「成果が出なかった月は給与を下げたい。でも、最低賃金との関係が整理できていない」——出来高払い制や歩合給を導入している中小企業の経営者から、こうした声をよく耳にします。「頑張った人が稼げる仕組み」を作ることは合理的ですが、成果が低かった月の給与設計には法的な下限があります。その計算方法を誤ると、気づかないうちに最低賃金法違反が積み重なっているケースも少なくありません。この記事では、出来高払い制における最低賃金の計算方法・差額補填の義務・給与設計の見直し方を、実務担当者の視点からわかりやすく解説します。
出来高払い制でも最低賃金は必ず保障しなければならない
出来高払い制(歩合給・成果報酬型給与)を採用していても、最低賃金の保障義務は完全に適用されます。「成果ゼロの月は給与ゼロ」という設計は違法です。
根拠となる二つの法律
出来高払い制の給与保障には、二つの法律が重なって適用されます。まず最低賃金法第4条は、すべての使用者に対して最低賃金額以上の賃金支払いを義務づけています。これは賃金の計算方式(月給・時給・出来高払いなど)にかかわらず適用されます。
さらに労働基準法第27条は、出来高払い制またはその他の請負制で労働させる場合、使用者は労働時間に応じた一定額の賃金(「保障給」といいます)を保障しなければならないと定めています。厚生労働省の解釈では、この保障給の水準は「少なくとも最低賃金額以上でなければならない」とされており、結果として最低賃金が下限となります。
「うちは固定給もある」では安心できない理由
よくある誤解として、「基本給15万円+歩合給の設計だから大丈夫」と思っているケースがあります。しかし、基本給15万円であっても、所定労働時間が長い場合や残業が多い月には、時間換算した時間額が地域別最低賃金を下回ることがあります。固定給の存在は「最低賃金をクリアしている証拠」にはなりません。毎月の計算確認が必要です。
最低賃金と比較する「対象賃金」の正しい範囲
最低賃金との比較対象となる賃金は、支払われているすべての賃金ではありません。法律で定められた除外項目があり、この範囲の理解が実務の第一歩です。
比較対象から除外される賃金
最低賃金法第7条により、以下の賃金は最低賃金との比較対象から除外されます。
- 精皆勤手当・通勤手当・家族手当
- 時間外・休日・深夜割増賃金
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与・決算賞与など)
これらは「実態に応じた付加的な支払い」であるため、最低賃金の比較からは外します。
基本給・歩合給・インセンティブは原則として比較対象に含まれる
一方、基本給・歩合給・インセンティブは原則として比較対象に含まれます。「歩合給は成果に連動するものだから除外できるのでは」という誤解がありますが、除外の対象ではありません。複数の手当や給与項目が混在している場合は、除外対象に当たるかどうかを一つひとつ確認した上で、「対象賃金の合計額」を算出してください。
複雑な給与体系を持つ会社が整理すべきポイント
基本給+役職手当+歩合給+通勤手当+残業代が混在している場合、整理の手順は次のとおりです。まず支給項目を全て書き出し、除外対象に当たるものを取り除きます。次に残った項目の合計を「最低賃金比較対象額」として確定します。この作業を賃金台帳と突き合わせて毎月行う仕組みを作ることが、違反を防ぐ基本です。判断が複雑な場合は、早めに社会保険労務士などの専門家に相談することで、ミスを未然に防ぐことができます。
出来高払い制における最低賃金の計算方法
出来高払い制の場合も、月給制と同様に「時間額に換算して地域別最低賃金と比較する」という計算ステップを踏みます。計算自体はシンプルですが、「実労働時間」を使う点に注意が必要です。
時間額への換算方法
計算式は以下のとおりです。
| 計算項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象賃金の合計 | 当月支給額から除外項目を差し引いた額 |
| 割る数 | 当該月に実際に労働した時間数(実労働時間) |
| 算出値 | 時間換算額(これと地域別最低賃金を比較) |
たとえば、ある月の対象賃金合計が18万円、実労働時間が200時間だった場合、時間換算額は900円となります。東京都の最低賃金(2024年10月改定:1,163円)と比較すると、263円の不足が生じていることになります。この差額に実労働時間200時間を掛けた52,600円を補填しなければなりません。
「所定労働時間」ではなく「実労働時間」を使う理由
出来高払い制では、月によって実際に働いた時間が変動します。所定労働時間(就業規則で定めた労働時間)ではなく、実際に働いた時間数で割ることが求められます。残業が多い月は実労働時間が増えるため、時間換算額が下がりやすく、最低賃金を下回るリスクが高まります。繁忙期・閑散期のある業種では特に注意が必要です。
最低賃金は都道府県ごとに異なる
最低賃金は地域別に定められており、会社の所在地ではなく労働者が実際に働く事業場の所在地の最低賃金が適用されます。複数拠点を持つ企業や、テレワークで従業員の勤務地が分散している場合は、それぞれの勤務地の最低賃金を確認してください。また最低賃金は毎年改定されるため、更新時期(通常10月前後)の確認も欠かせません。
最低賃金を下回ったときの会社の対応義務
最低賃金を下回った月が発生した場合、会社は差額を当該賃金支払期に補填する義務があります。「来月良い月があれば相殺」「年間でならせばプラスだから大丈夫」という対応は認められません。
差額補填のタイミングと方法
差額は原則として、当該月の賃金支払日(翌月支払いの場合は翌月の支払日)に上乗せして支払います。支払い方法は通常の賃金と同じで、銀行振込が一般的です。差額が生じた場合は、賃金台帳に補填額を明記し、どの月の差額補填なのかを記録として残してください。
従業員への伝え方
差額補填が生じた月には、給与明細に「最低賃金保障額」などの項目を設けて明示することが望ましいです。「なぜこの金額が追加で支払われるのか」を従業員が理解できるよう、簡単な説明を添えることで不信感を防ぐことができます。特に歩合給比率の高い職種(営業職・ドライバー・技術請負など)では、あらかじめ雇用契約書や就業規則に「最低賃金保障に係る補填の仕組み」を明記しておくことを推奨します。
違反が発覚した場合のリスクの大きさ
最低賃金法に違反した場合、50万円以下の罰金(最低賃金法第40条)が科される可能性があります。また、未払い賃金の請求権の消滅時効は3年(労働基準法第115条・2020年改正)であるため、過去3年分の差額を遡及請求されるリスクがあります。さらに労働基準法第27条(保障給)に基づく未払いがある場合には、裁判所が付加金の支払いを命じることもあります(同法第114条)。労働基準監督署への申告・是正勧告・書類送検に発展するケースもあり、会社の信頼性にも影響します。
給与設計の見直し方:最低賃金保障を組み込んだ仕組みへ
差額補填を毎月後追いで行う運用は、手間がかかるだけでなく設計の根本的な問題を放置することになります。最低賃金保障を最初から給与設計に組み込むことで、リスクと管理コストを同時に下げられます。
固定給部分で最低賃金をカバーする設計
最もシンプルな対策は、固定給(基本給)の部分で最低賃金相当額を確実にカバーできるよう設定し、歩合給・インセンティブはその上乗せとして位置づける設計です。たとえば、所定労働時間160時間・最低賃金1,163円(東京都)の場合、最低賃金相当額は月額185,280円となります。固定給をこの水準以上に設定すれば、歩合給がゼロの月でも最低賃金をクリアできます。
「最低保障額」を就業規則・雇用契約に明記する
就業規則や雇用契約書に「いかなる場合も地域別最低賃金を下回らないよう差額を保障する」旨を明記しておくことが重要です。これは法的義務の履行を示すとともに、従業員の安心感にもつながります。特に歩合給比率が高い設計の場合、「最低保障給○○円」を雇用契約書に明示することを検討してください。
毎月の確認ルーティンを整備する
給与計算時に「対象賃金合計÷実労働時間=時間換算額」を算出し、最低賃金と比較するチェックシートを作成して毎月確認するルーティンを設けましょう。専任人事がいない会社では、給与計算ソフト(freee人事労務・マネーフォワードクラウド給与など)の最低賃金チェック機能を活用するか、社会保険労務士に月次確認を依頼する方法も有効です。年に一度、最低賃金改定のタイミング(例年10月)で給与設計全体を見直す機会を設けることも習慣化してください。
まとめ
出来高払い制・歩合給を採用していても、最低賃金の保障義務は完全に適用されます。最低賃金との比較対象となる賃金の範囲を正しく理解し、「対象賃金合計÷実労働時間」で算出した時間換算額が地域別最低賃金を下回った月は、その差額を当該賃金支払日に補填することが法律上の義務です。違反が積み重なると、3年分の遡及請求・付加金・罰金というリスクが現実のものとなります。後追いの差額補填を繰り返さないためにも、固定給で最低賃金をカバーする設計と、毎月の確認ルーティンの整備が有効です。
「自社の給与設計が適法かどうか確認したい」「就業規則に最低賃金保障の規定を盛り込みたい」「給与計算の毎月チェックを誰がどう行うか決めたい」など、出来高払い制の運用・給与設計に関する課題は、会社ごと従業員ごとに異なる対応が必要です。ウェルセンス株式会社は、専任人事がいない中小企業の実情に寄り添い、実務的で持続可能な人事労務体制の構築をサポートしています。給与設計の相談から運用ルーティンの設計まで、お気軽にご相談ください。
よくある質問
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