。
就業規則への記載が必要な理由——口約束が招くリスク
「言った・言わない」が会社の敗因になる
試し出勤のルールをメールや口頭のみで伝えた場合、後から「無給だとは聞いていない」「いつ終わるかわからないまま続けさせられた」といったトラブルに発展することがあります。労働関係の紛争では、証拠がない場合に会社側が不利になるケースが多く、就業規則への明記と書面合意がトラブル防止の基本です。
特に「試し出勤中は無給」とする場合、就業規則に事前に定めておかなければ、後から「賃金カットは不当だ」と主張される可能性があります。入社時から規程に盛り込んでおくか、新たに規程を設ける際は労働者代表の意見書を添えて労働基準監督署へ届出を行うことが必要です(常時10名以上の場合)。
試し出勤規程への記載——盛り込むべき6つの要素
試し出勤に関する就業規則への記載には、以下の要素を必ず含めることが推奨されます。
まず「制度の目的と対象者」を明記します。メンタルヘルス不調等による休職者の復職支援であることを定義することで、他の制度と区別できます。次に「試し出勤の開始要件」として主治医・産業医の意見書の取得を義務づけます。そして「期間の目安と延長条件」を定め、たとえば「原則として1か月以内とし、必要に応じて最大3か月まで延長できる」といった形で上限を設けます。
さらに「賃金の取り扱い」では訓練型の場合は不支給、軽作業・観察型の場合は支給する旨を明確にします。「評価・判定の基準」として出勤率や業務遂行状況、産業医面談の結果を判断材料とすることを定め、最後に「打ち切り・延長・復職判定の基準と手続き」を記載します。これら6要素が揃っていることで、従業員にとっても会社にとっても「透明なルール」として機能します。
個別合意書の活用——就業規則だけでは不十分なケース
就業規則に定めがあっても、試し出勤開始前に本人と個別の合意書を取り交わすことが実務上の安全策です。合意書には「試し出勤の目的・期間・業務内容・賃金の有無・傷病手当金への影響についての説明を受けたこと」を記載し、双方署名します。このひと手間が、後の「知らなかった」という主張を防ぎます。
試し出勤がうまくいかなかった場合の対応——打ち切り・延長の基準
「感情論」にならないための事前設計
試し出勤中に遅刻・欠勤が続いたり、体調が再悪化したりした場合、打ち切りや延長の判断を担当者の感覚に委ねると、従業員から「恣意的な判断だ」と訴えられるリスクがあります。厚生労働省のガイドラインでは試し出勤の期間は概ね1〜3か月が目安とされていますが、延長・打ち切りの条件を就業規則または合意書に明示しておくことが重要です。
たとえば「試し出勤期間中の出勤率が70%を下回った場合は産業医と協議のうえ延長または休職継続を判断する」「主治医が再度の療養を指示した場合は試し出勤を中断する」といった客観的な基準を持つことで、担当者の精神的な負担も軽減されます。
復職拒否と解雇——混同しないための整理
試し出勤を経て「やはり復職は難しい」と判断せざるを得ないケースもあります。しかし、試し出勤がうまくいかなかったことをそのまま解雇の理由にするのは法的に危険です。休職期間満了による自然退職と、試し出勤後の復職拒否は法的に異なる手続きが必要であり、休職規程の内容と連動した形で処理しなければなりません。
このような場面では、就業規則の休職・復職規程と試し出勤規程が一体として整備されていることが重要です。どちらか一方だけ整備しても、手続きに穴が生じます。
試し出勤制度を整備する実践的な手順
現状の就業規則を確認する
まずは現行の就業規則に休職・復職に関する規定がどの程度記載されているかを確認しましょう。多くの中小企業では「休職期間は〇か月以内」という記載はあっても、復職判定の基準や試し出勤に関する条項が抜けているケースが見られます。抜けている項目を洗い出すことが第一歩です。
試し出勤規程の追加・改訂を行う
前述の6要素(目的・開始要件・期間・賃金・評価基準・打ち切り基準)を盛り込んだ試し出勤規程を作成し、既存の就業規則に追加します。新規追加の場合は就業規則変更届と労働者代表の意見書が必要です(常時10名以上の場合)。
規程の文言は「書いてある内容が実態と乖離しない」ことが大切です。形だけ整えても運用が伴わなければ、かえってトラブルの証拠になりかねません。
フロー・様式をセットで整備する
規程と合わせて、復職申請書・主治医意見書・産業医意見書・試し出勤合意書・評価記録シートといった書式を用意しておくと、担当者が迷わず対応できます。「規程はあるが実際には何をすればいいかわからない」という状態を防ぐため、フローチャートの作成も有効です。
まとめ
試し出勤は法律上の制度ではなく、会社が自主的に設計・運用するものです。だからこそ、就業規則への明記と個別合意書の整備が「守り」と「支援」の両方として機能します。賃金の有無・傷病手当金への影響・打ち切り基準を事前にルール化しておくことで、担当者の判断ブレをなくし、従業員との信頼関係も守られます。
「うちはまだ規程がない」「口頭で対応してきた」という企業こそ、一度制度を整理するタイミングです。試し出勤は復職支援の重要なプロセスですが、ルール設計の曖昧さが後のトラブルを招きます。しっかり整備することで、従業員も会社も安心できる復職支援が実現します。
よくある質問
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