「うちのメンタルヘルス対応について教えてください」——面接の場でこう聞かれた瞬間、頭が真っ白になった経験はありませんか。産業医もEAP(従業員支援プログラム)も契約していない、ストレスチェックも義務の対象外。「正直に言ったら落ちる」「かといって盛って言うのも怖い」。専任人事がいない中小企業の採用担当者が、この質問に詰まってしまうのは当然のことです。この記事では、整備途上でも誠実に答えられる3つのパターンと、言ってはいけない落とし穴を具体的に解説します。
採用面接でメンタルヘルスを聞かれる背景を整理する
求職者がメンタルヘルス対応を聞く理由は「入社後に安心して働けるか」を確かめたいからです。この前提を押さえておくと、答え方の方向性が定まります。
なぜ今、求職者はこの質問をするのか
かつては「待遇・給与・福利厚生」が面接での定番質問でした。しかし近年は、職場環境の心理的安全性を重視する求職者が増えています。転職サイトの口コミ文化が広がり、「入社前に聞いておけばよかった」という声が可視化されやすくなったことも背景にあります。特に20〜50名規模の企業を受ける求職者は、大企業と比べて制度が薄いことをある程度織り込んでいます。「制度がゼロかどうか」よりも「会社がどう考えているか」を見ていることが多いのです。
質問の裏にある本音を読む
「メンタルヘルス対応を教えてください」という質問には、複数の意図が混在しています。「休職者が多い職場ではないか」「上司に相談できる環境があるか」「無理なノルマを課されないか」——これらを一言で聞いているケースがほとんどです。つまり、EAPや産業医の有無を逐一確認したいわけではなく、「困ったときに会社が向き合ってくれるか」という職場文化を問うているのです。この理解があると、制度の有無だけを答えようとする焦りが和らぎます。
絶対にやってはいけない答え方と法的な落とし穴
答え方の工夫の前に、リスクのある回答パターンを把握しておくことが先決です。善意の言い方であっても、後々のトラブルに直結する表現があります。
「万全の体制です」は後に安全配慮義務違反の材料になる
労働契約法第5条は、使用者が労働者の生命・身体・精神の安全を確保する「安全配慮義務」を負うことを定めています。採用時に「うちはメンタルヘルスの体制が万全です」と伝えておきながら、入社後に相談窓口もなく、上長からのハラスメントが放置されていた——という状況になれば、採用時の説明が過大表示として問題視されるリスクがあります。誠実な開示より「見栄」のほうが、法的にも実務的にも危険なのです。
「個人情報なので答えられません」は的外れで逆効果
職業安定法第5条の4および厚生労働省の指針では、企業が求職者に精神疾患歴などを聞くことを原則として禁じています。しかしこれは「企業→求職者」の方向の保護ルールです。求職者が企業の対応体制を聞く場合、企業は答える側であり、「個人情報に関わるため答えられません」という返答は的外れです。面接官がこの方向を混同してしまうケースは珍しくありませんが、かえって「何か隠している会社」という印象を与えます。
存在しない制度を「あります」と書くのは職業安定法違反
求人票や採用広告において、実態のない制度・対応を「あります」と記載することは職業安定法第65条が禁じる虚偽記載にあたる可能性があります。「EAP導入済み(契約していない)」「産業医常駐(いない)」などの誇張表現は絶対に避けてください。「整備中」「検討中」という曖昧な書き方も、実態と乖離していれば同様のリスクがあります。
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整備途上でも使える答え方のポイント
制度がなくても、誠実かつ採用競争力を保てる答え方は存在します。自社の状況に合わせて、以下の3つのパターンから選んでください。
パターンA:現状を正直に伝え、姿勢で補う
制度がほぼない段階に適した答え方です。産業医もEAPも未契約で、ストレスチェックも実施していない場合、隠すより先に規模の文脈を添えて説明することが重要です。
例文)「現在、当社は従業員数が20名規模のため、ストレスチェックは努力義務の範囲です(50人未満は法律上の義務対象外)。産業医の選任もしていません。ただ、困ったことがあれば上長に直接相談できる距離感を大切にしており、代表自身が話を聞く機会を定期的に設けています。公的な相談窓口(こころの健康相談統一ダイヤル等)の案内もできる状態です。今後、体制整備は継続的な課題として取り組んでいます。」
この答え方のポイントは「義務でないから未実施」という事実と「それでも相談できる環境」の両方をセットで伝えることです。求職者は「正直に言える会社」として信頼感を持ちやすくなります。
パターンB:整備中の取り組みを具体的に見せる
就業規則の見直しや外部相談窓口の検討を始めている段階に適しています。「整備途上」という言葉だけでは曖昧に聞こえますが、具体的な行動が伴っていれば説得力が生まれます。
例文)「メンタルヘルスの対応体制は現在整備中です。今年から1on1面談を月1回実施し、業務上の悩みを早期にキャッチする仕組みを試験運用しています。外部相談窓口の導入についても、来期中の実現を目標に検討を進めています。まだ完全な体制ではありませんが、社員が声を上げやすい職場にするための取り組みを続けています。」
「整備中」の一言で終わらせず、「何を・いつまでに」という要素を加えることで、曖昧さが消えます。実際に動いていることが一つでもあれば、それを具体的に述べてください。
パターンC:既存の対応実績を事実として伝える
過去に休職者が出て、復職支援を行った経験がある場合は、それ自体を対応実績として語れます。「休職者がいた」という事実を隠すより、「そのときどう対応したか」を伝えるほうが信頼につながります。
例文)「以前、体調を崩して休職した社員がいました。その際は、本人と上長・代表が定期的に面談を行い、職場復帰のペースを本人と相談しながら決めました。今は元気に働いています。完璧な制度があったわけではありませんが、一人ひとりに向き合う対応を大切にしています。」
重要なのは、当該社員の個人情報(氏名・病名等)は一切話さないことです。「対応した事実とその姿勢」を語れば十分であり、それ以上の開示は必要ありません。
自社の状況に合ったパターンの選び方
3つのパターンは、自社の現状と面接での文脈によって使い分けるのが基本です。以下の表を判断基準として活用してください。
| 自社の状況 | 適したパターン | 補足のポイント |
|---|---|---|
| 制度がほぼない(産業医・EAPなし) | パターンA | 規模の文脈と相談できる距離感を伝える |
| 1on1や外部窓口の検討を始めている | パターンB | 具体的な行動と時期を添える |
| 休職・復職の対応経験がある | パターンC | 個人情報を伏せて「姿勢」を語る |
| 複数の取り組みが混在している | A+Bの組み合わせ | 現状の正直な開示に具体的な改善策を加える |
求人票への記載はどこまで書くべきか
面接での口頭説明と合わせて、求人票への記載方針も整理しておきましょう。存在しない制度を書くことは職業安定法上のリスクになりますが、「相談しやすい環境を整えています」「メンタルヘルス対応の体制を整備中です」という表現は、実態が伴っていれば使用可能です。「1on1面談を月1回実施」「代表が直接話を聞く機会あり」など、実際に行っていることを具体的に書く方法が最も安全かつ効果的です。
面接官が複数いる場合の事前すり合わせ
採用担当が経営者・現場マネージャーと複数いる場合、回答内容がバラバラになるリスクがあります。「この質問が来たらこう答える」というQ&A形式の面接官ガイドを一枚用意しておくだけで、場当たり的な対応を防げます。パターンA・B・Cの中から自社に当てはまるものを選び、全員で共有しておくことをお勧めします。面接官の判断に揺らぎがあると、採用候補者にも不安感が伝わりやすいため、事前準備の重要性は高いのです。
「正直に言うと採用に不利か」という不安への答え
結論から言えば、誠実な開示は採用競争力を下げません。むしろ入社後のミスマッチを防ぎ、定着率の向上につながります。
「何もない」より「向き合う姿勢がある」が刺さる
求職者が本当に不安なのは「制度の有無」ではなく「困ったときに放置されるか否か」です。制度が充実している大企業でも、実際には機能していないケースがあることを求職者も知っています。逆に、制度がなくても「困ったら話してほしい」という文化が伝わる職場は、それ自体が採用上の強みになります。誠実さは制度の代わりにはなりませんが、信頼の入口になります。
開示しないことのリスクのほうが大きい理由
採用時に実態と異なる説明をして入社した社員が、3か月後に「聞いていた話と違う」と感じれば早期離職につながります。採用コストをかけて採用した人材が短期間で退職するコストは、選考時の正直な開示で失う候補者数より大きくなることがほとんどです。また、口コミサイトに「採用時の説明と実態が違う」と書かれると、その後の採用活動全体に影響が及びます。正直な開示は、採用の一場面の損得ではなく、会社の信頼資産を守る行為です。
採用面接での説明内容は、入社後の勤務条件と直結するため、経営者だけで判断するより、実務を踏まえた専門的なアドバイスがあると安心です。
まとめ
採用面接でメンタルヘルス対応を聞かれたとき、「何もない」「万全です」のどちらも正解ではありません。自社の現状を規模の文脈とともに正直に伝え、相談できる環境や改善中の取り組みを具体的に添えることが、誠実さと採用競争力を両立させる唯一の方法です。パターンAは制度がほぼない段階、パターンBは整備途上で動き始めている段階、パターンCは対応実績がある段階に対応しています。どのパターンも、過大な表現は安全配慮義務違反のリスクを、存在しない制度の記載は職業安定法違反のリスクを招くことを忘れないでください。
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