「この投稿、うちの会社のことを書いているかもしれない…」そう気づいたとき、どう動けばよいか判断に迷う経営者・人事担当者は少なくありません。専任人事がいない中小企業では特に、「従業員のSNS投稿を処分できるのか」「証拠はどう残すのか」「損害賠償は現実的か」といった疑問が一気に押し寄せてきます。この記事では、従業員の個人SNS投稿による誹謗中傷への対応を、懲戒処分の要件から証拠保全・ヒアリング・賠償請求まで実務の流れに沿って解説します。
懲戒処分が有効になる条件を押さえる
就業規則への規定が大前提
懲戒処分を有効に行うためには、労働契約法第15条に基づき「就業規則に懲戒事由が明記されていること」が必須です。従業員のSNS誹謗中傷を直接明記していなくても、「会社の名誉・信用を傷つける行為の禁止」「秘密保持義務」「職場秩序を乱す行為の禁止」などの条文が根拠になりえます。しかし規定が曖昧であれば処分が無効とされるリスクがあるため、まず自社の就業規則を確認することが出発点です。
もし現状の就業規則にSNS関連の規定がない場合でも、既存の「名誉毀損・信用毀損行為の禁止」条項を根拠にできるケースはあります。ただし、今後のリスク管理のためにも従業員向けのSNS利用ポリシーを明文化することを強くお勧めします。なお、「規定が今なかったとしても今回の事案に使えないのか」という点は、既存の関連規定の解釈次第で対応できる場合があるため、専門家への相談が有効です。
処分の重さと相当性のバランス
懲戒処分には軽い順に、戒告・譴責(けん責)→ 減給 → 出勤停止 → 降格 → 諭旨解雇 → 懲戒解雇という段階があります。重要なのは「処分内容が客観的に合理的で、社会通念上相当であること」という要件です。初回の軽微なSNS投稿に対して即座に懲戒解雇を行うと、裁判所から無効と判断されやすく、逆に不当解雇リスクを抱えることになります。
たとえば、「会社への不満を感情的に書いた一投稿」であれば、まず戒告・譴責から入り、再発時に段階的に重くしていくアプローチが現実的です。一方、虚偽の事実を繰り返し拡散して取引先への実害が発生しているようなケースでは、より重い処分の選択肢も視野に入ります。処分の重さを判断する際は、投稿内容・被害の程度・本人の態度・過去の処分歴などを総合的に考慮する必要があります。
弁明の機会の付与を必ず行う
手続き上の要件として、本人に弁明の機会を与えることは欠かせません。弁明の機会なしに処分を下した場合、手続き上の瑕疵(かし)として処分が無効になるリスクがあります。ヒアリングの場を設け、本人が自分の立場を説明できる機会を確保することが、適正な手続きの履践という観点から必須です。この点は後述のヒアリング手順とも連動します。
投稿を発見したらまず証拠保全を行う
時間との勝負・削除前に記録する
SNS投稿は投稿者がいつでも削除できます。従業員の誹謗中傷投稿を発見した瞬間に証拠を保全することが最優先事項です。対応を後回しにしている間に投稿が消えてしまえば、懲戒処分の事実確認にも損害賠償請求にも大きな支障が生じます。「まずスクリーンショットを撮ってから上司に相談する」という初動のルールを社内で共有しておくだけで、大きな違いが生まれます。
スクリーンショットだけでは不十分なケースもある
基本的な証拠保全として、URLと投稿日時が表示された状態のスクリーンショットを複数枚保存することは必須です。加えて、PDF形式でのページ保存やWebアーカイブツール(「Web魚拓」など)を活用すると、より改ざん耐性の高い証拠が残せます。
さらに信頼性を高めたい場合は、弁護士や公証人に立ち会ってもらう方法があります。特に損害賠償請求や刑事告訴を視野に入れているケースでは、証拠の信頼性が訴訟の結果を左右することもあるため、早い段階で法律専門家に相談することを検討してください。保全した証拠は日付を記録し、誰も改変できない状態で安全に保管することも重要です。
削除後でも諦めない方法
投稿がすでに削除されていても、完全に手詰まりにはなりません。Googleのキャッシュ、Webアーカイブサービス(archive.org等)、スクリーンショットを撮った第三者の証言など、間接的な証拠を集める手段があります。また、SNSプラットフォームへの発信者情報開示請求(裁判所を通じた手続き)によってアカウント情報を取得できる場合もあります。いずれも時間が経てば経つほど困難になるため、早期対応が鍵です。
本人へのヒアリングを適切な手順で進める
証拠保全の完了後に面談を設定する
ヒアリングのタイミングは、証拠保全が完了してから設定するのが鉄則です。先に本人に気づかれてしまうと、投稿の削除や関係者との口裏合わせが行われるリスクがあります。面談は二者面談を避け、上司と人事担当(または経営者と総務担当など)の複数名で実施し、必ず書面で記録を残してください。
ヒアリングの順序と質問の組み立て
ヒアリングは感情的な問い詰めではなく、事実確認→意図確認→弁明の機会付与という順序で進めることが基本です。まず「この投稿はあなたが行いましたか」という事実確認から入り、次に投稿の意図や背景を中立的に聞き取ります。「なぜこんなことをしたんだ」という詰問調は、後々「強要された」「威圧された」という主張の材料にされかねません。
ヒアリング後は内容を書面にまとめ、本人にサインを求めることで記録の信頼性を高めます。本人がサインを拒否した場合でも、その事実自体を記録として残しておくことが重要です。
メンタルヘルス不調が背景にある場合の注意点
投稿の背景に職場のストレスやメンタルヘルス不調が見え隠れしている場合、対応はさらに慎重さが求められます。「なぜこんな投稿をしたのか」という問いへの答えが、実は長期的な不調や孤立感から来ているケースは珍しくありません。このような場合、懲戒処分の手続きと並行して、産業医や外部の相談窓口への案内など、本人のケアも視野に入れた対応が求められます。処分だけで終わらせると職場環境の改善につながらず、類似事案の再発リスクも残ります。
「批判」と「誹謗中傷」の法的な境界線を理解する
批判・意見と名誉毀損は別物
「会社の対応が悪い」「上司の態度が最悪だった」という感情的な批判的表現と、「会社が不正を行っている」「経営者が横領した」という虚偽の事実の摘示では、法的評価が全く異なります。誹謗中傷として名誉毀損(民法第709条・刑法第230条)が成立するためには、「事実の摘示」または「虚偽事実による信用毀損」が必要であり、単なる意見・評価の表明は原則として保護されます。
つまり、「この会社には問題がある」という投稿と「この会社は詐欺行為をしている」という投稿では、懲戒処分・損害賠償の可否に大きな差が生じます。従業員の投稿内容を法的観点から評価する際には、事実の真偽・公益性・投稿の目的という三つの要素を整理することが重要です。
公益通報との関係で処分が難しくなるケース
投稿内容が、法令違反や不正行為を告発する内部告発の性質を帯びている場合、公益通報者保護法の適用が問題になりえます。「会社が労働基準法違反を行っている事実をSNSで公開した」ようなケースでは、懲戒処分が権利濫用と判断されるリスクがあります。投稿内容が正当な批判や内部告発にあたるかどうかの判断は、事案ごとに専門家のアドバイスが必要です。
🔗 社員のメンタル不調に、精神科・心療内科医によるスポット産業医サービス →
損害賠償請求の現実的な判断基準
請求が認められる要件と金額の実態
従業員の投稿が不法行為(名誉毀損・信用毀損)に該当する場合、民法第709条に基づき損害賠償請求が可能です。しかし実務上、損害として認められるのは「実際に生じた売上損失」「信用回復のための広告費用」など、因果関係を具体的に立証できるものに限られます。「なんとなく信用が落ちた」「イメージが悪くなった」という無形の損害は立証が難しく、認容金額が低くなりやすい傾向があります。
弁護士費用や裁判に要する時間・労力を考えると、費用対効果の観点から「費用倒れ」になるリスクも現実的です。損害賠償請求を検討する際は、まず弁護士に相談し、被害の規模・立証可能性・回収可能性を冷静に評価することが重要です。
刑事告訴という選択肢
2022年の法改正により侮辱罪が厳罰化され、懲役刑が追加されました(刑法第231条)。また名誉毀損罪(刑法第230条)も懲役刑を含む重い罪です。民事の損害賠償請求と並行して、刑事告訴を行うことで、相手に対する心理的プレッシャーになるとともに、警察・検察の捜査によって証拠収集が進むケースもあります。ただし刑事告訴は必ず起訴されるとは限らず、結果をコントロールできない点も理解しておく必要があります。民事・刑事の両面から方針を検討する際も、専門家との連携が欠かせません。
在籍中と退職後の違い
在籍中の投稿については、労働契約上の付随義務(誠実義務・秘密保持義務)が根拠となるため、退職後の投稿に比べて懲戒処分・損害賠償の法的根拠が立てやすいという特徴があります。退職後に行われた従業員のSNS投稿は懲戒処分の対象外となり、損害賠償請求のみが手段となります。この違いを踏まえ、在籍中に発覚した場合は特に迅速な対応が求められます。
🔗 人事だけで抱えない。メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談 →
まとめ
従業員の個人SNS投稿への対応では、「証拠保全→ヒアリング→処分の判断→賠償の検討」という流れを適切な順序で進めることが重要です。懲戒処分の有効性は就業規則の規定・処分の相当性・手続きの適正さという三つの要件で決まり、いずれが欠けても不当処分とされるリスクがあります。また、批判と名誉毀損の法的な違いを理解せずに対応すると、逆に会社側が不利な立場に追い込まれることもあります。
「これは処分できるのか」「どこまで対応すれば良いのか」と迷ったとき、専任人事がいない環境で一人で判断しようとするのは大きなリスクを伴います。ウェルセンス株式会社では、メンタルヘルス対応・労務トラブル・人事課題への対応を総合的にサポートしており、従業員のSNS誹謗中傷への初動対応から就業規則の整備・ヒアリング同席まで、御社の状況に合わせた支援が可能です。誹謗中傷対応に不安がある場合は、まずはお気軽にご相談ください。
よくある質問
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。
不調者対応を、人事だけで抱えない。
メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。


