賞与の就業規則、どこまで書けば会社も社員も守れる?

賞与の就業規則、どこまで書けば会社も社員も守れる? 人事制度
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「毎年夏と冬に賞与を出してきたけど、今年は業績が厳しい。でも就業規則には『基本給の2ヶ月分を支給する』と書いてしまっている……」。こうした状況で初めて、賞与規程の文言設計の重要性に気づく経営者は少なくありません。書きすぎると経営判断の余地を失い、書かなすぎると「慣行」として支払い義務が生じるリスクがある。この記事では、会社の柔軟性を守りながら社員の納得も得られる賞与支給基準の就業規則記載のポイントを、法的根拠とともに実務的に解説します。

賞与は「書かなければ自由」ではない

賞与に関する就業規則の記載義務は、「支給基準を設けた時点で発生する」というのが原則です。何も定めていないからといって、会社が自由に振る舞えるわけではありません。

法律が求める記載の範囲

労働基準法第89条は、臨時の賃金(賞与を含む)について「支給条件がある場合は就業規則に記載しなければならない」と定めています。これは「相対的必要記載事項」と呼ばれ、支給条件を設けている企業には記載義務が生じます。逆に言えば、一切の支給基準を設けず完全に任意で支給する場合には記載義務はありません。ただし、「任意のつもり」でいても、後述する慣行の問題が生じるため、実態との乖離には注意が必要です。支給額の具体的な計算式や月数を記載することは法律上の義務ではありませんが、「支給の有無・時期・基準」のいずれかに触れている場合は、一貫した記載が求められます。

「慣行賞与」という見えないリスク

就業規則に何も書いていなくても、「毎年夏・冬に基本給の2ヶ月分を支給してきた」という実績が続いていれば、裁判所はそれを「労働慣行」として認定することがあります。慣行として成立した賞与は、会社が一方的に廃止・減額しようとすると、不利益変更として争われるリスクがあります。「うちは気持ちでやっているだけ」という認識のまま10年以上支給してきた企業が、ある年に突然ゼロにして従業員から訴えられたケースも存在します。慣行になっているかどうかを見極めるうえでは、支給の継続性・均一性・明示的な約束の有無が判断材料になります。

自社の現状を確認するチェックポイント

まず、以下の点を確認してください。

  • 就業規則または賃金規程に賞与の文言が含まれているか
  • 過去3年以上、同水準の賞与を継続支給してきた実績があるか
  • 支給時に「今年は特別に支給する」といった断りを入れてきたか

これらを整理することで、自社の賞与が「任意の贈与」なのか「労働慣行」なのかを判断する手がかりになります。

就業規則の賞与欄、どこまで書くべきか

賞与支給基準の就業規則への記載は、「会社の裁量を残す」ことと「社員が理解できる透明性を持たせる」ことのバランスが重要です。書く量より、何をどう書くかが問われます。

書きすぎると起きる問題

「毎年6月と12月に、基本給の2ヶ月分を支給する」と具体的に書いてしまうと、その水準が「労働契約の内容」として固定されます。業績悪化で減額しようとすると、不利益変更の手続きが必要になり、合理的な理由がなければ変更自体が無効になる可能性があります。特に「月数」を明記している場合、経営状況が変わったときに経営者の手が縛られます。

書かなすぎると起きる問題

一方、「賞与は会社が決定する」の一文だけでは、支給の有無・時期・基準が不明確として、社員からの不信感や紛争の原因になりかねません。また、支給基準を設けているにもかかわらず就業規則への記載を省いていれば、労働基準法違反になる場合があります。「書かないほうがトラブルにならない」という考えは、実務上は逆効果です。

実務的に有効な記載の構成

現場でよく使われ、かつ法的にも一定の有効性が認められている記載の組み合わせを示します。

記載項目 硬い書き方(変更しづらい) 柔軟な書き方(推奨)
支給の有無 支給する 会社の業績および個人の業績を勘案し、支給することがある
支給時期 毎年6月と12月に支給する 原則として6月および12月ごろを目安とするが、経営状況により変更することがある
支給額 基本給の2ヶ月分を支給する 支給額は会社が業績・経営状況・個人評価を考慮して別途定める
支給対象者 全従業員に支給する 支給日に在籍している従業員を対象とする(在籍要件を明記)

業績悪化時の対応や具体的な評価基準の設計方法について、人事の専門家に相談したいという企業も多いです。不安な場合は、一度専門家に現状をチェックしてもらうことをお勧めします。

業績悪化時に賞与を減額・ゼロにするための文言設計

「会社都合で減額できる」という柔軟性を持たせるには、支給の裁量・額の裁量・時期の裁量という3つを組み合わせて規程に盛り込むことが有効です。

裁量条項の3つの要素

実務上、裁量条項として機能しやすい文言は、支給するかどうかの裁量・支給額の裁量・支給時期の裁量の3点に分けて整理することが重要です。たとえば「会社の業績及び経営状況が著しく悪化した場合には、支給額を減額し、または支給しないことがある」という文言は、裁量の根拠と発動条件を明示しているため、不支給の説明根拠として機能しやすくなります。単に「会社の裁量で決める」とだけ書くよりも、「どんな場合に変更できるか」の条件を示す方が、社員への説明でも整合性を保てます。

「会社の裁量」だけでは守れない理由

「会社の裁量で決める」という文言があっても、過去に継続的に同水準の賞与を支給してきた実績がある場合、裁判所はその慣行を重視します。文言だけで慣行を覆すことはできず、慣行の形成を防ぐには、支給時に「今期は経営状況を考慮した結果、支給することとした」という形で都度の判断を明示することが実務的な対策になります。文書化・社内通知の記録を残しておくことも重要です。

社員の納得を得るための「透明性」の担保

柔軟な文言を入れることで社員が不信感を持つのではないかという懸念は自然なことです。ただ、裁量条項を設けること自体よりも、「誰が・何に基づいて・どのプロセスで決めるか」を別途明示することが社員の納得度に直結します。たとえば、年度ごとの業績説明と連動して賞与の判断プロセスを社員に開示する運用を設けることで、文言の柔軟性と信頼関係の両立が可能です。

すでに具体的な内容を書いてしまっている場合の変更手続き

「基本給の2ヶ月分を支給する」とすでに書いてしまっている場合、変更には法律に定められた手続きが必要です。口頭での変更は無効になるリスクがあります。

不利益変更に必要な手続き

就業規則の変更のうち、従業員に不利な方向への変更(賞与の減額・廃止・裁量化など)は「不利益変更」にあたります。労働契約法第9条・第10条により、不利益変更が有効とされるには、変更の合理性・変更内容の周知・労働者代表への意見聴取・労働基準監督署への届出が必要です。意見聴取は「同意」ではなく「意見を聞く」ことが最低条件ですが、意見書を添付して届け出なければなりません。手続きを省いた変更は、後に無効と判断されるリスクがあります。

変更の「合理性」はどう判断されるか

不利益変更の合理性は、変更によって労働者が受ける不利益の程度・変更の必要性・変更後の内容の相当性・労働組合等との交渉の経緯・その他の事情を総合的に判断して決まります。賃金・賞与に関する変更は特に厳格に審査される傾向があります。業績悪化を理由とする場合は、財務状況の開示や代替措置(他の費用削減など)の有無が判断材料になります。専門家のサポートを受けながら進めることが望ましいステップです。

従業員規模別の対応の違い

従業員が10人未満の場合でも就業規則の届出義務はありませんが、変更の手続きとしては同様の合理性・周知が求められます。10人以上の事業場では就業規則の作成・変更・届出が法的義務です。専任人事がいない20〜50名規模の企業では、変更手続きの進め方そのものがわからないケースも多く、社労士や専門家への相談が実務的な選択肢になります。

支給日在籍要件と評価連動の正しい設計

「支給日に在籍している従業員のみ支払う」という要件と、「評価に連動する仕組み」を就業規則に明記することは、トラブル予防と社員の納得の両面で重要です。

支給日在籍要件の有効性と限界

最高裁判例(大和銀行事件・林野庁白石営林署事件)において、支給日在籍要件は原則として有効とされています。退職者が「賞与の計算期間中は勤務していたのに支払われない」と主張するケースへの対策として、「賞与の支給日に在籍していない者には支給しない」と明記しておくことは有効です。ただし、会社都合退職(整理解雇など)の場合は個別判断が生じることがあるため、文言の丁寧な設計と個別対応が求められます。

評価基準との連動を明示する意義

「業績・貢献度に応じて支給する」とだけ書いていても、評価プロセスが不明確であれば社員から「なぜ自分は少ないのか」と問われたときに根拠を示せません。就業規則または別途の賞与規程に「評価の基準・プロセス・決定権者」を記載することで、社員への説明責任を果たしやすくなります。具体的には「直属の上長による評価をもとに、人事が査定し、代表が最終決定する」といった流れを明示することが有効です。

規程を「別規程」として分離する選択肢

賞与の詳細な基準を就業規則本体に書き込まず、「賞与規程」として別途定める方式も実務的には多く採用されています。この方法では、就業規則本体には「賞与の支給については、別に定める賞与規程による」と記載し、詳細は賞与規程に委ねます。別規程の変更も就業規則の変更と同様の手続きが必要ですが、本体の変更と切り離して管理しやすいというメリットがあります。なお、別規程も就業規則の一部として届出が必要な場合があることに注意が必要です。

変更手続きの進め方や法的な根拠づけに自信がない場合は、人事と経営をセットでサポートする専門家に一度相談することで、リスク回避と スムーズな対応につながります。

まとめ

賞与支給基準の就業規則記載は、「書きすぎず・書かなすぎず」のバランスが核心です。支給の有無・時期・額のそれぞれに裁量の余地を持たせつつ、発動条件と判断プロセスを明示することで、会社の柔軟性と社員の納得を両立させることができます。すでに具体的な内容を記載している場合は、労働契約法に基づく不利益変更の手続きを経なければ変更は無効になりかねません。また、支給日在籍要件や評価連動の仕組みも、文言設計次第でトラブルを防ぐ機能を持ちます。

ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・兼務人事担当者の方が直面する就業規則の設計・改定に関する相談にも対応しています。「うちの賞与規程、このままで大丈夫だろうか」と感じたら、まず現状を整理するところから始めてみませんか。一度気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 就業規則に賞与の具体的な月数を書いていなければ、業績悪化時に自由に減額できますか?

A. 必ずしも自由とはいえません。就業規則に月数を明記していなくても、毎年同水準の賞与を継続支給してきた実績がある場合、裁判所は「労働慣行」として支払い義務を認めることがあります。減額・不支給の対応は、根拠となる業績状況の記録と、社員への丁寧な説明を伴って行うことが重要です。

Q. 「会社の業績に応じて支給することがある」という文言だけで十分ですか?

A. 最低限の柔軟性は確保できますが、支給時期・支給額・評価プロセスについても触れておくことが望ましいです。文言が曖昧すぎると、社員からの「なぜこの金額か」という問いに答えられず、信頼関係の損失につながる場合があります。裁量の根拠と判断プロセスを明示することで、文言の実効性が高まります。

Q. 退職する従業員から「賞与の計算期間中は働いていたのに支払われないのはおかしい」と言われました。どう対応すべきですか?

A. 就業規則に「支給日に在籍していない者には支給しない」という支給日在籍要件が明記されていれば、原則として支払い義務はないとされています(大和銀行事件・林野庁白石営林署事件などの最高裁判例)。ただし、会社都合による退職の場合などは個別判断が生じることもあるため、規程の文言と退職の経緯を確認したうえで対応することをお勧めします。

Q. 賞与規程を就業規則から切り離して「別規程」にする場合、手続きは簡略化できますか?

A. 手続き自体を省略することはできません。別規程であっても就業規則の一部として取り扱われるため、変更の際は労働者代表への意見聴取と労働基準監督署への届出が必要です。ただし、就業規則本体と切り離して管理することで、賞与規程のみを改定する際の取り回しがしやすくなるというメリットがあります。

Q. 従業員10人未満の会社でも、就業規則の変更手続きは必要ですか?

A. 就業規則の作成・届出義務は常時10人以上の事業場に課されていますが、10人未満でも就業規則を作成・運用している場合は、変更に際して合理性の確保・従業員への周知・意見聴取が必要とされます。就業規則がなくても、慣行として成立した賞与の変更には同様の問題が生じるため、規模に関わらず丁寧な対応が求められます。

【監修】ウェルセンス株式会社
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