メンタル不調で正社員登用を延期する際の判断と進め方

メンタル不調で正社員登用を延期する際の判断と進め方 メンタルヘルス対応
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「来月から正社員にする予定だったのに、先週から本人の様子がおかしい——どう判断すればいいのか、誰にも聞けない」。そんな状況に、ある日突然立たされる経営者・人事担当者は少なくありません。正社員登用の直前にメンタル不調が発覚した場合、延期できるのか、どう説明すれば問題にならないのか、その後どう対応すればいいのか。本記事では、法的な考え方から実務的な進め方まで、専任人事がいない中小企業でも対応できるよう具体的に解説します。

延期・取り消しは「できる」のか——法的な出発点

結論から言えば、条件次第で延期は可能です。ただし「メンタル不調だから」という理由だけでは不十分で、判断の根拠と手続きが重要になります。

登用通知を出す前か、出した後かで状況が変わる

正社員登用の法的な取り扱いは、「登用通知(内定)を出しているかどうか」によって大きく異なります。まだ正式な通知を出していない段階であれば、契約社員としての雇用契約が継続しているにすぎないため、登用を延期・見送ること自体は原則として可能です。

一方、すでに正式な登用通知を書面や口頭で伝えていた場合は、実質的に正社員としての採用内定に準じた法律関係が成立している可能性があります。この場合、取り消しには客観的に合理的な理由が必要であり、労働契約法第16条の趣旨が類推適用される余地があると考えられています。口頭での「来月から正社員にするよ」という一言も、確約として捉えられることがあるため注意が必要です。

差別にならないための判断基準

「メンタル不調を理由にした延期は差別ではないか」と自問する経営者・担当者は多くいます。障害者雇用促進法第35条等では、精神疾患などの障害を理由とした不利益取り扱いが禁止されています。しかし実務上、「障害があるから延期する」のではなく「現時点で業務遂行に具体的な支障があるから延期する」という判断は、差別とは区別されると考えられています。

重要なのは、その判断に医学的根拠と業務実態の両面からの確認が伴っているかどうかです。「なんとなく様子がおかしい」「休みがちになっている」だけで延期を決定すると、後日不当取り扱いと認定されるリスクがあります。

延期が認められやすい条件を整理する

以下の条件が揃っているほど、延期・取り消しの合理性は高まります。自社の状況と照らし合わせて確認してください。

  • 就業規則や登用規程に「健康状態が業務遂行に支障のないこと」などの条件が明記されている
  • 不調の程度が、正社員として業務を遂行することが困難なレベルであると、医学的根拠をもって確認できる
  • 「延期」であり、回復後の登用を明確に約束している(完全な打ち切りではない)
  • 本人に対して丁寧な説明を行い、その記録が残っている

医学的根拠をどう取得するか

延期判断の根拠として医師の意見が必要ですが、病名や診断内容を無断で取得することはできません。「就労可否」という切り口でアプローチするのが現実的な方法です。

本人の同意なく病名を聞き出してはいけない

本人の同意なしに主治医から病名・診断名を取得することは、個人情報保護法やプライバシー権の観点から問題があります。会社が直接主治医に問い合わせるケースも見られますが、本人の同意なしに医療情報を取得する行為はトラブルの原因になります。

「就労可否意見書」の依頼が現実的なアプローチ

実務上は、「現在の状態で正社員として通常業務を遂行することが可能かどうか」という就労可否の意見を、本人を通じて主治医に確認してもらうアプローチが適切です。主治医意見書の提出を本人に依頼する形を取り、強制はしないことが原則です。

産業医が選任されている場合(常時50名以上の事業場では産業医の選任が義務付けられていますが、50名未満でも産業医と顧問契約を結んでいる会社もあります)は、産業医を通じた就労可否の意見取得が最も円滑です。産業医がいない場合は、本人への依頼という形で進めるのが現実的です。

確認した内容は必ず記録に残す

口頭でのやり取りだけでは、後日「そんな説明はなかった」「強制的に診断書を出させられた」という主張に反証できません。本人に依頼した日時・内容・回答の概要を、メールや簡単な記録メモとして残しておくことが不可欠です。

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本人への説明——揉めないための伝え方

説明の仕方を誤ると、差別・ハラスメントと受け取られるリスクがあります。「なぜ延期なのか」「いつまでに何をすれば登用されるのか」を明確に伝えることが、トラブル予防の核心です。

伝える内容の3つの柱

本人への説明では、次の3点を明確に伝えることが重要です。まず「現在の健康状態と業務遂行の関係」について、感情論ではなく事実として説明します。次に「延期の期間・条件」を具体的に示します。そして「回復後の対応方針」を明言し、登用の可能性が閉じていないことを伝えます。

たとえば「あなたの体調が心配です。主治医から就労可否の意見をいただいた上で、正社員登用の時期を改めて判断させてください。回復が確認できれば、改めて登用審査を行う方針です」というように、段階と意図を丁寧に伝えることが大切です。

絶対に言ってはいけない表現

「メンタルが弱い人は正社員には向かない」「精神的な問題がある間は登用できない」といった表現は、障害・疾患を理由とした差別ととられるリスクが高く、ハラスメントと認定される可能性もあります。あくまでも「現時点での業務遂行能力の問題」として話すことが原則です。

説明の記録を必ず残す

いつ、誰が、何を説明したかを記録しておくことは、後日のトラブル対応で決定的な意味を持ちます。説明後に「本日お伝えした内容の確認です」という形でメールを送る方法が、記録として機能します。面談では第三者(別の管理職など)を同席させることも有効です。

延期後の対応——「延期」はゴールではない

延期はあくまで一時的な判断であり、その後の対応方針を早期に決めておかないと、放置・先送りの状態が続いてかえってリスクが高まります。状況に応じた対応の枠組みを整理しておきましょう。

不調の程度によって対応を分ける

不調の状況 対応の選択肢
軽症・短期間の見通し 登用時期を明示した「〇ヶ月延期」を文書で提示。期限と条件を明確にする
中等度・期間が不明 契約社員のまま雇用継続し、回復後に改めて登用審査を行うことを書面で約束
重症・長期療養が必要 休職制度の適用を検討。規程が未整備なら至急整備し、休職中の処遇(無給・有給・社会保険の取り扱い等)を明確化する

就業規則・登用規程が整備されていない場合の対処

20〜50名規模の企業では、正社員登用の条件が就業規則に明記されていないケースが少なくありません。こうした状態では「登用取り消しのルール」が存在しないことになり、判断の根拠が曖昧になります。今回の対応と並行して、「正社員登用の条件(健康状態を含む)」「延期・取り消しの手続き」を就業規則または登用規程に明記することを検討してください。

休職規程についても同様です。「6ヶ月休職→自動退職」のような最低限の規程しかない場合は、復職支援のプロセスや主治医・産業医との連携フローなども合わせて整備することが、長期的なリスク管理につながります。

回復後の登用——復調のタイミングをどう判断するか

「どの程度回復したら登用を進めるか」という基準を事前に決めておくことが重要です。主治医または産業医から「通常業務への復帰が可能」という意見が得られていること、一定期間(たとえば3ヶ月)業務を問題なくこなせていること、などを目安にするのが実務上スムーズです。この基準を延期の説明時点で本人にも伝えておくと、回復後の登用審査が透明性を持って進められます。

今すぐできる実務チェック——自社の状況を確認する

適切な判断と対応のためには、自社の現状を正確に把握することが出発点です。今の状況に当てはめて、何が揃っていて何が不足しているかを確認しましょう。

確認すべき4つのポイント

まず「登用通知を出しているかどうか」を確認します。口頭での確約も含めて、内定に準じる状況かどうかが、最初の判断分岐点です。次に「就業規則・登用規程に健康条件の記載があるか」を確認します。記載がない場合は、根拠が曖昧なまま延期することになるため、規程整備と並行して対応を進める必要があります。

続いて「産業医の有無」を確認します。常時50名以上の事業場では産業医の選任が法律上義務付けられています。50名未満であっても、顧問産業医と契約していれば就労可否の意見を取得しやすくなります。最後に「説明・記録の準備ができているか」を確認します。誰が、いつ、何を本人に伝えたか、記録として残せる状態にあるかどうかが、後日のトラブル予防に直結します。

「今すぐ判断しなければ」というプレッシャーへの対処

登用予定日が迫っているとき、「なんとかしなければ」という焦りが判断を誤らせることがあります。しかし、準備が整わないまま見切り発車で延期を伝えることは、後のリスクを高めます。まず「登用通知の有無」「本人の状態の医学的確認」「説明の準備」の3点を最低限整えてから動くことが、結果的にトラブルを防ぐ近道です。どうしても時間が取れない場合は、社会保険労務士や専門家への早期相談を検討してください。

判断根拠が不確かなまま進めるのは危険です。医学的根拠の取得と本人への丁寧な説明が難しい場合は、早めに専門家に相談することをお勧めします。

まとめ

メンタル不調を理由にした正社員登用の延期は、条件と手続きが整っていれば可能です。ただし「不調があった」という事実だけで判断することはリスクを伴います。登用通知の有無、医学的根拠の取得、本人への丁寧な説明と記録、そして延期後の対応方針の明示——この4点が揃って初めて、適切な対応と言えます。

規程の不整備や産業医不在など、環境面での課題も同時に抱えることが多い中小企業にとって、こうした判断は一人で抱えるには重い問題です。判断に迷った段階で、人事労務の専門家に相談することが、トラブルを予防し、会社と本人の双方にとって最善の対応につながります。

よくある質問

Q. 口頭で「来月から正社員にする」と伝えてしまいました。この場合でも延期できますか?

A. 口頭での確約は、正式な登用通知に準じた扱いをされる可能性があります。延期するには、客観的に合理的な理由(業務遂行への具体的な支障と医学的根拠)が必要です。延期の判断に至った経緯と理由を丁寧に記録し、本人には「回復後に改めて審査する」という方針を書面で伝えることをお勧めします。状況によっては社会保険労務士や弁護士への早期相談も有効です。

Q. 就業規則に正社員登用の条件が書かれていません。それでも延期できますか?

A. 規程がない状態での延期は、根拠が曖昧になるため慎重な対応が必要です。延期の対応と並行して、就業規則や登用規程に「業務遂行に支障のない健康状態であること」などの条件を明記することを検討してください。現時点では、医学的根拠の取得と本人への丁寧な説明・記録が、リスクを最小化するための実務上の対応策になります。

Q. 本人が病名を教えてくれません。それでも延期の判断はできますか?

A. 病名の開示は義務ではなく、本人が拒否した場合でも強制はできません。この場合、「現在の状態で通常業務を遂行できるかどうか」という就労可否の意見書を、主治医に作成してもらうよう本人に依頼する方法が現実的です。病名ではなく「業務遂行の可否」という観点で判断することで、個人情報の問題を回避しながら適切な対応を進められます。

Q. 延期を伝えたら本人が「差別だ」と言い出しました。どう対応すればよいですか?

A. まず冷静に、延期の判断根拠(業務遂行への具体的な支障と医学的確認の経緯)を文書で示すことが重要です。「メンタル不調だから」という理由ではなく「現時点での業務遂行能力に支障があるため」という根拠に基づいた判断であることを丁寧に説明してください。感情的なやり取りを避けるためにも、第三者(社会保険労務士など)を交えた対話の場を設けることを検討してください。

Q. 回復後に正社員登用を進める場合、改めて審査は必要ですか?

A. 「延期」として対応した場合は、回復後に改めて登用審査を行うことが一般的です。審査の基準(主治医や産業医からの就労可否意見の取得、一定期間の業務実績の確認など)を延期の段階で本人に伝えておくことで、復調後の手続きが透明で円滑に進められます。登用規程に復調後の再審査プロセスを明記しておくと、さらに安心です。

【監修】ウェルセンス株式会社
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