「副業を認めたいけれど、何かあったときが心配で…」。そんな迷いを抱えながら、場当たり的に対応している経営者・人事担当者は少なくありません。副業解禁の流れが加速する一方で、情報漏洩や競合トラブルのリスクも現実のものになっています。本記事では、副業申請ルールを整備することで防げるトラブルの具体例と、今日から実践できる5つの対策をわかりやすく解説します。
副業トラブルが起きる本当の原因
「許可制」の形骸化が最大のリスク
多くの中小企業の就業規則には「副業を行う場合は会社の許可を得ること」という一文が入っています。しかし、副業申請書式も審査基準も存在しないまま、口頭で「いいよ」と応じているケースが非常に多い状態です。口頭の許可は証拠が残らないため、後になって「そんな副業だとは聞いていなかった」というトラブルが起きても対処のしようがありません。
実際に相談を受けたある製造業の会社では、営業担当者が同業他社でコンサルタントとして副業していたことが発覚し、自社の見積もり単価や顧客リストが流出していた疑いが浮上しました。しかし副業申請の記録がなかったため、懲戒処分の根拠を示すことすら難しい状況に陥りました。
「禁止すればいい」は逆効果になる
一方で、「全面禁止」にすれば安心かというと、そう単純ではありません。憲法22条が保障する職業選択の自由や、民法上の私的自治の観点から、合理的な理由のない副業の全面禁止は法的に無効とみなされるリスクがあります。1982年の小川建設事件(東京地裁)でも、無制限な副業禁止には疑義が呈されています。
優秀な人材ほど「副業NGなら転職する」という選択肢を持っています。「全部OK」も「全部NG」も、どちらも会社にとってリスクです。必要なのは、副業申請ルールに基づいて、許可できる範囲と許可できない範囲を明確にしたルール整備です。
副業申請フォームに盛り込むべき必須項目
副業申請書で「見える化」する情報
副業申請ルール整備の出発点は、申請書式の作成です。「副業をしたい」という申し出を受けた際、担当者が何を確認すればよいかが一目でわかるフォームを用意しておくことで、判断の属人化と漏れを防ぐことができます。
副業申請フォームには以下の項目を盛り込むことを推奨します。副業先の企業名・業種・業務内容、雇用形態(雇用契約か業務委託か個人事業か)、週あたりの従事予定時間、報酬の有無と概算金額、自社との競業関係の有無(自己申告)、自社の顧客・取引先との関係の有無、副業の開始・終了予定日の7点です。これらを書面で提出してもらうだけで、後のトラブル対応に使える「証拠」が残ります。
審査基準を明文化して担当者の迷いをなくす
副業申請を受けても、「これはOKか、NGか」の判断基準がなければ、担当者は毎回悩むことになります。あらかじめ許可・不許可の判断チェックリストを作成しておくと、対応が格段にスムーズになります。
不許可とする条件の目安は、裁判例でも認められている4つの理由に沿うと合理性が高まります。具体的には、自社の名誉・信用を損なうおそれがある場合、秘密情報が漏洩するリスクが高い場合、自社と直接競合する業務に従事する場合、本業の遂行に支障をきたすほど労働時間が増加する場合の4点です。これらをチェックリスト形式にしておくと、誰が担当しても一定の水準で副業申請の審査ができます。
半期ごとの定期報告で変化を把握する
副業は申請時から内容が変わることがあります。当初は週5時間の想定だったのが、繁忙期に週20時間になっていたというケースも珍しくありません。副業申請許可を出して終わりにせず、半期に1回程度の定期報告を義務づけることで、継続的に状況を管理できます。報告フォームは申請書の更新版として簡易にし、「変化がなければチェックを入れるだけ」という設計にすると、社員の負担も最小限に抑えられます。
情報漏洩を防ぐ秘密保持の実務対策
既存の誓約書に「副業場面」を明示的に追加する
多くの企業では入社時に秘密保持誓約書を取得していますが、その内容が「在職中に知り得た情報を漏洩しない」という一般的な文言にとどまっており、副業シーンを明示していないことがほとんどです。この場合、「副業先での発言は業務外のことで誓約書の対象外」という言い逃れを許す余地が生じます。
対策として、既存の誓約書に「副業・兼業先においても本誓約の義務が及ぶ」という条項を1行追加するか、副業申請時に「副業先への自社情報の提供禁止確認書」を別途取得する方法が有効です。後者は副業申請フォームとセットで運用すると手間が省けます。
不正競争防止法が守ってくれる条件を整える
自社の顧客リストや技術情報が副業先に持ち出された場合、不正競争防止法による法的保護を受けられる可能性があります。ただし、保護の対象となる「営業秘密」と認められるには3つの要件を満たす必要があります。秘密として管理されていること、有用な技術上・営業上の情報であること、公然と知られていないことの3点です。
このうち最も整備が甘いのが「秘密として管理」の部分です。ファイルに「社外秘」と記載する、アクセス権限を業務上必要な人員に限定する、クラウドサービスへの個人デバイスでのアクセスを禁止するといった管理体制を整えておくことが、法的保護の前提条件になります。違反が確認された場合、10年以下の懲役または2,000万円以下の罰金という刑事罰の適用もあり得るため、抑止力としても管理体制の整備は重要です。
アクセス権限の棚卸しを定期的に行う
情報漏洩リスクを下げるうえで見落とされがちなのが、アクセス権限の管理です。長く在籍している社員ほど、担当を外れた業務の情報にもアクセスできる状態になっていることがあります。副業申請の審査を機に、申請者が自社内でどの情報にアクセスできるかを確認し、業務上不要な権限は縮小するという運用を取り入れると、情報管理の水準が上がります。
競業避止義務を有効にするための書き方
「競合禁止」だけでは無効になりやすい理由
競業避止義務(きょうぎょうひしぎむ)とは、社員が自社と競合する会社で働いたり、競合する事業を自ら行ったりすることを制限する取り決めのことです。しかし、単に「競合他社での就労を禁ずる」と書いただけでは、副業申請ルール以前に、裁判で無効と判断されるリスクがあります。
裁判所が競業避止条項の有効性を判断する際に考慮する要素は主に5つあります。保護すべき正当な利益(営業秘密・顧客情報など)の存在、制限を課す社員の地位・職務内容(役員や営業・技術職か否か)、禁止される競業行為の範囲の明確さ(業種・職種の特定)、地理的・時間的な制限の合理性、そして代償措置(手当や一時金など)の有無です。
実効性のある条項を設計するポイント
有効性を高めるには、これらの5要素を意識して条項を設計することが必要です。たとえば「当社と同一業種の企業への副業は禁止する」という広範な禁止よりも、「当社の顧客リストや技術情報にアクセスできる職位にある社員が、当該情報を利用して同業他社の営業業務に従事することを禁ずる」という書き方のほうが、保護目的と制限範囲の合理的なバランスが示せます。
また、在職中の競業避止と退職後の競業避止は法的な扱いが異なります。在職中は誠実義務(会社への忠実義務)に基づいてより強い制限が認められやすい一方、退職後は職業選択の自由との兼ね合いが強く問われるため、同一の条項では対処できません。この2つを混同している担当者が多いので、就業規則や誓約書を見直す際には分けて整理することをお勧めします。
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副業による本業への支障をどう管理するか
労働時間の通算ルールを押さえておく
副業を認めた際に見落とされやすいのが、労働基準法第38条に定められた労働時間の通算規制です。社員が複数の事業主のもとで働く場合、それぞれの労働時間は合算して管理しなければなりません。たとえば自社で週40時間働いている社員が副業先でさらに週10時間働いた場合、通算で週50時間となり、超過分の割増賃金の支払い義務が生じます。
厚生労働省は2023年に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の管理モデルを改訂しており、小規模事業者にも対応できる簡易な管理方法が示されています。副業申請フォームで「週あたりの従事予定時間」を把握するのはこのためでもあります。
本業への支障が出たときのアプローチ手順
「副業で疲弊しているようで、最近ミスが増えている」と感じても、いきなり「副業をやめろ」と言うのは適切ではありません。まず面談を設定し、健康状態や業務の状況を丁寧に確認することが先決です。その際、「会社として安全配慮義務を果たすために確認している」というスタンスを明示すると、社員も受け入れやすくなります。
面談の結果、明らかに本業への支障が生じていると判断できる場合は、副業申請の許可条件の変更や副業の一時停止を求めることができます。このプロセスを就業規則や副業申請ルールに「定期報告の内容によっては許可を取り消すことがある」と明記しておくことで、事後的な指示にも法的根拠を持たせることができます。
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まとめ
副業トラブルの多くは、「許可制のルールはあるが実態が伴っていない」という形骸化から生まれます。副業申請書式の整備、審査基準の明文化、定期報告の仕組みという3段階でルールを整えることが、情報漏洩・競業トラブルを防ぐ最も効果的な手段です。また、秘密保持誓約書への副業条項の追加、競業避止義務の適切な設計、労働時間通算への対応も、セットで取り組むことで初めて実効性が生まれます。
「うちの規模でそこまでやれるか…」と感じた方も、すべてを一度に整備する必要はありません。まず副業申請フォームを1枚作るところから始めれば、それだけで「口頭の許可しかない」という最大のリスクを減らすことができます。ウェルセンス株式会社では、専任人事がいない中小企業向けに、就業規則の見直しや副業ルール整備のサポートを行っています。「何から手をつければいいかわからない」という段階からでも、お気軽にご相談ください。
よくある質問
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